193 本の大人買い




 昼の騒ぎのせいで遅くなったが、午後は古書店やそういった出店を中心に探し、歩き回った。

 ロワルの誕生祭の時よりも出店は多く、掘り出し物も比例して多かった。

 本はとにかく気になったらどんどん買っていく。カスパルやエドヴァルドへのお土産にもちょうど良さそうな本がたくさんあり、古代語関係はほぼ気にせずに購入した。

 そのうち、古書を買い漁る子供がいると噂が立ったらしくて、次から次へと店主が呼びに来て、仕舞いにはひとつの店が場所を提供してくれたので、各自がそこに運び込んできてしまった。

 ちょっと目立ちすぎてしまった気もするが、今更なので買ってしまう。中には持った瞬間に中身が分かってしまうため、詐欺のような本も見付けることができた。それらは横へと撥ねていく。

「おい、なんでこれは買い取ってくれないんだ」

 と文句を言う人もいたが、声にドスがあるので分かっていてやっているのだろうと思い、指摘がてら周囲に聞こえるよう教える。

「中身が意味のない言葉の羅列、古書風に見せかけた内容のないもの、同じ本なのに装丁をわざと変えている、中身がごっそりなくなっているのに紙を継ぎ足しただけ、現代の本なのに装丁を変えたもの、まだ続ける?」

「……見てないのに、分かるのか?」

「僕、魔法使いだよー。それぐらい分からないと古書なんて買えないよ。ちゃんと、ご主人様から言い渡されているんだ。変なの買ってきたら怒られる」

 と、ちょっぴり嘘も交える。こんなに本を買えるのは、子供の財力じゃありませんよ、お金持ちのご主人がいるんですよとのアピールだ。

 おかげで、周囲の本屋達も、子供のお使いに変なことするんじゃねえと注意してくれた。

「混ぜもんなんてしてみろ、この子が怒られるじゃねえか」

「よし、俺たちももう一度、中身を確認してから置いていくぞ」

「おー」

 どういうわけか一致団結して調べてくれるようになった。

 中には古代語による色本もあったが、これはどうする? と大人の男性たちがこそこそ話し合っているのが面白かった。

「あ、一応、時代考証のためにも詐称してなければ全部買ってくるように言われてるので、並べておいてください。ご主人様も、そういうのは僕に見せませんから」

「ああ、そうか。そりゃあ良かった。まだ坊主にはちっと早いもんな」

 と、言われてしまった。

 一体幾つに見られているのか気になったが、聞くのは止めた。落ち込みそうな気がする。


 シウが古書ばかり売る出店の一角を陣取っている間、フェレスは店の男たちに撫でられていた。買い取りが終わった店主から順に、フェレスを触っている。

 成獣になってもフェレスの人気は高く、大の男たちの相好を崩させていた。

 全部の買い取りが終わって店を出ようとしたら、皆が名残惜しそうにしているほどだ。

 どちらが本命か分からないけれど、送っていこうとまで言ってくれた。

「あ、でもまだ他にも見て歩こうかと思ってるし」

「そうか? でもこれだけ大量に買って、アイテムボックスまで持っていることが知れてるからなあ。心配なんだが」

「市場の裏路地でも恐喝されかけましたけど、住民の人もすぐ出てきてくれるし憲兵も来てくれたから大丈夫ですよ」

「うーん、そう言うなら、まあ」

 言いつつ、チラッとフェレスを見る。

 シウは苦笑して、じゃあと提案してみた。

「お店が大丈夫なら、闘技場近くまで一緒に行ってくれますか? あそこまでおじさんたちに囲まれて行ったら、後を付けられていても撒けますし、ご主人様の貴族席に行けば後は護衛の人へ渡すこともできますから」

