431 相談とあることないこと、報告と
食事の後、おやつにメープルとクルミを混ぜたクッキーを出して食べた。
プルウィアの目が輝いており、余ったクッキーは全て彼女へ渡った。いつもなら男子生徒全員で分けていたのに、このへんはレディーファーストというのか女子に親切であった。まあ、下心もあるのだろうけれど。
相談事でもあったのだろうと思って聞いてみると、やはり話したいことがあると言う。なので、授業が終わってから放課後、落ち合うことにした。
それまでは図書館で過ごす。
授業が終わる鐘の音を聞いて、ミーティングルームへ向かうと、プルウィアもほどなくしてやってきた。
寮の門限まで時間はまだたっぷりあるというし、一緒に学校を出て街へ出た。
学校内で会話したくないようだったからだ。
前から目を付けていた喫茶店に行き、まずはウェイトレスを呼んで騎獣を連れて入っても良いか聞いてみた。彼女はフェレスを見て少し躊躇しつつもどうぞと招いてくれた。
「おとなしい子です。あとで席にも浄化をかけておきます」
そう言うと応対に出てきた店主がにこにこ顔になった。それからプルウィアを見て目を輝かせつつ、店の一番良い席へと案内してくれた。
窓ガラス越しの通りに面した場所だ。日が入って気持ちの良いところで、フェレスも気に入ったのか大欠伸をして座った。レウィスはその上に飛んでいって体毛に埋もれるように寝転んでいた。
「レウィスったら……。この子も友達がいなくて寂しかったのかしら」
「というと、プルウィアも寂しかったの?」
「あ」
自分でもびっくりしたのか、唖然として、それからじわじわと笑みを零した。
「やだ、そうなんだ。そうかあ」
納得したように何度も呟いて、それからひとつ頷いた。
「ちょっと疲れちゃったのよ。里からはククールスのことを探るような手紙が届くし、学校では貴族同士の足の引っ張り合い。寮では遠巻きにされているしね」
「嫌がらせはされてないんだよね?」
「そうね。エルフ相手に怒らせたらまずいと思ってるのかしら。とにかく、バルバラやカンデラのような嫌がらせは受けてないわよ」
ただ、と小さく続けた。
「反対に仲良くもしてくれないのよね」
ふうと溜息を吐いて、頼んだ紅茶を一口飲んだ。
紅茶が届いてからは興味津々の店主やウェイトレスの聞き耳を阻むために、シウは結界を張った。そのため、彼等は不思議そうな顔をして耳を寄せていたが、やがて諦めたのか去って行った。
「友達を作るために学校へ来たのじゃないから、別にいいわって思っていたけれど。そうね、寂しかったのかも」
がむしゃらに勉強してきて、ちょっと立ち止まって考えてしまい、次の一歩が踏み出せなくなった。そんな感じのように見えた。
「勉強も煮詰まってるし、特に金の日は憂鬱なのよ」
「どうして?」
「金の日の1、2時限目に戦略指揮の授業があるの。つまり、ヒルデガルドがいる授業ね」
「あー」
それはまた、と同情の視線を送った。彼女は肩を竦めて苦笑した。
「別の時間帯へ転籍しようかと思ったんだけど、先生がそういうの許してくれない性質なのよね」
「成る程ね」
そういえば戦略指揮の教師は嫌な人だと、トリスタンからも聞いた。
「それで、シウの顔を見たくなったの。あなたの顔を見ていると何故かホッとするのよ。どうしてかしら」
ジッとシウを見つめて、どこが原因なのかを探っているようだ。
シウは自分の鼻を指差して、
「このへんじゃない? オルテンシア先生も、あ、創造研究科の教師だけどね、僕の低い鼻が可愛いって言ってたよ」
そう言っておどけてみせた。プルウィアはプッと吹き出して、それから肩を揺らして笑った。
「いやだ、それ、可愛いところ?」
笑いながら、目尻に溜まった涙を拭う。
心が疲れているのだろうと思った。
「プルウィア、1人で頑張りすぎない方が良いよ。僕等は友達だし、今日食堂で会ったディーノ達も同じ初年度生のクラスメイトなんだからさ。良い子ばかりだよ、みんな。頼ったっていいと思う。それに、ククールスもいるでしょ?」
「……彼、のほほんとしてるんだもの」
「普段はおちゃらけてるところもあるけど、ククールスだって悩みもするし、大変な思いだってしてきてるんだよ」
「そうなの?」
「そういうのを表に出さない人もいるからね」
「……シウも?」
「誰でもじゃない? そりゃあ、全く悩みのない人も世の中にはいるかもしれないけど」
プルウィアがチラッとフェレスを見下ろした。
「この子は悩みなんてないわよねえ」
と言うので、シウは腕を組んで真剣な表情で答えた。
「あるよ。たまに仲の良い下男に愚痴ってるもの。子分を増やすにはどうしたらいいだろうか、どの魔獣の内臓が一番美味しいだろうかとか」
「それが悩みなの?」
