432 転籍の是非と報告、そして招待状
シウは頭を掻きつつ、カスパルに告げた。
「ところどころに真実が混ざってるから困るんだよね。確かに貴族の女性に対する態度じゃなかったしね」
「迷惑極まりない女性を危険も顧みずに助けた、その仕打ちがこれだなんて、君はもう少し怒ってもいいと思うんだけどね」
カスパルが苦笑した。
「大らかと言うか、大物だねえ、君は」
「あー、でも当時は割とやっちゃったし。気も済んでるからね」
「禍根を残さない性質だよね。彼女は正反対だけど」
困ったように笑うカスパルへ、ダンが身を乗り出して迫った。
「正反対とかいう問題じゃないだろ。あれは疫病神だ!」
「ダンは、彼女みたいな人嫌いだものね」
「あれを好きだっていう人に会ってみたいけどな」
「そうだね。好きだって人は……」
見回して男性陣の顔を見てから、カスパルは肩を竦めただけで何も言わなかった。
生徒同士の揉め事でもこの程度ならば学校側が関与することはない。
しかし、転籍できない云々は別なので、カスパルも学校側と交渉してみようと言ってくれた。
「もちろん生徒会を通してということになるだろうけれど、知り合いの学校理事などに相談という名目で話してみるよ」
「いいの?」
「その為の、普段からの人間付き合いだからねえ」
嫌そうな顔をしてカスパルが本の表紙を拳で叩いた。
「夜会は行きたくないが、将来の勉強だと言われたら仕方ない。嫌なことをしてきたのだから、これぐらいの成果はないとね」
「僕、心からカスパルを尊敬するよ。絶対、僕には無理だもの」
「君って、時々残酷だよね」
「そうだぞ、シウ。俺だって従者として行って、疲れてるのに! 俺も尊敬してくれ」
「あー、うん。ダンも尊敬してるしてる」
「軽い!」
「ダン様が軽いのです」
誰かに突っ込まれていたが、ダンは机に突っ伏してしまった。彼も夜会は苦手らしい。机にしがみついたまま愚痴を零し始めた。
「臭い香水の中を笑顔で我慢我慢、我慢の連続だぞ! 可愛いなって思う子がいても、廊下で偶然見た時には誰かの悪口、噂話。あと、カスパルとかファビアン様しか見てないし! 分かり易過ぎてこっちが痛々しいんだよ! あー、どっかに可愛くてボンキュッボンの女性いないかなー!」
「……酔ってる?」
「酔ってるみたいだねえ」
「ダン坊ちゃんはこのままお部屋に運んでおきましょうか?」
「ああ、うん、そうしてあげて。適当に寝かせておけばいいよ。悪いけど、メイドは近付かせないようにね」
「そうですな。万が一があってはいけません」
酔っ払いの若い男性の部屋に、メイドは禁物らしい。
と言うことで、休憩時間のはずの護衛がダンを担いで運んで行った。がたいの大きい男性に世話をされて、ダンは明日の朝は絶望で目が覚めるかもしれない。
カスパルが学校側へ報告すると言うので、シウも休みの日ながら学校へ赴いた。
クラス担任のアラリコに報告しておこうと思ったのだ。
「ふむ。プルウィア君がそのような目に遭っているのか」
「後で生徒会にも相談しに行くつもりですけど、アラリコ先生にも流れをご説明しておく方が良いかなと思いまして。プルウィアは誰かに助けを求めるタイプじゃないし、たぶん先生にも言わないでしょうから」
「お節介だね、君は」
「生徒1人1人の自主性に任せるとか、そういうことを仰ってるんですよね」
入学式で学院長がそのような訓示を述べていたのだ。
基本的にシーカーに入ってくる生徒は成人しているので、子供みたいなことはしてくれるなよ、という忠告だったのだが、生徒からすれば突き放されたと感じる内容だった。
「でも言えない人もいるんですよね。立場的にも」
「貴族が多いので、そうなってしまうね。学校内の揉め事も大半がそれだよ」
アラリコが溜息を吐いた。
「職員会議でも気になることが幾つかあった。関連しているかもしれないから、気を付けておこう」
「ありがとうございます」
頭を下げると、アラリコがにこやかに笑って、腕を組んだ。
「さて。では話題を変えよう」
「……なんでしょう」
思わず身構えてしまうと、アラリコが声を出して笑った。
「ははは。いや、実はね、ジェルヴェとも話したんだが、やはり飛び級させようかと思ってね」
「えっ」
「課題ばかりで飽きただろう? 試験も兼ねていたが、面白くなくなってきたのでそろそろ卒業させてあげよう」
「……カスパルがもしかして、試験に合格したとか」
「まあ、そうとも言うね」
