535 占有批判、菓子披露、狩り自慢?




 味にこだわって、形にはこだわらない。

 レシピ登録もそうした風に持っていけないか、シウは提案してみたのだ。

「成る程な」

「そうすることで切磋琢磨して、更なる発展もできるでしょう? 第一僕の作るお菓子だって、僕が僕の好みに従って作ってるだけで、そのうちみんな飽きますよ。シュヴィも今は物珍しいから我儘言ってるけど」

「ふむ」

「レシピの占有なんて馬鹿なことをする人が出ないような仕組みを作った上でなら、僕はいくらでも公開します。大体、食堂の親父さん達が一々レシピなんて登録してないでしょうに。彼等はそれぞれで自分の味を作りだしてるんです。同じ岩猪定食だけど、同じ味はない。そういうものです」

「確かにしっかりと仕組みが出来上がれば、そうしたことも可能だろうな。だが、お前の考えた菓子を誰かに使われるのは気にならないのか?」

「もっと美味しいものになれば、良いじゃないですか」

「……やはり、お前は変わっているな」

「そうでしょうか。美味しいものが増えたら嬉しいですけど。たった1人の考えたものなんて、閉鎖的でつまんないですよ」

 それもそうかと、ヴィンセントは顎に手をやって笑った。ただ、彼には笑顔が合わないということは分かった。

 泣く子も黙る、ではないが、これだと泣く子も大泣きしちゃうなと思いながら、シウは曖昧に笑って誤魔化した。


 なんだかんだと話しているうちに、王城へシウが来たことを知ったらしいシュヴィークザームが待ち切れなくなったのか迎えに来てしまった。

「ヴィン二世! 我よりも先にシウと会うなど、ひどいではないか!」

「……大事な話があったのでな」

「ならば、我の部屋で行えば良いであろう」

 ヴィンセントの顔から笑みが消え、また能面で冷たい、いや先刻よりもずっと冷たそうな、つまり本当に冷気が漂う表情となってしまった。

「では、これから部屋に伺うとしようか」

「な! もう話は終わったのであろう?」

「まだまだ尽きぬな。遊んでいられる聖獣様と違って、我々は忙しい。シウにも意見を聞かねばならんしな」

「そんな!」

 抗議していたが、ヴィンセントは国王ほど甘くないらしくピシャリと跳ね除けていた。

 面白い関係だなーと呑気に見ていたが、ブランカがつまらなくなったらしく鳴き始めてしまった。カオスだ。

「みゃぅ、みゃぅみゃぅっ」

 秘書官が笑っていいのか、どうしたらいいのかと変な顔で見回していたのが、またおかしかった。


 収拾がつかなくなる前に、シウが手を叩いて注目を集めた。

「とりあえず、休憩にしませんか?」

 分かり易く秘書官がホッとした顔になり、早速お茶の用意をしてくると言って席を外した。もちろん彼がやるのではない。侍女達に指示するのだろう。

 その間に、シウはデザートを取り出した。

 それをシュヴィークザームが泣きそうな顔で見ている。自分の取り分が減ると思っての顔だと思うと、ちょっと情けない。こういうところが獣らしくて素直というのか、単純というのか、まあ正直に言えば可愛い。

 ただ、フェレスでさえ尻尾を振ってはいるがちゃんと「待て」ができるのにと思うと、普通の騎獣達よりもずっと頭の良い聖獣はいろいろと「考える」ことが増えて大変だなと同情した。

「ちゃんと、シュヴィの分とは別に用意したものだから」

「あ、そ、そうなのか。ふうん。そうであるか」

 機嫌が良くなったらしく、あからさまに態度が変わってしまった。それを、戻ってきた秘書官や、元から部屋にいた騎士、侍女などが笑いをこらえて見ていた。

「シュヴィは早く来い来いって呼び出すけど、こうしたものを作るには時期や時間がとても大切なんだよ?」

「そうなのか?」

 そうだよ、とシウはケーキを取り出しつつ説明した。

「作るものによって、使う小麦の種類は変わってくるんだ。仕入れるのにも苦労するんだからね。そう簡単に買えるものだと思ってたら大間違いなんだよ」

「む、そうなのか」

「季節ごとに採取できる果実もあって、その折々に山へ行くんだよ。街の市場で仕入れられるのにも限界があるし、採ってきたらそれらを精製したり処理したり、時間も手間もかかるんだ」

