540 絡んでくる研修生、情報の照合




 座学が終わると、訓練場へ行く。

 流れが出来上がっており、時間も短縮されていった。

 手伝ってくれる冒険者や職員もいて、シウもかなり楽が出来るようになった。修繕の仕方も事前に職員同士で話がされており、そういった方面での質問は出なくなった。

 ただし、飛行板に乗る、ということに関しての質問はある。

 基本的な事なら座学でもやっているので、どちらかと言えば提案ないし希望だ。

「もっと早く飛ばせないのか」

 質問したのは今回のシベリウス領支部の人間ではなく、ニーバリ領の職員だった。

「早さを追求する意味は?」

「冒険者なんだから、当然だろう」

 当たり前だとばかりに、ふんと鼻息で返事をする。困った人だ。取り巻きもいて、身分をひけらかしていたが、このギルド本部では誰も聞いていなかった。

「答えになってないですよ。速度については早めるのは可能です。でも≪把手棒≫による補助で充分でしょう。それ以上となると人間に耐えられるのか、という心配もあるので」

「≪把手棒≫?」

「二度目なのに聞いてないんですか?」

 シウの嫌味に、職員はむっとしたらしかった。

「逃げる場合や、連絡を飛ばすために速度を上げる、そうした緊急避難措置的な補助装置です。普通の使い方で、これ以上の速さは要らない、というのが現役冒険者達の意見でもあります」

「そうだな、あまり早くても安定せず、むしろ危険だ」

「冒険者としては速度が出せればつい出し過ぎてしまうだろうし、こうした安全対策があるのは助かる」

 幾人かが間に入って助けてくれた。

 彼は、あからさまにチッと舌打ちしていたものの、以降は黙っていた。


 王都外に出ると、実地訓練になったのだがニーバリ領の男達は乗ったりしなかった。

 遠慮しているわけもなく、そんな危険なものに乗る奴の気がしれない、といったことを仲間内で話していた。

 だったらどうして来るんだと言いたいが、目的は分かっているので聞かない。

 半ば無視する形で研修会を終えた。


 かなり早い時間に帰ってきたので、打ち上げの時間まで空いてしまった。

 どうしようか考えていたら、ガンダルフォやガスパロなどがやってきた。

「よう。ちょいと出ないか」

 見た目は強面の男達に、シウは笑顔でついていった。

 こんな大柄で怖い顔の男が子供を引き連れているのに誰も何も言わないのは、彼等がフェレスにメロメロで餌やりしたいばかりにうろついているのを知っているからだ。

 こんな顔の男達だが甘い物も好きで、連れて行かれたのはカフェだった。

 冒険者もよく行く界隈なのでむさい男達が来ても文句を言われないのが良いらしい。

「まずは、お疲れ様だな!」

「はい」

 乾杯した後、ガンダルフォが真剣な顔で話しかけてきた。ただその視線はフェレスへ向いていたけれど。そしてそのフェレスは彼の仲間モーアからおやつを貰って食べていた。

「最近気になることを聞いたんだ」

「俺もだ。それでガンダルフォに相談したのよ」

「もしかして、僕関係?」

「おうよ」

 やはりと言おうか、シウのことを聞きだす輩がいるそうだ。情報を集めているらしいが、ルシエラ王都は彼等のシマだ。裏社会のことでも情報が耳に入ってくるため、誰がどういう意図で情報を探しているかなど、ちょっと調べたら分かるらしい。

「たぶん、ニーバリ領関係だ」

「今、その支部の職員が居残ってて、研修会でもちょっと絡まれたよ」

「そうか」

「先週も喧嘩腰だったし、その後、付けられていたからそっち関係もあるかな」

「他にも思い当たるのか?」

「同じく、ニーバリ領の次期領主様に目を付けられてるみたい」

「げっ」

 ガンダルフォもガスパロも、うげっと苦い物でも食べたみたいに顔を顰めていた。

「お前はよく貴族の目を引くよなあ」

「ほんとに」

 肩を竦めて答えたら、横からカナエが口を挟んできた。

「仕方ないわよ。騎獣を2頭も持っているのだもの」

「だよなあ」

「冒険者の騎獣でさえ、隙あらば奪おうとするのよ」

「王都の冒険者なら騎獣持ちも多いって聞いたんだけど」

「だから、結局はいつかないの。奪われても嫌だし、騎獣を預けられる宿屋も少ないでしょう? 大型パーティー、クランなんかだと屋敷を貸し切っているから、なんとかなるのね」

