192 樵の性分と恐喝騒ぎ
仲買人の男は、デルフの木材についていろいろと教えてくれた。
最近は樵が減ってきて、間伐材利用の考え方も廃れてきていると嘆いていた。山を丸裸にして使い物にならなくなった土地を幾つも見たと、熱く語る。
どの時代、どの世界でも同じ道を通るんだなあとしみじみ思う。
「木の根が水を蓄えて、その土地を強くしているのにね」
「そう、そうなんだよ! さすが樵の子だ、よく知っている。そういうことをな、次代に伝えようと思っても、最近は誰も聞きやしないし、目先の利益ばっかり追及するんだ」
とうとう彼は市場の端にあった丸太を椅子替わりにして、話し込み始めた。
シウは、隣に座るよう手で丸太を叩かれたので、遠慮なく座る。
「鉄砲水が出た時だってさ、俺の知人が領主に訴えたんだけど、全然取り合ってもらえなくてな。逆に何かおかしなことをしてるんじゃないかって疑われて、領地から出るしかなくなったんだ。今は王都で俺と同じ仲買人をやってるんだけどさ」
「大変だね」
「市場でもろくな木がなくて、うんざりしてたんだ。そいつも仲買人やめようかって悩んでるし」
はー、と溜息を吐く。
「でも、あなたたちみたいに木の事を良く知っている仲買人がいなくなったら、お客さんが困らない? 本当に良いものが欲しい人って、いると思うけどなあ」
「……そう、かな?」
「うん。仲買人から意見を発信しても良いんじゃない? やれることってあるよ。ところで、森林を持っているのってやっぱり商人じゃなくて領主様?」
「あ、うん、そうだな。領主が多い」
「うーん。じゃあ、直接は言い難いよねー。話の通じる領主様って誰かいないのかなあ」
「……シウだったっけ、ええと、君、面白いね」
「そう? とにかく、誰か一人、やり始めて成功したらいいんだよね。話の通じる人いないか、調べてみようよ」
「……そうだな! ぐだぐだ言う前に、やるだけやってみるか!!」
ぐっと拳を作って天に向かって突き上げる。
「そうだよ。だって自分たちの住む国のことだもん。将来、森林がなくなる事態を避けるためにも、今できることをやらなきゃ」
「……ていうか、シウって本当に子供? まあ、いいんだけどさ」
立ち上がって、ぱたぱたと尻の埃を払う。
「なあ、そういえばどこの子だ? 名前しか聞いてないけど」
「今はロワル王都で魔法学校に通っているんだ。一応、冒険者で魔法使いだよ」
「へえ、へっ!?」
腰帯に付けているポーチから、ギルドカードを出してみせた。
「おお、マジかよ。しかも十級、見習いでもねえ」
「知人が避暑がてら闘技大会を観覧に行くからって、連れてきてもらったんだ」
「ん? 闘技大会見に来て、市場に来たのか?」
「うん。闘技大会よりは図書館や市場の方が面白いから」
「また、変わった子だなあ」
笑いながら、シウを手招いた。
「昼ご飯、奢ってやるよ。美味しい店があるんだ。あ、他国人でも美味しいと思うぜ」
「ほんと? 行く行く。この国の人に言うのもなんだけど、何度も食べてると味がくどくて」
「そうだろうな。俺も元々はミッテルバルト領の出身だから、王都の食事に最初は慣れなくてさ」
歩き始めると、また付いてくる男たちがいた。
フェレスがチラッとそちらを向いたが、ふーんと値踏みしてからどうでもいいといった顔で前を向く。
大したことはないらしい。鑑定結果でも、ただの一般人レベルで気にするほどのこともなかった。
仲買人の男が連れて行ってくれたのは、市場の通りから続く細い道を何度か曲がった、裏通りの小さな店だった。
ジャガイモがメインの料理屋だが、飽きさせないだけの豊富なメニューがあって、味もいろいろな調味料で変化を付けていた。
細切りにしたジャガイモを敷き詰めて焼いた生地の上に、チーズや玉ねぎに燻製肉の薄切りなどを置いてオーブン焼きにしたもの。ポテトフライのようにして、ハーブ類と混ぜたものなど、酒の肴にも良さそうだ。シウは飲まないけれど。
一番美味しかったのは洋風肉じゃがと言えばいいのか、ポトフのようなスープだった。
味もくどくないのに、水臭くなく出汁がしっかり染み込んでいた。
玉ねぎと火鶏の骨で出汁を取っているそうで、そこにハーブを使っている。
「このお店、いいね。また友達と来てみる」
「友達も一緒か。連れてきてくれた人は豪気だなあ」
「うん。一応貴族だし」
「……そりゃまた。じゃあ、あの発言も分かるってなもんだな」
肩を竦めて、それからお勧めの店や、気を付けることなどを教えてくれた。
裏通りの道でも安全なところは多いそうだ。特にこの時期は外国からの賓客も多いので、間違いがあってはいけないと憲兵も多く出ているらしい。
ただ、南西にあるスラム街へは行ってはいけないと言われた。
犯罪者も多いし、誘拐されることもあるとか。
「特にシウは騎獣を連れているだろ? 気を付けろよ」
「うん。ありがと」
