539 乳牛確保、移動と管理、研修会
すり鉢状になっている岩場の壁を上げるのは大変なので、そこは風属性魔法で持ち上げることにした。
一応縄を通して引っ張り上げるというパフォーマンスも見せてみたが、それは角牛に対してだ。突然持ちあげられたら恐怖心で暴れるだろうが、縄で引っ張られているのね、と気付いてくれたら御の字だ。
案の定、餌袋にも夢中だったせいか落ち着いていた。
それにシュヴィークザームが近くにいたのも良かった。
聖なる獣と言われるだけあって――本当は捕食者側にもなる強者なのだが――シュヴィークザームの指示に従っていた。
山中の移動で歩かせている間も、シュヴィークザームの後ろをとことこと付いて来ていた。
「さすが、シュヴィ」
褒めたら、嬉しかったらしくて胸を張っていた。
森を出る頃には角牛に乗れるぐらい、仲良くなっていた。
草原に出ると角牛の歩みも早まった。元々平原を歩く牛だから、馬ほどに歩けるのだ。
「母牛が3頭、子牛が4頭、1頭は間引いても良いのではないか?」
「そうかもしれないけど、ストレスを与えますよ。ここまでに子牛を失って来てるのだから。山中でも魔獣に怯えていたようだし、あまり可哀想なことをしたら乳も出なくなります。あと雄が2頭いるので置いといた方が便利です」
「うん?」
「番にして、増産することも可能だって話です。兄弟同士で番わせられないし、置いといた方が良いんじゃないかなと」
「そういうことか。ふむ。増産もできるとなれば、国家事業として起こせることも可能か」
それは取らぬ狸の皮算用だと思うが、シウには関係ないので黙っておく。
かなり落ち着いてきた角牛も、飛竜を前にすると慌てていた。ブモーブモーと泣き叫ぶのでまたしてもシュヴィークザームが大活躍した。
活躍しすぎて鼻の穴が広がっているのが面白かった。
ヴィンセントも苦笑を隠しながら褒めていた。
角牛達は安定するよう、荷運び用の大きな籠に親子セットで入れられて運ばれて行った。飛竜は親子一組しか運べず、ヴィンセントを迎えに来たはずの残りの飛竜2頭にも急遽籠が取り付けられて運ばれて行った。
飛竜の上部に取り付ける荷台が、荷運び用の籠に組み立てなおせたのが幸いした。
飛竜兵と共にやってきた近衛騎士達がさんざん、頼み込んだせいでヴィンセントとシュヴィークザームも飛竜に乗って飛んで行った。
残されたジュスト達はちょっと涙目だったけれど、夕闇も迫るため急いで騎獣に乗って王都へ戻ったのだった。
王城に戻れたのは夜遅い時間だった。
近衛騎士達が疲れていたというのもあるが、日が落ちた飛行に彼等が自信なさげだったのも原因だ。口では経験があると言っていたが不安そうな顔をされて、仕方なく安全マージンを取った。
実際、ジュスト達も騎獣に乗りっぱなしがつらかったようだ。
晩ご飯も休憩がてらに時間を取ったので、そうした時間となった。
ところで驚くことに、発着場にはヴィンセントが待っており、皆を労っていた。
「シウ、持って帰ってきたは良いが、どうすれば良いのか分からん」
一番の理由はそれらしかったが。
「……そうでしょうね」
「明日、ブラード家にも連絡を入れるが、今――」
「はいはい。今やります。場所はどこですか」
呆れながら請け負うことにした。
ただし、宮廷魔術師にも声を掛けたようだ。
「あ、ルドヴィコさん?」
「……やあ、ええと、確か、誰だったっけ」
顔は覚えてくれているらしい。ルドヴィコがシウを指差して首を傾げた。傍にいた近衛騎士が呆れながら小声で説明している。
「グラキエースギガスの討伐時にいらしゃった方ですよ」
「ああ、そうだった」
「今日はよろしくお願いします」
「うん。はい。分かりました」
牛を飼う場所まで移動すると、シュヴィークザームが働いていた。
角牛達が逃げ出さないように必死で、そっちはだめだとか叫んでいる。いい光景だ。
笑っているとヴィンセントも横に立って笑い出した。
「いかん、笑わずに我慢していたのだが」
「あれを見たら笑っちゃいますよね」
「ああ。普段のんべんだらりと過ごしているシュヴィークザームがあれほど慌てるとは」
ですよねーとのんびりしていたら、シュヴィークザームに気付かれてしまった。
「シウ! 早く、我を助けろ」
「はいはい」
「ヴィン二世、笑っていただろう? 許さんからな!」
