430 プルウィアとのランチ




 戦術戦士科の授業が終わると、エドガールやシルト達と共に食堂へ向かった。

 授業はいつも通りに進み、シルトが問題を起こさなくなったのでスムーズに終わった。

 終わったけれど、クラリーサ達との乱取り内容が他の生徒へも伝わり3時限目にあたる時間を自由時間として延長したせいで、食堂に着いたのは一番混む時間帯となってしまった。

 食堂に入ると、端っこの一番離れた場所でプルウィアが所在無げに立っていた。彼女を遠巻きにして見ている者もいて、これは来るのが面倒くさいだろうなと同情した。

「プルウィア、こっち!」

「あ、シウ」

 ホッとした顔をして走ってくる彼女を、通り過ぎる者や席取りしている生徒達がぽうっとした顔で見ている。こんなに注目されるのかと、ある意味驚きだった。

 プルウィア自身は見られていることに慣れているのか、安堵した顔をしていたものの視線を気にせずにシウの前へ立った。

「どこにもいないから、どうしようかと思ったわ」

「ごめんね。場所を言ってなかったよね。僕等は大抵あのへんに陣取ってるんだ」

 窓側の寒々しそうに見える場所を指差した。

 そこにはディーノやクレール達がもう座って待っていた。

 手を振って、そこまで案内すると、皆が笑顔でプルウィアを受け入れてくれた。

 いつもの席の周りにも、新メニューの件で知り合った顔見知りの生徒達が座っている。それぞれ庶民や階位の低い貴族ばかりで気さくなものだった。

 この場で一番階位が高いのはクレールだけれど、驕ることもなく自然体だ。

 プルウィアは少し不思議そうな顔をしたものの軽く自己紹介をして席に座った。

「食堂の使い方って分かる?」

「たぶん、大体は」

「分からなかったら、このへんにいる子なら教えてくれるよ。ね?」

 周囲を見回したらそれぞれに笑顔で頷いた。顔見知り程度の生徒達の中には顔を赤くして興奮している者もいるようだったが、セクハラ紛いの視線や発言はなかったので大丈夫だろう。

 と言うのも、席に来るまでの間に、何度か嫌な視線を受けたのだ。

 シウが気持ち悪いと思うのだからプルウィアはもっと嫌な思いをしているだろう。幸いにして彼女は気にしないよう、無視していたけれど。

「あの、クレールさん、よね?」

「クレール=レトリアです。同じクラスだけど、話すのは初めて、だよね?」

「そうね。最初の頃はヒルデガルドさんだけが喋っていたもの」

 2人して苦笑しつつ肩を竦めていた。同じ科目を習っていた者だけに分かる、何かがあるのだろう。

 プルウィアは他の面々にも会釈した。

「初年度生の、同じクラスだったわね、確か」

「そうだよ。同郷人のことではお世話になったみたいで、ありがとう」

「……いいえ、それぐらい」

 プルウィアは恥ずかしそうにそっぽを向いた。そのまま、ぼそぼそと喋る。

「バルバラさんとカンデラさんは元気にやっているの?」

 それにはシウが答えた。

「オルテンシア先生のところで下宿してるんだけど、元気そうだよ。従者も付けてもらって、屋敷では行儀見習いとして務めているから忙しいけど充実しているみたい」

「そう。なら、良かった」

「あ、そうだ。その件でお礼しなきゃって言ってたね」

 シウが思い出して言うと彼女は目を見開いて、それから肩を竦めた。

「いいわよ、そんなの」

「ご馳走するって約束したんだから、何か欲しいものがあったら言ってね」

 シウの言葉を受けて、彼女は暫し悩んだあと、そっと教えてくれた。

「……ククールスに聞いたのだけど、あなた、メープル農家? と知り合いなのよね?」

「あー、ああ、うん、だね」

 どういう聞き方をしたのだろうと思いつつ、頷くと。

「わたしも、その、メープルが好きなの。というか、エルフは甘い物が好きなのよね。森の中って甘い物がなくて、その反動だと思うのだけど」

 途中から早口になって告げた。

「だから、もし、その、余っていたら、欲しいなって」

「あ、うん。いいよ。そんなのでいいんだ? じゃあ後でおやつにも出すね」

「……いいの? だって、メープルってとても高いのよ?」

「いいよ、別に。それにお礼も兼ねているんだし」

 答えると、プルウィアの頬が上気して赤くなった。このへん、まったくククールスと反応が同じだ。エルフはそれほど甘味に飢えているのだろうか。ちょっと可哀想になるほどだった。


