190 食べ物探し




 その場はキアヒたちが奢ってくれた。

 名残惜しいが子供を遅くまで連れまわすわけにもいかないと、早めに切り上げ、ついでに子供たちがおめかししていることもあって、宿まで送ってもくれた。

 道中、グラディウスだけは役に立たなかったが、送ってもらって良かったと思うことが三度ほどあった。うちひとつはラエティティアへのナンパ目的だったけれど。

 そのラエティティアに朝ご飯を食べるのにお勧めな店を幾つか教えてもらい、宿の前で別れた。

 今度はアグリコラと連絡を取り合って、皆で会おうということになった。

「試合頑張ってね」

 一応、別れ際にグラディウスへ言ってみたのだが、本人はもうぐでんぐでんで「へいへい!」と返事をくれたのはキルヒだった。


 翌朝は早めに宿を出ると、教えてもらった店に向かった。《全方位探索》で場所は分かっているから、表通りを選んで歩くだけだ。店に入ると早速、腹ペコ三人が注文する。

「俺、このサンドイッチセットにしよう。飲み物はザクロジュースで」

「俺は柔らかパンと玉子とステーキのセットを。珈琲で頼む」

「僕はフェデラル風薄パンのセットとサラダ、それから紅茶をお願いします」

「にゃ、にゃ、にゃー」

 オープンテラスなら騎獣も連れて入れるため、フェレスも一緒だった。皆の後に続いて鳴くものだから、全員が笑う。自信満々に注文したつもりのようだ。もっとも「ふぇれも、おいしいのたくさん」と言っただけだが。

「……ええと、この子にはステーキとパンのセット、オレンジジュースで」

「あ、はい、承知しました」

 ウェイターは笑いを堪えて中へ戻って行った。

 改めて店の様子やテラス席から見える景色を眺める。まだ早い時間だから人通りは少ない。ボルナは石造りの建物が多く、質実剛健としたイメージだ。同じ石造りでも、ロワルでは角を取って丸くするなどの工夫がある。また、飾り彫りや色とりどりの鉢植えなどで柔らかく見せる人が多い。建物一つとっても趣が全く違う。

 ただし、今いるカフェは緑が豊かだ。庭に木々を配しており、美しく整えている。隣り合う公園の緑も、借景として役に立っていた。ボルナ全体がそうであれば、もっと柔らかく見えるのだろう。けれど、シウの《俯瞰》で視た限りでは公園そのものが少ない。

 この国では「木」は財産だ。豊かな針葉樹林は他国への輸出で使うものと聞いた。国内で使用するには結構いい値段になるらしい。メイドとそんな話をしたばかりで、シウの観察は街並みだけでなくカフェにも移った。なにしろ、このカフェときたら、ラエティティアが好みそうな山小屋風なのだ。ふんだんに使った木造りだから、相当お金がかかっていそうだ。当然、食事の値段にも反映されている。普通のサンドイッチなのに、ロワルの二倍ぐらいの値段が付いていた。

 シウはフェデラル国の料理に興味があったため、その名前を冠したメニューを頼んだ。リグドールには「挑戦者だな!」と言われた。届いた「薄パン」は、上から見るとピザだった。バジルとチーズ、ベーコンらしきものが乗っている。厚めの生地でカリッと感はない。食べてみると、前世で食べた「惣菜パン」のようだった。ピザ風のパンだ。

