532 角牛乳、雑談、嫌な訓練、新メニュー
角牛の世話を朝からリコやソロルが見学する中で行って、特に問題もなかったのでそのまま学校へ向かった。
念のため、何かあったら連絡してとは言っているが、感覚転移で見る限り大丈夫そうだというのは分かっていた。本当に彼等はおとなしいのだ。基本的に牛と同じ、ただ巨体なだけである。
そして、朝に晩に大量の乳が搾れることも分かった。知らずに、朝世話に向かったら、寝床が漏れ出した乳で濡れていた。森の中では餌を求めて移動するから、シウも気付かなかったが、こんなことになるのかと呆然としてしまった。
量が摂れるのは良いが、ちょっと世話は大変になるかもしれない。
ブラード家は喜んでくれているが、専用の世話をする人を雇う必要があるかもなーと思いながらミーティングルームへ向かった。
「あ、おはよう」
「おはよう。ねえ、一昨日すごいことがあったのよね?」
プルウィアがわくわく顔で待っていた。その横にエドガールがいて、今まで話をしていたようだ。
「そういえば、食堂にいなかったね」
「午前の授業が押してて、メープルクッキーで凌いだの。こんなことなら無理して行けば良かったわ」
「それだけじゃ、お腹が空いただろうに」
とはエドガールだ。大分仲が良くなったようで、普通に会話をしている。
「おかげで午後はお腹が鳴りっぱなしよ」
「ふふっ」
「あら、なあに?」
くすくす笑うエドガールに、プルウィアが目を向けた。エドガールはだって、と笑いながら言った。
「君、見た目は美しいエルフなのに。お腹を鳴らしてるなんて」
「あら、エルフだって人間よ。人族とさほど変わらないわ」
「そうだね。こうして話していると、そうだなって思えるよ。つくづく、無知って怖いなって思う」
「……ああ、それは分かるわ。わたしも、随分無知だったなって思うもの」
何故かそう言ってから彼女はシウを見た。ね? とウィンクしてくるので、そうだね、と答えておく。
そこにシルトがやってきたので、会話が終了した。
「今日も闘技場か」
「そうみたい」
「今回は消されてなかったんだな」
シルトが白板の連絡事項を見てポツリと呟いた。プルウィアが片眉を上げたので、エドガールが簡単に説明している。シウはシルトに、アラリコからの情報を教えた。
「消されていたことを問題視してくれて、教授会で話題に上げてくれたらしいよ。で、魔法で、消されないよう固定化したんだって」
「そうなのか」
「暫くは、面倒だけどこうしようって話。あと、先生方は大変かもしれないけど、重要事項はロッカールームの方に入れておくことも検討するって」
「うわ、それは大変そうだ」
「だよね」
説明を聞かされていたプルウィアが怒っていたけれど、そろそろ時間がないので彼女とは別れ、闘技場まで連れ立って歩いた。
途中、なんとなく嫌な視線も感じたけれど、一昨日までのような敵意のあるものではなかった。どちらかと言えば奇妙なものを見る感じに近い。
祟り扱いされてる気もしたが、面倒なことにならなければそれで良かったので、シウは無視して進んだ。
ただ、シルトが、
「お前はよくこんな中、平然と歩けるよな。すごいな」
と褒めているのかよく分からない発言で、尻尾を所在無げに揺らしていた。
隣りでエドガールも頷いていたので、シウは「一昨日までよりずっとましだよ」と答えた。それはそれで、え? という顔をされたが。
闘技場では、シウ達だけ別で訓練を行った。
フェレスにとっては辛い時間だが、2回目にしてこれが「練習」なのだと悟ったのか、レイナルドに殺意を抱かないよう我慢しながら耐えていた。
クロとブランカはまだ訳も分からないらしく、何やってるのかなーという感じだ。
おとなしくサークル内で玩具と共に遊んでいるから、偶に魔法を使って風を起こしたり玩具を動かしたりして視線を逸らしている。
