536 王子と近衛騎士達の引率
風の日の早朝、角牛の世話は下男達に任せて、シウは馬車で王城へ上がった。
連絡が行っていたらしくスムーズに騎獣発着場へ連れて行かれ、そこで騎乗服を着たノリノリのヴィンセントを見付けた。ノリノリというのは、やる気が漲っているからであって、決して踊っていたりしたわけではない。ただまあ、はっきりと分かるほどに楽しげな様子と、見慣れない騎乗服姿が珍しかったのだ。
護衛役の近衛騎士達は、若干お疲れ気味だった。こんなに朝早くから起こされると思っていなかったのだろう。まだ目が半分開いていないような人もいた。
「あれ、シュヴィも行くの?」
「うむ」
「へー。じゃあ、殿下を乗せるんだー」
「我のような華奢な体に人が乗れるわけなかろう」
聖獣に人が乗れないなんてことはないので、ようするにただの選り好みか我儘だろう。
シュヴィークザームの言葉通り、ヴィンセントにと曳きだされてきたのはレーヴェだった。よくよく見ると知った顔だ。
「あれ?」
首を傾げていると、まだ騎乗帯を乗せられていなかった彼はスッと人型に変身した。
「カリンだ、やっぱり!」
「久しぶりだな」
「うん。服もちゃんと着ていて、良かったよ」
「こうすると、人型でうろついていても誰も変な顔をしなくなった。礼を言う」
「そだね……」
変な顔だけで誰も注意しなかったのか。シウが呆れていると、シュヴィークザームが横で胸を張って告げた。
「我等には羞恥心などないからな! 人間は不便だ」
「あ、そう」
つまり、指摘されるまで誰も気にしていなかったわけだ。シュヴィークザームだけは聖獣のトップだから服を着せていたのか、人型でいることが多いせいかもしれないが入れ知恵していたのだろう。
「王宮に引き取られたんだね」
「そうだ。ここでは部屋が与えられるし、じろじろ見られたり、変な女どもに触られることもない。とても快適だ」
そうなんだーと乾いた笑いで応えていたら、ヴィンセントの筆頭秘書官ジュストが来て、そっと囁いた。
「聖獣や騎獣の扱いがあまりにもひどかったようで、フェルマー元伯爵以外のところからも抜き打ち監査などで接収しております。シュヴィークザーム様にお任せしても常識を覚えられませんから、対策班を作って徐々に教育中でして、今回の事も良い訓練と思っております」
つまり、それを汲んで行動してね、ということだろう。
シウは黙って頷いた。
シウがフェレスに乗ると、他の面々も聖獣や騎獣に乗って後を追うように飛び上がった。多少ぎこちないながらも近衛騎士達は騎獣を操っている。
ところで、シュヴィークザームはヴィンセントの後ろに座っていた。つまり、レーヴェに乗っているのだ。
聖獣に聖獣が乗るという面白さを体験しつつ、シウはフェレスが早く飛ぼうとするのを宥めながらシアーナ街道方面を目指して隊を率いた。
と言うのも、このメンバーで一番狩りの経験があり、場所を知っているのはシウだけだ。引率者がシウになるのは仕方のないことだった。
せめて騎獣隊の隊員が1人でも混ざっていれば指揮を任せたのだけれど、行軍の経験のない近衛兵で固められていたためにそうなった。
足手まといも一部いて、最初から不安要素ばかりである。
その足手まとい達が移動中も声を上げていた。
「た、高すぎませんか!?」
「ジュスト様、わ、わたしが落ちましたら、どうか、父上に、遺書を」
秘書官組がちょっとおかしなことになっていて、シウは頭を抱えそうになってしまった。何故ついて来たのだろう? と不思議に思ってしまう。
一応、第二秘書官やら従者の一部は置いてきたのだが、どうしても傍に侍っていると言って聞かなかったジュストや、その従僕、従者がついて来てしまった。
しかも1人乗りでもさほど上手でない近衛兵の騎獣に、乗せてもらいながらだ。
危険極まりない。
一応ヴィンセントが≪落下用安全球材≫を全員に付けさせていたけれど、誰もその効能を信じていないのか、会話が不穏当だった。
「まだ読みたい本があったのに……」
「こんな高さからではどうあっても助かりませんよね、隊長」
「騎乗の練習をもっとやっておけば良かった」
最後の台詞に、それは確かにと頷きながら、ゆーっくりと進んだ。
さすがに王都門を出たあたりから高度を少し下げたものの、森の区間を端折りたいので地面すれすれとは行かない。できるだけ上空を維持しつつ聖獣や騎獣達を引っ張って行った。
ヴィンセントはさすが幼い頃から乗っているだけあって、しかも鍛えてもいるのだろう、しっかりとカリンを操っていた。
体幹も良いのかどっしりと座っており、安定している。
騎士学校を出たのか、あるいは騎獣と共に訓練した経験がありそうだった。
