184 旅行の前の、やるべきこと
二の週の火の日からは冒険者ギルドの仕事を受けつつ、ドランの店に新しいメニューを提案してみたり、ステルラにも新作レシピを相談したりと忙しく過ごした。
他にも特許申請していた中で商品化を急ぐものは、業者を認定してから打ち合わせするなど、意外とやることはたくさんあった。
息抜きにロワイエ山へ行ったり、コルディス湖でキャンプをして夜を明かしたりもした。
コルとエルにも会いに行った。特に不満はなく、居心地がいいらしい。良かった。
ついでに地底竜のいる地下へも転移で行ってみたが、雌達は全頭が妊娠していた。
魔素も充満しており、このまま順調に地下迷宮が出来上がりそうな様子だ。
火竜のところも雌が妊娠していたので、産まれたら見てみたいなと思った。
子供を産むと、大繁殖期の雌はまた新たな場所や雄を探すと聞いていたのだが、どうもこのまま火竜の住処となりそうな落ち着き具合だ。せっせと過ごしやすく住処を改良している。とりあえず、今のところは大丈夫だろうと、確認を終えた。
ラーシュのところへは少し前からは二日に一回の割合で訪問していたが、そろそろ大丈夫だろうと治癒師からも太鼓判を押されており、床上げもできた。
ただ、まだまだ体力がないので、デルフへの旅行は不参加となった。本人も貴族様と一緒の旅行なんてとんでもないと断っていたので、気を遣うだけなら気分転換にもならないし、逆に体には悪いかと思って強くは誘わなかった。
ラーシュは体を治しながらよくよく考えたらしく、スヴァルフからの誘いもあって軍を辞めることにした。
そして、オスカリウス家へ就職することになった。
元々、体が治ってもトラウマの残る軍へ戻るのは如何なものかと、キリクが気にしていたらしい。それで、それとなくデジレに探らせて、感触が良さそうだったのでスヴァルフが声を掛けたようだ。
更には、シウが用意した部屋の中でも練習できる塊射機の訓練を続けていたら、いろいろと能力が開花して本人もやる気になっている。
まだ、完全に体も治っていないし、今後、軍の裁判に出廷することもあるだろうから本格的な働きはできないけれど、それまでの間に戦力となれるよう練習します! と健気なことを言っていた。
そのラーシュへの治療兼見舞いの後は、大抵メイド達かサラに掴まって、あれこれと話をすることが多かった。
その為お邪魔するのは夕方だ。午前中に行くと仕事にならないのだ。
「化粧品の販売業者はもう決まったので、試作品も出来始めているようです。本格的なライン、流通に乗せるのは設備の問題もあって時間がかかりそうですが、先にこちらへ融通してほしい旨は伝えているので来週あたりから少しずつ入ってくると思いますよ」
「まあ!! ほんとうに?」
「きゃあ、嬉しい!」
「わたくし、お友達にも話してしまったから、欲しかったのよ」
喜んでいただけたようだ。
コラーゲン入りのパックも調子に乗って作ったのだが、これにより魔獣狩りの需要が増えそうなので、近隣の街は助かるだろう。冒険者が挙って討伐してくれたらこれほど安心なことはない。
ただ、一番上質なのはやはり竜のコラーゲンで、レベルが全く違う。
サラに渡したポーションも、一滴にも満たない極僅かな量なのに、途轍もない効果があった。
過剰過ぎるとも言える効能なので、もう少し下位で、しかし上質さを保てるものはないかと目下研究中だ。
サラからは、どれだけ高くても売れるわよ! とのお墨付きで、別に儲けることは考えてないと言ったら、ものすごく怒られてしまったので(女性に怒られるのは本当に怖いのだ!)、とりあえず素材探しをしますと答えておいた。
ちなみに、竜のコラーゲンを使ったなんてことは言っていない。
そもそも、竜の死骸を何十体と持っていることなど、恐ろしくて言えなかった。なにしろ、これら竜の死骸だけで、今のシウの資産、白金貨二千枚ほどを遥かに上回るからだ。
何気なく、竜素材の相場を聞いたのが間違いだった。いや、聞いておいて良かった。
無知とは恐ろしいなと思う。高いだろうとは聞いていたし想像もついていたが、相場を知らないのだからしようがない。
物の相場というものが書かれた本が読みたいが、物の価値ほど変わるものもないので、出版されないのだろう。
ところで、飛竜や地竜というのは物流に必須の移動手段として使われることからも、乗り物としてはとても高額だ。
死んでしまえば竜としての価値もあるので一財産となる。が、当然数が多いので竜の中では安い方らしい。
高価なのはドラゴン、古竜と呼ばれるものだが、こちらはもうお目にかかることさえないという代物なので値段など付けられなかった。
竜は、有名どころから順番に水竜、それから火竜、地底竜、首長竜と続き、最後に数の多い飛竜と地竜(これは二つのタイプがある)があって、強さや希少性によって素材の値段が付けられる。他に伝説級の竜や、特定の場所にしか生息していないものもいるそうだが、市場に出回らないため詳細は誰も分からないようだった。
しかし、自分の乗っている飛竜が死んだら解体して食べるのか、とも思う。考えたら地球でも馬に乗っている者が馬肉を食べないと決まっているわけもなく、命を粗末にしないという考えからすれば当然のことなのだろう。
ましてこの世界はとてもシビアで、使えるものはなんだって使う、逞しい世界なのだから。
土の日からはギルドの仕事を休んで、またやりたいことを目一杯詰め込んだ。
真夏に採れる果物をロワイエ山の麓で採取して、加工したり、保管したり。