 とりあえず、先に食事だ。

 会話を中断しないよう待っている面々にも申し訳ないので、シウはお弁当を広げることにした。

「今日は僕の作ったの、食べてみて」

 魔法袋から大量の料理を取り出したシウに、プルウィアは唖然として見ていた。

 周囲の生徒達はすでにランチ定食を買って持ってきているようだったが、それでもシウの持って来るお弁当に興味津々のようだ。

 そのため、お裾分け程度にそちらへも渡した。お返しにと食券が戻ってくるあたり、礼儀正しい。

「こってり系だから合わない人はとことん苦手かも。無理だったら食堂のを頼んでね」

 出したのは中華風料理だ。念願の餃子も作ってみた。生地をもっちりするために、昨日は配合を何度もやり直した。頑張った成果もあって薄い生地なのに良い感じでもちもちしている。

 エビチリや酢豚、青椒肉絲、蟹玉、餃子に焼売と思いつく限りのものを保温大皿に盛って、各自で取ってもらう。

 ご飯は白いものから、もち米を使ったチマキ、そして炒飯も作ってみた。

 中華用の出汁の素も作ったので料理の幅が一層広がった。

 スープはホタテ貝柱を出汁にして作ってみた。

「す、すごいわね……」

「そうだろ。シウはご飯物には特に自重しないからなー」

 ディーノが笑いつつ、プルウィアに取り皿などを渡した。皆、女子の手前がつがつと取ったりしないが、シルトは我慢しているのか尻尾がピンと伸びている。耳が忙しなく動いて鼻をピクピクさせていることから興味津々なのが分かった。

「とりあえず、プルウィアから取らないと、男子は食べづらいからさ」

「あ、うん、そうね。分かった」

 3×3に小さく区切った四角い皿を手に、彼女は大皿から少しずつ取って行った。

 それを見た上で他の面々もどんどん取っていく。従者達も、護衛もだ。

「シウ、こういう食べ方、なんて言うんだっけ」

 皿を指差してディーノが聞いて来たので、シウが、

「各自で取り分ける立食形式や、バイキングとも言うね。食べ放題かな、ようするに」

 というと、全員が頭の上にクエスチョンを浮かべたような顔になった。

 過去に転生した人の中に、確実に日本人がいたと思えるのがこの手の言葉だ。バイキングは確か和製英語だったはず。テレビでやっていたのを、シウはかすかに覚えていた。

「相変わらず変な言葉をよく知っているね。それ、古代語かい?」

「……似たようなものかな。エドは気にしなくて良いよ」

 実際にこうした言葉は存在しているのだが、廃れたのか、近年はあまり使われていない。それに庶民言葉に近いので、貴族のエドガールが覚えている必要もないのだ。

 彼は、そう? と首を傾げて、鷹揚に頷いていた。

 ディーノは笑いつつ、フォークでシウを指す。

「この区切ったお皿とかさ、すごく良いよな。食堂のメニューもこうしたらいいのにって、前に言ってただろ?」

「うん。3つぐらいに区切ったお皿でね、スープとは別におかずが3つ、どれでも取っていいことにするんだ。それで料金を一律にする」

「それそれ。その考え方、便利だよな。生徒も好きなものが選べるから嬉しいし」

「沢山食べたい人は大盛り用の皿にすると、尚良いね。ところで行儀悪いよ、ディーノ」

 コルネリオが取り皿を大盛りにして言った。食べ盛りと言うには些か多すぎるとは思うが、これが彼の基本だ。

「そういうのも一応、食堂のほら、誰だったっけ」

「フラハ?」

「そうそう。職員に言ってみたら?」

「……うーん、じゃあ進言してみる。生徒としてはそっちの方が便利? 作る側は絶対楽なんだよね、これ」

「そうなのか?」

「だって、いちいちメニューをもらってから作らなくて済むし、大皿に作ってドンと置いておけば良いんだもの。無駄を省くことにもなるから節約するには断然これだね」

「へえ……」

「ただ、サロンの人は嫌がるかもね」

「あ、そうか」

 今でも従者に取りに行かせてはいるが、ひとつずつおかずを選ぶシステムは面倒くさいかもしれない。

「基本のメニューを作っておいても良いけどね。この日の組み合わせ、っていうやつ」

「ああ、日替わりランチってやつね」

「そうそう」

 そんなことを話しながら食べていたら、プルウィアがふうと溜息を吐いていた。


 どうしたのと聞くと、プルウィアは小首を傾げて笑った。

「食べ物のことをこんなに真剣に話しているから、びっくりして」

「そう? でも、育ち盛りで食べ盛りの男子の話すことって、大抵これだよね?」

「……ぷっ、そ、そうなの?」

 面白そうに笑って、プルウィアはテーブルの面々を見回した。シルトとエドガールが少し顔を赤くしていたが、残りは普通に頷いていた。

「……でも、このお皿はすごいなって思ったわ。それに食事も美味しい。これ、シウが作ったのよね?」

「そうだよ」

「すごいわね。いろんなものを作っちゃうんだもの。ククールスじゃないけれど、里には戻れないだろうなあ」

 意味深な発言をして、食事を再開していた。

 彼女には彼女の、悩みがあるようだった。

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