350 挨拶回りと魔法袋、付添の選出
その週の最後、光の日はあちこちに挨拶回りをした。
2週間戻ってこない可能性もあるので、冒険者ギルドや商人ギルドに寄ったり、市場へ顔を出したり。
それにいつもの市場近くの食堂にも寄って、岩猪を渡しもした。前回から間を空けたのは在庫がありすぎると言われたからだ。丁度良いタイミングだったようで喜ばれた。
ククールスともギルドで会ったので、話をした。
「俺も里帰りしてくるよ、久しぶりに。で、人間の友達を連れてきていいか聞いてみる」
人間のところを強調して言うので、笑ってしまった。
「長に怒られないといいね」
「まあなあ。でも、ほら、プルウィアとクラスメイトなんだろう? そういったことも刷りこんでおく」
「無理しなくて良いからね」
「ああ。あと、メープルありがとな!」
「どういたしまして。また今年の分が出来たら、あげるね」
「おお、なんという素敵な言葉なんだ」
そのやりとりを聞いていたらしいガスパロが、ククールスの頭を叩いていた。
「後輩に集るとは何事だ!」
ということらしい。
「いや、だって、シウがくれるって、て、いてぇよ」
「お前は~!!」
追いかけまわし始めたので、2人の遊びに付き合わず離れた。
通りがかったクラルに声を掛け、タウロスのいる買取部屋へ行く。
「タウロス、いいかな?」
「おう、どうした」
「明日ここを出てロワルに向かうんだ。前に話してた魔法袋の件、紹介状渡してもいいけど、僕から話を通してもらってこようか。どうする?」
「お、おおっ!」
査定の手を止めてタウロスはダダッと走ってシウの前までやってきた。そして手を取りぶんぶん振る。
「いいのか!? 頼む、ぜひぜひ、頼む!!」
「あ、ああ、うん」
体ごと揺さぶられる感じで、がくがくしてしまった。
クラルが彼を落ち着かせてくれたので、詳しく話を聞いた。
「一から注文すると時間もお金もかかるんだけど、既製品なら安いし早いよ?」
「形にはこだわらん! あ、いや、シウが持つような背負いタイプが良いが、それぐらいだな」
「入れ物の量は?」
「そうだなあ、やっぱり広いと高いんだろうな……」
「ええとね、ここだけの話だよ? ここの倉庫ぐらいだと、ロカ金貨でこれぐらい、一軒家ぐらいだと、こんな感じかな」
指で示す。言葉にも紙にも記さないのは周囲の目を警戒してのことだ。お互いに災いに巻き込まれないための措置である。
「え? たった、それだけ?」
「あとは、使用者権限を付けるので、その分の費用を貰うけど。今回は僕がやることになるから、僕にね。一般的な付与程度の額でいいよ」
「本当か。そ、そんなに安いのか」
「その代わり、誓約書にサインが要るよ」
「……誓約書?」
「誓言魔法に近いかも。ようするに、あくどいことに使われたくないんだよ」
「あー、成る程」
「案外こういうのが嫌で、買わない人もいるみたい」
内容を知りたいだろうから、背負い袋から取り出してみせた。
タウロスは全部読んでから、首を傾げた。
「たったこれだけを守るだけで、良いのか? 常識っつうか、普通にギルドの規約内容じゃないか」
「そうだよ」
「……これで、あの値段?」
「うん」
「……有り得ん。どんだけ安いんだ」
「だから、ここの店のはあんまり広められたくないんだよね。良い人ばかりじゃないでしょ。迷惑かけるかもしれないから」
タウロスはうんうんと頷いた。
「こういう誓約書を用意するぐらいだから、強い信念があるのだろうな。そんな人に迷惑はかけちゃいかん」
分かった、と了解してくれた。
「そうだ、後でギルドカードを受付に出しておいてくれ」
「うん。え、どうして?」
「先払いしておく。俺のカードからそっちへ振り込む手続きをするのに必要だからな」
「後でも良いよ。っていうか、商品見てからにしてもらった方が、僕も気楽だし」
「そう、なのか? いいのか?」
「うん。律儀だねー」
そうかな、と言いつつ頭を掻いていた。
商人ギルドではすでに飛行板に関する業者の選別があり、面談を行ったりした。
後は全てギルドの担当者に任せているので、シウの出番はない。
