537 生食と追い込み猟
人間の食事が終わる頃、フェレス達が戻ってきた。
聖獣や騎獣達の鬱憤を晴らしつつ、遊んできたようで皆が仲良くなっていた。
呼び戻しも簡単で、フェレスに通信魔法で声を掛けたのだが、返信はできずとも感覚転移で何を言ってるのかぐらいはわかるので聞いていたら、
「おいしいごはんがもらえるってー」
などと声を掛けていた。
本性が獣ゆえに、単純である。
皆、喜んで戻ってきた。
人間達にはまだ食後ということもあって飲み物を出して休んでもらっているが、その間にシウはお皿に盛った岩猪の内臓を騎獣達に振る舞った。
何故かシュヴィークザームもシウの横に立って、ジッと見ている。
「食べる?」
「我は甘いもの以外はあまり」
と言いながら、ちょっと興味津々だ。
「もしかして生物を食べたことない?」
「……うむ」
それなら、いきなりは無理だろうか。しかしカリンなどは、
「こんな美味しいの食べたことないぞ!」
と、どういうわけか人型になって貪り食っていた。うーん、この姿はちょっと止めてほしい。
「カリン、食べる時は獣型が良くない?」
「何、そうか? 人型なら沢山食べられると思ったのだが」
「……あんまり関係ないと思うよ。たぶん」
「そうか!」
シウの言葉に素直に従って、獅子の姿に戻ってくれた。
見た目が美しい青年だけあって、あの白い汚れのない容姿で内臓を貪り食うのは怖かった。まあ、獣型で食べる姿もどうかとは思うのだけれど。
「シュヴィも徐々に慣れてみたら? 昼ご飯の時に、刺身、魚の新鮮な身のことだけど、食べさせてあげるよ」
「うむ」
「甘い物を食べたいなら万遍なく食事も摂らなきゃ。聖獣だからって、偏った食生活はどうかと思うんだけど、あれ? でも獣は肉だけでもいいのかな」
「希少獣は雑食性だから、肉だけでも生きては行けるが、確かに野菜も食わねばならぬだろうな」
シュヴィークザームがまともなことを言った。
「あ、良かった。まあフェレスがね、なんでも食べるし、野菜もしっかり食べてるからか肌艶良いしね。あ、毛艶か。とにかく体調ばっちりなんだ」
「そういえばフェーレースとは思えぬほど、美しく、身体能力もあるようだ」
でしょうとも、とシウが自慢げに笑ったら、シュヴィークザームに苦笑された。
騎獣達の食事が終わる頃には人間の休憩も終了し、さっさと片付けてまた騎乗帯を取り付け乗ってもらう。
急いだものの40分ほど経っており、時間が押しているのだ。
「探知の結果、群れのほとんどが西の草原へ移動しています。一部はエルシア大河に到達しているので、僕等はこの群れの後続、遅れた角牛を狩りますね」
「分かった」
「方向はあちら、万が一のことを考えて個々で帰路を目指す場合の目印は」
「上空から、王都を目指す、ということだろう?」
「はい。怖いと言わずに頑張ってくださいね」
では、出発! と進行方向へ向かって指差した。
草原の上なので高度を上げない代わりに、騎獣達にはスピードを上げさせた。
数人がぎゃあと騒いでいたけれど、静かにしていないと騎獣達の集中力が途切れ危険だ、と脅した。可哀想だけれど、しようがない。実際、慣れない騎獣の上で大声を出すのはよろしくないのだから。
そんな調子で、1時間ほど進んだら、群れから遅れている一部の角牛達を発見した。
フェレスに高度を上げてもらい、俯瞰で確認してから戻ると、ヴィンセントが目を細めていた。
「あれほど高くも飛べるのか」
「飛竜のコースさえ、飛べますよ。訓練あるのみですね」
「あまり高度だと落ちる時のことを考えるのだがな」
「低くても落ちたら死にますよ」
皆、勘違いしているが、低かろうとも落ちたら死ぬのだ。1階の屋根から落ちて死ぬこともあるのに。
「そうだな。それを考えたら≪落下用安全球材≫は便利なものだ」
「そうですね。ところで、追い込みを始めますが、一度どこかに下ろしましょうか?」
チラッと後方に視線を送る。足手まとい組だ。
ヴィンセントも理解しているらしく、苦笑して頷いた。
「任せる。狩りの方法は、最初は自由にして構わないと言ったな?」
「どうぞ。お好きに。では、あの岩場の手前に集合しましょう」
草原と言っても小さな森があったり、岩場や小川もある。見晴らしが良いだけなので、大まかに草原と言っているだけで、休憩ポイントは幾つもあった。
シウが指し示した場所に降り立つと、足手まとい組は待機となった。
「魔獣の気配は見当たりませんが、待っている間は怖いでしょうからこの子達に見張っておくよう言い聞かせておきます。あと、魔道具も幾つか置いていきますから」
「あ、は、はい」
