194 フェレスの独占欲




 その日の晩ご飯は、闘技場で再会して一緒に観戦したらしいキアヒとリグドールたち、合流したレオンとで食べに行った。

 わいわいと今日の出来事を話しあいながら食べる料理は美味しかった。

「レオンはじゃあ、本当に仕事を受けたんだね。すごい」

「いや、仕事と言っても神殿の修繕だったんだけどな。養護施設もあって、覗いてみたんだが、ロワルとは全然違っていてびっくりした」

「そうなの?」

「俺たちは養護施設育ちでも、寄付もあるし、小遣いだって貰えるからあんまり不自由を感じたことがないんだ。そりゃあ親はいないけど、神官や、先に巣立っていった仲間がまあ親代わりになってくれる」

「うん」

「だけど、ボルナの養護施設はちょっと、いやあそこだけかもしれないけど――」

「皆、目に生気がないんだろ?」

 キアヒが会話に交ざってきた。レオンは頷いて、続ける。

「そう、そんな感じだった。皆ぼーっとしてる。一応、食べ物は足りてるそうなんだが」

「デルフは戦争孤児が多いからな。あんまり大きな声では言えないが、軍国寄りだ」

「あ、そっか」

「そういえば学校で、習った……」

 レオンが難しい顔をした。ロワルとは基本的に違うのだと悟ったようだ。

「難しいな、こういうのって」

「うん」

「大人が考えることだぜ。でもま、将来何かあったら、思い出せよ、こういうことをさ」

「はい」

 キアヒの言葉にレオンは真面目な顔をして頷いていた。


 リグドールとデジレは興奮気味に闘技大会のことを話している。

 グラディウスは順調に勝ち進んでいるようだ。本戦まで残れそうだと、本人よりも喜んでいる。

「シウは? 今日はどこ行ってたんだい」

 キルヒに聞かれて、最初から順序立てて簡単に説明した。なのに、段々と皆の顔色が変わっていく。

「……出た、騒ぎの元」

「えっ」

「恐喝騒ぎと憲兵に、古書の大人買いね。で、仲良くなった人と明日また会う。なんかもう自由ねえ、シウは」

「ティアだって自由でしょ」

「そうよう。わたしは自由でいたいから出てきたんだもの。閉鎖的すぎるのよね、あそこ」

 と言って肩を竦めた。

 詳しくは聞いていないが、彼女はエルフなのに珍しく、里を捨ててきたそうだ。稀にエルフにはそうした者が出るという。

「でも、魔道具なんて興味があるわね。わたしも明日一緒に付いて行こうかしら」

「あ、俺も心配だから付いていく」

 レオンが手を挙げた。こちらも魔道具には興味がありそうだが、少しラエティティアを気にしている風もあった。

 リグドールが少し迷っていたようだが、グラディウスがあからさまに落ち込んでいたので肩を叩いていた。

「俺は兄貴の試合を見るよ!」

「おお、そうかっ」

「……ティア、グラディウスが可哀想じゃないの?」

「だって、同じような試合ばっかりで、飽きたんだもの。本戦で見るわよ。だから、本戦に出なさいよ、グラディウス」

「任せておけ!」

 おーっ、と拳を突き上げているが、どこか滑稽で面白い姿だ。

 黙っていれば格好良いキリッとした剣士なのに、グラディウスは相変わらずとぼけた青年だった。


 ところで、と思い出して確認する。

「明日の夕方にアグリコラと合流する予定で、良いんだよね?」

「ああ。俺たちは午後から武器の出店を見て回るから、その流れで落ち合うつもりだ」

「あ、じゃあ、レオンも午後はそっちに合流する?」

 聞くと、レオンはこくんと素直に頷いた。

「良ければ、一緒に回りたい」

「いいぜ。じゃあ、闘技場の前で待ち合わせするか?」

「はい」

 レオンは上級ランクの先輩たちに、憧れがあるようだ。クラスメイトに対する態度とは全く違って、礼儀正しい。

 それがまた面白可愛いかった。

「……なに、にやにや笑ってるんだよ」

「えー? だって」

「ちっ。お前はほんと、いつも呑気にのほほんと笑って」

 最後まで言わず、レオンはふっと力が抜けたように笑みを漏らす。

「お前といると、何故かつい、俺もゆるーくなるんだよなあ。変な奴」

 そう言って、シウの頭を強引にぐしゃぐしゃっと撫でた。

「あっ、俺のシウがっ、待ってろよ」

 キアヒが参戦してきて、レオン以上にシウの頭をぐしゃぐしゃにしてくれた。

 皆が面白がって手を出してきたのだが、何故かフェレスがぐいっと身を乗り出して席に割って入ってきた。

