429 移動隊商と2級冒険者、無神経発言




 水の日もいつも通りに過ごした。

 面白いことに生産の授業でも、複数属性術式開発でも、クロのことに気付いて生まれて良かったねと言ってくれたがブランカを騎獣だとは思っていないようだった。

 それぐらい普通の貴族でさえも騎獣を2頭持つことは稀なのだ。

 卵石を2つ持っていることを知らない生徒もいたからだろうが、完全にブランカは猫扱いだった。

 そのせいで、逆に「猫の子を学校に連れてきて良いのか」というような疑問を持つ者もいたようだが、さわらぬ神にたたりなし、ということで表立った問題は今のところ、出ていない。このまま問題なく過ぎることを祈るばかりだ。




 木の日は呼び出しを受けていたので冒険者ギルドに顔を出した。

 この日なら空いていると連絡したせいか、ギルドの応接室では数人が待っていた。

「リカルドさん、それにガンダルフォさんも」

 シウが部屋に入ると各人が立ちあがって招いてくれた。

「わざわざお呼び立てしてすまない。ぜひ、お礼をと思ってね」

「お互い様だから良いのに。でも皆さんお元気そうで良かったです」

 コールがギルド職員として立ち会っていたが、穏やかに談笑しているので本来の職務である「交渉」とは関係ないのだろうと思いつつ、ソファに座った。

「先日のお礼としてギルドのあなたの口座に振り込んでおりますが、それはそれとして、お目にかかってぜひお食事でもと思ったのです」

「俺も、ここ数日でお前さんの話をいろいろ聞いて、ぜひとも話がしてみたいと思ってな。うちの治癒師も助けてもらったことだし、どうだろうか、交流会と考えてみてはくれないか?」

「……うーん、そういうことなら、お断りします」

「えっ」

 リカルドは答えが分かっていたらしく、苦笑して頷いていた。が、ガンダルフォは断られると思っていなかったのか、唖然としている。

「いや、これでも俺は2級の冒険者なんだが」

「そうそう。スピーリトと言えば、ルシエラでは有名なんですよ、シウ君」

 そんな風に言いつつもコールは笑っている。からかっているのだろう。

「きちんとお礼も言っていただいて、しかも金銭でも示してくれた方にこれ以上求めることはないです。あと、ガンダルフォさん、たまに地元の冒険者さん達とご飯を食べに行ったりしているので、その時に全員一緒でならどうでしょうか」

「……そ、そうなのか」

「フェレスの餌やりがメインだから、フェレス同好会みたいな感じですけどね」

 そう言ってソファの横にぴったり寄り添って座っているフェレスに視線をやった。すると全員の視線もそちらへ向いて、何故かフェレスは胸を張ってツンとした顔になった。

「おすましさん顔して」

 小声でからかうと、フェレスはぷんとそっぽを向いた。尻尾が揺れているので本気で怒っているわけではない。照れ隠しのようだった。

「その騎獣の話も聞きたかったのだが、そうか、うん、分かった……」

 断られたことがショックだったのか尻つぼみになっていったガンダルフォに、シウは苦笑した。

「どうやって手に入れるのか、この子を手に入れたいというような交渉ならお断りですけど、単純に遊んでみたいだけならその時に本人と交渉してください」

「にゃ」

 そうだぞ、とどこか上から目線な返事をしている。笑いを堪えるのが大変だ。

「……そうだよな、やっぱり騎獣は手放さんよな」

 やっぱりそうか、と落ち込んでいる。シウはチラリとコールを見た。彼はコホンと咳払いをして、ガンダルフォに向かって口を開いた。

「だから、教えたでしょう? シウ君は異常に鼻が利くって。それと、騎獣持ちが手放すわけないんです。むしろそんな取引を持ちかけたら軽蔑されますよ」

「う、それは、そうなんだが。なにしろ、騎獣は機動力があってだな」

「そのあたりは飛行板で解決できると教えたではないですか」

「……この年で、あれに乗れると思うか?」

 その顔が心底情けなさそうな感じで、隣りに座っていたリカルドも笑っていた。

 リカルドは笑いが収まると、シウに向かって口を開いた。

「飛行板の話を聞いて、わたしも驚きました。あれほど画期的なものを開発されたのが、あなたのような少年であるということ。そして開発した理由を聞いて、年甲斐もなく興奮しました。騎獣が持てない冒険者のために作ったと知って、嬉しい反面胸も痛みました。この国の歪さが原因ですからね。冒険者が騎獣を持てないのはわたしども商人も前々から疑問に思っていました。直接でないにしろ、我々にはとても関係の深いことですから」

