538 楽しくない解体と王子の希望




 その場ですぐさま解体を行って見せた。

「次は別の方にお願いしますから、よく見ていてください」

 ザッと急いで解体していく。ところどころ、シウでは体が小さくて届かない箇所などもあるのでそのへんは魔法で済ませてしまった。もちろん、そうしたことも説明した。

「部位ごとに包みます。魔法袋、アイテムボックスは?」

「あ、ああ、ここに」

「メモしてますので、よっと」

 油紙で包んで次々と入れていく。残った部位は、この場では不要だからと火属性魔法で焼いた。

「置いていても、獣や魔獣が来るだけです。冒険者の暗黙のルールですけど、燃やすのが一番ですから覚えておいてください」

「しかし、毎回燃やしていては無理がないか? 火属性持ちがいるとも限らない」

「冒険者は常に油や火が使えるようにしてます。ここは森の中ではないから幾分マシですけど、死霊になったり、魔獣の糧になることの方が危険です」

「そ、そうか」

「あとは、普通に獣が寄ってきますけど、ここに餌があると覚えさせたら、次に人が通った時危険ですから。村人だけでなく旅人もいますし、できるだけ埋めておくか、燃やすかです」

「承知した」

「その内臓は騎獣達に食わせないのか?」

「食べるだろうけど、魔獣の方が好きみたいですね。魔素があるからかも」

「成る程」

「では、次へ移動しましょう。この狩場は匂いを発しているので、臆病な角牛はもう来ないです。皆さんは、あちら方向へ先に移動してください。僕はジュストさん達を移動させに戻ります」

 そう言うと、若干不安そうな視線をもらったので、シウは苦笑した。

「フェレスを先導に付けます。ヴィンセント殿下の指示も問題なかったので、大丈夫です」

 騎士の1人が慌ててヴィンセントの顔を伺っていた。指示を仰ぐべき人を無視した格好になったので焦ったのだろう。しかし、ヴィンセントは怒りもせず、鷹揚に頷いただけだった。


 次の狩場でも上手く追い込んで、倒すことが出来た。

 ヴィンセントと近衛騎士の1人も、上空から長剣や槍を使って倒すなどし、2頭も狩れた。

 解体は吊り上げるところまで手伝ったが、その後は騎士達にやってもらった。

 ものすごく嫌そうな顔をしていたけれど、アイテムボックスの容量を考えると不要な部分は捨てた方が良いし、軍事演習だと考えれば解体の技術は持っていた方が良いに決まっている。

 ヴィンセントが自分もやりたいと言い出した手前、騎士達は嫌だと言えずに取り掛かっていた。

 かなりの時間を掛け――シウも横からよっぽど自分でやった方がと思ったものの――なんとか解体できたところで皆の疲れ具合を見て休憩に入った。

 遅い昼ご飯だ。

 やや、お疲れ気味の解体班も、食事が終わる頃には気分も戻ったようだった。


 昼はシーカー魔法学院の食堂で出しているものだと言ったら、従者のガリオが「えっ」と絶句していたけれど、食べ始めると意見が変わったらしい。

「この、カレーというのは初めて食べますが、とても美味しいです」

 最初はシウに対して胡散臭い子供という視線を隠していなかったのだが、ちょっと歩み寄ってくれたようだ。

「お米が最近ルシエラで流行っていると聞いたが、このようなものだとはな」

「噂には聞いていたが、このカラアゲというのも美味しい」

「わたしはテンプラだな!」

「僕はハンバーグが好きです」

 本好きの従僕も来ており、主のジュストににこにこ笑って報告していた。

 ヴィンセントは何も言わなかったけれど、角牛のすじ肉を柔らかくなるまで煮込んで作ったビーフシチューをお代わりしていた。パンは柔らかい白パンだ。

 ちなみにシュヴィークザームは辛いのが苦手らしくてカレーは一口で止め、チーズ入りハンバーグを美味しそうに食べていた。魚も刺し身よりは揚げたもの、またエビフライなどを好んでいた。

 そうだと思っていたが、彼は相当「子供舌」だ。サラダを嫌がるので、果実と混ぜた野菜ジュースを飲ませたら恐る恐る飲んで、美味しいと分かったら飲み干していた。


 食後のデザートも出してあげ、後は帰路に就くだけというところで、ヴィンセントが提案というか、希望を口にした。

「先程飲んだ牛乳が、とても美味しかった。あれは角牛の乳だと言ったが」

「はい」

「飼っているのだな?」

「そうですよ。王都内に入れるのは大変でしたが」

 門兵とのやりとりや、連れ歩くときのことを告げたらヴィンセントはそうだろうなと口元を歪ませて笑った。

「……わたしの子が、いやわたし自身もそうだったが、獣の乳が苦手でな」

「はあ」

「体に良いと言われても美味しくないものを口にしたくない」

「……つまり、飼いたいんですね?」

「話が早くて助かる」

 ヴィンセントの横ではガリオが目を見開いて、後ろでは近衛騎士達が「え、まだ何かやるの」と慄いている。

 可哀想な部下達に同情して、シウは溜息を吐きながら了解した。

「見付けてきましょう。ただし、運ぶのは大変ですよ」

「……運ぶのは飛竜に任せてはどうだろうか」

 そう来たか、とシウは半眼になった。ジュストが頭を抱えており、彼も聞いていないことが分かった。

 シウは少し考えてから、頷いた。

「いろいろと、やらなきゃならないことはありますが、分かりました。だったら数頭まとめて飼いましょう。ついでです」

「数頭も、探せるのか?」

「探知能力ありますから。さて、では殿下ご自身で通信して飛竜を呼び寄せてください。時間は、2時間後。日が落ちたら、闇夜の訓練を受けている飛竜でも危険です。場所は先程休憩した岩場を目印に、整地しておきます。皆さんは岩場で待機」