「にゃっにゃにゃにゃっ、にゃっ」

 ぐいぐいと割り込んで、それからシウに覆いかぶさり、俯せになったシウの頭を大きな舌で舐め始めた。

「……おい、フェレス、なんて言ってるんだ?」

「うー、重いー、誰か助けてー」

「え、そんなこと言ってるのか? って、シウか」

「なんかねえ、シウはふぇれのだからさわっちゃだめ! だって。えへへー」

「なんだよ、惚気かよ! 助けるの、やーめた」

 手を離されてしまった。

 その後、フェレスが納得するまでざりざりと頭を舐められたせいで、髪の毛は涎塗れになってしまった。浄化したいような、そのままでいたいような複雑な気持ちになったものである。



 翌朝も朝ご飯は宿でいただいた。

 部屋付きメイドに自分で作ることは可能か聞いてみると、奥へ聞きに行ってくれて了承をもらってきたので、明日はシウが作ることにした。

 それを聞いてリグドールとレオンが喜ぶので、聞きつけた他の人もやってきて、結局その場の全員分作ることになってしまった。

 宿の人に申し訳ないと思ったが、料理人やブラーケも自分の国の食事が他国ではあまり口に合わないことは分かっているらしく、逆に興味があるので手伝いたいと言ってくれた。さすが大きな宿だ、臨機応変にやってきたからこそ、今があるのだろう。


 その後、宿を出てから闘技場までは四人で行ったが、そこから二手に分かれた。

 リグドールとデジレは闘技場に入り、午前中はそこでグラディウスを応援するそうだ。午後は武器廻り班と落ち合う。

 シウだけまだ午後の予定を決めていなかったが、ラエティティア曰く自由人なので誰も気にしていないようだった。

「おー、シウよ。待たせたか?」

 パーセヴァルクがやってきて、よう、と軽く手を上げる。それからフェレスにも挨拶して、シウの隣に立つレオンを見た。

「お友達か? 俺はパーセヴァルク、冒険者だ」

「あ、俺はレオンです。冒険者、です」

「へえ、まだ子供だろう? もう冒険者なのか」

「はい。あ、でも、もう成人はしました。ギルドカードも持っています」

 少し自慢げに答えている。

「パーセヴァルクさん、もう一人来る予定なんだけど、待っててもいいですか」

「いいぜ。じゃ、ちょっと飲み物でも買ってくるか?」

「あ、はい。僕も行きます。レオン、待っててくれる? 飲み物はなんでもいい?」

「ああ。任せる」

 店に向かいながら、パーセヴァルクがシウの頭を撫でた。

「呼び捨てでいいぞ。仲間内からはヴァルクって呼ばれてる」

「良いんですか? 大先輩なのに」

「よせよ。大体パーセヴァルクなんて柄じゃないんだ。親もなんだってこんな御大層な名前を付けたんだか」

「そうなの?」

「そうよ。……ああ、知らないのか。これはデルフ国では英雄の名なんだ。冒険者であり、勇者でもあったらしい。おかげで子供の頃から冒険者になるのが当然のような成り行きでな。気が付いたら、ま、多少は違うが冒険者の端くれさ」

「端くれって、遺跡探索なら立派な冒険者だと思うけど」

 少なくとも今のシウよりはずっと本物の冒険者だと言える。

「ははは。ま、名前負けしていることは確かだ」

 飲み物を買い、待ち合わせの広場まで戻るとラエティティアが来ていた。

「あ、連れです」

「へえ、可愛い子じゃないか。やるなあ」

「あの人、あれでランク五級の冒険者ですよ」

「まじかよ」

「聞こえてるわよ、シウ」

 ラエティティアは笑顔で睨みつけて、ウインクした。彼女がやるとチャーミングだ。昨日はおじさんのウインクを見たが、全然違う。

「初めましてね? ティアよ。今日はシウが魔道具を見にいくっていうから、ついてきたの。お邪魔して悪いわね」

「いいや。構わないぜ。俺も暇だから付き合うようなもんだしな。じゃ、行くか」

「ええ。あ、ところで、シウ」

「うん?」

 歩き出したところだったので振り返ると、ラエティティアが微笑んだ。

「ランク五級って言ってたけれど、もうすぐ四級よ、わたしたち」

「え、マジかよ」

 シウよりもパーセヴァルクの方が驚いていた。

 確かに、ランク四級はすごい。もう完全に一流の冒険者パーティーとして扱われるランクだ。

 レオンもぽかんとして、それからぼうっと頬を上気させてラエティティアを見ていた。

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