 サラダは相変わらずジャガイモがメインで、葉物が少ない。

「柔らかいパンが恋しいなんて思わなかったな。ロワルじゃ、これは堅パンだ」

 柔らかパンを頼んだレオンが愚痴る。

「ステーキは美味しいが……。それにしてもデルフは量が多いな」

 朝からそんなにと思われるほどの量が出てくる。大きく切りすぎなのだ。

「でも味は良いよ。かなり薄味になってる。シュタイバーンぐらい」

「にゃ」

 何故かフェレスが返事をした。味わっているのか不明なぐらい、勢いよく食べている。本当に味が分かっているのだろうか。シウはフェレスの頭を撫でながら、二人に提案した。

「とにかく、今日は店を片っ端から覗いてみようよ。屋台も多く出てたしさ」

「おう。食べ比べだな。今日の戦い如何では、今後の食生活が変わってくる。頑張ろうぜ!」

「……だな」

 食べ盛りの少年だって味にはこだわるのだ。皆、三日目にしてすでに料理難民に陥っていた。とにかく、今日は美味しいもの探しをしようと決めてカフェを後にした。


 一度宿に戻ってデジレと合流してから、四人で歩き回ることになった。

 デジレは昨日遅かったらしく、朝ご飯も食べずに寝ていたそうだ。

 何も食べていないから出店が楽しみだと言っていたが、顔色は悪かった。

「もしかして二日酔い?」

「うん、レベッカさんが酒豪で……」

「あの人そんなに飲むんだ」

 と、レオンがショックを受けた顔をしている。

「二日酔いに効くポーションあるけど、飲む?」

「いいの? ええと、幾らかな」

「あ、お代は結構です。薬草は山で採ってきただけだし、瓶も自分のところの山で採ってきた原料から作ったんだよね」

 背負い袋から取り出して渡すと、少し迷いながらもデジレは一息に飲んだ。

「ほんとに、良いの? ただって言っても、労力がかかってるのに……あれ?」

「どうした?」

 横にいたレオンが慌ててデジレの顔を覗き込んだ。

「……気分悪いのが治った。二日酔いの薬ってこんなにすぐ効くもの? すごい」

「ああ、だってシウの薬だしな」

「そうそう。シウの薬、効能が早くて困るんだよ」

「困るって……」

「だって、びっくりするんだもんなー。いや、有り難いけど」

 その後、材料の話になった。

 どこでも山に生えている薬草で作れるだとか、作り方にコツが多少いるのでランクが分かれてしまうのはそのせいだ、なんてことを説明した。

 生産魔法のレベルが五もあれば失敗するどころか、ただの二日酔いの薬でも特級になるのは当然のことだった。

「ところで、シウって、山を持ってるの?」

「うん。爺様が遺してくれたんだ。そこに、いろいろな種類の鉱床もあって、ガラス瓶も際限なく作れるぐらい材料が埋まってるんだよね。研究材料には事欠かないから、有り難いよ」

 大きな鉱床があることを知ったのは最近のことだし、厳密に言えば爺様の山にあった鉱床よりもずっと奥地にある大きな鉱床からも採取している。一応、国内の土地だが、王領でも領地でもない自由な場所なので、見付けたもの勝ちのこの世のルールに従って、こっそり採取した。空っぽの空洞になってしまったので落盤しないよう、自分の山の地下とごっそり入れ替えたりするのはちょっとだけ大変な作業だった。

 同じようなことをロワイエ山でもやらかしている。

 もちろん、穴はしっかり埋めていた。でないと、地下迷宮ができそうで怖いからだ。

 そうした鉱床跡は埋めた後も定期的に鑑定を掛けてチェックしている。帰省の度に見回りするのはそのためでもあった。



 闘技会場の近くには屋台も多く、皆で手分けして買い漁る。それを公園で広げて食べ比べてみた。

「デジレはお腹空いてるでしょ。これも飲んで」

 と特製野菜ジュースを取り出して飲ませる。

 フェレスが欲しがったので彼にも専用カップを出して、飲ませてあげた。

「さあて、どれが美味しいかな。よし、串揚げからだ」

「おれは揚げパンだな」

「僕は、すり身のスープが良いよ」

「じゃあ、僕はフェデラルの焼き菓子にしようっと」

「って、朝からお菓子かよ」

 わいわいやっていると、地元の子供らしき数人が近付いてきた。

「兄ちゃんたち、闘技大会見に来たんじゃないの?」

「見に来たけど、美味しいものが食べたくてね」

「ふうん。だったら、イエナの店に行けば? 外国の人が美味しいって言ってた。俺の父さんは味が薄いって言ってたけど」

「そうなんだ。あ、これ食べる?」

 チラチラ見ているので、勧めると、喜んで受け取った。

 食べながら、子供たちは肉ならあっちの店が良いよ、などと教えてくれる。観光客に奢ってもらって口が肥えているようだ。

「ありがと。あとでイエナさんの店にも行ってみるよ。昼ぐらいが良いのかな?」

「うん。夜はお酒が出るから子供は行っちゃダメだって母さんが言ってたし」

「そうだよねえ」

 と苦笑しつつ、デジレを見た。デジレは頭を掻いて照れ臭そうだ。


 それからも屋台を冷やかしつつ、美味しそうなものを見付けては食べ歩きを繰り返した。

 お腹がいっぱいになったので、一度闘技場へ入って観戦する。

 騒いでこなれてきてから、遅めの昼ご飯を食べようと、イエナの店に行ってみた。

 少し裏通りに入らなくてはならなかったが、昼間ということもあってか特に危ない目に遭うこともなく到着した。

 家庭料理の店らしく、こぢんまりとした可愛らしい石造りで、入り口には鉢植えが置かれて雰囲気は良かった。フェレスには可哀想だけれど表で待っているように言った。ぐずったら玩具を出すつもりだったが、たくさん食べていたこともあって眠いらしく、そのまま座ってしまった。

 店に入ると昼時を過ぎていたこともあり、数人しか座っていない。その人たちもそろそろ食べ終わろうかという頃合いだった。

「いらっしゃい。どうぞ」

 厨房からの声で、店主が女性だと知った。

 メニューは壁に掛かっているものだけで、テーブルには置いていない。大衆食堂のような雰囲気だった。シウには懐かしさがあるが、リグドールやデジレは少し驚いているようだった。

 レオンはシウと同じで馴染みがあるのか落ち着いている。

「注文してもいい? 僕は、おすすめの魚ランチセット」

「僕も同じのを」

「あ、じゃあ、俺は三目熊セット」

「同じく」

 テーブルから声を上げると、あいよーと威勢の良い返事が返ってきた。

 残っていた客たちは自分で皿の乗ったトレイを持ち、カウンターに置いて料金もそこに置いて行った。常連らしく、ごっそうさんと声を掛けて店を出ていく。出ていく時に、店前のフェレスに気付いて何人かが驚いていた。

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