433 常識知らずの聖獣と、国王




 ブラード家から、格式ばった馬車はすでに使われていたのでその次にきちんとした馬車を使って、王城へ向かった。

 さすがにワンランク下だからかどうか、門兵に止められてしまった。

 それで招待状を示したら、ものすごく驚かれた後、何度も馬車の中のシウを上から下へと眺められてしまった。

 従者としてリコがついてきてくれたものの、ロランドは屋敷に残っているし、テオドロに来てもらえば良かったかなと後悔した辺りでようやく中に入れた。

 その後も何度かある出入口で止められたものの、揉め事というほど大きな問題もなくシュヴィークザームの部屋まで辿り着くことが出来た。

 このへんの差配の下手さが、ヴィンセントと違うところだ。

 シュヴィークザームはたぶん、本当に普通に、シウを呼んでくれと国王に頼んだのだろう。あのミミズののたくった字で書いた手紙を渡して。

 国王はそれをそのまま鵜呑みにして署名し、秘書官に任せてしまった。

 ヴィンセントならそこで、シウが到着した頃合いを見計らって担当部署に言い渡しておくに違いない。これが命令する人の差なのか、秘書官のレベルの差か分からないが、割を食うのは呼び出された方なので統一して欲しいなと思う。

 いや、もう呼び出されたくないのでキッパリと言っておくつもりだが。

 そういうわけで勢いよく扉を開けて入ったら、応接室に人が沢山いた。


 廊下にも護衛の数が多かったのに、何故気付かなかったのだろうと反省した。

 探知でもごちゃごちゃしていたのは廊下の護衛達だとばかり思ってろくろく確認しなかった。こうした些細なミスが、シウには多いのだ。

「あー、お邪魔でしたら帰ります」

 良い口実になるなと思ったが、相手は許してくれなかった。

「待て、待て待て! 待つのだ!」

 全身真っ白の青年がやってきて、シウの服の袖を掴んで子供のように駄々をこね始めた。無表情でこれをやられると少し怖いが、これでも聖獣なのである。

「ここまで来て、何故帰るのだ! ひどいじゃないか」

「だって、お客様が」

 いや、鑑定せずとも分かるが、客ではない。相手は国王だ。あと取り巻きの方々が怖い目で見ている。

 痛い痛いと思いつつ、廊下まで引きずった彼の耳元に告げた。

「来るの嫌だって言ったのに、こんなやり方で呼び出すなんてひどい人に、お菓子あげると思う?」

「えーっ、そんなあ!」

「もうちょっと庶民のことを考えてくれないと。とにかく、呼ばれても二度と王城には来ないからね」

「えーえーえー。我が悪かった。だから」

「お菓子はあげるよ。ちょうど今日作ったところだし」

「そうか!」

 さっきまで泣きだすのではないかというほどの声音だった――顔は変わらないから不気味だった――が、スッと姿勢を正して手を出した。

 これがポエニクスかあ、と思いつつ、その場で魔法袋を背中から下ろして取り出そうとしたら。

「……あの、さすがにそちらでは」

 秘書官らしき男性が、おそるおそる声を掛けてきた。

 護衛は遠巻きにしており、部屋の中の国王は唖然としたまま口を開けている。

「……あ、そうです、ね。はい。すみません」

 じゃあ私室に連れて行くと、シュヴィークザームがシウを引っ張っていくので、仕方なく痛い視線を浴びつつ応接室を通って彼の私室へ入った。フェレスは堂々としており、たぶんこの場で二番目に大物だろうと思った。