「その騎獣持ちの冒険者も、数が少ないからあちこち呼ばれて忙しいし、滅多に見かけねえな」

「そうだったんだ」

 夏になってようやく増えた騎獣の姿も、やがては少なくなっていたのはそうしたことだったらしい。

「ま、俺達は飛行板のおかげで、かなり楽になってきてるがな」

「まだ本格導入できていない他領だと、せっつかれて大変だろうぜ」

 話しつつ、ガンダルフォは我慢できなくなったらしくてモーアを退けて、フェレスの前に陣取っていた。

「もう、リーダーったら。それはともかく、シウ、気を付けなさいね。ニーバリ領の支部の幾つかは、貴族と繋がっていて対応がひどいの。そんな調子で王都で動いたら痛い目見るのは目に見えてるんだけど、その前にあなたやフェレス達が傷付いたら嫌だわ」

「うん。ありがと」

「クロはまだ小型希少獣だから安心だけど、ブランカは騎獣で、しかも幼獣だしね」

 みゃぁみゃぁ鳴きながら、カナエの太腿で蠢いているブランカを見て、彼女はふっと微笑んだ。

「王都中の知り合いに声を掛けているけれど、貴族って卑怯な手を使うから気を付けて」

 そうだよね、と思いつつこれが前振りなのかしらと思って、頼むから想定外のことは起きてくれるなよと神様に祈った。


 打ち上げでは、ニーバリ関係者は参加しておらず、訓練で一緒だった冒険者達が数多く席を占めていた。追い出してくれたのかもしれない。

「シウ殿、いやあ君は素晴らしい」

 酔っぱらったシベリウス領支部の職員が何度目かの同じセリフを口にして、シウの手を握りながらぶんぶん振った。

「画期的なものを開発してくれて、本当にありがとう!」

「騎獣に乗れない冒険者にとって、この移動方法は本当にすごいと思うよ」

「しかも、あれ、あれすごいよね! 落ちても全然かすり傷ひとつ付かない」

 ≪落下用安全球材≫のことだ。今回、個人的にも購入したのだと職員が話してくれた。

「支部長にもギルド支部としての購入をお願いしてみるよ」

「本当は領主殿にお願いしたいところなんだけどね」

「予算があるから、どうだろう」

 飲みながらも皆仕事の話で、しかしどこか楽しそうだった。

「研修なんて久しぶりだから楽しくてね」

「そうそう。普段は偉い人の話を聞くだけでつまらないんだけど」

「実地訓練があるのが良いね」

 一緒に研修を受けにやってきた冒険者もいて、彼等も頷いていた。

「冒険者仕様の方が早さもすごくてびっくりしたよ。練習用の飛行板とは全然違うね」

「≪把手棒≫を付けた時の速さもさ。あれは確かに制限する気持ちが分かった」

 慣れても無理だ、と皆笑っていた。

「それにしても、ニーバリ領の奴等、おかしかったな」

「あ、そうだ。シウ殿、その件については申し訳なかった」

 ガバッと頭を下げる職員は、タウロスから説明されて知ったと言って、また深く頭を下げた。

「何度かこちらの都合を聞いてもらったことがあって、もう一度研修を受けたいっていうのも仕事熱心なのだとばかり思っていたから、受け入れてしまった。それが、余計なことを言ったり態度も悪かったりして」

「恥ずかしかったよ。同じ職員としてさ」

「なあ。実地訓練の時も後ろで文句ばかり言ってただろう? あれには驚いた」

「あそこは貴族の出身者が多い支部らしいぞ」

「それだと、仕事が回らないんじゃないか」

 話がどんどん、情報を集める場になってしまった。

 シウは黙って聞いていたが、ニーバリ領では冒険者ギルドの仕事が滞る街も出てきているようで、知らなかったシベリウス領支部の職員などが驚いている。

「だから最近、魔獣の流れが変わっているのか?」

「冒険者を留めておけないんだろうな」

「まずいな。領に戻ったら対策を練らないと」

「冒険者にも声を掛ける必要があるな」

「そのへんは、俺達も手伝うぜ。配置を間違えると、俺達の街にも影響があるからな」

 一緒にやってきた冒険者が手を挙げていた。

 打ち上げに参加していたルシエラ王都の冒険者リエトやジャンニ達も、険しい顔だ。

「エルシア大河を挟んでいるとはいえ、隣りの領だからな」

「あちらから魔獣が流れてきたら王都でも危険だ」

「こういう時、ギルドの采配がまずいと俺達が困るんだよな」

 ギルドが最後の砦、という気持ちが冒険者にはある。

 国が間違った行動を起こすことは多々あるが、ギルドはもっと下のレベルで物を考えてくれるので信頼もしているのだ。

 その信頼が揺らぐような真似は、自殺行為に近い。ギルドだって冒険者に逃げられたら困るのに。

「ちょうど本部にいる今のうちに、本部長と面会しておこう」

「まったく、楽しい研修会のはずが、面倒なことになったな」

 愚痴を零しつつも、仕事に責任を持つ職員達は真剣に話し合っていた。

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