杏、無花果、梅、桃にレモン。早生林檎に葡萄など。山ではベリーもたくさん採取してきた。爺様の山でも取り放題だったが、相変わらずロワイエ山の麓の方が実は大きく甘さも濃かった。
しかし、桃だけは市場のものが一番美味しかった。
こちらはプロの農家がいわゆるハウス栽培のようにして作っているもので、手間暇をかけている分、とても肉厚で果汁も多い。
これらをそれぞれ、乾果にしたり、ジャムへと加工する。更には桃などは皮を一気に乾燥させてポプリにしてみた。仄かな良い香りがして部屋の芳香剤として使える。
レモンやオレンジなどは皮を砂糖漬けにした。
毎年やっているが、去年今年と量が半端なく増えていた。確実に魔法を使いこなせるようになったせいだ。
在庫を余らせてもしようがないので、去年のものはあちこちに放出した。と言っても、もちろん空間庫に入っていたものだから新鮮なのだが、古い方から使うのはもう気持ちの問題である。
持参したのは、オスカリウス邸のメイド達。それから養護施設にも寄付をした。乾果などは日持ちもするので大丈夫だろうし、生ものに関してはこっそりと冷蔵機能のついた魔道具を作って置いてきた。一応、内緒ね、とは言ってある。
シウは果物はなんでも好きだが、特に桃が大好きなので、桃関連のお菓子は思いつく限りのものを作った。
使えそうなレシピはそのまま喫茶ステルラに流す。
桃のコンポート乗せパンケーキなども試作の段階で評判は良かったが、今年は桃のジャムが一押しだった。
シウが提案したのは、可愛らしい瓶にジャムを詰めて売り出すことだった。
火の日に打ち合わせて水の日から早速売りに出したところ、お土産用に良いと飛ぶように売れているそうである。
様子見がてらに、その日作った乾果やジャムなどをお裾分けとして(これは従業員用への分として)持っていったら、嬉しい悲鳴を聞かされた。
桃は翌月の半ばまでは市場に出回るから、それまでは大変そうだ。
「……余計なことして、ごめんね」
と、思わず口にしたら、店長が笑顔で「臨時給与が入るので有り難いです!」と返してきた。
ちょっと、目の下に隈ができていて申し訳なかったので、従業員の皆さんにとポーションをまとめて置いてきた。
後でルオニールから、さすがにステルラだけでは回しきれそうにないのでと、新たに店を作る案があると聞かされた。
瓶の方も大量生産に入っているが職人も手が足りないらしく、大変そうだ。それでなくとも夏の一番暑い時期なのにと、他人事のように同情してしまった。
そんなこんなで、やりたいことをやりたいようにやっていたら毎日が忙しく、さほどゆっくりした感もなく週末を迎えていた。
デルフ国へは、光の日の朝に出発する。
その前日、風の日は午前中にエドラの家へお裾分けを渡しに行った。
門番のおじいさんも、老執事も喜んで迎えてくれて、シウの作った乾果やジャムなどを喜んだ。
ついでに、ポーションなども渡す。それらが高価なのは分かっているらしく、何度か断られたが、去年作った残りですからーと言って押し付けてきた。
確かに去年作りはしたが、空間庫に入れていたし、そもそも瓶には保存の魔術式を付与しているので十年ぐらいは大丈夫だろうと思う。
バカみたいに作りすぎているので腐りはしないが勿体無いので、本当にただの放出品のつもりであったから、感謝されるとちょっと心苦しいものがあった。
彼等が頼みとしていた家僕のログが、もう少し早く病気に気付いてポーションなどを飲んでいれば助かっていたかもしれない。
だから、保険のつもりだと思ってほしかった。
「ちょっとでも具合が悪いなって思ったら、飲んでね。普通の薬草も置いていくね。採取しすぎて余ってるから、本当に要らないものなんだよ」
「ありがとうございます」
そんな会話をしていたらエドラが身だしなみを整えて降りてくる。
老執事がシウのことを報告すると、彼女は「まあまあ」と鷹揚に頷き、笑顔でシウに抱き着いた。
エドラには最近の王都の様子やシウの近況について話をした。
「まあ、では、明日にはロワルを出るのね。闘技大会なんて懐かしいわ!」
「エドラ様もご覧になられたことがあるのですか」
「ええ、ええ。わたくし、親の命令であちらへ嫁いだことがありますのよ」
「そうだったんですか」
「ところが、夫は戦争で死亡。すぐに実家へと返されましたの。次もまた同じデルフの貴族家へと嫁ぎましてね。そこでも落馬で死亡。三人目はラトリシア国の貴族でしたけれど、こちらは病気でぽっくりと」
「それはまた、ご不幸続きで大変でしたね」
「……シウ殿のように仰って下さる人ばかりでしたら、良かったのですけれど。そうしたわけで、縁起の悪い女として家へ返されまして、それ以来こうしてひっそりと暮らしていますの」
つまり、これは、実家からの制裁のような意味合いもあるのだろう。ひどい話だ。
大体、女性を道具のように使う貴族の考えがシウは苦手だった。
「……もし何かお手伝いできるようなことがあれば、仰ってくださいね。僕で良ければお力になりますので」
エドラはとても可愛らしい笑顔で、まあと口元を手で隠して頷いた。
「こうして遊びに来て下さったことだけで幸せですのに。シウ殿はご存知ないのね」
と言って、エドラはシウの手を取って握った。その目が少し潤んでいたけれど、シウはもちろん指摘などしなかった。
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