347 休みの日の過ごし方、戦術戦士オタク




 5時限目が終わると、アマリアがキリクを連れて教室へやってきた。

 早めに教室を出て連れてきてくれたようだ。

 ついでなのでアロンドラにキリクを見せてあげた。

「怖くないでしょ?」

 と言ったら、ごめんなさいと何度もシウとキリクに謝ってしまったので、事情を知らないキリクは頻りに首を傾げていた。

 もちろん、嫌味でもなんでもなくただ「普通にちょっと強面のオジサン」だと知らせたかっただけなのだが、やりすぎたようでオルセウスとエウルに溜息を吐かれてしまった。

 今度はシウが何度も謝って、彼女に許してもらったのだった。




 翌日も課題だけで、授業には出なかったので朝から屋敷でゆっくりしていた。

 料理の作りだめをしたり、飛行板の冒険者仕様を大量に造ったりした。薬草も溜まってきていたので半分は商品になるよう処理を施した。生で使う場合も想定して半分は残している。

 二日酔い用のポーションは高く売れるので、こちらもせっせと作った。魔法だと簡単にできるので在庫が溜まっていくと楽しかった。

 ガラス瓶もまた大量に造った。使用後は返してもらえるよう言ってあるのだがやはり戻ってこないものも多いのだ。もう少しリサイクル精神を広めたいものだ。

 そうした作業を、リュカは興味深そうに見ていた。

 リュカは魔力量が25あり、ラトリシアなら魔法学校へ充分通えるほどだ。スキルは風属性が2ある。シーカーは無理でも一般の魔法学校で学ぶのも良さそうだ。

 しかも人族と違って獣人族なら、今後魔力量が増える可能性もあった。ハーフなのでどこまでかは分からないから、節約術を覚えつつスキルを上げさせるのも良いかなと思っていた。

 いまは基本的な勉強を続けているが、折に触れ少しずつ魔法に付いて教えてあげていた。

「そうそう、葉っぱを綺麗にしてね、天日干しするんだよ。乾いたら乳鉢で細かくするんだ。粉になったら配合、混ぜ合わせるんだよ」

「うん、分かった」

 一生懸命ノートへ書き込んでいる。薬草の絵もちゃんと描いており、覚えたての文字が躍っていた。

「上手になったね、文字」

「ほんと? 僕、毎日お勉強してるよ。シウが学校に行ってる間、いっぱい書いてるの」

「うん。偉いね」

 褒められて、嬉しそうに笑う。よしよしと頭を撫でていたら、キリクがやってきた。

「よう」

 開けっ放しのドアを叩いて、中に入る。

 空気を読むリュカはノートを閉じて、ちょこんとソファの端っこに寄った。

「勉強してたのか。悪いな、邪魔して」

「……ううん。僕、お部屋を出ていく?」

「いや、大した話じゃない。そのまま座ってろ」

 こくんと頷いて、端っこに座ったまま、またノートを開いた。薬草の配合に付いて復習するようだ。

「こんな小さい子でも状況を判断できるのになあ」

「何が?」

「ヒルデガルド嬢だよ。ありゃあ面倒くさい」

「スタンピードの時、押し付けて来たくせに」

「あれな。悪い。ほんと、あれ、大変だわ」

 それでなくとも貴族の女性は苦手なのにと愚痴を零す。

「ちゃんと話ができててすごいなあと思ってたのに。苦手なんだ?」

「苦手だな。大体女の話す内容が訳わからん。ドレスの形がどうの、流行の帽子や、靴の話、宝石に香水。まったくもって理解できん」

 きっぱりと言い切って、うんざりした顔をする。

「付き合いだからと頷いているが、心底わからん。お茶会での会話も、男よりどぎついこともあって、耳にするものじゃないな」

「そうなんだ」

「お前も、興味があっても盗聴はやめておけよ。子供に聞かせられないような内容も多いからな。お茶会に誘われても行くなよ? 特に既婚者の女の所は危険だ。ベッドに引きずり込まれる可能性もある。あー、こわ」