「それと、大事な主である僕をどうやって守ろうか、ってね」
「……そうなの……」
「大人になって、自分の能力の限界にも気付いてきたみたい。これまではやればできるって思っていたけれど、足りない部分があることにようやく理解が追い付いたっていうか。ずっと一緒にいて守りたいのに、今はまだ全然できていない、それが悔しいみたいだね」
「そう、なんだ……」
「そこで子分を沢山作ろうって思うところが、フェレスらしいんだけどね」
笑うと、彼女も少しだけ笑顔になった。すぐに元へ戻ってしまったが。
「フェレスはそうして自分の実力を理解していって、それらを愚痴ったり相談しながらも解決して行こうとしているんだ。この子なりに頑張ってるんだよね」
「そうなのね」
「プルウィアも1人で悩まずに、友達を沢山作って相談したら良いよ。ククールスは頼りになる人だよ。まあ普段はあんな感じだけどさ」
少年みたいな大人なのだ。
けれど、気持ちの良い青年でもあった。
「同じメープル好きとして、仲良くなれるんじゃないの。ということで、はい、これ」
「あっ」
瓶に詰めたメープルを取り出して、渡した。
「特製の高品質で純度100%だよ。あと、粉にしたのもあるから、パンに振りかけて食べたりすると美味しいよ」
袋入りのものも渡した。あまり多いと重たくなるだろうと2つだけにしたが、プルウィアはすごい宝物をもらったかのように喜んでくれた。
その後、戦略指揮科での愚痴を聞いて、喫茶店を出た。
プルウィアを学校の寮がある門まで送っていって屋敷に戻るともう晩ご飯の時間になっていた。
それだけ長い間、彼女の話を聞いていたらしい。
晩ご飯の後、遊戯室へ行ってカスパルに声を掛けた。
「プルウィアから聞いたんだけど」
彼女にも了解は取ってあるから、聞いた話をカスパルに告げた。
「ヒルデガルドさん、ベニグド=ニーバリって人に演習事件のことを知られたらしくて突っ込まれたみたい。それで変な言い訳してるんだって」
「は?」
近くで談笑していたダンも怪訝そうな顔をしてシウ達の方を見た。もちろん、目の前で話を聞いていたカスパルも、だ。
「まるで、僕が騒動を引き起こしたかのように言ってたから、見かねたプルウィアが抗議したんだって。そうしたらヒートアップしてあることないこと言いだして、ついでに同郷人の悪口も始まってカオス状態になったらしいよ。彼女、話が上手いからクラスメイトはそっちを信じたみたいだね。まあ、貴族ばっかりのクラスだからプルウィアに勝ち目はなかったのかも。これが先週のことね。で、今日は完全にクラスメイトから無視状態なんだって。嫌がらせは受けてないって言ってたけど、さすがに参ったみたい」
「なんだよ、それ」
ダンが憤ってテーブルを叩いた。
カスパルは顎に手をやって思案している。
「あることないことの詳しい話と、同郷人の悪口についても聞いてみたいところだね」
そう言うので、プルウィアから聞いた限りの全てを話した。
「まず、僕が嘘八百を言って騒ぎを引き起こし、皆を恐慌状態に追い込んだそうだよ。で、生徒達を助けようと夜の森を進んでいた彼女を無理やり止めて、魔獣スタンピードの発生地点に連れて行き、凄惨な現場を見せたんだって。そのことをオスカリウス辺境伯に怒られた僕が生徒達の避難場所へ彼女を連れて行ったけど、その際にも貴族の女性に対する礼儀など全くなく、奴隷のように扱われたとか。このへんでカミラって騎士が唾を吐く勢いで罵っていたらしいけど」
虚実とりまぜての解釈だけに反論するのが大変だ。シウは笑いながら、続けた。
「見ていた生徒も、僕に逆らえないから誰も助けてくれなかったんだってさ。【着たきり雀】、じゃなかった、着替えなども一切させてもらえずに、奴隷が食べるような貧相な食事を提供されて、シュタイバーンの庶民達は礼儀が成ってないそうだね。そんな僕と仲良くしているクレールやディーノもどうかしていると、カミラが話していたのを、黙って聞いて頷いていたのがヒルデガルドさんで、面白そうに眺めていたのがベニグドさんね。他の貴族の面々は顔を隠してひそひそやってたんだって」
「……クレールは、その間どうしていたのかな。彼、確か同じ戦略指揮科だったよね」
「休暇届出したまま行ってないって。他の先生の授業に転籍も考えているらしいけど、今の担当教授が相当難のある人らしくて、最悪は科目を落とすことも視野に入れてるそうだよ」
シウが説明すると、カスパルは益々眉を顰めていた。
プルウィアも言っていたことだが、転籍をさせてもらえないのは、痛い。
だから、クレールも科目を落とすしかないと、諦めているのだ。
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