191 新しい食材と図書館と市場




 結論から言えば、大正解の店だった。

 魚は干物をどうやったらこれほどジューシーにしたのかというほど、ふっくらして美味しかったし、パンも味があるけれど硬くなく、それでいてしっかりと噛みごたえがあった。野菜サラダもついており、少ない青物を補うようにハーブや山菜を彩に添えていた。灰汁とりもしっかりされていたので山菜も美味しく食べられる。

 レオンたち、肉料理派も、くどくなくて美味しいと喜んでいた。

 客もいなくなった店内に、店主が出てきて片付けしながらシウたちと話をしてくれた。

「あら、じゃあやっぱりデルフの子じゃないのね。服装からして、そうかなと思ったんだけど」

「はい。闘技場近くの屋台で、地元の子にここが美味しいって教えてもらって」

「あら、嬉しい。そっか、じゃああなたたちもデルフの濃い味に慣れない口ね?」

「えーと。まあ、そうです」

「いいのよ。あたしも同じ。ちょっと味がくどいわよね。こちらは冬が厳しいから、こういう味付けになったのよ。あたしは元冒険者でね、あちこち旅したから味の違いも分かるの。でも、この国にもこの濃い味が苦手だっていう人もいて、割と繁盛してるのよ」

「常連さんもいましたね」

「ええ。ただ、裏通りだから、せっかくの闘技大会でもそっち関係の人は来ないわねえ」

「知り合いがいるから教えときます」

「あら、宣伝してくれるの? じゃ、オマケしちゃおうっと」

 と言って、彼女はお菓子を出してくれた。

「これは?」

「ジャガイモに似た赤いもよ。甘くて栄養が高いんだけど、人気がないのよねえ」

 ふかしたそれは、サツマイモそのものだった。

 ロワルの市場でも見かけないので、この世界にはないのかと思っていたが、デルフ産だったようだ。

「美味しい」

 食べてみるとやはりサツマイモで、ほくほくとして自然の甘みがあり懐かしかった。

「美味しいけど、喉につかえるかな」

「うん。だけど腹もちは良さそう」

 評判は良かった。ただ、この良さは子供にはあまり分かるまい。こうした素朴なものは都会の子供には向かないのだ。

 だがシウは違う。

「イエナさん! これ、この芋、どうやったら手に入ります? 僕、これが欲しいんですけど!」

「え、これ?」

 びっくりする彼女に、シウは説明した。

「これ、お菓子にすると絶対に受けます。いや、食事にも合うけど、よりお菓子向きです。僕、大量に仕入れたいんだけど、紹介してくれませんか」

「ええ、まあ、いいんだけど」

 困惑しながらも彼女は頷いて、それから他の面々に目を向けた。

「すみません。シウ、こいつのことですが、こういうやつなんです」

「これでもお菓子作りの、なんていうのかな、料理人みたいなもので」

「あら、そうなの」

「シウ君の作るお菓子は美味しいんですよ」

 それぞれがフォローしてくれていた。


 シウにとっても、他の少年たちにとっても収穫のあった一日で、午後は食べ物以外の店を見て回った。

 翌日はそれぞれに分かれて見て回る予定なので、この日は全員が楽しめるようにとお土産物を中心に見て歩いた。

 雑貨屋、服屋、道具屋などで友人たちへのお土産を買い求めた。

 晩ご飯はイエナに教えてもらった、あっさり料理の店へと向かう。デルフ国でも南東地方の料理はくどくないそうだ。

 ミッテルバルト領出身の料理人が作っているという、そのお店は少々高級感はあったけれど確かに美味しかった。

 ただ、イエナの作る家庭料理には負けるというのが少年たちの総意だった。



 木の日は朝ご飯は宿で食べ、それぞれ分かれて街に飛び出した。

 レオンは冒険者ギルドへ行ってみたいということで、受けられる仕事があれば挑戦するつもりのようだ。

 リグドールは闘技場へ観覧に行くということで、デジレと共に出かけた。

 シウは図書館と、市場、古書店を回るつもりだ。

 最初に宿の近くにある中央地区の図書館に寄る。

 ボルナの王立図書館も、ロワルと同じように誰でも入れるらしいが、入館料はデリタ銀貨で十枚と少々高い。フェレスを入口近くの獣舎に預けて中へ入ると、人がほとんどいなくて閑散としていた。

 少し試したいことがあって、シウはこれ幸いと更に人のいないところへと進んで、全方位探索を強化しつつ、本の背表紙に手を触れた。そのまま記録庫に流し込むイメージでいると、あっさりと読み込むことができた。ぱらぱらと中身を見ても同じものが記録庫に移されているのが分かる。

