534 履歴追跡で尾行、手紙、従僕と親交




 土の日の朝、角牛の世話を下男達と一緒になってしながら、ふと昨夕のことを思い出した。

 そういえばシウの帰宅を見張っていた男達がいた。彼等がどこへ行ったのか追跡していたのをころっと忘れていたので、脳内に広い地図を出してみる。

 マーカーの履歴を追って行けば、複数に分かれていることが判明した。

「あれ? 別件なのかな」

 ひとつは下町の奥にある、少々ガラの悪い人達が住む場所の、酒場だ。誰かと落ち合ったのだろうか。その後はねぐらと思しき場所に帰ったようなルートを辿っていた。

 もうひとつは貴族家へ入って、しばらくするとまた移動し、別の貴族家へと入っていった。フェイクかもしれないと思って履歴を眺めていたら下男に「どうしました、坊ちゃん」と声を掛けられてしまった。

 ぼんやり宙を見ているシウを訝しんだようだ。笑って誤魔化して、また作業に戻った。


 シウの結論としては、最初の下町の方へ向かった者は誰かに頼まれた裏社会のごろつきだろうということ。

 もうひとつは貴族家の子飼いの暗部、諜報部員のようなものだろうと考えた。

 貴族家をはしごしたのは目晦ましだ。こうした手合いが取る手法としては有名である。もちろん、関係先にそれぞれ報告したということも考えられるけれど、なんとなく動き的におかしかった。最初の貴族家では滞在時間が短く、屋内にも入っていないのだ。報告を受けるのに庭の片隅で、ということは貴族的に有り得ない気がする。あくまでもシウの勘だけれど。

「ま、いっか」

 マーカーは付けたままにしているので、次に気になった時、また調べてみようと思った。


 それはそうとして、角牛の世話ついでとばかり馬にフェレスにと獣と触れ合って楽しんでいたシウへ、朝も早くから王城より手紙が届いた。

 催促の手紙だ。

 再三に渡って連絡は来ていたのだが忙しくていけませんと返していた。実際、シウはここ最近ずっと忙しかった。

 すると、痺れを切らしたらしい張本人が、力のある人に泣きついたようだった。

「ヴィンセント殿下の直筆招待状って、すごいね」

 封蝋がヴィンセントのものだと分かっていたので、てっきりいつもの秘書官からだろうと思って中を空けたら、本人直筆だった。

 何故、本人のものと分かるかと言えば、代筆署名がないからだ。

 代わりに、ヴィンセントの署名の下にミミズがのたくったような汚い署名があって、笑ってしまう。

「相変わらず、汚い字だなあ」

 シュヴィークザームは、ヴィンセントに代筆させたわけだ。

 シウは笑いながら、手紙をロランドに見せて、それから返事を待つ秘書官の従僕へ会いに行った。


 直筆の手紙を見て硬直していたロランドも、シウがこれから伺いますという返事を告げているのを聞いて我に返ったようだった。

「では、早速、馬車の用意を致します」

「あ、もし差し支えなければわたくしどもの馬車で」

「え? いえ、しかし、それは」

 ロランドが戸惑っていたが、貴族出身の従僕もそこは王城勤めの慣れで、申し訳ないという気持ちを前面に出しつつも頭を下げながら強引に話を持っていく。

「我が主のみならず、王子殿下からもくれぐれも丁重にお迎えするようにと申し付かっております。ご都合がよろしければぜひと思いまして、可能な限り配慮しました馬車で、わたくしも参りました。どうか、お許しいただけませんでしょうか。無事、送り届けるとお約束いたします」

 危険なことはない、安全に送り届ける、だからさっさと来てくれ、という懇願である。

 シウはロランドと顔を見合わせて、諦めることにした。

 とりあえず着替える時間ぐらいはほしいとお願いして部屋に戻り、遊んでいたフェレス達も綺麗にする。

 スカーフやら、お気に入りの鞄とおんぶ紐などをフェレスにつけ、シウも王城に上がるのにギリギリ許される縦衿の薄いジャケットを羽織ってから背負い袋、これはリュック型ではなく茶色い革製の薄手ランドセル型で作ったものだが、それを身に着け、ブランカにリードを付けて抱っこした。

「クロはここね」

 ジャケットに斜めに掛けた飾り帯を付けているのだが、そこにごくごく小さな針金で作った籠を付けてみた。ちょうどクロが座って休めるような形だ。

 カスパルなどは、鳥の巣を胸に付けるなんて斬新だね、と呆れていたけれど肩や頭に乗せて王城を歩くよりはましだと思う。あと、背負ってしまうと顔が見えずにクロが寂しがる恐れもある。

