465 新しい武器とストレス発散




 最初、鞭はどうだろうと思っていたが、ククールスというよりもエルフに鞭を持たせる図がどうもおかしかったので、考えを変えた。

 もっと軽いものが良いだろう。

 そこで思いついたのが蜘蛛蜂の糸だ。強度の高い特殊糸でナイロン糸を縒った時に出るしなやかさと強さがある。

 釣り糸にもできる強靭さから、当然武器にも向いている。

 実際、戦術戦士科のヴェネリオにもあげたが、壁のぼりなど、あらゆるところで使って活躍していた。

「これをさ、先に錘を付けて飛ばしても良いと思うんだ」

「錘?」

「あくまでも投げて飛ばすための目安、飛ばせるだけの重さで良いんだ。見ててね」

 適当に石をくくりつけて、木の枝めがけて飛ばす。

 その重みで枝にくるくるっと巻き付いて、糸を引っ張ると安定した。

「これで、こう」

 飛び上がると揺れて反動で枝の向こうへ体が移動するし、少し強めに地面を蹴り上げて反動を利用して浮き上がると、別の枝へと飛び乗ることが出来た。

「おおー」

 そのまま降りてきて、糸をくいっと引っ張って先の引っかかりを解くと、手元へ戻るようにヒュッと引っ張った。ついで、腕を利用してくるくると巻き取って先端の石は手のひらで受け止める。

「使い方次第で、武器になるよ。魔力もよく通してくれるし。ゴブリン程度なら首を絞め殺せるどころか、落とせるだろうね」

「だな。でも、糸がそれほど強度なら力を入れた時に自分の手がやられないか?」

「何重かに巻いていれば大丈夫だろうけど、いざって時が怖いもんね。となると、専用の手袋を使ったらどうかな。外側の素材を糸に耐えられるものを使えば、切り落とされることはないよ」

「切り落とされるって、おい。でも、そうだろうな。これほどの糸だ、重みを掛けたらスッパリいくか」

 思いついたら即行動なので、シウはその場に絨毯を出して作業に取り掛かった。

「ククールス、暇だったら好きなことしてて。僕、試作してみる」

「おうよ。つうか、職人だなあ、お前」

 呆れた声でのんびり言うと、彼はフェレスの相手をしだした。

「よし、シウはあの通りだから俺と一緒に森で遊んでこーぜ。お前もスッキリしたいだろ?」

「にゃ!」

「フェレス連れて行くぞー」

「うん」

 顔も上げずに返事をして、見送った。

 絨毯の上には危なくないようにクッションを砦にしてクロとブランカも抱っこひもから出してあげた。

 目が覚めていたのでうごうご遊んでいるが、作業しているシウのところへは入れないように結界を張ったので大丈夫だろう。

 そのまま、シウは作業に没頭した。


 昼頃戻ってきたククールス達に、シウは急いで昼ご飯の用意をした。

「さっぱりした顔してんなあ、シウ。やっぱり好きなことしてるのが一番だろ」

「え、そんなに顔色違う?」

「今朝会った時はなんかどんよりしてたぞ。よっぽどお友達のことが心配なんだな」

「うん、そうかも」

 アマリアが良い子だというのもあるが、仲良しになった友人だからこそ親身に考えてしまったのだ。

 シウは前世では妾の子で、男の子だから父親に引き取られたのだが、正妻からすれば腹の立つ存在であったろう。でもどうすることもできない。実母も妾になりたくてなったわけでもなさそうだったし、養母に当たる正妻の人だって大店同士の政略結婚のような形で嫁いできている。それを考えると可哀想だったなと思うのだ。

 せめて、カスパルが言うように、お見合いをしてその中から選べたら良いのに。

 こんな騙し討ちで罠にかけて結婚させるというのはどうだろう。

 一方的な思いというのは、いつの時代どこの世界でも良くない結果を生む。

 お互いの妥協点が必要だ。

「僕は彼女には幸せになってもらいたいなあ」

「だから、なんで親目線なの。シウは面白いなあ」

 絨毯の上にローテーブルを置いて、皿を出しながら用意をしているとククールスも手伝い始めた。

「それより、自分の恋話はよ」

「うーん。僕はまだそういうのないなあ」

「子供だな!」

「子供だからねー」

 くだらないやりとりをしながら昼ご飯を食べ、フェレスは自分で勝手に食べてくれるので放置し、クロとブランカにも離乳食を与えた。

 ブランカは山羊乳も好むが、クロが食べている離乳食に興味を覚えたようでほとんど離乳食で食事を終えた。


 高強度糸を使う専用手袋は指先のないグローブで、外側の生地には同じ糸で編んだものを使った。中の生地は火竜の皮を使い、内側にはバオムヴォレとアクアアラネアで編んだ柔らかくて強度のある生地にした。汚れないよう浄化の付与も付けてみた。

