349 不死鳥の毛と近衛騎士の特訓




 とにかく、会わなくてもいいからと嘆願したら、ヴィンセントは少々不満そうな顔ながら、そうかと頷いて踵を返そうとした。

 そして、何かに気付いたように足を止める。

「シュヴィークザームのブラッシングをしているのは、お前か?」

「あ、はい。さようでございます」

 メイドが頷くと、ヴィンセントは秘書官を見た。

 秘書官が代わりにメイドへ話しかける。

「ポエニクスの毛を集めているかと思います。それを持ってきてください」

「かしこまりました」

 すぐに、走らない程度の速さで部屋の中へ戻り、瓶を持って戻ってきた。

「こちらでございます」

 秘書官が中を検め、念のためにもとヴィンセントにも見せて確認してもらうと、そのまま瓶ごとシウに渡してきた。

「どうぞ、こちらを」

「あ、えっと、いいんですか?」

「最初から、そういう約束だろう。面会については後日、設けることとしよう。それでよいな?」

「あ、はい。ありがとう、ございます?」

 疑問調になったものの、お礼を言ったことで話は終わった。

 なんだかあっさり手に入ったが、良いのだろうか。

 それも瓶の中には結構な量が入っている。溜めていたんじゃないのかしら。

 少し心配になってしまう。

 ただ、それとなく見上げたキリクも黙って頷いているだけだったので、もらっておけ、ということなのだろうと判断し、素直に魔法袋の中へ放り込んだのだった。


 部屋に戻ると隣室に晩餐の用意がされており、そのまま流れで一緒に摂ることになった。

 顔は能面のままだったが、ヴィンセントは機嫌が良いらしく酒の杯も進んでいた。

 お酒を飲んでもなお顔色が変わらないのが、彼らしくて面白かった。

 会話の内容が国とは全く関係ない、部下への愚痴だったからかもしれないが、程よく気を抜いている感じがした。

 キリクもあまり取り繕うことなく相手をしており、それもまたヴィンセントにとっては良かったのかもしれない。

「貴殿と知己になれたのは良かったかもしれん」

 食後にはそんなことまで口にしていた。

 何故かシウにまで、

「今度じっくり話をしよう。保護者がいなくなった時が良い」

 などと言って、困ってしまった。

「そうだ、飛行板を乗りこなせたら、見てもらおうか。それが良い」

 がっしりと肩を掴まれて顔を覗き込むように見下ろされ、断言されてしまった。

 えー、と不満そうに周囲をチラチラ見たのだが、誰も助けてはくれなかった。


 帰り際、近衛騎士のベルナルドから声を掛けられた。

「里帰りなさる前に、できれば早いうちに乗り方を習いたいのだが」

 城まで来てほしいという意味合いもあったようだが、シウは全く気付かずに、

「明日なら来ていただいて結構ですよ」

 と答えていた。

 ベルナルドは完璧に感情を押し隠していたようなので、でしたら明日伺います、と顔色も変えずに返してきた。

 その為、帰りの馬車でキリクから教えられてびっくりしたのだった。

 どちらにしても1人で城へ上がるのは少々気が重いことなので、知らなかったままで通そうと思った。




 翌日、朝から「本日伺います」との手紙を持参した近衛の従者がやってきて、庶民相手にも礼儀正しく連絡するのだなあと妙なところに感心した。

 もっともキリクに言わせれば、

「殿下に命じられたことだ。その顔に泥を塗ることになるかもしれんから、内心はともかく、きちんと対応するだろう。それが一流の騎士というものだ」

 ということらしい。

 騎士学校へ通っていたキリクが言うのだから間違いないのだろう。からかい気味にそう言ったら、少々ばつが悪そうに肩を竦めていた。

 どうやら、一流とは言えない行為の経験がいろいろとありそうだった。


 午後になって近衛騎士が3人やってきた。従者なども含めると10人ほどだが、メインの3人以外は待機部屋行きだ。

 屋敷の主であるカスパルに挨拶を済ませると、彼等を連れて裏庭に行った。

 少々狭い感もあるが、他に場所などない。まさか近衛騎士を冒険者ギルドの訓練場へ連れて行くわけにもいかず、王都外へ出るには時間がかかる。そんなことを言ったら王城へ行って、騎士の訓練場を使おうとも言われかねないので、黙って庭へ案内した。