「キリク、いろいろあったんだねえ」

「お前に言われると、俺も返事に困るんだが。ああ、そうだ、本題を忘れるところだったな。アマリア嬢が言っていただろ、来週から学校が休みだと」

「うん。そうらしいね」

 キリクは背もたれから身を起こし、前のめりになって話し始めた。

「シリルやイェルド達から早く帰ってこいと催促されているし、どうせならお前も一緒に里帰りしないか? スタンや、友達とも会いたいだろう」

 そう言われると、丁度良い気もした。

 実際、リグドール達に会いたいと思っていた。アリスからも召喚についての返事が届いていたし、時期的にも立ち会えるかもしれない。

「そうだね、いいかも」

 ふと、リュカが見ていることに気付いて、そちらを向くと、不安そうな顔をしたリュカがパッと俯いてしまった。

「リュカ、最近お外もよく歩くようになったんだよね?」

「……うん」

 何を言われるのか分からず、不安そうにシウを見上げてくる。捨てられる子犬のような目で見るので、可愛いやら可哀想やらですぐ答えを告げた。

「一緒にシュタイバーンに行く?」

「……いいの?」

 パッと明るい顔になったものの、言葉は疑問調だ。どこかで信じきれない不安な気持ちが残っているのだろう。

 シウはキリクを見た。彼もまた苦笑しつつ、柔らかい視線でリュカを見て頷いた。

「体力が戻っているのなら構わんぞ。一緒に行くか」

「行きたい、です」

「よしよし。お前は可愛いなあ。楽しみにしていろよ。飛竜に乗れるぞ」

「ひりゅう……」

 よく分からなかったようなので、キリクがいそいそと彼の横まで行って、教え始めた。

 キリクも子供好きなのでリュカが可愛いのだ。どうも前から気になっていて構いたかったようだ。

 2人のやりとりを眺めつつ、シウは脳内でスケジュールを立て始めた。




 翌日、今週最後の授業を受けた。

 念のため、ロッカーと集会室、クラスのミーティングルームへ行き、連絡事項を確認する。やはり来週から学校は休みとなるようだ。

 今のところ研究科などで合宿があるという話は聞かないが、シウが分かっていないだけかもしれないので戦術戦士科の授業の後にでも各教科担当に確認に行こうと思った。


 授業が始まる前、皆に無事チコ=フェルマーとの争いに勝ったことを話した。

 これまでの教科のクラスメイト達は晩餐会のことなどを聞きたがったが、このクラスは違った。

 魔獣魔物生態研究科と同じだ。

「つまり、落ち着いたということだな? よし。じゃあ、グラキエースギガスとの戦いをもう少し詳しく教えてもらおうか」

 教師のレイナルドからしてこれだ。

 他にも、

「あとは宮廷魔術師達に囲まれた時の戦い方も教えてほしいな」

「聖獣から逃げ回れた秘訣も、詳しく知りたい」

 ある意味授業に対して真摯なのだろう。

 シウに起きた事件も、授業に生かすというこの貪欲さ。

「前回は大まかだったからな。よし、今日はシウを中心に授業を行うぞ」

 レイナルドの宣言通り、乱取りなどは急遽取りやめになった。

 円座になって話を始め、どうかすると白板を持ち出して書き込んだりもした。

 途中、熱い議論も混ざったりして、皆授業が好きなのだと思わされた。

 話している内容が、

「炎撃魔法のレベル4持ちを相手にして、よくもまあ封鎖できたもんだ」

「俺なら殺してるな」

「詠唱を止めるだけなら喉を焼けば良いのでは」

 そうした怖い内容ばかりだったのだけれど。


 レイナルドには授業が終わってから休みの間の事を確認した。

「俺のクラスでは特に課題などはないぞ。合宿もない。秋頃にやってもいいかとは思っているが、足並みが揃わんからなあ。今年も無理かもしれん」

「貴族出身者が多いですもんね」

「ま、休み明けは鈍っていないかどうか、テストするだけのことだ。お前さんに限ってはないだろうが、手を抜かないようにな」

「はい」

 話が終わると、待っていてくれたエドガールと共に食堂へ向かった。

 少し早いがディーノ達が来るまで話でもして時間を潰そうということになったのだ。

「え、来週からの休みの事、知らなかったのかい?」

「うん。集会室行くの忘れてて」

「君、授業がない日もあるんだったね」

 エドガールは必須科目もあるので、土の日まで目一杯授業を取っているそうだ。

 しきりに座学がつらいと零していた。

 可哀想なので、待っている間暇だから分からない箇所を教えようかと提案したら、うんうんと頷いていた。

 その仕草が少しだけリグドールに似ていて、思い出してしまった。

 そうして食堂で勉強会をしていると、ディーノ達がやってきた。

 何故かそのまま勉強会に突入してしまったが、楽しいものだった。

 誰かのお腹が鳴る音で、昼休憩が残り少ないことを知って慌てて昼ご飯を食べた。

 そういう慌ただしさもどこか面白く、学生らしいことをしている気分になれた。

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