035 誕生祭一日目と屋台メニュー




 いよいよ誕生祭が始まった。土の日から三日間続く大きなお祭りだ。

 シウは朝早くに、割り当てられた場所まで向かった。荷車を使ったが、それは魔法袋の存在を隠したいからだ。子供が堂々と使うわけにもいかないので、偽装工作である。

 現地にはギルドが用意した組み立て式の簡易屋台があるので、講習会で教えられた通りに組み立てる。これらは貸し出し品で、銀貨五枚が必要だ。現地に運んでくれ、後片付けもしてくれるのなら、お得だと思う。シウのような屋台初心者や、女性にはお勧めのシステムだった。

 シウが屋台を組み立てて、品出しの準備も終わりに近付いた頃、隣り近所も用意を始めていた。早速、挨拶に回る。

「おはようございます。そこで食事の屋台を出すシウです。これ、良かったらどうぞ」

 ついでに宣伝がてら、野菜を練りこんだ色とりどりのクッキーを渡した。

「おお、ありがとよ! よろしくな。俺はダレルだ」

「親父さんと来てるのかい? 慣れてるな! おお、こりゃクッキーか? 珍しいな」

「美味しいなあ。後でまた買わせてもらうわ。後で女房も来るんだ。よろしくな!」

 などなど、次々に周囲と挨拶が始まった。皆、元気で張り切っている。とにかく大きな祭りだ。王都に元からあるお店のほとんどが、祭りのため閉まっている。つまり、出稼ぎ屋台をやる者にとっては、勝負の三日間だ。気合いも入ろうと言うものだ。

 一通り挨拶を済ませると、シウは屋台に戻った。

 フェレスは念のため、食品の近くには寄らせないようにしている。数歩下がったところに台を作り、手製の檻に入れていた。檻と言っても大きく、玩具もたくさん入れているのでフェレスに不満はないようだった。この檻にはこっそり檻型の空間壁をかけた上、シウと繋いでいるので盗まれる心配はない。

 シウの右横のダレルは、フェレスが騎獣だと知るとひどく心配していた。盗まれないよう、専用の魔道具があると言ったのだが、彼は「ただの飼い猫ってことにしておこう、な?」と周囲に徹底させていた。後から小声で「あのさ、終わってから撫でてもいいかな?」と聞いてきたので、彼もまた、騎獣が好きなのだろう。


 誕生祭の初日は、騒がしくなるのは少し遅め――午前の仕事始めぐらい――からだ。

 本来は、神殿にて豊穣の祈りを捧げるのが正しい始まりである。その後、神官らが聖遺物を神輿に乗せて、街を練り歩く。人々は神輿に対して祈りを捧げるものだ。これらは大通りから外れると見えない。屋台通りからは、騒ぎも遠くで聞こえるだけだった。

 シウが割り当てられた場所は、中央地区の、やや商人街に近い場所だった。大きな公園の近くで、座って食事ができることから、食べ物専門の屋台が固められている。もちろん食べ歩きも楽しいだろうが、これもギルドの気遣いだ。

 シウの屋台メニューは、昼過ぎまでは「がっつり肉系ご飯」がメインだ。

 最初は誰も見向きもしなかったが、カツや天ぷらを揚げはじめると人が集まってきた。

「良い匂いだな。これは、なんだ?」

「岩猪のカツ揚げです。こっちは『テンプラ』と言って、衣を付けて揚げてます。シルラル湖のエビや野菜の揚げ物ですよ」

「テンプラ? ふうん、美味しそうじゃないか」

「はい。炊いたお米に乗せて、甘辛いタレをかけて食べます。お米はシャイターン国のもので、こちらでいう小麦、パンの代わりの主食です。つぶつぶしていて、最初は食感が気になるかもしれません。でも、噛み締めるほどに甘みが出てきて、美味しいですよ。腹もちも良いです」

 お米は完全精白にせず、八分付きを混ぜているので多少、栄養も残っている。炊き方を試行錯誤したおかげで、もっちりツヤツヤのご飯に仕上げることができた。

「ほーう。珍しいな。……美味そうな匂いがするし、試しに買ってみようか」

「ありがとうございます」

 天ぷら丼をその場で作る。お米は保温の機能を付与したおひつを使っているため、ほかほかだ。中には少量しか置かず、こっそり空間庫から炊き立てを取り出せるようにしていた。おひつは、アガタ村の山で育てていた、スギと似た材質の木から作っている。

 その場で食べた男性は、最初はおそるおそる米を食べ、首を傾げたり飲み込むのに時間をかけていた。途中で、天ぷらと一緒に食べると美味しいことに気付いたらしく、最後は掻きこんで食べていた。