「王子の騎士が3人もいらっしゃって、大丈夫なのでしょうか」

 キリクは観戦者らしく、庭に置いたテーブルに酒を置いて、優雅に飲んでいた。

 リュカは粗相があってはいけないのでスサが屋敷内へ連れ戻している。フェレスはのんきに庭を走り回っていたが、あれはいつものことなので放っておいていい。

「ははは。王子の騎士は我々だけではないのでね。交代制なんだよ」

「そうなんですか。第一隊なんですよね?」

「よく知っているな。そうだ」

 第一隊であることを誇りに思っているようだった。全員、貴族家出身らしくて、姿形が良い。第一隊というのはどこの国でも同じだが、王族、それも直系家族を守るために常に傍に侍る必要がある。そのため、容姿も選ばれる大事な要素のひとつだった。

 もちろん、剣の腕もないといけない。

 皆、佩刀しているし騎士服のままだ。

 それぞれと挨拶を済ませると、すぐに飛行板の乗り方を説明した。

 王子の献上した分をちゃんと持ってきていたので、それと、シウの持つ1枚で練習することになった。

 何故かキリクがにやにやと嬉しそうに笑って見ている。

 どうしてだろうと思っていたのだが、騎士達が実際に飛行板へ乗って練習を始めてから、その理由に気付いた。

 失敗する姿を見て楽しんでいるのだ。

「気負い過ぎです。あと、無駄に魔力を使い過ぎてます。もっと軽くでいいんです」

「しかし、それだと飛ばないだろう?」

「これを元々作った理由を考えてください。冒険者が魔獣相手に戦うための機動力です。魔力を使い過ぎて落っこちたら、意味ないでしょう? あくまでも補助具なんですよ、これは。空を飛ぶためのものじゃないんです。魔獣を倒すための、間接的な道具なんです」

 全員、ハッとなってシウを見た。

「本来なら、冒険者仕様の方がメインで、こちらは廉価版の練習用と捉えてます。だからこそ、極力魔力は控え目に、推進力を用いる際も少しの量で飛べるようにと工夫していますから」

「分かった。よくよく考えて、乗ってみることとしよう」

 それでも乗れるようになるまで少々時間がかかってしまった。

 今までで一番、覚えが悪い生徒だった。

 キリクはにやにや楽しそうだし、最後には俺が手本を見せてやろうと言って悪酔いしていた。

「悪い酒だなあ」

 と、注意したが、本人はどこ吹く風でふーらふらと飛行板を飛ばしていた。


 近衛騎士達が自分達の不甲斐なさを憂えて、また慣れないことをして疲れていたのか、顔色が冴えなかったので少し早目の休憩を入れた。

 スサ達が外にデザートを用意したので、ベルナルドなどはさすがに眉を顰めたが、シウが土属性で簡易の四阿を作り、かつ結界を作って中を温めると驚いていた。

「すごい魔法を使われるのだな」

「これでも、魔力量は全部で3ぐらいしか使ってませんよ」

「たったそれだけしか減っていないのか?」

「はい。節約すると、それで済むって話です。飛行板も1日中飛ばしてたって、魔力量は全部で3使うかどうか。繊細な使い方を要するので、案外乗りこなすバランスよりも、魔力量のさじ加減が問題かもしれませんね」

「そう、なのか」

「しかし、冒険者仕様の方は、ほぼ魔力を必要としないと聞いたが」

「起動と解除ぐらいですね。推進力も魔核や魔石だけで可能です」

「……では、我々のように魔力の使い方が、その、下手なものならば、そちらを使えば良いのではないだろうか」

 1人が言うと、残りの騎士もそうだなと納得しかけていた。

 が、忘れている。

「残念ながら、冒険者にしか渡さないことにしているんです」

「……っ!」

 そうだった、と皆が顔を見合わせていた。

「一般には売り出さないのか?」

「はい」

「何故? それほどのものならば、きっと買い手も多く、売れるはずだ」

「そうだ。わたしも、ほんの少し乗っただけで、欲しいと思った。推進力を気にしないでいいなら、絶対にそちらの方が良い」

 3人ともが頷くが、シウは困ったように首を傾げて笑った。

「……別に売れなくても良いんです」

「え?」

「お金儲けのために作ったわけじゃないので」

 また3人がそれぞれ顔を見合わせた。面白い人達だ。

「そうですね、この国が騎獣を一般開放してくれるなら、冒険者仕様の飛行板も一般に開放したいと思います」

 元々の原因について語ると、3人とも話には聞いていたのだろう、あっと声を上げてから、ばつの悪そうな顔になった。

「念のため、代理購入などがないよう、処罰対象のルール造りなども考えている最中です。冒険者が横流ししたりしないか、あるいは貴族に取られないように。レンタルという手もありますね」

 レンタルの意味は伝わらなかったがニュアンス的に分かったようだ。彼等は神妙な面持ちになった。いかにも、それを考えていたところ、といった様子で気恥ずかしそうな顔をした。


 それからは、より一層真面目に訓練を続けた。

 ないものを欲しいと言ってもしようがないことに、気付いたのだろう。

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