「わたしも行きたいのだが」

「はいはい。そう言うと思いました。では、カリンにはヴィンセント殿下と――」

「我も行くぞ!」

「はーい。どうぞ。あと、近衛騎士からはベルナルドさんとアランさん、来てください」

「え、残りは?」

「飛竜の発着場を事前に管理していないと危険です。ジュストさん達を護衛する人間も必要なので。ようするに、後方支援部隊の待機場所確保、と考えてください」

「ああ、そうか」

 軍事行動になぞらえて説明すると理解してくれたようだ。

「殿下はシュヴィもいるし、安全ですよ。念のため2人の騎士に来てもらいますが」

「分かりました」

 その説明の間にも、ヴィンセントが通信魔道具を使って王城とやりとりをしていた。

 多少時間がかかったものの、了解されたらしく、飛竜が来ることになったようだ。

「では、時間もないので、岩場まで戻ったら今度は山中に入ります」

 宣言したら、付いてくることになった騎士2人が顔を青くしながら頷いていた。

 ヴィンセントの指示に逆らえないからだろうが、山中に入るのはやはり勇気のいることらしい。

 そこから岩場まで戻り、飛竜の着陸に耐えられるよう整地を施すと、シウ達は急いで飛び上がった。

 残る者も心配そうに手を振っていたが、飛び立つ方も心配そうな顔だった。

 シウと、ヴィンセント、シュヴィークザーム以外は、だが。


 山中には数十分で辿り着いた。

 草原と違って木々が生い茂り、日も傾いて来ているので暗い。

 シウはフェレスに乗ったまま、ヴィンセント達を置いて行かない程度の速さで進んだ。

「森の中だとシュヴィも探知しやすいんじゃない?」

「うむ。あちらに魔獣がおるな」

「えっ」

 慌てるアランに、シウは振り返って笑った。

「大丈夫だよ。まだ10キロ以上離れてる。こちらに気付いていないしね」

 風下であり、結界を張りつつ動いていたので気付いていない。

「でも騒がしくしないでくださいね。魔獣は獣も食べるけれど、人間が大好物なので」

「は、はい」

 魔獣狩りの訓練も行っているから騎士としては優秀なのだろうけれど、これほど少人数で森に入ることはなかったようだ。

 やがて、探索していた場所に辿り着いた。

「時間も時間なので、僕が捕えてきます。じっと静かに待っていてもらえますか」

「承知した」

「あと、殿下。オーラがすごいので、ちょっと気配遮断ぐらいやってくださいね」

 威圧とも違うのだが、彼は体内魔素のめぐりがすごくて、結構だだ漏れ系なのだ。これをオーラと言うのだと、最近シウは気付いた。他の冒険者を見ていても、気配を消すと漏れがなくなるので、たぶんそうじゃないかと思っている。

「オーラ?」

「あー、威厳のようなものです。魔獣にはご馳走に見えますよ」

 冗談交じりに言ったのだが、騎士2人はゾッとしたような顔でヴィンセントを見ていた。シュヴィークザームは分かっており、呆れた顔で窘めていた。騎士2人を、だ。


 角牛達が群れて休んでいたのは泉のほとりで、岩場が天然要塞となっており魔獣からは見えないような場所だった。

 以前、間引きするのにここへ転移させたうちの数頭だ。

 子供も連れており、生き残っていたらしい。ただし子供の数が、それぞれ1頭ずつに減っていた。逸れたか、魔獣にやられたのだろう。

 可哀想な事をしたなと思いつつ、気持ちを落ち着かせる薬玉に火をつけて周囲の上空を音も立てずに飛ぶ。

 風属性魔法を使って空気を落とし、角牛達が動きを緩めたところでソッと近付く。

「大丈夫だよ。危険なところから、安全な場所へ移動してもらうだけだからね」

 人が現れたのでびっくりして動揺する角牛達を、薬玉で宥めていく。

 子供を守ろうとして盾になる母牛には丁寧に説明した。言葉は伝わらないけれど、シウが敵対している獣ではないと段々分かって来たようだ。

 美味しい餌を目の前にもちらつかせた。

「トウモロコシだよ。甘くて美味しいよ」

「ブモォー」

 案外餌で懐くものなのだなと思いつつ、素早く彼等に縄をつける。餌で気を引いておこうと餌袋も縄に付けた。子牛は母牛に従うので、後は簡単だ。

 ホッと一息ついて、残りの警戒していた角牛達も捕まえた。

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