手のかかる生徒を手放したので、お目付け役も解除というわけだ。
喜んでいいのか分からずに曖昧に頷いていたら、アラリコが続けて言った。
「で、専門科目の更に上級クラス、古代語魔術式解析と古代語体系研究を受けてみないかね?」
「……カスパルが転籍するんですね?」
イエスともノーとも言わずに、アラリコがにこにこと笑う。
「ちょうど木の日の、ジェルヴェ先生と午前午後が入れ替わる形なんだよ。慣れた顔だろう?」
「……確か、ファビアンが生徒ですよね? 彼とカスパル、仲良しです」
ファビアンを売った。
しかし。
「彼の友人なのか!」
この世の終わりみたいな顔をされてしまった。どうやらファビアンも同じタイプらしい。まずいと思って、シウはそろそろと部屋から出ようとした。が。
「逃げるのかね」
手を握って離そうとしない。アラリコらしくもなく、よほどのことだ。
仕方なく話を聞いてみた。するとファビアンはカスパルに輪を掛けて問題児だった。
「関係ない書物を持ちこんでは授業を妨害するのだよ、彼は。しかも口調が紳士であるため、一見授業の邪魔をしているようには見えないところが問題なのだ。人の話を全く聞かない典型的な人間でね。のめりこむとひたすらそればかりやるので、戻ってこないんだ。そのくせ、課題は毎回素晴らしい点を出す」
「カスパルと同じですね」
「カスパル君はまだ良いのだ。1人で遊んでいるからね」
それもどうかと思ったが黙っておく。
「しかし、ファビアン君は違う。彼は気になったらとことん調べるから、その場で何度魔術式を試したことか」
「あ、起動しちゃったんだ」
最後の最後で魔力を入れなければ、あとイメージ力もなければ、魔法は発動しないのに。
「我慢が出来ないのだよ。それで何度教室を壊されたか」
壊したのか。それは困っただろうなと、アラリコに同情した。
「修理代は彼が出すけれど、そういった問題ではないのだ。わたしは何度始末書を書いたかしれない」
「ご愁傷様です」
「……また古い言葉を使うものだ。しかも、こうした時に使う言葉では、いや、しかし、そうか……」
言語学の先生だけあって何か思うところがあったらしい。
思案の海に潜ったようなので、シウは今度こそ部屋を後にした。秘書とは苦笑しながら互いに目交ぜしあった。
その後、生徒会室にも顔を出して報告し、ぶらぶらと学校内を見学がてら歩いてから昼頃には屋敷へ帰宅した。
昼ご飯を食べ終わった頃にカスパルが戻ってきて、支度した後に理事の家へ行くと言う。
学院長とも夜会で会うらしいから、しばらく忙しそうだった。
可哀想なので、面白そうな珍しい古代語の書物を脳内記録庫から探しだし、原本を持っていたので空間庫から取り出して彼の机の上にこっそり置いといてあげた。
帰ってきた時が楽しみだなーと思いつつ、午後のおやつ作りに勤しんだ。
おやつは時間があればとにかくせっせと作っていた。
もちろん普通の食事も作っているが、こちらは溜まる一方だ。しかしデザートというのは意外と無くなるもので、作り置きしておかないと在庫なし状態になるのだ。
それに、シュヴィークザームという友人(?)ができたおかげで、いつ何時呼び出されるか分からない。
嫌な予感というものは当たるもので、その日の夕方、王宮からまた招待状が届いた。
今度はヴィンセントの封蝋ではなくて国王のものだ。
さすがにロランドが手を震わせており、シウだって震えたいと思った。
中を開けてみると、ようするに現在の飼い主(?)である国王に訴えての要求だったようだ。国王を使うとは、ものすごい大物ぶりである。
「断れないように考えたのかな……」
呼び出しを心から嫌がっていたので、そうかもしれない。
「シウ様、それでいつお伺いするようにと書かれておりましたか?」
「あー、うん。……いつでもいいからデザートを作り終わったら持ってきてね、だって」
シュヴィークザームの直筆らしいミミズがのたくったような字の後に達筆で「お手数をかける」と、少々偉そうな感じの文字が付け足されていた。署名はヴィルヘルム=エルヴェスタム=ラトリシア。つまり、国王である。
「……今日はもう遅いから。……とかじゃなくて、たぶん、出来次第来いってことだよね」
「……さようでございます、ね」
手紙を渡されて読んだロランドも絶句していて、珍しく間延びした喋り方となっていた。
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