434 聖獣と国王の言い合い、晩餐
2人が視線を外さないまま言い合いしているのを、眺めるだけになってしまったシウの耳にようやく助けの音が聞こえてきた。
「陛下、ご歓談中に申し訳ございません」
ドアをノックしている秘書官らしき男性の声。
さすがの国王も議論を止めて、立ち上がった。
「すぐに参る」
「はっ」
「シュヴィ、どうか分かってほしい。この国にはしがらみがあるのだ」
「我には分からんな。ヴィンちゃんは小さい頃から同じだ。周りと上手くやることばかりに時を費やしておる。時には突出した考えも必要だと、我は思うがな」
「……お前がそうしたことを吹き込むからヴィンセントはああも攻撃的になったのではないか?」
「子育ての失敗を我の責任にするでない。そもそも、あれは攻撃的なのではない。神経質なのだ」
思わず頷いてしまった。それを国王が見ていたようだ。眉を寄せてシウを見る。
見てないと思っていたのに。
頭を低くすると、庇うつもりなのかどうかシュヴィークザームが手を振った。
「本当のことではないか。子供に当たるでない」
子供と言いつつ、シウを見た。
「子供のう。……そう、シウを召し上げたらどうか。ヴィン二世ももう少しましになるかもしれんぞ」
やめてくれ、と思わずのど元まで出かかった。
その前に国王が留めてくれたが。
「子育ての失敗を、成人前の子供に押し付けるわけにはいかぬだろう。シュヴィこそ、無責任なことを言うでない」
シュヴィークザームは肩を竦めた。自分でもどうかと思う発言だったに違いない。
でも、たぶん。
「召し上げたら、毎日おやつが食べられるとかそういう姑息なことを考えて、言ったよね?」
ぼそっと呟いたら、シュヴィークザームがそっぽを向いた。
呆れたのはシウよりも国王だった。
「……シュヴィ、お前ときたら。いや、もう言うまい。それよりも、この話はまたいずれな」
去り際にシウを見て、
「今後はシュヴィの我儘を聞かぬようにする。わざわざ呼び立てて済まなかったな」
そう言って部屋を出ていった。
突然静かになった部屋で、居心地悪くシュヴィークザームがもぞもぞするとフェレスも尻尾を振りだした。
それを見て、シュヴィークザームも肩の力を抜いたようにソファへ座った。
「最後のあれは、シウが来るとさざ波が立つからもう来るなということだぞ」
「あ、そうなんだ? へえー」
言葉通りには受け取れないのだなーと感心していたら、シュヴィークザームが更に力を抜いた。ようするにソファへべたっと寝転んだのだ。
「ああして中道に立つよう、そのことにばかり苦心するのよ。それでまた頑固なのだ。希少獣のことは我がよく分かっておるというのに」
「大変だね」
「そうだとも。我は大変なのだ。決してものぐさではないのだ」
でも引きこもりだよね、と思いつつ頷いた。
「だから、我にはご褒美が必要なのだ」
「あ、そこに行きつくんだ。ふうん」
「……態度が冷たいが、お前もしや王族ではあるまいな?」
「王族は冷たいんだ?」
「我を聖獣と崇めておらん」
「あー」
この姿を見たらなーと思ったが、口にはしなかった。
他愛もない話を続けていたら、また部屋に人が入ってきた。
「ヴィン二世か。ここは私室であるぞ。勝手に入ってくるな」
「陛下に呼ばれたのだ。お前の躾を頼むと言ってな。わたしも忙しいというのに」
そう言ってシウを見た。
シウは何も悪くないのに、慌てて首を横に振った。
「なんだ、その顔は」
まるで罪びとを断罪するかのような視線であったくせに。もちろん、口にはしない。
王宮に来てから口にできないことが沢山あるなあと少し遠い目をしてしまった。
「おい、聞いているのか」
「あ、はい」
「……もう夜だ。晩餐に招待するので出なさい」
「あ、いえ、もうお腹いっぱいで」
色んな意味でいっぱいなので、お断りした。するとヴィンセントの顔がきつくなった。
「王城に招いておいて食事も摂らせずに帰すなど、あってはならんことだ」
「ヴィン二世よ、その言い方はまるで恫喝しておるようだぞ」
「シュヴィークザーム、その呼び名は止めてほしいと以前にもお願いしたはずだ」
「ふむ。おぬしが我をシュヴィと呼べば許してやろう。次の主でもあるのだからな」
