第十一章 狩人の里とハイエルフの秘密
436 授業転籍、新科目紹介
月が明けて、朝凪ぎの月となった。
第1週目はいつものように何事もなく過ぎたが、第2週の水の日にようやくクレールやプルウィアの転籍が可能になった。
カスパルが理事や学院長に顔合わせをして直談判したのも良かったし、先生方の根回しもあってか別の先生の授業へ移行したそうだ。
ニルソンという戦略指揮科の教師は最後までごねていたそうだが、転籍を受け入れた方のサハルネ=ガレオという教師の方は可もなく不可もなくといった様子で飄々としていたらしい。
ただ、そうした性質の先生なので授業の内容も推して知るべしで、単位が取れるかどうかは不明のようだった。
それでも自分から科目を捨てるということはせずに済んで、2人とも良かった。
不思議なのは、この話を聞いたヒルデガルドが自分もサハルネの方に転籍しようかと呟いたことだったらしい。
自分が原因で2人がそうなったとは思い至らなかったらしくて、さすがの周囲の人間も慌てて止めたそうだ。
もちろん、彼女の転籍を学院が許可したとは思えないけれど、ゾッとする話だった。
そんなこんなで第2週も過ぎ、第3週の水の日になった。
ロッカールームへ行くとアラリコからの、古代語魔術式解析と古代語体系研究科への勧誘メモがまた入っており、その日もそれをぴらぴらさせながら生産の教室へと向かった。
「まあ、浮かない顔をされておりますけれど、どうされましたの」
「アマリアさん、えーと、これ」
メモを見せると笑われた。
「アラリコ先生やジェルヴェ先生から直接勧誘されるなんてすごいですわね」
「すごくないですー。僕はカスパルのお目付け役で呼ばれてるので」
「まあ」
内容は分からずともお目付け役という言葉で大体を理解してくれたらしい。少し同情してくれた。
しかし、だ。
「そうしましたら、このお話は余計かもしれませんわね」
「なんですか?」
「オルテンシア先生が、シウ殿を勧誘してくるよう仰せになったものですから」
「創造研究科は以前、断られてるんだけどなー。未成年はダメだって」
「先生、子供が研究科に来ることは基本的に反対だそうですものね」
「僕もまだ子供なんだけどなあ」
「ふふふ」
にこやかに微笑んで、彼女は口を開いた。
「オルテンシア先生が仰るには、今の時点でも飛び級は可能だそうですわ」
「えっ、そうなの?」
「レグロ先生はもう教えることはないと仰っていたそうですし。ただ場を貸しているだけだとか。他の生徒の励みにもなるから本人が辞めると言わない限りは在籍させ続けると思ってらっしゃるようですわ」
「そうなんだ……」
「トリスタン先生や、レイナルド先生もそのように仰っていたとか。あなたが楽しそうに授業を受けているので様子を見ているそうですわね」
トリスタンはともかく、レイナルドは違う気がする。
シウは苦笑して頷いた。
「わたくし、他の授業の先生を存じ上げませんが、実地があるために保留としているだけだと伺いましたわ。となると、ほぼ飛び級可能ということになりますわね」
「それで、他の科目を勧めてくるのか」
「受けた方が良いと勧められた科目もあるのでしょう?」
「あ、もう絶対嫌なので断ってるんです」
はっきりきっぱり言い切ると、アマリアだけでなくお付きのジルダ達も笑っていた。
どこの授業か分かったのだろう。
「とにかく、今はこれ以上増やす気がないので、このままいきます。楽しいし」
「そうですわね。楽しいことが一番ですわ」
両手を合わせると、アマリアは早速彼女の楽しいこと、ゴーレムについて語り出した。
シウもその相手をしてあれこれと話し合ったりして過ごした。
この日、シウが作ったのはたこ焼き器だった。
餃子作成器は先週作ったので、食べ物シリーズとして変なスイッチが入っていたのだ。
すぐに終わる作業だったため、それ以外の時間はクラスメイトの作業を見たり、レグロの話を聞いたりした。
昼休みは食堂でたこ焼きを作った。
いや、皆ちゃんと食堂の食事を楽しんだ。
以前おかずをいくつか好きなように選べるシステムにしたらという話が出ていたので、職員のフラハに教えたら、すんなり会議を通って承認されてしまったそうだ。
先週までは、以前のメニューも揃えていたそうだが、結局新システムが完全に導入された。
2階サロンの人には受け入れられないかと思われたが、意外と喜ばれたらしい。
小食用、普通、大盛り用と三種類の入れ物があって、そこにおかずを職員が盛っていく形だが「好きなものを選べる」のは相当良かったそうだ。