「おう、美味しかったぞ!」

「ありがとうございます」

「うーん、まだ食えるなあ。そうだ、そっちの、カツを頼む。これも見たことがないな。岩猪なんて良い食材使ってるが」

「市場に卸した余りものですが、美味しいですよ」

 と、さりげなく、味見に一口カットしたものを出す。

「お、いいのか。うーん、うまい! こりゃ、うまいぞ。じゃあ、五枚頼もうか。あっちに友人が待ってるんだ」

「はい」

 急いで手早く残りを揚げ、ソースをかけて渡す。

「熱いので気を付けてくださいね」

 そんなやりとりをしていたら、見ていた他の客も匂いにつられてやってきた。

 カツのソースもシウの手作りだ。野菜たっぷりの甘辛濃厚ソースで、揚げたてのカツに掛けるとじゅわっと音がして、更に良い匂いが広がる。

「それ、こっちにも三つ頼むわ。その、米だったか? 主食をつけてな!」

「俺は二つだ、それとテンプラ丼を二つ」

「おい、このカラアゲってのは?」

「そちらは火鶏の肉です。下味を付けて揚げてます。肉汁溢れるジューシーなのがお好みならモモ肉を、さっぱりレモン汁をかけて食べるならムネ肉のカツがお勧めです」

 説明しながら、最初の客から順に捌いていく。そのうちに、シウの説明を聞いた人や、匂いにつられて来た人が次々と買って行ってくれた。

 彼等は並びながら、隣り近所の屋台にも手を出し、あれもこれもと相乗効果で売れていく。そうこうしているうちに、最初の客が友達を連れて戻ってきた。

「あれ、また来てくれました?」

「おお、覚えてたのか」

 もちろんだ。彼が大きな声で褒めてくれたため、次々と売れ始めたのだから。

「いや、ほんとに美味しかったよ。で、こいつらも家に持って帰るって言うからさ」

「じゃあ、タレは別にしておきましょうか? タレをつけると時間が経ったらベタッとなってしまうので」

 そう言うと、付いてきていた友人たちも感激してくれた。タレの容器も用意していたので、急いでそれぞれに入れて渡す。

「あれ、お金、余分に取ってないぞ」

「いいですよ。オマケです。お客さん連れてきてくれたし」

 シウが笑うと、男性たちは相好を崩し、手を何度も振って去って行った。



 そんな感じで昼時はとにかく忙しく、休む暇もなかった。

 午後半ばになってようやく落ち着いてきたので、周りにお裾分けとして、揚げたカツと野菜を挟んだサンドイッチを渡した。皆、美味しいと言って食べてくれたし、反対にシウもお裾分けをもらった。その後、ダレルと交代でトイレ休憩をし、午後の戦いに突入した。

 ダレルは串焼き肉を売っており、夫婦で来ているコリンたちは、果物のシロップ漬けと絞りジュースを出していた。どちらも一日中、同じメニューだ。

 シウだけが、「昼」と「おやつ」でメニューを分けている。だからだろう、コリンの奥さんがオレンジジュースを持ってきた時、呆れた顔で言った。

「あんた、よくもまあ、そんなメニューを増やして。大丈夫かい?」

「はい」

「父親も結局、来ずかい。まったく。子供に全部やらせるなんて、どんな父親だよ」

 シウは曖昧に笑って誤魔化した。やはり子供一人で屋台をするのはおかしいらしい。いつの間にか「だらしない父親と子供」の設定になっている。今更、説明するのもなんなので否定はしなかった。そうこうするうちに、エミナがやって来た。

「やっほー、シウ君。お店、大丈夫?」

「うん。ようやく落ち着いたところ」

 エミナは夫のドミトルと一緒で、更に後ろからアキエラも顔を覗かせた。

「アキエラも一緒に来てくれたの?」

 シウの問いに、彼女は肩を竦めてから、笑った。

「そうなの。友達みんな、初日は親と回るものだから、って都合が付かなくて」

「ガルシアさんとアリエラさんは?」

 話しながらもパンケーキを手早く焼いていく。エミナはそちらに視線が釘付けだ。

「今日と明日は屋台をやるんだって、張り切ってて。だから……」

「可哀想でしょ、アキ一人、留守番なんて。だから誘ったのよ。あたしたちならお目付けにもいいだろうって、許してくれたしね」

 エミナは姉御肌のようだ。そんなエミナに、一番最初のパンケーキを渡した。

 パンケーキにたっぷりのバターと生クリームを乗せると、エミナもアキエラも目を輝かせていた。ドミトルには、甘さ控えめのナッツ入りクッキーを渡す。甘いのが苦手な男性でも、「塩っ気のあるこのクッキーは食べられるよ」と美味しそうに頬張っている。

 お代は頑として受け取らなかった。その代わり、晩ご飯はあちこちの屋台から買ってきてくれるそうだ。

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