533 奇人使い、横取り疑惑、角牛の世話
午後はギリギリの時間に教室へ向かった。
それでも擦れ違う上級生もいたが、あまり敵意のある視線は受けなかった。そそくさと逃げる人さえいて、一昨日の話がもう伝わっているのだとある意味感動した。
授業では複合技についての話などが出て、ヴァルネリの意識が今どこにあるのかがよく分かって笑ってしまった。
それでもそこから話を膨らませ発展させる手法はすごいと思う。
以前、召喚魔法についても話してくれたが、時空を曲げているのではという持論を展開した時は密かに感動した。シウもそうかなとは思っていたけれど、ヴァルネリの説得力のある説明には感心しかなかった。
このまま解明してほしいぐらいだが、授業とは関係なく脱線した話だったので無理だろう。
シウのように前世の記憶を持たないのに、まるで高次元のひらめきが彼には備わっていて、技術がついていっていないのが勿体ないほどだった。
シウも知らないことが山ほどあるので裏付けできないけれど、いちいち彼の話すひらめきには驚かされる。空間魔法のことや時空魔法という夢のような話まで、全てが面白かった。
ただ、彼は話があちこちに飛んでしまう。まとめる能力があればいいのになと残念な気持ちにもなった。
本日の授業も、同じである。
「つまり、だ。氷塊魔法には解除もセットでないと意味がないということなんだ」
敵を氷漬けにする魔法だと言って、固有魔法化も可能だと言い張っているのだが、あまり需要のなさそうなものだ。そこに至る思考というのか、術式などのひらめきは素晴らしいのだけれど。
「殺さないようにして、足止めする訳だね。で、解除の場合は、こうした術式を」
白板に速記のような勢いで書きつけていく。それが汚いのなんの。皆、必死の顔だ。白板に書かれると写さないといけないので、折角覚えた自動書記が無駄だ。
後で補講の時にラステアが教えてくれるだろうが。
「どうだい。これが固有魔法に昇格すれば捕縛も楽だろう!」
そしてシウを見てウィンクした。さっきからチラチラとシウを見てはバチバチとウィンクしてくる。一体なんなのだろうと思っていたら、本人が教えてくれた。
「突然抜剣してくる相手を捕縛できるよ!」
「あー」
それか! とクラス全員が思ったに違いない。がっくりと俯いてしまったら、ヴァルネリが目の端でぴょんと飛び跳ねたのを感じた。
その子供っぽい仕草に、シウは思わず笑ってしまった。
他の生徒は見ないフリをしたらしいが。
「えっ、だって、便利だろう? 君なら覚えられるって」
「あ、そうですね。はい。ありがとうございます」
お礼を言ったら、ヴァルネリは清々しい笑顔で、どういたしまして! と胸を張った。
「殺さずに捕縛できるなんて、ないからね!」
なら、もっと他に良さそうな魔法はありそうなのに、何故「氷漬け」だったのだろう。不思議だ。
ともかくもこれは先生なりの優しさなのだ。シウは笑顔で答えた。
「では、続きの授業をお願いします」
後でファビアンから、あだ名を付けられた。
「君、奇人使いね」
「え?」
「猛獣使い、よりはましだと思うよ」
にこにこ笑って言われてしまった。この押しの強さが彼なのだ。
シウは諦めることにした。
ところで、ファビアン達にはまたサロンへ誘われた。
「いやあ、僕は遠慮します」
「どうして? もう脅威は去ったでしょう」
ジーウェンに不思議そうな顔をされたけれど、そもそもあそこは心臓に悪い。しかも脅威は去っていないはず。
「あー、その、まだ別口から目を付けられているようで」
「……ベニグドか」
ランベルトが嫌そうな顔で呟いたので、シウは笑って頷いた。
「この間の騒ぎの時に、彼、食堂のサロンから覗いてたんですよね」
「え、そうなのかい?」
ファビアンは知らなかったらしく、心底驚いていた。ジーウェンもだ。
「彼が食堂へ行くなんて」
と言うことはよほど、食堂の方を馬鹿にしていたのだろう。
「でも、先日、食堂の新メニューについて興味があるような話しをしていたよ?」
「オリヴェル殿下、お話をされたのですか?」
「いや、隣りのテーブルになってね。たまたま聞こえてきたんだ」
「そうなんですか」
彼等の会話から、オリヴェルはニーバリ家とは付き合いがないようだった。むしろ避けているのかもしれない。王族と言えども、後ろ盾の問題などで付き合う貴族家も違うそうだから、さもありなんである。