 一番目はもちろん、シュヴィークザームだ。


 隣室から騒ぐ声が聞こえたものの、シュヴィークザームは一向に気にせず、さあと手を広げた。

「……テーブルに載せるから、ヴィンセント王子にもらった魔法袋に入れ直していけば」

「そんなに沢山持ってきたのか!」

「沢山欲しいって言ってたからね」

 呆れつつ返したら、本人はその場で飛び跳ねた。真顔でやると怖いので止めてほしいなあと思いつつ、中身を取り出していく。

 その時、隣室の客間の応接室から人が入ってきた。一応ノックはしていたが、すんなり入ったので国王だろう。

「シュヴィ、それが、友人と言う少年か?」

「そうだ。あ、ヴィンちゃん、そこの魔法袋取って」

 国王を見もせずに指で示して、顎で使うところがすごい。言われた方も、はいはいと聞いている。

「えーと」

 挨拶した方が良いのかしらと思って手を止めたら、シュヴィークザームに突かれた。

「他には?」

「……君はさあ、もうちょっと場の空気を読む努力しようよ」

「む。我に努力は不要だ」

 そうでしょうとも。シウは呆れつつ、国王に目礼した。

「このままで失礼します。シウ=アクィラです。先日から何度か王宮にはお邪魔していますので、怪しい者じゃありません」

 挨拶しながら、次々とおやつを取り出していった。

 国王はシウの態度よりも、その数に目を剥いていた。

「シュヴィの我儘に付き合ってくれている、気の毒な少年かね」

「ヴィンちゃん、我は我儘ではない。よってシウも気の毒ではない」

「申し訳ない、シウ殿。甘やかして育てたせいか、シュヴィはどうも世間知らずなのだ」

 国王に言われてもそれはそれで困る。が、シウは頭を下げて彼の謝意を受け取った。

「シウ、これはなんだ?」

「シュークリーム」

「こっちはなんだ? 見たことがないぞ」

「チョコ。フェデラル国が原産のカカオを使ってるんだよ。砂糖とクリームを混ぜているんだ。チョコを使ったケーキがこっち。あと、これはチーズケーキ。こっちがクッキーで、袋に何が入ってるか書いてるからね。それと、シャイターンの素材を使ったのが、ここからこっち」

「食べていいか」

「どうぞ。あんこだよ。餅を入れたり、食べ方は沢山あるから――」

「おー、これは美味しい! ケーキも良いが、あんこはまた違った甘さがあって良いな」

 人の話なんて聞いてない。早速ぱくついていた。

 その横から、ごくっと唾を飲む音がした。

 国王がジッと見ていた。

「……ええと、召し上がられますか?」

 国王は逡巡したあと、小さく頷いた。今、彼の中で色々な葛藤があったようだ。

 そして食欲が勝ってしまった。

 シウも黙ってそっと差し出したのだが、シュヴィークザームがそれを止めた。

「我に持ってきたものだろう」

 悪気も何もなく、本当に心底から不思議そうに言うのでシウは呆れを通り越してしまった。半眼になって彼を見てから、横にいる国王を見た。

「……国王陛下に申し上げることではないと思いますが、もう少し常識を教えられた方がよろしいのではないでしょうか」

「う、うむ。そのようだな」

「む。我は常識がある」

「だって優しくないじゃない」

「我は優しいぞ。希少獣達に限らず、獣にも優しくしてやっておる。特に小さい者は守ってやらねばならん」

 そう言ってシウの胸元にある抱っこひもの中を覗いた。

「……ひとつ増えておるな」

「あ、うん。クロだよ」

「グラークルスか。ふむ。変異種であるのか。変異種は賢いぞ。良い子を拾ったな」

 目がクロに向かっている間に、シウはそっと国王にオレンジピールチョコを渡した。

 こっそり手にして、もぐもぐ食べ始めた彼を八方目で確認しながら、シウはシュヴィークザームと会話を続けた。

「この子にも祝福をもらった方が良いかな?」

「祝福? ああ、王族などが行う、あれか」

「この国では騎獣を庶民が持つことはご法度なんだよね? 僕の場合は冒険者だから関係ないし、しかもシュタイバーンで拾ったから問題はないんだけど、貴族の目が怖いからブランカはヴィンセント王子に祝福してもらったんだ」

「ふむ」

「取り上げられたら困るからね」

「もちろんだとも。主替えを強要されるなど、あってはならん」

「だよねー」

 国王が次が欲しくて手を差し出していたのだが、そろっと引っ込めた。そしてゆっくり後退っていく。

 それを、シュヴィークザームがぐるんっと勢いよく顔を向けて、見た。

「我が言ったとおりであろうが。希少獣を囲い込むことは良くないと」

「だが、非常時には困るということも説明したはずだ。それに、奪い取られるよりは国として保護しておく方が良い。シュヴィも知っているだろう? 小さいうちに殺されてしまったり、見世物にされてしまった希少獣達を」

「む」

「騎獣は特に育てるのに金がかかる。過去には庶民が賄い切れずに売ってしまうことも多かった。売られた騎獣達の憐れな最期を、お前とて知っているはずだ」

「規則を作れば良い」

「それで、成功した国があったか。少なくとも国で囲い込んでからは不幸な死に方をした希少獣はおらんだろう」

「万全なものなどこの世にはない。事実、問題があったのだろう? 我に聞こえぬと思ってか」

「聖獣達から聞いたか」

「レーヴェのカリンが、フェーレースに負けたと言っておったぞ。人間を襲えと命令されて思う存分に力を発揮できなかったとはいえ、聖獣が騎獣の下位種にだ。それがどういうことか分からんか」

「……無理やりの主契約だからと言いたいのか」

 国は国で、悩んだ上でのことだったと分かったが、何故それを今ここで言うのだ。

 あまりに深刻な会話なので、シウは急いでこそこそとおやつを取り出して、勝手にシュヴィークザームの魔法袋に放り込んで行った。使用者権限はついていないようだったのでそうしたのだが、いつの間にか手で取り出して入れずとも、勝手に入れることができた。

 変な魔法を使っていたら困るので、フェレスにこっそり壁になってもらって見えなくしたが、言い合いを続ける主従は見てもいなかったようだ。

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