531 ストレス解消訓練と角牛ゲット




 木の日は朝からストレス解消のため、王都外へ出て森などで遊ぶことにした。

 ついでなので薬草採取の依頼も冒険者ギルドで受けたが、あっという間に終わった。

 昨日は昼ご飯のあと、簡単な事情聴取が行われたけれどシウには特に咎めなどはなかった。

 第三者の目があったことと、自動書記魔法で発言を記録していたことも良かった。

 何よりも「校内で抜剣した騎士とそれを注意しなかった主」の方があまりにもひどく、多少シウが「挑発したのはこちらもなのですみません」と自己申告したところで、怒られるということはなかった。

 それでもストレスはストレスだったので――主にフェレスがだけれど――解消することはとても大事だった。


 そのフェレスは機嫌よく飛び回っていた。

 訓練にも身が入っており、最近では遊びと称さずとも楽しく反復練習を行っている。

 クロやブランカ達にも調教とまでは行かないが、きちんと言い聞かせていた。

 ただし、クロは賢くてよく話を聞いているのだが、ブランカは猫系だからか、少々マイペースだった。

 大物ぶりを発揮しているので怯えたり恐れるといったことはないのだが、その分、好奇心が強くて相手の力量も考えずに向かっていきそうな気配がして、今から戦々恐々だ。

 たとえば、目の前にゴブリンが現れても、あれなに? と向かって行こうとするわけだ。

「ダメだって。ブランカにはまだ無理だよ」

「みゃ!」

「にゃ、にゃにゃにゃ」

 フェレスも注意しているのだが、ブランカはなんでどうして? と不思議そうだ。

 フェレスの狩りを普段から見ているせいで、自分もそうできると思い込んでいる節がある。

「ブランカはまだ子供だから、ダメ。戦い方の勉強もしてないよね」

「みゃ~」

「拗ねてもダメだよ。ブランカの仕事は遊ぶこと。ほら」

 猫じゃらしで逸らしている間に、フェレスに目配せすると颯爽とゴブリンを咥えて森の奥へ行ってくれた。

 その間クロは賢くサークルの中でぴょんぴょん飛び跳ねている。この子はシウの話をよく聞いており、言葉も大体のところを理解してきているようだった。

 難しい話まで理解しているわけではないが、ニュアンスで分かるらしい。もしかしたらフェレスよりも賢くなるかもしれないと、そんな気がしている。


 ところで、森の中で訓練がてら遊んでいたら、以前追い出したはずの角牛を発見した。

 シアーナ街道の奥地まで迷い込んでいるところを見ると、南下する群れに逸れたのかもしれない。

 以前シウが転移させたグループとは場所も違うため、最初から迷っていたのかもしれないが、子連れの雌を狩るのには躊躇する。

 さりとて置いておくと、そのうち魔獣に殺されることは目に見えていた。

「うーん、どうしようかな」

 暫く考えて、ブランカがみゃぁーと鳴いたことでハッとした。

「牛乳、普通の牛よりも美味しいかな?」

 設備を用意するのが大変なだけで、飼うこと自体はさほど難しくないはずだ。

 おとなしい性質なのだし、ちょっと試してみようと近付いて、怯えて逃げ出そうとする角牛を宥めながら、餌で釣って捕まえた。

 子供がお乳を飲み始めるタイミングを図り、そっと潜り込んで絞ってみると濃い液体が出てきた。

 魔法で雑菌処理をしてから飲んでみたら、案の定とても美味しい牛乳だと分かった。

 鑑定してみると普通の牛乳よりも濃厚で栄養もある。

「よし」

 思わず、ガッツポーズを見せると、トトトと3頭が近付いてきた。角牛が怯えたのを撫でて宥め、フェレス達には脅かさないようにねと注意して近くまで呼んだ。

「飲んでみる? あ、いただきます」

 角牛に言ったのだが、全く通じず「ぶも」っと鳴かれただけだった。

「にゃ。にゃぁぁぁぁ!!」

 おいしいっ、とフェレスは大興奮で、ブランカも一心不乱に残りを飲み、クロは羽まで濡らして嘴から舌を出して飲んでいた。

 どうやら、とても良い拾い物をしたようだった。


 途中まで転移で向かったものの、王都の門はくぐらねばならない。

 そこで、門兵と少し話し合うことになった。

「こ、これを王都内に入れるのですか?」

「はい。やっぱり無理ですか? おとなしいんですけど」

「……ええと、これをどうするんですか?」

「牛の代わりに飼おうと思って」

「飼う!?」

 ものすごくびっくりされてしまった。シウもちょっと安易だったかなと、反省したもののここまで来たら飼いたい。

 ロランドには通信で、庭に小屋を建てて良いかお伺いを立てて、了解を得ていた。