「お、そうか! じゃあ、そうしよう。どうせ俺たちももう売るものねえしな!」

「今年は捌けるのが早かったぜ」

「て、お前、例年売れ残ってるって、ぼやいていたじゃないか」

「そりゃあお互い様だ」

 などと言い合って、店の片付けは後にするからと、一緒に歩き出した。

 提案通りシウとフェレスは男たちに囲まれて真ん中だったが、時折フェレスの傍に立つ者が変わる。

 フェレスは触られても、よほど機嫌が悪くないと嫌がらないので、されるがままだ。

 しかも、ちやほやされているのが分かるらしく、なんと、乗ってみる? と前かがみになるほどだった。

「うん? どうしたんだ、これ」

「乗りたいなら乗っていいよ、だって」

「まじか!」

「お、俺、乗りたい……」

「俺も……」

 何故か皆が小声になった。大声を出したらフェレスが消えてしまうと思っているかのようで、面白い。

「じゃあ、順番にどうぞ。騎乗帯がないから乗り難いかもしれませんが、フェレスは慣れてるし、意外ともふっとしていて乗りやすいですよ」

 シウに促されて、リーダーのようになっている男がそうっとフェレスの背に乗った。

「おおおおお」

「かっ、可愛いなあ……」

「すげえ、大の男を乗せているのに、堂々としてる」

 少し歩くと、もういいよとリーダーの男が言って降りる。次の男が乗るのを待って、また歩きはじめる。

「どうだった?」

「すげえ、もふもふしていた。いいな。やっぱり、猫型騎獣はいい」

「俺も飼いたいよ」

「お前、フェンリルが良いって言ってなかったか?」

「お前はドラコエクウスだろ?」

 言い合っていた男たちも、フェレスに乗るとその後はフェーレース派になったようだった。


 闘技場近くの広場まで来ると、そこで屋台から串焼きやパンなどを買って皆で食べた。

 シウはオマケだ。

 皆、一口ずつフェレスに食べさせる。もちろん、飼い主であるシウに了解を取ってからで、それもまた面白可愛かった。

「乗せてもらったお礼に、おやつをあげたいんだが、良いだろうか」

 と顔を赤くして言うのだ。大の男が。

 シウは笑いを噛み殺して、いいよと答えた。フェレスには、お礼におやつくれるんだって、と言うと更に機嫌がよくなりゴロゴロと喉を鳴らしていた。

 順番に貢がれる図は、ちょっと高慢な猫のようにも見えたが、それもまた可愛くて笑いが漏れる。

「僕まで貰って、すみません」

「いやあ、お得意様だったし。それに騎獣に乗せてもらえるなんて思わなかったからなあ」

「こちらの国の方は騎獣を借りたりしないんですか?」

「そうだな。ほぼ、国が独占状態なんだ。商人の持つ移動用も地竜のリーノケロースまでで、マラクとなると軍しか所有できない。馬車も馬がほとんどでさ。ドラコエクウスなんて近くで見たことさえないんだよ」

「そうなんですか。ロワルだと、騎獣屋が多くあって、騎乗できれば子供でも借りられるのに。まあ、借り賃が高いので庶民だとなかなか手が出ないけど、お手伝いすると獣舎の中でなら乗せてもらえたりするし」

「良いなあ。希少獣は希少なだけあって強い個体が多いし、移動に使えるなら安心なんだろうがな。こっちは移動にはほとんど馬を使うから、魔獣に襲われると目も当てられない。たくさんの護衛を雇わないといけない分、物資輸送にも金がかかるんだ」

「大変ですね。あ、それでちょっと古書もお値段が高かったんだ」

「まあな。ロワルはもっと安いのか?」

「一割から二割ぐらいは」

「俺たちも、値段は頑張ったんだぜ?」

「ああ、はい。それは理解してます」

「……お前さん、値引き交渉しなかったな、そういや」

「市場だと、そういうものらしいから値引き交渉も楽しみますけど。相場も分かっているし。でも本は、その一冊しか存在しないってものも多いでしょう? なんていうのかな、その価値に対して値段を付けているから、値引き交渉するのは違うかなって思うんです」

 男たちがフェレスにまとわりついているのを眺めながらそう言うと、隣で男が苦笑した。

「やっぱり、あの本、お前さんが読むんだろ?」

「え?」

「ご主人様に頼まれた本じゃないな。あ、いや、それはいいんだ。別に誰が買ったって、かまやしない。ただ、本が好きな人間に買われてって良かったなって思うだけさ」

 それからニヤリと笑ってウインクしてきた。

「誰にも言わねえよ。また、機会があればこの時期に来てくれ。お得意様」

「……はい。いろいろ、ありがとう」

 握手すると、男が自己紹介をしてくれた。

「遅れたが、俺はパーセヴァルク、冒険者をやっている」

「え、そうなんですか?」

「ああ。主に遺跡探索をやっていてな。書物関係に強いものだから、こうして古書の売買にも手を出しているってわけだ」

「へえ。じゃあ古代魔道具も手に入れたりするんですね」

「おうよ。大抵は使えないものが多いけどな。だもんで、書物の方が良いわけだ。魔道具にも興味があるのか?」

「自分でも作るので。おすすめのお店とかあります?」

 何気なく聞いたら、パーセヴァルクは親身になってくれて、あれこれと情報をくれた。

 やはり餅は餅屋で、遺跡専門の冒険者はいろいろと詳しかった。

 ついでに紹介もしてやると言って――なにしろ売り物は全部捌けたので――翌朝待ち合わせることにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る