「どうどう?」

 気になって手袋を嵌めたばかりのククールスに身を乗り出して聞いてしまった。

「……すっげえ、しっくりくる。ていうか、俺の手に合わせて作ったのかって感じだけど、え、そういうものか?」

「そりゃ、使うのククールスだもん。合わせたよ」

「どうやって? 計ってなかっただろうに」

 しまった。空間魔法持ちだと、そのへん簡単にやれてしまうのだ。

 シウはちらっとあらぬ方を向いてから、ククールスに問答無用で笑顔で押し切った。

「職人だから」

「え」

「職人だから!」

「……って、分かったよ。分かりました。もう細かいことは突っ込まねえよ」

 呆れて笑うと、ククールスはまた手袋をはめたままわきわきと指を動かした。

「これ、すげえな。指先が使えるから繊細な動きも今まで通り行えるし、何よりもしっくりきて、強度があるのに使いやすい」

「糸をここに入れておくこともできるんだよ。でも、錘を使うなら邪魔だろうから腰帯に下げ置けるよう革で止める形にしたんだ」

「おっ、格好良いな。皮の留め具か。……なあ、この革、もしかしてすごく良い奴じゃないか?」

「あ、うん。分かる? 火竜のなんだ。合わせてみた」

「……合わせる?」

「手袋の中生地が火竜のなんだよ。ほら、糸同士で強く擦ると火花が飛び散る可能性もあるし、それでなくても熱を持つからね。その対策として、防御用に。強度も上がったから結果的に良かったよ。あと内側の生地も防御対策してあるからね」

「って、どんな」

「アクアアラネアの糸を混合した生地なんだー。それから嵌めたままでも生活できるように全体を浄化する魔術式も付与しているから汚れないよ」

 子供が親にテストの点数が良かったから褒めてと言っているような気持ちになりつつ、にこにこ笑って言った。

「……あー、ありがとうよ。それにしても容赦ねえな、お前。やりすぎだろうが」

「え?」

「どんだけ金掛けてるんだって話だ。まあ、俺は有り難くいただいちゃうけどよ」

 悪ぶった言い方をしているが、どこか照れ臭そうだ。

 プレゼントされて嬉しいのに恥ずかしいとは、純情な青年である。

 シウは、にこにこして首を振った。

「お金はかかってないよ。全部、自分で採取したものだから。気にしないでね」

「や、そういう意味じゃ……。って、まあいいか。よし、じゃあ今からこれを使って慣れるぞ」

「おー」

 立ちあがって宣言したので、シウも座ったまま拳を振り上げて応援してあげた。

 何故かククールスが微妙な顔をしてシウを見下ろしたが、なんでと首を傾げたら苦笑して歩いて行ってしまった。


 午後はそれぞれ森の中で遊んで、もとい訓練したりして過ごした。

 フェレスも1人遊びができる子なので、きゃっきゃと楽しそうに飛び回っていた。

 時折シウのところへ戻ってきては、見付けたものを自慢していった。

 シウ自身は作業熱が続いていたので、絨毯の上でいろいろなものを作っていた。帰宅したら鍛冶小屋で作ろうと思うものもあって、脳内メモにひっきりなしに残していく。

 一通り終わったら、森の中を散策、という名の走行訓練を行った。

 クロとブランカはフェレスに任せた。背中の鞄に入れてあげ、くれぐれも落としちゃダメだと言ったら、フェレスは神妙に頷いていた。

 シウと一緒に付いてきたかったようだが、夜いっぱいブラッシングしてあげるから子守りしててと頼んだら尻尾を振って了承してくれたので、ここしばらく本気で動けなかった分を取り戻すように走り回った。

 森の中を思う存分走れるのは、気分が良かった。

 ストレスが溜まっていたのだと自覚もした。

 赤ちゃんが2頭もいるのはやはり大変だったようだ。これでも希少獣だからまだ安心していられるが、人間の赤ん坊だとどうなるのか。

 どんな獣よりも、弱い存在だ。特に人族の赤ん坊は弱い。手の高さから落としてしまっただけで死ぬこともあるのだ。

 1人では決して生きられない生き物。

 ふにゃふにゃで、鳴くしかできない、この世で最も弱い生物のひとつだ。


 不意にシウは立ち止まった。

 苔むした倒木と岩の間に、目をやる。

「シー・ウィース・アマーリー・アマー、か……」

 か細い存在をこの世に残して逝く。それがどれほど不安なことだったか。

 爺様がシウの両親を助けに行った時、2人はシウを魔獣から隠すように岩の隙間へ入れようとしていた。もし、魔獣に見つからなかったとしても、赤子が森で生きられるわけもないのに。でもそれが生き物としての本能だったのだろう。

 シウは踵を返して、フェレス達の元へ急いだ。無性に抱きしめたくなった。

 あの命を、シウも守るだろう。

 その為にも不安は極力排除しなくてはならない。もやもやしていた考えを吹き飛ばして、ハイエルフ対策を真剣に考えようと、シウは走りながら両親達に誓った。

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