「問題を起こさないよう魔法で対処しますし、庭まで最短距離で連れて行きますからお願いします」

 ぺこりと頭を下げたら、隣りでフェレスもひょこんと頭を下げていた。何故かシウの肩の上でクロも。

 それを見た門兵達が、ウッと口を押さえていた。

「かっ、可愛い……」

「う、うん」

「分かった、君なら大丈夫だろう。その代わり絶対に暴れさせたらダメだよ」

「はい! ありがとうございます!」

 大きな声でお礼を言って、門を通った。

 ちなみにブランカは、フェレスの背中の袋に入っており、何やってるの? と、きょとんとしていた。


 道中、かなりの注目を浴びたものの、特に問題もなくブラード家の庭に入れることが出来た。

 ただ、さすがのロランドも、角牛が来るとは聞いていてもこれほど大きいとは思っていなかったらしく、珍しくも口を開けてぽかんとしていた。

「あ、すぐに壊れないような施設を作ります! すみません! 問題があればどこかに土地を借りますから!」

「い、いえ、それは構いません。若様もお許しくださいましたし、はい」

 リコや護衛達が唖然としている中、連れてきた角牛には綱を付けていたのでそれを地面の楔に取り付け、念のため皆に分かるよう結界を張ってから作業に取り掛かった。

 途中カスパルが騒ぎに気付いて庭に出て来たけれど、肩を竦めて笑っただけだった。

 さすがに彼は角牛の大きさがどれほどのものか、分かっていたようだ。


 表門からは絶対に見えない裏庭に、外からは木組みのように見える施設を組み上げた。中は土で固めているが、コンクリートのように固く、分厚い。鉄筋も入れているのでかなりの強度がある。

 明かり取りと風通しの窓を設けているが、匂いや音が外に漏れないよう、全体を結界で覆ってみた。入れるのはブラード家の者だけにしてみた。使用者権限を付けるだけなので簡単なことだった。

 その新しい場所に、角牛の親子は割とすんなり入り、5分もしないうちに慣れてくれた。

 ふんふん匂いを嗅いでいたものの、用意した干し草を美味しそうに食べ始めたのだ。

 彼等は草花や野菜などの作物なら何でも食べるようで、干し草でも良いようだった。家畜の餌として優秀なトウモロコシなどは、美味しい食べ物と分かったらしく喜んで食べている。

「よしよし。運動もさせてあげるからね。ご飯と敵に困らなくなるから、代わりにお乳をもらえるかな?」

「ぶもー」

「うーん、意味は分かんないや。でも、お互いに利点があるってことで、よろしくお願いします」

「ぶもー」

 やっぱり意味は伝わらなかったが、普通の獣はこんなものだろう。

 とりあえず、またお乳をもらってから小屋を出ると、スサ達がホッとした顔で待っていた。


 角牛からは大量の牛乳が摂れた。

 普通は子牛を2~3頭は連れているはずなので、その分余るようだ。子牛と言えども相当な量を飲むから、子牛を失ったらしい母牛には申し訳ないが、その分もらえるシウには有り難かった。

「こりゃあ、いい。しかも毎日これだけ出るなら、売るほど余るなあ」

「チーズや生クリームにして保存しても良いよね」

「おお! 夢が広がりますな!」

 料理長とわいわいやっていると、カスパルがひょいと覗いてきた。主が厨房に来ることなど有り得ないので、シウが慌てて廊下へ出ると、カスパルが興味津々といった顔で腕を後ろに組んで立っていた。

「肉があれだけ美味しいのだから、乳もやはり美味しいのだろうね」

「あ、飲む?」

 どうやらそれが目当てだったらしい。以前は食に余り興味がなかったと言っていたカスパルだが、最近は食いしん坊になったようだ。ロランドも喜んでいた。

 シウは早速雑菌処理をした生乳をカスパルに渡した。

「……うん、美味しい!」

「だよね!」

「で、シウは料理長達と遊んでるわけだね」

「えーと、まあ、遊んでる、とも言うね」

「昨日の事でお疲れだろうと遠慮していたのだけど、この分だともう気分は浮上してるよね?」

「あっ」

 そういえば今日は今後の対策を練ろうと言われていたのだった。ころっと忘れていた。

「ごめんなさい……」

「ああ、怒ってるわけじゃないんだ。ただ、今日学校であれこれ聞かれたからね。適当に流したけれど」

「うわ」

「というわけで、今日は夕食一緒にね。その後、遊戯室に付き合ってくれるかい」

 はあい、と返事をして、角牛乳のアレンジは料理長に一任したのだった。


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