「今回の旅路でも実感されたんですね」

「ええ。そもそも、シアンを出立するのが遅れた原因というのも、大元を辿ればシアーナ街道の雪崩事故によって、往路にクセルセス街道を選ぶしかなかったからです。あれがもっと早くに解決していたら、これほど遅くなることはなかったでしょう。護衛も十分に雇えたはずです」

「では、ニクスルプスの群れやグラキエースギガスのことはもうお聞きになっているんですね」

 リカルドは頷いて、騎獣の機動力がいかに大事かよく分かったと言った。

「ガンダルフォは騎獣そのものを手に入れたいと思ったようですがね」

 ふふっと笑ってガンダルフォを見ながら、リカルドは続けた。

「わたしは冒険者仕様の飛行板をもっと広めた方が良いと思いました。ただ、あなたの考え方も理解できる。そうそう簡単に売って良いものではないということも。ですが、話を広めることは許してほしいのです」

「というと」

「わたしは移動隊商の商人です。シャイターン、シアン、ラトリシアと回っています。特にラトリシア国内は全土を回りますので、その際に実際の話を広めてみたいのです」

 シウがコールを見ると、ひとつ頷いて話に混ざった。

「本部から支部へと通達はしているが、実際に見たり聞いた者がいるのといないのでは違うからね。リカルド殿なら信用に足るお人だし、彼の護衛に学ばせて支部で披露してもらいたいと思っているんだ」

「そうですか」

「今後、支部でも欲しいという話は出てくると思う。飛行板自体は出回り始めているから、リカルド殿もそれらを仕入れて売ってくれるそうだ。そういうことで、いいだろうか」

「はあ。悪いことに使うのでなければ」

 その程度のことなら確認しなくてもと思って、つい返事が気のないものになってしまったが、リカルドはまたしても笑ってコールを見た。

「お噂通り、お金に執着なさらない方なのですね」

「え?」

「シウが、お金儲けで作ったわけじゃないという話をしたのさ。リカルド殿と言えば有名な移動商人だが、その彼に宣伝してもらえるというのは、言うなれば莫大な儲けに繋がるということなんだ。でも、シウは別に飛行板を売りたいわけじゃないものな。冒険者仕様のもそうだが、本来の使われ方をされるかや安全にばかり苦心していて、売上そのものは度外視だ。それが商人にとってみれば面白いんだよ」

「あ、そうですか」

「面白くて、嬉しいのです。原点回帰というのでしょうか。商売を始めた頃の気持ちを思い出しました。ありがとう、シウ殿」

「いえ、えっと」

 褒められてしまって、思わず頭を掻いてしまった。

 その後はリカルドの商売についてなどを聞いて、週末に市が立つというのでお邪魔することにした。


 中途半端な時間となったので、この日は仕事を受けずに屋敷へ戻った。

 空間庫にある大量の食材やらを処理したり、作り置きしておけば役立つだろう薬草類をまとめたり。増えるかもしれない納品のことを考えて、冒険者仕様飛行板を作ったりもした。



 金の日の朝、ミーティングルームでまたプルウィアと会った。

 ひょっとしてシウを待っているのかなと思ったら、やはりそうだった。

「シウ! 今日は遅かったわね」

「待ってたの?」

「そうよ」

 よく見ればいつも1人だし、もしかしたら学校に友人はいないのだろうかと不安になって、つい聞いてしまった。

「プルウィア、もしかして僕の他に友達いない?」

「……あなたって本当に、でりかし、のない人なのね」

「あ、ごめん」

「いいわよ、もう。それに本当のことだから。そうよ、この学校に友人はいないわ」

 清々した風に言って、彼女は笑った。

「作ろうとも思わなかったから、いいの。レウィスだけでいいって思っていたし。でも今はシウがいるわね」

 少し照れ臭いのか、頬が赤い。

 そんな顔をすればプルウィアも年相応の可愛らしい少女だ。もちろん、普段から美しいとは思うのだが。

「ところで、今日のお昼って空いてる?」

「お昼は食堂だなあ」

「そうなの……」

 しょんぼりするので、シウは彼女も誘ってみた。現在食堂で一緒に食べる人数はすごいことになっているが、この際1人増えようが構わないだろう。

「プルウィアもおいでよ。皆で楽しいよ。食堂の新メニューも増えたしさ」

「そうなの? わたし、食堂はほとんど行ったことがないわ」

「え、じゃあ普段はどうしてるの?」

「寮に戻るか、戻れない時は食べないわね」

「えー。ちゃんと食べないと体を壊すよ」

 まさかダイエットじゃないよなとプルウィアを眺めたが、女子生徒達の体型よりも細いぐらいだった。

 首を傾げつつ、プルウィアとは食堂で会う約束をしてミーティングルームを後にした。

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