348 休みの確認と王子への献上、そして




 昼ご飯を掻き込みながら、ディーノには先日あったヒルデガルドとの騒ぎを簡単に話した。生徒会長のティベリオから聞いた話もして、クレールのことを頼んだからとも伝える。

「同郷の人にも相談しておくって言っちゃったんだ。気にしてくれると助かるんだけど」

「ああ、分かった。帰りが遅いから声を掛けづらかったんだが、そういうことなら多少マシになるだろ。僕たちも気を付けておくよ」

「うん」

 話が終わると、食べ終わったエドガールがふうと溜息を吐いた。

「どこでも、問題ってあるものだね」

「ほんとだよね」

「来週からの休みで、少しは骨休めできるといいんだが」

「お互い、命の洗濯だね」

「せんたく? 命を? ……相変わらず面白い言い回しをするなあ、シウは」

 ディーノには感心されたような、それでいて変人を見るような目で見られてしまった。

 エドガールにも意味が通じず、説明する前に昼休憩終了の鐘の音が鳴ったのでそこでお別れとなった。



 午後、教授達の執務室へ行ったのだが、半数が不在であった。授業があるのだから当然だが秘書などはいるので、話はできた。

 特に合宿などはないとの返答がほとんどで、念のため何かあれば屋敷まで連絡をくれるということになった。

 古代遺跡研究科の教師アルベリクは研究室の隣の部屋にいて、暇そうだったので直接話ができた一人だ。

「うん、合宿はないよ。フロランが勝手に書類は出していたけど、却下したしね」

「え、そうなんですか?」

「だって遅いもの。やりたいならもっと早くに計画建てないと。長い休みを使うなら特に、他の生徒だって計画というものがあるのだからね」

「それは確かに」

「休み明け、週末あたりに近場で二日かけて行うかもしれないから、それは頭に置いてて。君は初めてだもんね。他の子たちは知ってるから、教えるの忘れてたよ」

 呑気なものである。

 その後、少しだけ話をして別れた。次に会うのは二週間後だ。




 翌日の土の日、普通に冒険者ギルドで仕事を受け、夕方早めに屋敷へ戻って支度をした。

 キリクが別れの挨拶をするため王宮へ向かうことになり、ついでにシウも付いていくことになったのだ。

 献上すると約束したから飛行板も持って行った。

 そして待たされることもなく、すんなりとヴィンセントの執務室まで通された。

 国王も仕事をしているらしいがこうした雑務的なことはもう第一王子のヴィンセントが担当しているようだ。国事など大きい内容にのみ、国王は専念しているとか。

 第二王子や、第三王子なども仕事を割り振って受け持っているらしく、勤勉な一家だった。

「よくいらしてくれた。どうぞ、座りたまえ」

 誰の目もないせいか、初めて会った時よりはくだけた雰囲気でヴィンセントがソファを勧めてくれた。

 シウにも視線が向いていたので構わないのだろうと判断し、キリクと共にその横へと座る。ヴィンセントの部屋の端に待機していた近衛兵の一人が少しだけ訝しそうに見ていたものの、態度にも言葉にも不満は出なかった。よく教育されているようだ。

