435 厄日と冒険者の週末の過ごし方




 ほいほいと呼び出されても困るので、シウはシュヴィークザームに通信魔道具を渡した。彼は基礎属性を全部持っているので複合技として覚えることも可能だろうが、いきなり連絡してこられても困るし、教える時間もなかったのでそうしたのだ。

「ほお。面白いものを作るな」

「特別にプレゼントするけど、これでもう羽の代金分終了だからね」

「意外と我の羽代は高いのだな」

 妙なところに感心して、シュヴィークザームは嬉しそうに笑った。いや、口元だけなのでどこかおかしいのだが。


 食後のデザートまで付き合わされて、ブラード家へ帰宅したのは夜遅い時間だった。

 さあ寝ようと思っていたら、今度はカスパルに捕まった。

 遊戯室ではなく、彼の私室にまで連れて行かれて興奮状態で手を握って上下に振られた。

 要約すると、シウが渡した古代語の書物がずっと探して読みたかった術式全集の参照本だったらしく、彼らしくもなく大興奮で喜んでいた。

 ロランドがやってきて注意するまで本について語られた。

 もしかすると今日は厄日だったのかなと、ベッドに寝転んでからひっそり思ったのだった。





 風の日は精神的な疲れがあってのんびり過ごした。

 と言っても興に乗ってしまったので作業場であれこれと作っていたのだが、おおむね楽しい一日だった。

 商人ギルドからも様子伺いに来たのでレース編み機の完成品やら、細かく思い付いたものを報告書として出した。


 光の日になると、体も鈍ってきたので冒険者ギルドで薬草採取の仕事を受けた。

 シアーナ街道まで行っていつも通りの採取を終えると、昼過ぎの早い時間に戻ってきた。

 受付で処理してもらってる間、クラルにククールスのことを聞いてみた。

「最近、顔を見ないけど長期の仕事を受けてる?」

「ククールスなら、確か、ああ、護衛で少し離れてるね。今日あたり戻ってくると思うから伝言残しておく?」

「うーん、そうだなあ。じゃあ、また時間のある時に家へ遊びに来てって」

「分かった」

 精算し終わると、外では相変わらずアイドル猫になったフェレスとそれを取り囲む冒険者たちがいた。

 昼間なので少ないかと思ったが、光の日だからか多かった。それよりも休みなのにギルド前で屯しているのが少し寂しい。

 そのため、お茶でもと誘ってしまった。

 皆、一斉に頷いていた。


 公園を取り囲むようにして並んでいるカフェのひとつに、むさくるしい男たちが集まった。

「僕は珈琲とケーキで」

「「「俺たちもだ!」」」

「それと、この子のために何かおやつを!」

「おー、そうだったぜ!」

 ウェイトレスの子が若干引いていたようだが、オーダーはちゃんと最後まで聞いていた。

 この店のケーキは二種類で素朴な感じだった。

 大体これが普通のことらしい。ロワルのステルラが懐かしかった。たくさんのデザートがあったものだ。

「ところで、みんな甘いの平気なんだね」

「好きな冒険者は多いぞ。なにしろ、仕事に入ると甘い物どころか、まともな食事にもありつけないからな」

「あー、そうだよね」

 そんな話をしつつ、堅焼パンを美味しく食べる方法だとかを伝授していたら、また餌やり大会が始まった。

 その間にクロとブランカの授乳も済ませたが、フェレスの餌やりから外れた男たちが瞬きせずに見ていたのが面白かった。

 冒険者同士の情報交換をしたり、蜂蜜玉のことを宣伝したりと、なかなかに有意義な時間を過ごすことができた。


 店を出る段になって、噂を聞いたらしいガンダルフォが駆け付けてきていた。

「い、一歩遅かったのか……」

 愕然とした顔を晒していたので、皆がポカンとなっていた。

「光の日だからと、昼寝をしていて出遅れたわ。ぬかった……」

「そこまでショックを受けなくても」

「ていうか、スピーリトのパーティーに声掛けられていたのか、シウ」

「みんなと一緒に出掛ける時なら、話をしてもいいよって言ったから」

「だったら、呼んであげりゃあいいのに」

「忘れてたんだ。それにどこまで本気かも分からなかったし」

「お前そういうところ、冷たいぞ」

「うん。そだね。反省した」

 ということで、そのまま居酒屋へ行くことになった。