「それで、わざわざ食堂へ行って、見ていたというわけか」
「ヒルデガルドさんが何かしでかすことを分かっていて、だと思いますけどね」
「そうだろうなあ。彼が無駄に、好みもしない場所へ行くことなど考えられない。たとえ新メニューに興味があっても、だ」
ファビアンが冷たい顔で言い放つ。どうにも合わない人らしく、視線が怖い。
「そうだよね。彼なら、敢えて自分好みの店で新メニューを作らせそうだ」
「料理人は呼ばずにね」
「有り得るね」
「レシピを横取りしたりして」
そこまで話して、全員がシウを見た。
「あ、それは大丈夫です。全部登録済です。いや、勝手に作るのは構わないので、占有さえしなければ。そのへん自由ですよ」
「……君って本当に大らかだよね」
「そうでしょうか」
自分ではみみっちいと思っている。ヒルデガルドに対してもそうだが、結構冷たい態度で接している。大らかとは呼べないだろう。
どちらかと言えば。
「大雑把なんです」
それがしっくりきた。
でも何故か、全員に溜息を吐かれてしまった。
「自分が見えてないって、こういうことなんだね」
「シウにも欠点があるということだよ」
「子供らしくて良いね」
「無駄に嫉妬していたけれど、こういうところを見るとホッとするね」
などと言いたい放題であった。
なんにせよ、皆がシウを受け入れてくれていることは分かって、それは嬉しかった。
結局サロンへは行かず、少し遅くなったもののシウはいつものように徒歩で帰宅した。
途中、幾つかの視線は感じたものの、取り立てて悪意のあるようなものではなかったために無視した。
ただ、念のためにマークは付けておく。自動追跡機能も作ってみたので、後で履歴を見たら、どこの関係か分かるだろう。
帰宅すると早速、角牛の世話を行った。
厩番の下男達が馬の世話ついでにと干し草を用意してくれており、お礼を言った。さすがに怖くて角牛専用の小屋には入れなかったようだ。
ブラード家では馬にも栄養価の高い穀類を混ぜて出すけれど、牛とは違うだろうと草だけ用意してくれた。
今後のこともあるので、詳しく餌について知りたいと聞かれ、角牛の食べていたものを思い出しながら答えた。
「穀類以外にも、葉物、豆類、となんでも結構食べるみたいだよ。牧草地も荒らされていたし。おとなしいから良かったけど、これで魔獣だったら大変だよね」
「本当ですね。いや、今日1日観察してましたが、暴れたりもせずおとなしいものでした。ただ、ほら、大きいので」
下男が苦笑して頭を下げた。
「僕がお世話をするから大丈夫ですよ?」
「いえいえ。こうしたことはわたしらの仕事です。それに恩恵に与っているのに、これぐらいはしませんと」
「うーん。じゃあ、一緒に」
「馬のブラッシングもしてくださるのに、これ以上はだめですよ、坊ちゃん。わたしら、他の貴族家と違って随分楽させてもらってます。牛の世話が増えたぐらいどうってことはないです」
もう1人の下男が、苦笑した。
「この大きいのに慣れるまでは、一緒にいてもらいてえですが。はい」
「あはは。うん、それはもう」
笑うと、皆で小屋の中に入った。
角牛は見慣れない人間が来たので少々怯えていたものの、大量の餌があることに気付いて落ち着いてきた。
そのうち、人にも慣れるだろう。暴れないよう牛縄も作って引っ掛けたが、最初に少し気持ち悪そうにしたものの、5分もしないでおとなしくなった。
母牛はトウモロコシを気に入ったらしく、ためしに下男の1人が持って差し出すと、甘えた声で鳴いて、その手から食べていた。
そうなると可愛いもので、下男達もお世話の仕方を試行錯誤しながら頑張ろうと話していた。
夜には大量の角牛乳を使って、チーズも作ってみた。
料理長も張り切っているので、しばらくは牛乳祭りが続くだろう。
ソロルなどは生乳を気に入って、そのまま飲むことにはまっていた。
山羊乳を小さい頃好きで飲んでいたそうなので、それと比べたら全然違うと嬉しそうだった。ちなみにリュカはあんまり好きではないようだった。牛乳などよりずっと飲みやすくて生臭くもないのだが、獣の乳というのがイメージ的にダメなんだそうだ。たどたどしい言葉でそう教えてくれた。
でも体には良いので、どうにか飲めたらなと、シウは料理長とそのことも話した。
こういう時間が、シウは好きだった。
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