「退去の挨拶と聞いたが、ルシエラの観光はそう数日で見て回れるものではないと思うのだが?」

 キリクは苦笑しつつ頷いて、両手を見せて肩を竦めた。

「いつまで遊んでいるのか、早く戻ってこいと、部下から矢の催促でございます」

「ふん。どこも同じだな。どちらが偉いのか分からん」

 そう言ってチラッと秘書官を見た。彼は澄ました顔で素知らぬ顔だ。

「殿下でも同じことを感じられるとは、僭越ながら身近に感じてしまいますな」

 にやりと笑って、キリクは出された香茶を飲んでいる。

「ちょうど良い具合に、シーカーも春休みとやらに入るそうです。こいつも懐かしかろうと思って一緒に連れ戻るつもりです」

「……まだ三ヶ月ほどで郷愁に駆られるというものでもないだろうが。残念だな」

「おや」

 それはどういう意味なのだという質問調で、キリクがヴィンセントを見た。

 彼はほんの少し、能面のような冷たい顔を緩ませた。

「弟妹や、我が子が興味を持っていたのでな。休みの間に城へ上がらせようと考えていた」

「それはまた……身に余る光栄な話ですな」

 えー、やめてくれ、と内心で考えていたら、キリクだけでなくヴィンセントも苦笑してシウを見た。

「光栄とは思わぬ人間も、この世にはいるようだ」

「失礼。この子は正直すぎるのです」

 そうであろうな、と納得してヴィンセントが頷く。

 さっきの話はどうやら冗談のようだった。いや、半分本気かもしれないが。

「その代わりと言ってはなんですが、シウから殿下に献上したいものがあるとか。こうした場では失礼になるかもしれないが」

「いや、構わん。先日、飛行板の話をしたから、それだろう」

 さあ出せと言わんばかりの視線にさらされ、シウは背負っていた魔法袋から中身を取り出した。

 一瞬、近衛兵たちに緊張が走ったようだったが、秘書官に止められていた。

「売り出されるにはもう少しかかりそうですので、お先に献上させていただきます」

「これが、そうか」

 表と裏をじっくり眺め、それからくるっと何度もひっくり返したりしている。

「取扱い説明書はこちらです。冒険者仕様ではないので、風属性がないと使えません。実演した方がよろしいですか?」

「そうだな、一度、見せてもらった方が良いだろう。ベルナルド、お前は確か風属性を持っていたな?」

「はっ」

「シウに学べ。習得したら、わたしにも教えるんだ。良いな?」

「はっ」

 自分でも使う気なのかと、驚いてしまった。

 それから話はもう終わりと言われてしまう前に、慌てて魔法袋からもうひとつのものを取り出した。

「どうした?」

「こちらも、献上したいのですが」

「……それは」

 ガラスの燈器具で、ガラスの側面がスズランの花を模して盛り上がっている。茎と葉に当たる部分だけに薄い緑の色を入れた、可愛らしいデザインとなっていた。

 台座と、持ち手部分は銅と軽金属を使ってスズランの意匠を象っているので、全体的に柔らかい印象だ。ただし、壊れにくくするため強化魔法はかけている。

「コンバラリヤマヤリスの、燈器具です。素人の作ったものだから、見た目は悪いですが」

 先日の王子の発言の中で、コンバラリヤマヤリスという古い名前を使って喩えが出てきたので、ふと思いついてその名の示すスズランの明かりを作った。

「庭に置いていても、問題ないです。むしろ雨ざらしにあって、風合いを持つかもしれないので、夜道の明かり取りに、どうでしょうか」

「……面白いことをする」

「何を作っているのかと思っていたら、そんなものを作っていたのか」

「ガラス作成は楽しい作業のひとつなんです」

「なるほど。その楽しい時間を使って、わたしに作ってくれたというわけか。礼を用意しなくてはな」

「献上品に、お礼なんて」

「前回の礼もまだ済んでおらぬしな?」

 そう言うと、ヴィンセントは立ち上がった。

「会わせてやろう、ポエニクスに」

 待つ気はないらしく、さっさと歩きだしてしまったので、シウとキリクも仕方なく付いていくことにした。


 ポエニクス、不死鳥と呼ばれる聖獣は、同じ世界に二つと存在しないと言われている。現れたら大抵は王族、その中でも至高の存在が持つことになる。

 現在は、ヴィルヘルム=エルヴェスタム=ラトリシア国王が、その主だ。

 ただし長寿のため、何代かに渡って主も変わっていく。

 現在は二代目で、ヴィンセントで三代目となるらしい。

 ところで、ヴィルヘルムという名は貴族の子弟に多く使われる名で、ポピュラーなために忘れていたが、シウの実父もそうした名前だったらしい。国王と顔を合わせる機会はないだろうが、もし会えば不思議な気持ちになりそうだ。

「そろそろ、わたしに主替えをという話も上がっているから、気にするな」

 国王の所有する騎獣となるので、無断で面会しても良いのか心配だったのだが、ヴィンセントは軽口でシウの不安を一蹴してしまった。

「ここだ。……ヴィンセントだ、入るぞ」

 一応、ノックはしたが、相手の返事を待たずに部屋へ入ってしまった。部屋の外で立ち番をしていた騎士たちは人形のように何も言わない。

 最初に応接室が来るとはいえ、やることが「王子様」すぎる。

 中には誰もおらず、ヴィンセントが腰に手を置いた。

「どこへ隠れた? 来ることは伝えていたはずだぞ」

「申し訳ございません。お部屋からは出ていらっしゃらないと思うのですが」

 メイドが謝り、近衛兵たちが他の部屋を探しだした。

 なんだか、嫌な感じだなあと思って、シウはつい口を出した。

「あの、突然のことですし、ご迷惑でしょうから後日で結構です」

「会いたくはないのか?」

「それは、お会いできたら嬉しいですけど、こういうのはちょっと」

「こういうの、とは、なんだ」

「……聖獣だからというわけではなくて、人として、突然会いに来られたり、部屋の中を勝手に探索されるのはあまり気持ちの良いことではないです」

 人としての部屋を用意されているなら、なおさら、嫌なのではないだろうか。

 フェレスだって、突然第三者が勝手にフェレスのお気に入りの寝床に入ってきたら腹が立つだろう。そんなことをする人は今までいなかったが、ぶんむくれになることは簡単に想像できた。

 ましてや、人よりも賢いと言われる聖獣に対して、この態度はいただけない。

 全方位探索でも大体このあたりにいるだろうというのは察せられたが、本人がかなり強力に気配を消している。それはつまり、会いたくないということなのだ。

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