「はいはい」
シウの真似をして適当な返事をしながら、ヴィンセントはシウにどこをどう使ってよいかを説明してくれた。
その場で了解し、シュヴィークザームに角牛達を隅へ連れて行ってもらうと、整地を始める。
ルドヴィコには周囲を囲む砦のような壁を作ってもらった。
固めた地面はなかなか良い具合で、取り囲む壁となる石も頑丈に出来上がった。
幾つかの注意点、魔道具の設置などを伝えると、ようやくシウは解放された。
その頃にはシュヴィークザームも疲れたのか地面に転がっていた。
光の日の朝もいつも通りに起きたが、フェレス達がまだ眠り足りなさそうだったので、そのままベッドに置いて、朝の運動を行ったり、ご飯を作ったりして過ごした。
時間を待って角牛の小屋へ向かうと厩の下男達もやってきた。
「今日、どちらか1人、王城に行ってほしいんだけど良いかなあ」
昨夜遅くにロランドの了解は得ていたが、聞いてみた。
するとびっくりして2人ともコンクリートで固めたみたいに動きを止めてしまった。
「えーと、昨日ヴィンセント殿下に頼まれて角牛を生け捕りにしたんだ。その世話を教わりたいんだって」
「あ、いえ、しかし、我々は王城へ上がれるほどの身分では」
先に我に返った男がぶんぶん手を振るので、シウもそうだよねえ、気持ちは分かると頷いた。
「僕が行けたら良いんだけど、今日は冒険者ギルドの研修会で仕事があるし、さりとて連れてこられた角牛達のお世話を誰もしていないのかと思うと」
少々演技も入ったが、困ったなあと溜息まじりに呟いたら、2人が顔を見合わせた。馬を丁寧に世話する2人だから、動物は好きなのだ。
角牛にも最初はおっかなびっくり接していたが、餌の用意など張り切っていたからそうだろうと思っていたがやはり丁寧に接してくれる。
「もちろん、1人でなんて行かせないよ。指導係として行ってほしいだけで、案内人としても後ろ盾としても何人か一緒に行ってもらうつもり」
「でしたら、その、俺、わたしが行きます」
歳を取った方が手を挙げてくれた。意気込んでいるというよりも、若手を行かせて何かあったら可哀想という意味で、悲壮な顔だ。
同情しつつ、シウはお礼を言った。
「ありがと。今日中に覚えてくれって言ってあるからね。それと、無理なことはしないさせないって言質を取っているから。もし、僕の仕事が早めに終わったら駆け付けるし」
「あ、いえ。それはシウ様のお仕事ですから。俺、わたしも、仕事として頑張ります」
「うん。ありがとう。それと残った1人での作業も大変なんだけど――」
「いんや! 俺も頑張るだす! 先輩のためにも、うちの馬さ、変なことにさせませんだ!」
張り切ってくれた。
角牛の世話は今日はシウが1人でやるから、とにかく王城へ行く準備などをお願いした。
一緒に行くのはリコと、急遽お願いしたテオドロの部下だ。
突然のお願いだったのに嫌な顔ひとつせず了承し、返事ついでに一緒に屋敷へも来てくれた。
シウも見送りたかったが、感覚転移でそれらを確認しつつ冒険者ギルドに顔を出した。
新しい支部の研修会だったのに、何故かまだ王都に滞在していたニーバリ領の支部の数名が残っていた。
ごり押しでもしたのか、隅の方だが席に座っているので半眼になってしまった。
「あれ、いいの?」
「俺はダメだと言ったんだがな。研修に対する明確なルールがなかったのも災いして、シベリウス領の支部の知人が軽い気持ちで引き受けたらしい。まあ、同じギルド内の研修だからってんで、分からないからもう一度受講したいって言われたら、ああそうかと受け入れるだろう? そんな感じだ」
「彼等に意図があることは知らないんだね」
「隣り合った領で、街自体も近いから融通しあうこともあったんだろうが、あくどい感じではないな。仲間ってのとも違うから、単純に利用されたんだろう」
「そっか」
「なるべく迷惑かけねえようにするが、いざとなったら逃げてくれよ」
「うん」
それはブランカを奪われるなという意味だ。逃げさえすれば、捕まりはしないのだから。
それにしても、何かしら厄介ごとがある。生きていればなんだかんだと問題は起こるし、これも人生を謳歌している弊害なのだからしようがないと、思うことにした。
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