「ゆっくり飛ばせるのも大変でしょう? 目的地に到着したら少し、飛ばしますか?」
シウが横に並べて聞いたら、若干目を細めて、シウを見つめてきた。
「ゆっくり、か」
「はい。遅い人に合わせているので、カリンも鬱憤が溜まるみたいです。フェレスなんて、もうずっとぷりぷりしてますよ」
「ふむ。そうか」
「とりあえず、シアーナ街道手前の草原で、一度休憩します。そこで騎獣達を少し解放してあげましょう。人間の方が休憩必要そうだし、ちょうど良いですね」
「分かった」
お伺いを立てたので、カリンにはこのペースで示す先を目指してもらい、シウ達は遅れ気味のペアを追い込むために後方へ下がったり、高度を下げようとする人を追い立てに行ったりした。
シアーナ街道手前の草原に降り立ったのは王城を飛び立ってから4時間も経った頃だ。
遅い朝ご飯といった時間帯になったので、疲れている彼等の事も考え食事の準備を始めた。今回、そうした食事関連はシウが受け持つことになっている。そうでないと、食事担当の者までついてくるという大所帯になるからだ。
天気も良くて屋根もいらないため、四阿などは作らずに絨毯を敷いてしまう。もちろん地面は整地しているが、それだけだ。
ジュストが若干呆然としていたけれど、地面に降り立った安堵感からか力が抜けきっており文句を言うことはなかった。
「どうぞ。皆さん座って待っててください。食事も出しますが、先に騎獣達を解放します」
「いや、しかし、逃げられては」
アランというヴィンセント付き近衛騎士が慌てた。
「逃げませんよ。はい、綱を離してください」
さっさと取り上げて、ついでに騎乗帯の留め具も外していった。
「早い、ですね」
「これぐらいお世話してたら慣れますよ。はい、みんな遊んでおいで! 後で岩猪の内臓あげるから」
「ギャ! ギャゥギャゥッ!」
「ガウッゥ!!」
わーい、と喜んで飛んで行ってしまった。フェレスには、皆の面倒を見てねと頼んだ。
振り返ると、唖然としていた近衛兵と早速絨毯の上で寛いでいるヴィンセント、それから何故か自分は聖獣であることを忘れているような格好のシュヴィークザームがいた。
朝ご飯は食べてきているだろうと思ったが、早すぎて抜いてきたという近衛騎士が多かったために、本格的に食べさせてあげようと鍋ごと取り出して、皿に乗せていく。
「ひとつの皿に、幾つもの料理か」
物珍しそうな顔でヴィンセントが横から観察していた。
彼の従者ガリオが、お座りになっててくださいと注意しているのに聞く気がないらしい。
「シーカー魔法学院の食堂でもこの方式を採用してるんだけど、これだと皿がひとつで済むのでお互いに楽なんです。欲しいものを多めに、なんて注文もできますしね」
「成る程」
「ところで、王侯貴族の方の行軍では、専用のテントがあって食事もフルコースだって聞きましたが、あれ本当ですか?」
「いや、そうした者もいるかもしれんが、騎士学校では皆平等に過ごした」
「じゃあ、同じ釜の飯を食った仲間ってわけですね」
「うん?」
「あー、古い言い回しです。ようするに、同じ鍋の物を食べて過ごすと親近感が湧き、いざと言う時の団結力に繋がるわけです」
「ああ、そういうことか。ふむ。良い言葉だ」
やはり王子だけあって、どこかおっとりしているのだなと思いつつ、シウは皿をヴィンセントに手渡した。後ろでガリオが目を剥いていたが、シウはにっこり笑う。
「狩りも同じです。ようするに贔屓はしません。なので、殿下もこのまま受け取って、食してください」
その代わり一番目ですよ、と言うと、それはそれでガリオの気が済まないようだ。
「しかし、毒見が」
「はいはい。じゃあ、ガリオさんが二番目ね。急いで食べないと殿下が食べたそうにしてますよ」
「ああ! 待って、待ってください、ヴィンセント様!!」
少し慣れ親しんだ様子の口調と態度でガリオが慌てていた。乳兄弟なのかもしれなかった。
それを横目に、並んでいる近衛騎士達にも渡していく。
「熱々ですね……」
「作ってすぐに魔法袋へ入れたので。これは岩猪のベーコンで、こっちが火鶏の卵焼き、サラダもしっかり食べないといけませんよ。スープは火鶏や野菜などで出汁をとった、野菜たっぷりのコンソメ味です。パンはラトリシアの人は固めが好きだと言っていたので、こっちが固め、白い方は柔らかいパンです。お代わりあるのでどうぞ」
説明している間に近衛騎士達が涎を垂らさんばかりに口を開け始めたので、後半早口になってしまった。
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