並ぶのを嫌がる人もいるかと思ったが、食券を手に入れてから品が出てくるのを待つよりはずっと早く、並びながらどれにしようか考えるのが楽しいとか。
シウも選ぶのは好きなので気持ちは分かる。
季節ごとにメニューも変わるし、味の変化も楽しめる。
基本セットを作ったのも良かった。
選ぶのが苦痛な人には「基本で」と言えば職員が盛ってくれるのだ。
そして、野菜を全く選ばない生徒のことを考えて、必ず野菜も取り入れるようにしていた。そのへん、厨房の人の苦労が窺える。
とにかく、この新システムになってからはシウの考案したレシピも単体で出しやすくなって人気があるようだった。
ドランの店にも本当に連絡を入れたらしく、唐揚げなどもメニューに並んでいた。
今では一番人気の品らしい。
「たこやき、って面白いこと考えるなあ」
「昔、寄ったことのある街で食べられていたんだ」
たこ焼き奉行になりつつ、くるくるひっくり返していたら、プルウィアが怒り出した。
「シウも食べなさいよ! さっきから給仕ばかりしてるじゃないの」
「あ、うん」
「じゃあ、俺がやる! それ、やりたい」
見ていた生徒が立候補してくれたので、じゃあ、と後を任せた。
気を遣ってくれたのかと思ったら本気でやりたかったらしく、嬉々としてひっくり返していた。
そうか、たこ焼きは誰もがやりたがると聞いたが、あれは本当だったのかと今世になって納得してしまった。
プルウィアは転籍してから元気になってクレールとも仲良くなり、昼休みには2人で議論することも多くなった。
ククールスが護衛仕事から戻ってきたのでプルウィアのことを相談したが、大丈夫だよーと笑っていた通り、彼女は大丈夫だった。
でも一応、2人を顔合わせさせてみた。
2人とも、最初は同じ里出身のエルフから顔繋ぎとして会っただけで、その後も伝言ぐらいでほとんど話したことがなかったらしく、良い時間となったようだ。
それからも一度だけ、シウを交えて学校の外の喫茶店で会った。
店主が目をキラキラさせて見つめていたので、仕方なく認識阻害の魔法で結界を張ってしまったが。
エルフが2人も揃うと、騒ぎたくなるようだ。道行く人も喫茶店の中を二度見したりしていた。
そのククールスとは今月末の学校休み、一緒に狩人の里へ向かうことになっていた。
スエラ領都には狩人の里から数人が外界とのパイプ役として赴任しているらしいので、そちらに一応手紙を送ってみたが、里に情報が届くよりも先に到着するかもしれない。
とにかくも、来週は忙しい日々となるだろう。
「わたしも行ってみたかったわ」
「どうかなあ。ククールスもあまりお勧めしないって言ってたから、今回は諦めたら?」
「分かってるけど」
プルウィアと話していたら、たこ焼きが流れてきた。
不格好な形のものや、変な具材を入れたものなどだ。
この変なものを入れるのは男子なら絶対にやることなのだろうか。
大いに盛り上がっていた。
午後の複数属性術式開発の授業では4時限目をいつものように受講した後、皆が議論を交わす中、こそこそと術式を考えていた。
「やはり君は、新魔術式開発研究科へ転籍した方が良いような気がするね」
トリスタンが横に立ってそんなことを言い出した。
「えっ、そんな!」
「ここで楽しそうに授業を受けてくれるのはわたしも嬉しいが、あまりにもったいない気がするんだよ」
「でも、新魔術式って、実践に即したものや攻撃魔法などがメインでしょう? 固有魔法を開発する方の」
「そうだ。高魔力保持者でスキルの高い者ならば、後々固有魔法が増えることもある。それは君も知っているだろう?」
正しくシウがそれなので、黙って頷いた。
「正しい理解があれば新たな固有魔法を発現させることも可能なんだよ」
「僕は節約しながら、複数属性で組み上げたいです」
「節約、君がずっと言っていることだね。しかし、やはりもったいない。国としても、いや、魔法界の損失だとわたしは思う」
だから研究職にと言われる気がして頭を振ったら、トリスタンに笑われた。
「何も取って食おうというわけではない。ここに籍は置いて、新魔術式開発研究科へ一度見学に行ってみてはどうだろうか」
「……先生が、そう仰るなら」
先生同士の何かがあるのかしらと、つい勘ぐってしまってそう答えた。
トリスタンはまた笑って、その先生は後輩なんだけどね、と教えてくれた。
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