「ま、冒険者で魔法使いなら、大丈夫だろうがな」
と言って、ポンと肩を叩かれた。
彼とは料理屋の前で別れた。
送っていこうかと言われたが、仕事もあるそうだし行きたいところがあるからと断った。
断って、彼が通りの向こうへ消えると、シウはフェレスを連れて男たちの隠れている近くの路地へと向かった。
「僕に用事ですか?」
「……良い度胸だな、坊主」
シウの方から声を掛けたので少し動揺しているようだが、さすがはチンピラだ。堂々と? 目付きの悪い顔になって、声を低める。
「そこの騎獣を置いていきな」
「ついでに懐の財布もな」
「おっと、アイテムボックスごとだ。お前が持っていることは分かっているんだ」
そりゃそうだろう、ずっと後を付けて見ていたのだから。
それにしても捻りも何もない。
ただ、大柄な体で狭い路地を塞いで通せんぼするぐらいのことは考えているようだ。もう一人の仲間がすかさず、シウたちの後ろに回って、奥にあるもっと狭い路地へ進ませようとする。
とはいえ、フェレスは全く気にせず、ふわぁぁぁと大きな欠伸をしていた。
「聞こえないのかっ、痛い目に遭いたくねえだろうが」
「なんなら、スラムに放り込んでやるぞ。お前みたいなチビは身ぐるみ剥されて、骨まで残んねえ体にされらあ」
ドスも利いていて、脅す口調にも慣れたものがある。
それでもフェレス同様、全く怖いとは思わなかった。
「……ワームの方がよっぽど怖いっていうか、気持ち悪かったもんなあ」
「は?」
「えーと、強盗は犯罪なんだけど、知ってるよね? あと、子供を脅すのは強盗以上に、たちが悪いよ。改心するなら憲兵に付き出すのは止めておくけど」
「はあっ!? 何、舐めたこと抜かしてんだ。こっちが優しくしてやってたら付け上がりやがって。思い知らせてやるよ、大人に対して偉そうな口利いたことをな!」
リーダーらしき男がナイフを取り出して飛び込んできた。後ろでは路地に追い込もうとしていた男が網のようなものを取り出してフェレスに向かって投げるところだった。
(《旋風》)(《閃光》)
ちいさな、つむじ風を起こす。網はふわっと回転して男の頭上まで戻るとその場に落ちた。ナイフ男には、光属性による明かりを凝縮させて、彼の目の真ん前で発動させた。
これだとレベル二程度の低さでも充分な攻撃力になるのだ。通常、閃光魔法はレベル三からしか使えないとされるが、やろうと思えばレベル一でだって可能だ。瞳のすぐ近くに小さな明かりを凝縮させて光らせば良いだけなのだから。ただし、これはコントロールが難しい。
そういった気持ちも多少混ざっていたせいで、シウはレベル二ぐらいの威力で魔法を使った。
そして、オーバースキルだったと、反省することになってしまった。
「ぐわあぁっっ!! 目が、目がっ」
「網が、くそっ離れないっ」
旋風の残り風に煽られて倒れてしまった男が網に絡まり動けなくなるし、ナイフ男は目を押さえて転がっている。残り一人は呆然とながら二人をおろおろと見下ろしていた。
そして逃げようとしたので、木属性魔法を使って路地から伸びる雑草を使って足を引っ掛けさせ、同じく雑草でくるくるっと足に巻きつかせた。
「おーい、大丈夫か!?」
騒ぎに気付いた周辺の住民が出てくる。
そのうちに誰かが呼んでくれたらしく、憲兵もやってきて三人は連れて行かれた。
憲兵はシウにも、念のため話を聞きたいと少々高圧的な態度で連れて行こうとした。だから、キリクに言われていた通り、
「今日は忙しいので、夜、宿まで来てくれますか。ノイハイムというところです」
そう言いつつ、紋の縫いどりがある小袋を見せると、彼等は途端に態度を変えた。
「申し訳ありません! 貴族のお連れさまでしたか!」
「詳細はこいつらから聞きますので、問題ありませんっ。後日上司からお詫びに参るかもしれませんが、どうか、その」
「あ、はい。よろしくお願いします。お詫び? も不要です。僕も辺境伯には報告しませんし」
「……へ、辺境伯様、でいらっしゃいますか」
「あ、ノイハイムはオスカリウス辺境伯が貸し切っていますので、他の貴族の方は今のところお招きしていないそうですからいらっしゃいませんよ。僕は辺境伯に招待してもらって付いてきただけで、ただの庶民ですけど」
「……いえ、はい、その。承知いたしました。お手数おかけして大変申し訳ありませんでした。どうか、どうぞ、お許しください」
「別に許すも何も、あの、すぐに来て下さったし、皆さんお優しいですし。こちらこそ、よろしくお願いします」
と頭を下げてその場を後にした。
聴取に引っ張られたら貴重な時間が勿体無いと思ってキリクの名を出したが、大袈裟なことになってしまって驚いた。
魔法も言葉も、もうちょっと慎重に使わないといけないなーと反省した。
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