466 研究と実験、大衆小説読書




 風の日は予定通り、ハイエルフ対策の新技などを考えることにした。

 屋敷では気が散るので、コルディス湖の畔に作った小屋へ行った。

 午前中はフェレスと見回りをしたり採取をするなどして、気分を一新し、午後からは本格的に研究や実験を繰り返した。

 まず、血に操られないための対策が必要だった。

 シウには無害化魔法が備わっているが、これがどこまで使えるのかも分からない。そのため、魔法を掛け続けられる状況を作ってみた。

 コルディス湖の湖畔にドーム状の土壁で覆った建物を作り、その中に転移する。

 結界を何重にも張って、作った攻撃用の魔道具を周囲に設置した。

 念のため、本気でまずいことになったら困るので、自分の体力が残り10を切ったところで転移するよう自動化の魔石も身に着けた。

 爺様の遺産にあった魔石の中でもっとも高価なものだ。こんな使い方をするとは思っていなかったが、有り難いものである。

 フェレス達には小屋で遊んでいるよう言い付けた。

「よし、始めよう」

 起動させて、次々と魔法攻撃を受ける。精神作用のあるものもあったが、鑑定しながら確認していくがものすごい量の、無効化となった処理の履歴が流れていく。同時処理で見えるそれを判断できるようになったのは1時間後で、慣れてきたら頭が落ち着いてきた。フル鑑定すると情報が一度にドッと押し寄せてくるので辛かったのだ。

 とりあえず1時間ずっと魔法を受けても全てブロックされることが分かった。

「血操魔法って聞いたけど、万が一魔法とは別の固有能力だったら困るしなあ」

 物理的攻撃だとどうなるのか気になった。シウも怪我はするのだ。怪我は。

 ただし、すぐに治ってしまう。病気もしないので有り難いことだが、本格的な怪我をした時のことが分からない。

 かといって、自らで腕を切りつけるような真似も怖くてしたくない。

 となると結界能力を上げるしかないのかと思い至る。

 これだと、血視魔法も防げるかもしれない。シウのような混血は見付けられないようだが楽観視は禁物だ。アウレアのこともあるので、妨害できる方が良いに決まってる。

「となると、結界か」

 攪乱、妨害、防御。

 あれこれ考えているうちに、お腹が空いてきた。

 慌てて転移して戻ると、夕方だった。

 おやつは置いて来ていたが、長い時間ほったらかしだったのは失敗した。

「ごめんね!」

 小屋に戻ると、フェレス達は寝ていたのかぼやんとした顔でシウを見て、それから嬉しそうに尻尾を振った。

「にゃー、にゃにゃ」

 わーい、シウだー、と喜ばれて、ホッとしたものの申し訳なく思った。

「ごめんね、遅くなって。晩ご飯は美味しいもの食べようね」

「にゃ!」

 ということで、フェレス達が寝るまでの間、シウは家族サービスに勤めたのだった。

 いや、家族サービスというとおかしいかもしれない。なにしろシウこそが彼等に癒されたのだから。


 夜は、天窓から見える星空を眺めながら、記録庫の本を漁った。

 興味のある本から読んでいたが、今回は少しでもハイエルフに関するものがあれば、それがどんな本であれ読んでみた。

 それこそ、大衆小説のようなものまで。

 古代語で描かれたそれらは、文明が発展し尽くしていることをシウに教えてくれた。

 景色の描写、出てくる魔道具の数々、便利な魔法と、それを行使する魔法使い達。

 古代では誰もが魔法を使えていた。

 魔力量に関する記述がどこにもなかったけれど、それは言いかえれば書く必要がないほど当たり前に存在していたのだ。

 街には多種多様な人種が闊歩し、常に活気があった。

 もちろん、内乱が起こって戦争になることもある。魔族との戦争だって何度かあり、帝国が誕生する以前は小国同士の凄惨な戦争もあったようだ。その時代は、文明力が帝国の比ではなく、今の時代よりも発展していなかった。