ついでなので、シェイラには印字機を二種類、渡してきた。使用感を確かめてもらうのだ。
「……これまた、すごいものを」
「版画用の文字盤は手作業で組み合わせて形を作るから大量に必要となるのよ。それが、こんな、簡単にできるなんて」
ヴェルシカもシェイラも感動しているが、シウとしては粗探しをしてほしいので、そのへんを強くお願いした。
「でも、これが普及すれば、付属品なども必要になるから、活性化されるわね」
「複写式の紙とか、便利だと思うよ」
「インクも特許申請しないとダメね。あ~沢山増えるわね~!!」
嬉しいのか悲しいのか分からない悲鳴を上げている。
少なくとも彼女の秘書は疲れたような顔をしていたので、悲しいのだと思う。帰り際にまたこっそり、飴をプレゼントした。
ロワルへ里帰りするにあたって、カスパルにも声を掛けたのだが、戻るのが面倒くさいという理由で断られた。
移動の合計4日間が勿体ないようだ。そんな時間があったら本を読みたいらしい。
その代わりと言ってはなんだが、メイド達の中で里帰りしたい者があったら連れて行ってほしいと頼まれた。
しかし、誰も手を挙げなかった。ルシエラでの生活に慣れているし、飛竜に乗るのが怖いという人もいた。彼等はラトリシアまで長い時間を掛けて地竜を使って来ているので空を飛ぶこと自体が想像つかないのだろう。
スサだけが、リュカの面倒を見るのでついていきましょうかと言ってきたが、その顔が青白かったので断った。
「でも誰もお世話する者がいないと、困りませんか?」
「そうですよ。シウ様もお友達とお会いになられることもあるでしょうし」
「留守番を1人でさせておくのも可哀想だわ」
どうする、と皆で顔を見合わせている。
するとロランドとリコが何か話し合って、ひとつ頷いた。
「ソロル、君は以前飛竜に乗ったことがあると言っていたが、長距離には耐えられそうかね?」
「あ、え? わたし、ですか? はい、大丈夫、だと思います」
急に話を振られて、ソロルは驚いてしどろもどろに返事をしていた。
「でしたら、まだ教育途中ではありますが、彼をお世話係にするのはどうでしょうか」
リコが、シウにお伺いを立てるように聞く。
「うん、それならリュカも安心するだろうし、僕も助かるけど。ソロルは大丈夫? シュタイバーンに行くことになるんだけど。嫌なら断っても良いんだよ。強制じゃないからね」
「あ、いえ、その」
「そうでしたね。ソロルの気持ちもあります。どちらでも良いんですよ」
ロランドが優しく伝えると、ソロルはおろおろしていたのを止めて、意を決したように声を上げた。
「や、やります! 頑張ります!」
なんだかとても大変なことのように言うので、シウは困ってしまった。
ロランドとリコは微笑ましそうにソロルを見ている。
その瞳にどこか、憐れみもあった。奴隷として生活していたソロルはいまだ自由に慣れず、おどおどしたり謙虚すぎることもあった。そのことを2人は気にしているのだ。
「リュカ君が寂しがったり迷子になったりしないよう、傍についていてくれたら良いだけなんですよ。将来、リュカ君も君と同じ仕事に就くかもしれないから、その先輩としてでも良いんだ。気負うことはないんだからね」
「は、はい」
「とにかく、目を離さず一緒にいて、そして楽しんでおいで」
「え?」
「そうよ、ロワルの街は楽しいわよ。ルシエラよりずっと明るい人も多いもの。それにもう春よ。暖かいはず。頑張ってね」
「ねえ、それなら、ロワルでの話を聞かせてほしいわ。お願いできる?」
「あ、は、はい!」
皆に話しかけられて、ソロルは恥ずかしげに頷いていた。
後から、ソロルにはお小遣いも渡されていた。
まだ見習いなので給金などは出ていないのだが、そうした者でも里帰りなどの時にはブラード家よりお小遣いが出るのだそうだ。
だから遠慮せず受け取りなさいと言ってロランドが渡していた。
ソロルは笑おうとして失敗し、涙を流していた。
お小遣いなど、小さい時以来だと言って。
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