 もしかしてと思って、触れないまま、目でザッと背表紙を追っていると、次々と記録庫に流れ込んでいく。

 念のため、コピーされたか確認したら、できていた。

「使い過ぎてどんどん便利になっていくなあ。機能としては申し分ないんだけど……」

 高いお金を払って来ている人には申し訳ない気がした。

 スキルも自分の財産のうちだから、そんな風に思うのは傲慢かもしれないが。

 とにかく、フェレスを待たせていることもあって、考えるのは後にして図書館をくまなく歩いて背表紙を確認していく。かなりの量があり、かつロワルの図書館と被るものも多かったが、全く同じものなら勝手に統合されていったので無視してどんどん記録庫へ流し込んで行った。

 図書館内を歩き終わるのには一時間もかかってしまったが、逆に言うと一時間で王立図書館の本をほぼ全て写し取ることができたわけだ。

 貸し出しは基本的にないので、禁書庫がない限りは全てを記録できたことになる。

 脳内では索引が新たに増えていた。

 ボルナ王立図書館の本と、付いている。

 同じ本が二つ表示されるのは版が違っているからのようだ。どこが変わったのかまでは分からない。

 それとは別に版は分からないが同じ本がある。さっと速読していくと内容に違いがあった。その為に二つ表示されている。

 簡単にだが確認できたので、図書館を出ることにした。

 フェレスは獣舎でポツンと一頭待っていた。

「ごめんね、遅くなった。誰もいなくて寂しかったよね」

「にゃー!」

 遊び相手がいなくて、面白くなかったようだ。獣舎だから匂いは残っているのに、だーれもいない! と拗ねている。

「じゃ、次は市場へ行ってみようか」

「にゃ」

 いくー、という返事とともに尻尾が振られた。

 そのまま全方位探索で、調べていた市場まで歩いて行った。

 闘技場とは反対の方向で、どんどん人が少なくなっていく。

 図書館と同じ理由かもしれない。この時期、闘技会場以外は閑散としているのだろうか。

 もしかして市場も半分閉まっているかなと危惧したが、市場はちゃんと開いていたし、人も多かった。


 まずは、イエナに紹介してもらった店を探し、挨拶した。話は通っているらしく、念のためイエナに作ってもらった割符を見せたが店の主人は見もしないで気軽に店の奥へと案内してくれた。

 不用心すぎないかなあと心配していたら、その顔に気付いたのか、

「だって、フェーレース連れてる少年なんて、そうはいないだろ」

 ということらしい。

「で、赤いもが欲しいんだって? 珍しい子だなあ。ま、俺は売れたらいいんだけどさ」

 奥の倉庫にたくさん眠っているそうで、見せてくれた。

 状態も良く、保存方法もきちんとしていたので、シウは売れるだけ売ってほしいと頼んだ。

 主人は驚いていたが、断れない筋からの引き取り品だったらしく、快く売ってくれた。ジャガイモよりもずっと安く、更には売主に直接取り引きできるようにと紹介状まで作ってくれた。

 今年の分はもうないが、秋の終わりには収穫できるので、それ以降いつでも行ってみなと言われたので、有り難く頂戴した。


 その他にも市場を見てみると、ロワルにはないものもあった。それらを鑑定しつつ、良いものがあれば購入する。ただ、やはり食品に関しては種類が少ないようだ。

 また、小麦よりもジャガイモを主食にする人が多いようで、芋の種類だけは多かった。

 芋ならば作りやすいかもしれないが、連作障害がなかっただろうかと脳内に浮かべつつ、見て回る。野菜は全体的に小ぶりなものが多かった。

 小麦は精製されたものしか置いていなかったので分かり難いが、ロワルの市場で売られているものの方が状態は良さそうだ。

 土地柄が悪いのか、農作物に関する知識の指導が一貫していないのか、原因は分からないが全体的にシュタイバーンのものより劣っているようだった。


 市場の端から端まで歩いて見ていると、数人が付いて来ているのに気付いた。

 自重しないで買い物したものを魔法袋に入れていたし、目を付けられたのかもしれない。と言っても他にたくさんの人もいるので、気にせず歩いていく。

 ところで、市場の端まで来ると、木も売っていた。丸太から、薪、枝と種類ごとではあるが壮観だ。さすが森林大国でもあるなあと、木の様子を見て回る。

 樵をしていた爺様に育てられたので見方は分かっていると思っていたが、土地が違うと木々の種類も違っていて、見ていると面白い。

「杉が多いなあ。あ、割れてる。切りだしてそのまま持ってきてるのもあるのか。こっちはきちんと処理されてるな……」

 ぶつぶつ呟いていたら、仲買人の男性が苦笑していた。

「良い目利きじゃないか。樵の子、ってそんなわけないか。立派な格好してるが」

 普段着だったのだが、ロワルで暮らしていたのでちょっとはマシな格好になっていたようだ。確かに、山奥で暮らしていた「樵の孫」の格好とはかなり違う。

「爺様が樵だったんだ。一人になって、王都へ働きに出たら、ださい格好はやめなさいって周りから言われて」

「ははは! 分かる分かる。俺もその口だ。毛皮を着ていたら、どこの山賊だって言われたよ」

「あ、僕も! 僕は猟師だって言われたよ」

 と意気投合し、しばらく仲買人の男性と一緒に見て回ることになった。

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