 スピーリトは有名なパーティーらしく、他にも休んでいたらしい冒険者たちが参加して大勢で貸し切るような形になった。

 フェレスはお腹いっぱいでもう餌やりは禁止だし、後から来た人はちょっと残念そうだった。

 みんな早めの晩ご飯だとばかりに酒や食べ物を頼む中、シウはお腹が減っていないので飲み物だけ頼んで座っていた。その両隣をスピーリトメンバーに抑えられた。

「この間はありがとうね、あたしはカナエ、治癒役よ」

「俺はモーアだ。よろしくな」

 モーアは戦士職で、ガンダルフォは拳闘士、もう一人が短槍使いの男だった。他にもメンバーはいるそうだがメインがこの四人らしい。

「ルカサだ。ところで、それ、もしかして例の――」

 最後の一人、ルカサと名乗った男が手を伸ばしてきた。

 シウの腕の中にいる子に触れようとしたので結界で阻む。ついでに静電気も纏わせた。

「いてっ」

 バチッという音を立てたせいか、周りにいた人が一斉にシウたちを見た。

「どうしたんだ?」

「この人が勝手に触ろうとしたから」

「はあっ!? あんた、希少獣の子に触ろうとしたのかよ!」

「いくらスピーリトでも、やっていいことと悪いことがあるんだぞ!」

 お酒が入り始めたからか、ボルテージが上がってしまった。

 それを治めたのはガンダルフォだった。

 ガツンと音を立ててルカサの頭頂部を殴ったのだ。ものすごい音がしたが大丈夫だろうか、と思っていたらルカサが悶えていた。慌ててカナエが治癒している。

「悪い、シウ。こんな礼儀知らずを連れてきて」

「あ、うん」

「後でもう一度叱っておく。本当に悪かった」

 真摯に頭を下げてくれたので、シウは苦笑してそれを受け入れた。他の者たちも落ち着いたので、そこで手打ちとした。


 治癒が終わった後、カナエに連れられてルカサが謝りに来た。

 本当に触るつもりはなかったんだと言い訳していたけれど、そのせいで今度はモーアにも殴られていた。どうも、考えなしに行動する人らしく、普段から鉄拳制裁されているようだった。

 シウにも、失礼があったら思う存分返してほしいと言われてしまった。

 そんなことを言ったカナエは、シウにぴったり寄り添ってうっとりとクロやブランカを眺めていた。

「可愛いなあ……お腹がぽんぽこりんだ……。黒い子も口開けて寝てる……」

 クロは寝言を言うようになった。

 おしゃべりな九官鳥型希少獣らしく、もう鳴き始めている。

「きゅぃ……」

「かっわいいなあ」

「カナエの方が可愛いぞ」

「ルカサは黙ってて。あんたは近付かないで」

「……カナエー」

「うるさい、この野蛮人。おお、可哀想にね、突然おっきな手が伸びてきてびっくりしたよねえ。よしよし」

 モーアは呆れたようにやりとりを眺めているし、ガンダルフォはさっきからシウと話をしたいのにカナエが独占しているため右往左往している。

 このパーティーの立ち位置が段々と分かってきた。

 ようするに女性が一番強いということだ。

「あとでもう一度授乳するんだけど、その時に声を掛けようか?」

「ほんと? うんうん!」

「じゃあ、他にも見たい人がいるみたいだから、交替してくれる?」

「……そうだよね。うん、分かった」

 しょんぼりしてカナエが離れていった。その後ろをルカサが追いかけていく。

「女の尻ばっかり追いかけやがって、ったく」

 苦々しげに呟きながら、カナエのいた場所にガンダルフォが座った。

 その目はシウにいろいろ聞きたいと言っていたが、見返すと諦めたように肩を落としていた。

 それから腕の中を見て、ホッと息を吐く。

「可愛いもんだ」

「うん」

「……でも、それだけじゃあ、ないんだろ? 成獣前の子を育てるのは大変だって聞く」

「それが主になる者の当然の義務だからね」

「そんじょそこらの覚悟じゃ、ダメってことか」

 ちらっと仰向けになって寝ているフェレスを見て、ガンダルフォは笑った。

「気持ちよさそうに寝てら。安心してるんだな」

「ルシエラの冒険者の皆が良い人ばかりだって、知っているからね」

「そうか。……そうか」

 何かに納得して、それからシウの頭を撫でてきた。この間は悪かったなと小声で言って。

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