いろいろ言い合っているが、主となるのは受け入れているのか。
シウは面白く思って2人を眺めていた。
すると、シュヴィークザームがぐるんとこちらを向いた。
「シウよ、我の事を名で呼んでも良いぞ」
「シュヴィークザームと?」
「様付けをせんか」
「はいはい。シュヴィークザーム様」
「む。崇め奉る気持ちが全く籠っていない。仕方ない。では、シュー様と」
「寡黙様と呼びましょうか」
シュヴィークザームが黙ってしまった。
それを見てヴィンセントが頬を緩ませた。怖い顔が笑うと、やっぱり怖い。
同じ無表情のガルエラドとはえらい違いである。いや、あれも慣れたからか。
「シュヴィークザームを遣り込めるとは、シウは大したものだ」
ヴィンセントはその緩ませた頬を、すぐさま元に戻した。
「では、晩餐はこちらへ用意させよう。それで良いな?」
「……他に人がいないなら」
「そのように差配しよう」
言い終わると、ヴィンセントは来た時と同様に颯爽と帰って行った。彼はいつも、何かしらに追われているのか急ぎ足だなあと思いつつ、その後ろ姿を見送った。
王宮のメイドさん達は家格が高いからか、取り澄ました顔をして居心地が悪かった。
あからさまにシュヴィークザームに対しては諂っているのに、シウへの態度は雲泥の差で、いかにも「何故わたしがこのような庶民に給仕しなければならないのか」と顔に書いてあって居辛い。
どんな苦行だと思っていたが、怒ったのはシュヴィークザームで、皆に下がっていろと命じていた。
彼付きのメイドが慌てて全員を下がらせていたが、階位自体は低いのか廊下で舌打ちされているのが感覚転移で見えて可哀想だった。
「何故あの者どもはシウをああも見下しているのだ?」
「冒険者だからじゃないかな。庶民よりも下とされる流民扱いの冒険者は、王侯貴族からすれば塵芥なんじゃないの」
「英雄などは宴に招いて褒美を取らせると聞いたが」
「対外的に必要だからでしょ。僕も貰ったよ。その時ついでに、ポエニクスの毛が欲しいって言ったら貰えたし」
「それもどうかと思うが。ふむ。ところで、羽ばかりを渡したようだが、この毛は要らぬのか?」
長い髪の毛を手にしてひらひらと振る。
フェレスの視線は食い付いたようだが、シウは笑っただけだった。
「同じじゃないの? もういっぱいあるから要らないよ」
「何、そうなのか。しかし、我はお菓子を沢山もらったが、何も返せておらん」
「今後呼ばないでくれるなら」
「シウはひどい子だな!」
すぐさま突っ込まれてしまった。
笑いながら、シウは気になっていたことを口にした。
「それにしても長い髪の毛だよね。それ、短くしたら聖獣になった時、禿げたりするの?」
「……なんということを、おぬしは」
ぶるぶる震えていたが何に対してか分からずに、シウは笑顔で無視した。
「カリンも長髪だったけど、魔法使いといい、みんな長髪にこだわるよね」
「……魔力が溜まるのでな」
「迷信だよ?」
「古来よりの伝統なのだ。おぬしは短いのう。魔法使いには全く見えん」
「嫌いなんだ、長いの。鬱陶しいし」
「む。では我の髪も嫌いなのか」
「人のは別に。フェレスも長毛種だけど、可愛いし。ねー」
「にゃ!」
尻尾を振り振り答えてくれた。
その頃になるとシュヴィークザームお付きのメイドが給仕の続きを行ってくれた。
「短髪であるから、庶民に見えるのだぞ」
「庶民だし、別にいいかなー」
「頑固な子だ。ま、おぬしには短髪が似合っておる。お、そうだ。我の髪を使って鬘にでもしてみるか?」
「シュヴィークザーム様!」
メイドがびっくりして慌てて注意する。彼女は常識人のようだ。小声で彼を注意すると、シウには丁寧に頭を下げていた。
「そうですよ、寡黙様ー。白い髪の鬘なんて、不敬も甚だしい。目立つし怒られるし、この国どころかどこの国にもいられなくなるよ」
「敬っておらぬくせに。それよりも、シウよ、我の事を特別にシュヴィと呼ばせてやるから、その寡黙様はやめい」
メイドが驚いた顔をしていたが、注意などはしなかった。
それでシウもようやく、彼の事をシュヴィと呼ぶことにしたのだった。
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