恨まれるのはレイナルドだけでいいと本人も言っており、シウはレイナルドと割と本気で戦わされたりしたものの、それも良い勉強となった。
人と対戦するのも大事だ。相手の力量を量りつつ、躱したりいなしたりするのは対戦経験から得られるものだ。
レイナルドはさすが戦術戦士科の教師だけあって、あらゆる戦い方を知っている。騎士らしく戦ってみたり、冒険者や護衛の立場にもなってみせた。
街のごろつき、一般兵、果ては魔獣などの役もこなしてみせて、なかなか面白かった。
授業が終わるとつい、聞いてしまったほどだ。
「もしかして、演者になれるかも」
「おー。やったことあるぞ」
「え、ほんと?」
「おう。知り合いの劇団に頼まれてな。剣舞を演るやつが居酒屋で絡まれて腕を怪我しちまって、代理にされたんだ」
「へえ」
「結構、良かったらしくて、毎年夏には呼ばれてな」
「……てことは、今年も?」
「おうよ。今回は姫神子の護衛役だったぜ」
そんな話をしているとクラリーサ達も混ざってきた。
「まあ、素敵なお話ですわね」
「先生が演者?」
えー、すごい、とレイナルドを誉めそやしていたのだが、フェレスだけは機嫌悪く睨んでいた。
さて、昼休みだ。
少しばかり食堂へ行く足取りが重い。
今度こそ面倒なことは起こりませんようにと願いながら、エドガールやシルト達と食堂へ入ったら、一斉に視線が向かってきた。
けれど、シウだと分かるとあからさまにホッとした様子で、中には「シウか」と声を掛けてくる者もいた。
「どうしたの?」
誰にともなく聞いてみたら、
「いやあ、またあの変な人が来たら嫌だなと思って」
と、笑っていた。
確かに。
そう考えて、シウはハッとした。
「あー。皆さん、この間は騒いでしまってすみませんでした。謝るのが遅くなったことも。僕も頭がいっぱいいっぱいだったみたいです」
「……あれで、いっぱいいっぱいってことはないと思うけど、でもシウが謝るのは違うと思うぜ」
「そうだよなあ。あれって、完全に災害レベルだもんな」
顔見知りの生徒達がそう言うと、元々シウを知らない生徒達はさして興味がなさそうに視線を外していた。
特に抗議するつもりはないようだ。
安堵していつもの席へと向かった。
本日のお弁当はオムライスで、折角作ったトマトソースを使おうと頑張ってみた。
「今度のこれは何だ? 彩りは良いけど」
「オムライスだよ。ごはんを火鶏の肉や玉ねぎでコンソメ味に炒めて、それをふんわり玉子焼きで包むんだ。その上からトマトソースを煮詰めて少し甘めにしたケチャップを掛けて、食べるものだよ」
「聞いてるだけで美味そう」
「みんな、食堂のメニューは頼んでいるみたいだから、小さ目に作ってみたんだ。どうぞ」
お皿を出していると、何故か食堂の職員も手を出していた。
「フラハさん」
「あはは」
笑って誤魔化して、そっと受け取って行ってしまった。さすがだ。
その後に、昔懐かしナポリタンも出してみた。これこそケチャップ味の醍醐味だと思う。岩猪で作ったウィンナーや、ピーマンと玉ねぎがしゃきしゃき音を立てるぐらいの炒め方。上には粉チーズも掛けてみる。
「うっわ、なんだこれ」
「匂いだけでパンもご飯も食べられるな」
「チーズすげえ」
「トマト嫌いだったのに……」
と、食べる前から人気で、こちらも生徒達は完食していた。もちろん、オムライスもだ。小さ目とはいえ2つもあったのに、男子の胃袋はすごい。
プルウィアも食べてしまっていたけれど。
そして、大人のフラハもナポリタンまで食べていたけれど。
後で、フラハに呼ばれて、角牛料理は無理だけど、オムライスとナポリタンはいける、と言うのでレシピを教えた。
当然ながら、商人ギルドで登録もしておかねばならず、ちょっと面倒だなと思ったのはここだけの秘密だ。
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