「使い方はここに書いているので。でも大丈夫ですよ、危険があればこの子達が呼んでくれるし、すぐに駆け付けてきますから」
笑顔で説明しているのに、どういうわけか皆、顔が青い。
騎乗したままのヴィンセントが後ろで溜息を吐いていた。
「あまり、脅かしてやるな、シウ。この者どもは狩りの経験さえ、ほとんどないのだ」
「はあ」
「しかも、隊列を組んだ大掛かりな狩りの経験しかな」
「あー、そうですか」
狩りは元々軍事演習から来ているので、そういうものかもしれない。
王子付きということは、一番安全な場所で、周囲の状況も分からないまま経験しているのだろう。
ちょっと可哀想になりつつも、何事も経験だと言い聞かせた。
「安心してください。あなた達よりもずっと強い騎獣が守ってくれているんだから!」
「……は、はい」
大丈夫だと言ったつもりなのだが、どういうわけかとても落ち込まれてしまった。
ヴィンセントは後ろで笑っているし、困惑しつつもシウは騎獣達に指示を出した。
「この方達を守るんだよ。あとでおやつもあげるからね」
「ガウガウッ!!」
「危険なことがあれば呼んで。間に合わないと思えば咥えて運んでもいいからね。あ、落とさないようにね」
「ギャゥッ」
「うん、よしよし。いい子達だねー」
足手まとい組の顔が益々青くなっていたけれど、時間もないのでフォローは後にしようとシウもフェレスに乗って、待っていたヴィンセント達と合流した。
幾つか指示を出し、追い込んでいく場所を見付けると、シウはフェレスから飛び降りて飛行板に乗った。
フェレスは追い込む係なので自由に動いてもらい、シウは全体を眺める方に徹した。
アクロバットな動きをする必要もないから、クロとブランカを背負っているのだが、興味津々らしくておんぶ紐から身を乗り出して動いていた。
「バランスとるのが結構大変だなあ。やっぱりフェレスの上と飛行板じゃ、全然違うか」
滞空時間も長くなるため、維持するのは意外と大変だ。
冒険者達が乗る場合のことを想定すると、滞空をもっと簡単にできる方法を考え直した方が良いのか、バランスの訓練を増やした方がいいのか考えていたら、ヴィンセント達の狩りが始まった。
背負って来ていたことからも分かっていたが弓矢を使うらしい。
近衛騎士の中には魔法を使える者もいて、詠唱をしながら騎獣を操っている。不安定な場所ながら、一番騎獣に乗るのが上手いと思っていた騎士なのでやれているようだ。
ヴィンセントが指示を出しながら、フェレスが追い込んできた角牛に矢を放つ。魔道具の弓矢らしく、威力が凄い。風の補助を受けた矢は角牛の頭を掠めていった。
「惜しい」
当たれば動きは止められたはずだ。殺せないまでも横倒しにはできただろうに。
やはり不安定な騎獣からの射出は難しそうだ。
ヴィンセントも同じことを考えていたらしく、足場となりそうな岩場を見付けてそこへ降りるよう指示していた。別に2人を待機させ補助させるようだ。
ヴィンセントがこちらを向いたので、何が言いたいのか分かり、シウはフェレスへ指示を出した。
岩場の方へ追い込むようにだ。
ただ、さっき失敗したので角牛達が恐慌状態に陥っている。
それでなくとも沢山の騎獣が上空にいて、足並みを乱す追い込まれ方をしているのだ。
フェレスだけでは厳しいかなと、シウも緩やかに滞空させていた飛行板を走らせて、追い込みの手伝いをした。
何度かぐるぐると回っていると、ようやく流れが出てきて角牛が1頭逸れた。それを上手くフェレスは追い立てている。岩場の方へ向かわせながらも、直撃しないようにと細かな調節もしているのはさすがだ。
この狩りをよく理解している。
やがて、岩場の上に陣取り、体を押さえてもらって安定した騎士が、矢を放った。今度は上手く頭に刺さり、角牛はどぅっと足がつんのめって倒れた。
すぐさまヴィンセント達が駆けより、止めを刺す。
首を落とすまでは行かなかったものの、剣捌きは見事だった。
ホッとしている彼等に、シウはすぐ手伝いを申し出た。首を切ってもまだ心臓は動いているので今すぐに血抜きをした方が良いと勧めたのだ。
とりあえず、魔法で足場を組んでしまい、強力な縄で角牛の足をくくりつけて逆さにしてしまう。
引っ張り上げたのは騎獣達だ。騎獣がいくら力があるといっても、重い角牛を持ちあげられるのはシウが作った滑車のおかげである。そのすごさに気付いたのはヴィンセントだけだったが、時間がないことは分かっていて、口を挟むことはなかった。
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