 ハイエルフ達は、エルフの国で王族として君臨し、栄華を誇っていた。

 エルフは帝国でも数多く暮らして、平和に人生を謳歌していたようだ。

 竜人族との悲恋物もあって、つい笑ってしまった。

 本の中にはドラゴンについても書いてあった。

 ドラゴンとハイエルフは同じ長寿種だからか、あるいは不思議な存在ゆえか、物語ではセットでよく出てきた。

「ドラゴンは、正式にはアンティークィタスドラコというのか。古代竜、ね。ドラゴンと言うようになったのは、勇者……って、これ、確実に転生者のような気がするなあ」

 物語には勇者物もあって、ここでは必ずパーティーメンバーにエルフの女性が入る。

 仕様かしら、と思いつつ読み耽った。

「緑化魔法、このあたりはユニーク魔法だろうな」

 読み進めるうちに、大衆小説の中のハイエルフは大抵、厳かな雰囲気で神聖な者のように扱われているのが分かった。まるで神官のようだ。

 オーガスタ帝国時代もサヴォネシア信仰なのだが、その神官と同列のように扱われている気がする。

 特殊な能力ゆえかもしれない。

 精霊魔法も、よく使われていた。時折マンガのような魔法が出てくる以外はどれも似たような記述なので整合性が取れた。

 作者によっておかしな話もあって、それらはとりあえず脇に退ける。

 このマンガのような変わった話は、一貫して出てくる人物も素っ頓狂なので、気になって読み進めてみた。

「……これ、確実に転生者のような気がしてきたなあ。それも日本人だ」

 どうもシウの知っている時代の、サブカルチャー要素が入っている、気がした。

「腕を飛ばしてパンチ、って。あとは、魔女っ娘変身スーツ……メイド喫茶……」

 最後の方では未成年が読んでいい内容ではなくなっていた。

「……自由だなあ、この人」

 帝国の終焉時代はこうしたものも許されていたようだ。よく発禁扱いにならなかったものだと感心した。

 さすがに挿絵がないので、自粛したのかもしれないが。

 それにしてもハーレムというのは業が深い。あと、変身するときに必ず一度裸が見えてしまうという「お約束」も、だ。前世の若い頃に流行ったマンガにもあったので、同じ時代の人かと思ったが、スマホのような魔道具も出てくるのでよく分からない。

 なんにしても、転生者が幸せに生きていたようで、それだけは良かった。

 あと、以前から薄々分かっていたことだが、やはり転生するのにあちらとこちらの時間の流れは関係ないようだった。この世界の大昔に転生したのに、スマホ(モドキ)があるのだから、当然といえば当然の結論だ。物語的には「時間軸が違う」というのはよくある話なので、シウは普通に納得した。


 気付けば随分読み込んでいたようで、眠くなってきた。

 大衆小説は全く手を付けていなかったから、今後はこれらも検索対象にして読んでみよう。

 意外と情報収集に役立っているので、これまで敬遠していて申し訳ない気分だった。

 しかし、寝ている間に夢を見てしまった。

 魔女っ娘が変身しながら腕を外してパンチしてくるので、困ってしまうという内容だ。

 裸はダメだと説教しているところで、目が覚めた。

「……うーん、夜に読む本じゃないってことか」

 溜息を吐いて、ベッドから起き出したシウだった。



 朝から変な夢を見たので、スッキリしようと湖に入って泳いだ。

 ひやっとした冷たさに体の芯がキュッと縮こまる。フェレスも入りたいというので、クロとブランカを桶に入れて浮かべた。

「水を散らしたらダメだよ」

「にゃ!」

 ブランカも泳ぎたそうに桶から顔を覗かせるが、めっ、と叱った。

「まだダメだよ。溺れるからね」

「みゃぅー、みゃっみゃっ」

「ダメ」

 みゃぅぅぅと喉の奥で鳴く。そのうち、ぐるぐると野太い声になるんだろうなと思うと、今のうちに可愛い喉鳴りを堪能しておこうと、頭を撫でた。

 クロも撫でてあげると、喜んで飛ぼうとした。まだ羽が子供のままだから飛べないのだけれど、よたよたと可愛いものだ。

 暫く遊んでから、桶全体に結界を張って、湖を引っ張って泳いだ。2頭とも、自分達も泳いでいるような気持ちになったらしくきゃっきゃと楽しげに鳴いていた。

 魔獣は全て狩っているので、桶を自動化で走らせながら、シウとフェレスは潜水ごっこをして遊んだ。

 水草をどちらが早く採れるか競争したり、水草をくくって輪にしてくぐるなど、楽しい物だった。

 畔に戻ると、クロとブランカも楽しかったらしく、珍しく寝ようとはしないで興奮したまま歩き回っていた。


 それでも朝ご飯を食べたらすやすやと寝てしまい、静かになった。

 朝一番に山羊乳は飲んでいたが、朝ご飯とは別腹らしくて、食べ終わってお腹をぽんぽこにしてバタンキューだった。

 フェレスも泳いで疲れたのか、一緒に並んで眠り始めた。

 それを横目に、シウはまた研究と実験を繰り返すことにした。

 結界魔法のレベルも上げられるようだし、鑑定魔法と同じくせっせと使ってみようと思う。更には空間魔法も、だ。魔法は使ってこそと神様も言っていたが、使わないとせっかくのスキルも生きない。

 特に空間魔法はシウのとっておきだ。逃げるという意味では転移は最高の技だし、これが使えない状況は恐ろしいので、技を磨いておこうと心に決めた。

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