「……わ、分かった」

「なんだったら、今度じっくりゆっくり、工程を説明しようか?」

「悪かった!」

 とうとう、シュヴィークザームが頭を下げた。シウは笑ってヴィンセント達を見た。彼等はぽかんとして、聖獣を見ていた。

「料理でも、お菓子でも、色んな人の色んな手が、複雑に絡んで出来上がるんだよ。食べるものだけじゃないよ」

「感謝しておる」

「だったら良いよ。はい、どうぞ」

 桃で作ったアイスクリーム、ぶどうやざくろなどを配合した果汁と角牛乳のオレを置いた。

 ケーキは角牛乳で作ったクリームとチーズを使ったものだ。底にザクザクとした触感のクッキータルト生地を入れている。

「あ、殿下は甘さ控えめの、こちらをどうぞ」

 同じチーズケーキでもダークチョコレートを混ぜたマーブル模様のものを渡した。

 他の面々を見たら、ほとんどが甘い方のケーキを見ていたので、切り分けて皿に載せる。

 皿もシウが作ったもので予め空間庫に入れていたものだから、そのまま渡した。

 お茶も出てきて、皆が食べたいもの飲みたいものに手を伸ばす。

 シウは折角なので侍女さんの用意してくれたお高い紅茶を飲んだ。

 侍女達が興味津々で見ているのは分かったので、同席できない事情も分かるため、そそそと近付いてシュークリームやチーズケーキクッキーを渡した。

「え、ですが」

「これ、すごく良い素材で作ったものなので、味は大丈夫だと思いますから」

「まあ」

 戸惑っていた彼女達も、秘書官から「もらっておきなさい」と言われて受け取った。ツンと澄ました顔をしていた彼女達も、部屋を出る時には少し頬を赤らめていたので、やっぱり女子がお菓子好きなのは万国共通らしい。

 ヴィンセントは特に何を言うでもなかったが、シュヴィークザーム他皆さんは喜んでくれていた。


 そこで材料の話になり、やはり材料代だけでは足りない、その時間と手間にも敬意を表して余分に払わねばという話になってしまった。

 先ほどシュヴィークザームを説教するのに告げたことが、足を引っ張ってしまったのだ。

「あ、でも、生クリームやチーズ、このオレの材料あたりはタダですから」

「うん?」

「異常繁殖で間引きを依頼されていた角牛の母子をうまく捕まえられたので、飼ってるんです」

「角牛を、か?」

「はい。肉も美味しかったけど、牛乳はもっと最高ですね」

 にこにこ笑うと、護衛の騎士達が顔を見合わせていた。

「お前か。最近、角牛肉が貴族の間で人気となって、取り合いになっていると聞いたが」

「あー、市場で揉めた原因ですよね。貴族の方々が無理を言うから、市場の肉屋でも揉めたんです。幸い、等分に分けましたけど」

「……お前が狩って来たのか」

「ギルドの未処理担当の人とですよ。普通の牛よりも臭みがなくて、上品な味ですよね。魔獣だと味は濃いけれど、食べ過ぎると魔素のせいかしつこく感じることもあって。でも、角牛肉なんてあっさりしていてそれでいて肉の味がしっかり残っているから幾らでも食べられる感じです」

 誰かがごくっと喉を鳴らしていた。

 王城まで流通していないようで、ちょっと可哀想になってしまった。

「ええと、良かったら卸しましょうか? それとも、狩りに行きます?」

 半分冗談のつもりで騎士達に声を掛けたのだが、何故かヴィンセントが反応してしまった。

「そうだな。狩りが良いかもしれん。ずっと休みなしで、そろそろ疲れていたところだ」

「え」

「午後からどうだ。明日でも構わんが」

「それって、もしかして」

「狩りに行く。体も鈍っていたことだから丁度良い。ジュスト、準備を任せる」

「はい」

 あ、もう決定なんだ。

 呆れるシウの前で、騎士達も動き始めてしまった。ぼんやりしていたら、シュヴィークザームがシウの横にそろっと近付いてきて座った。

「我のお菓子の話から、何故こうなった」

「ほんと、なんでだろうね」

「……シウが自慢するからではないか?」

「自慢……」

「ヴィン二世に冗談は通用しないのだ」

「あ、やっぱり。ていうか、シュヴィにだって冗談だっていうのは分かったのに!」

「我にだって、とはどういう言い草か」

 無表情にぷんとむくれて怒るので、はいはいと宥めつつ目の前でテキパキ指示を出す秘書官を見た。

 彼がチラッと、シウに恨みがましい視線を送ってくる。悪意はないのだが、余計なことを言って! という感じだろうか。

 シウが素直に頭を下げて謝ると、仕方ないとばかりに大きな溜息を洩らされてしまった。秘書官も大変だ。

「とりあえず、準備も必要でしょうし、明日の早朝王都門前に集合ってことで?」

 秘書官はしばらく考えた後、いえと頭を振った。

「王城に来てください。騎獣で参りましょう」

 時間短縮のためにもそうしてほしいと、頭を下げられてしまった。

 そして、その為の書類を今から関係各所に提出するということで慌ただしくなった部屋の中から、全く戦力にならないシュヴィークザームとシウ達はそっと廊下に出たのだった。

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