「きゅぃ」

「うん、いい感じだね」

 ごそごそと体を入れ替えて、クロは横向きに入った。これならシウの顔も見られるし、景色も見える、という位置だ。

 可愛いねーと撫でていたらロランドが急かしに来たので、シウ達は廊下を走らない程度に急いで従僕の待つ部屋まで行ったのだった。


 道中、身分が違うにも関わらず、従僕は王城での面白い話を幾つかしてくれた。

 昔、廊下をツルツルにし過ぎて、立派な体格の貴族が滑って転がっていった話は、シウもお腹を抱えて笑った。

「そのことで当時の国王様が廊下には滑らない素材をと、宣言されたのです。結果、集められた優秀な石には原因となった方のお名前が付けられました。ハントハーベン石です」

「あはは!」

 ハントハーベンというのは操るというような意味合いがあるのだが、この国では転ぶことを「精霊の悪戯で操り人形にされた」という言い回しがあった。変じて、転んだのは操られたせいだ、ともいうのだ。

「それが語源なんですか?」

 笑いながら聞くと、若い従僕はにっこりと微笑んだ。

「そうらしいです。けれど、シウ様はお若いのによくご存知ですね」

「大図書館の本に幾つか載ってました。物語では必ず表現されるので、面白いなあと思って覚えてたんです」

「大図書館の! そうか、シーカー魔法学院の生徒さんですもんね。羨ましいです」

 彼も本好きらしく、王城勤めを選んだのも王城内の図書室へ行ってみたいという動機かららしかった。

「じゃあ、王立図書館も制覇したんですか?」

 驚いて聞いてみると、いやそれはと首を横に振られた。

「さすがに理数系や医療系などは難しくて読めません。わたしは、歴史ものが好きなんです」

「王城だったら歴史系の本が多そうですよね」

「はい。働いている者ならばある程度解放されているので、休みになると入り浸ってばかりです」

 分かるなあと、シウも頷いた。

 ひょんなところでお仲間を発見し、従僕も嬉しそうだった。


 さて、その従僕にはまずヴィンセントのところへ案内された。呼び出したのはヴィンセントだし、話したいこともあるのだそうだ。

 案内が終わると従僕とは分かれたけれど、また今度ねと言ったらにこやかな笑顔が返ってきたので会えるだろう。

 部屋にはヴィンセントと第一秘書官などが待っており、まだ仕事中らしくて小さな客間に通された。それでも、お茶を飲む程度の時間で切り上げて、ヴィンセントがシウの前の席に座った。

「呼びつけて申し訳ないな」

「こちらこそ、何度も撥ね付けてましたので、そろそろ無理があるかなーと思ってました」

 シウの返事に、ヴィンセントは苦笑した。

「アレの我儘にも困ったものだ。さりとて、君の作るデザートのレシピを王宮の料理人に渡してほしいと言っても問題がある」

「ですよねえ」

 レシピなんて渡しても良いのだが、いつの間にかブラード家の「お菓子の家」がどこかの店に勝手に登録申請されて使えなくなるかもしれない、という問題が起こっている。

 今後、そうした問題が王宮でも起こる可能性はあるし、いろいろと利権などがあって今は明かさない方が良いのかなと思っている。

「商人ギルドからも、なんとかしないとシウがレシピ以外の商品を特許申請してくれなくなると、脅してきたぞ」

「僕は脅してませんよ?」

 ギョッとして慌てて答えたら、ヴィンセントは分かっていると手で制した。

「そうした入れ知恵をしたのだろう、職員が。分かっている。お前はシュヴィに菓子を持って来るくせに材料代すら貰わずに自腹で置いていくそうじゃないか。商人ギルドからも特許料が低すぎて有り得ないと、何故か文句を言われた。あれらは他との兼ね合いもあるから、もう少し適正価格にしてもらいたいようだな」

「それを何故僕じゃなくて、殿下に言うんでしょうね」

 本当にな、と腕を組んで溜息だ。相も変わらず眉間に皺を寄せて、冷たい顔をしている。見た目ほどに悪い人じゃないと分かっているが、子供達には怖い存在だろうなと少し同情した。

「いっそ、お前を王宮に入れてしまいたいのだが」

「えっ、それは絶対に嫌です」

「……だろうな」

 頭が痛いのか、手でこめかみを揉んでいる。まだ若いのに大変なことだ。その後ろでは秘書官が困ったような笑顔でシウを見て、それからヴィンセントに同情めいた視線を送っていた。

「とりあえず、ルクスリエースの店にはつまらぬことはするなと釘を刺しておく」

「ルクスリエース?」

「『お菓子の家』の占有を言い出した店の事です」

 秘書官が横から教えてくれた。王室御用達と言われるだけあって、店の名前からして「豪華」とはすごい。

 シウは少し考えて、ヴィンセントに告げた。

「お菓子の家自体を作って売るのは自由だと思ってます。ブラード家の料理人もそう言ってますし」

「うん?」

「作る人や店によって、目的は別でしょう? 詳細な配合までは独占して当然なんです。ただ、その外側、今回ならお菓子の家自体は別段、独占するものじゃないってことで」

 ようするに「味」にこだわれば良いのだ。

 シウの言いたいことに気付いて、ヴィンセントは納得したようだった。

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