036 おやつメニューと誕生祭二日目




 シウたちがわいわい話していると、やはり最初の客が大事なのか、興味を持ったような女性たちが近付いてきた。シウが説明していると、甘い匂いに釣られて次々と女性がやって来る。そうなると最初の女性たちが購入を決め、あとはもう、続けざまだった。

 エミナたちは小さく手を振って去って行った。

 その後も、ほぼ途切れることなく売れていく。ふわふわのパンケーキは、シウが思うよりずっと人気があった。また、意外にも野菜クッキーが「ついで買い」をされた。不人気かと思っていたが、並んで待っている間に、クッキーが見えるよう並べていたのも良かった。実は商品の前に説明用のポップを置いていたのだ。前世を思い出しながら、ポップの縁取りに可愛く色を付けたのが、女性に受けたのだろう。クッキーの袋にも説明書きの小さな紙を入れている。それを見て、わざわざ追加で買いに来る人もいた。

 それに、シウの丁寧な接客も女性には嬉しかったようだ。

「こんな可愛い子で、言葉遣いもしっかりしているし、わたしたちでも買いやすいわ」

 ということだから、どうやら中流より上の人々も来ているようだった。


 男性にはナッツ入りの塩クッキーと、蜜固めパンが売れた。

 クッキーは塩っけがあるからだが、蜜固めパンが売れたのには訳がある。説明書きに「冒険者が迷宮に潜る時、必要なのは堅焼パン! これは味気ない堅焼パンに蜜を混ぜ込んで更に固めた究極の『固』パンです! 歯が丈夫な男性はどうぞチャレンジしてください! ちなみに栄養豊富で保存食にも向いてます」と煽ってみたのだ。

 蜜固めパンは、パンと書いているがクッキーに近い。以前、パン屋で見つけた蜜棒パンとは違って、もっと蜜を多く練り込んでいる。更に、爽やかさと保存のためにレモンの蜜漬けも入れたからか、甘さだけではない美味しさがある。全粒粉を混ぜ健康食としてもお勧めだ。もちろん『固』いが、噛み砕けばザクザクとした食感で癖になる。

 おかげで、冒険者の気分が味わえると次々購入してくれた。

「固いけど、これ、癖になるなあ」

 と、楽しんでくれたようだ。そこでシウがすかさず、「口の中の水分を奪うのであちらで飲み物でもどうぞ」と勧めると、男性客は笑いながらコリンの屋台に向かった。コリンも、ジュースを買う客に近くの屋台を紹介したりするので、助け合いだ。

 そんな感じで、誕生祭の一日目は終わった。




 二日目には朝からキアヒたちが来てくれた。

「昨日は悪かったな」

 開口一番に謝られてシウは首を傾げた。キルヒが苦笑して、言う。

「友達が店をやるのに、初日に行けないのはやっぱり悪いなって思うよ」

 その言葉にシウは恥ずかしくなって、「えー」と妙な返事になってしまった。友達? もしかして、友達と言っただろうか。そう考えると何故か顔が熱い。

「どうしたんだよ、顔が真っ赤だぞ」

 キアヒに頭をぐりぐり撫でられた。

「友達って……」

 シウの声は、ぼそっとした小声になった。

「照れてるのか? なんだよ、可愛いな、お前」

 撫で揺らされるままになっていたら、キルヒがふふふと笑った。ラエティティアの視線を感じてシウが顔を上げると、こちらもにやにやと笑っている。グラディウスだけが真面目な顔でぽかんとして立っている。それに気付いたキアヒが、口を開いた。

「なんだよ、その不思議そうな顔は」

「いや、その、友達?」

「友達じゃねえのかよ」

 キアヒの言葉に、シウはしゅんとしてしまった。

「あーあ、シウが落ち込んだわよ。グラディウスが悪いんだ~」

「い、いや! 違う、そういう意味じゃない! だが、その、なんというか、シウは可愛いし、子供だし、先生だから!」

「ようするに、考えたことがなかったわけね。相変わらず脳筋ねえ」

 ラエティティアが呆れたような声で言う。キルヒは笑っている。そして、

「グラディウスは、シウが困っていたら何を置いても助けに行くよね?」

 と、フォローするように問うた。彼は、ガクガクと何度も頭を縦に振った。

「もちろんだとも。シウには世話になった。それに、大事な子供だ」

「君のその、子供かどうかで考えるところがイマイチよく分からないんだけどさ。とにかく、その気持ちが友達なんだよ」

「……そうか!」

 グラディウスは晴れ晴れとした顔になった。それを見ていると、シウは段々と不安になってきた。

「グラディウスって絶対に騙されるよ。誰かが見ててあげないと――」

 そうだねえとキルヒはしみじみ頷き、キアヒは笑いながら手を叩いた。

「そうそう。だから、俺たちがいるのさ」

「……ああ、そっか。いいね、そういうの」

「仲間だからな」

 そう言ったキアヒに、グラディウスが「それだ!」と大声を出して指差した。

 びっくりしてシウが彼を見ると、興奮した様子で駆け寄ってくる。

「そう、俺が言いたかったのは、シウが仲間だってことだ。友達という感覚が妙だったんだ。そうだそうだ。シウは俺の仲間だ。うんうん、そうだ」

 ラエティティアが呆れたように、だけれど微笑ましそうな顔をして、グラディウスを見ている。そう、グラディウスはこういう性質を愛されているのだ。シウも、なんだか惹きこまれていた。この可愛い青年が好きになっていた。

「グラディウス、ありがと。僕もグラディウスが困っていたら助けるね。代わりに何かあったらお願いします」

「ああ!」

 彼は胸をドンと叩いて、軽い調子で受け合ってくれたのだった。


 キアヒたちは帰り際に、かなりの量をお買い上げしてくれた。その流れで、二日目も順調に客は増え、シウは昼過ぎまで忙しく過ごした。

 昼前にはスタン爺さんも来てくれた。一人遊びで暇だったフェレスの相手をしてくれ、帰っていった。

 騎獣屋カッサの人たちも偶然通りがかり、彼等から話が伝わったらしく、オーナーのカッサと調教師のリコラも一緒に来てくれた。

「騎獣の子を店の看板にして、面白い食べ物を売る店、ってのはシウのことか!」

 と、二人には大笑いされてしまった。語弊があるので一応、言い訳する。

「看板にはしてないんだけど」

「目立つよ、その檻。いや、フェレス可愛いしな!」

「でも盗まれないようにしろよ。猫型は、庶民にゃ人気がある」

「うん、ありがと」

 彼等もフェレスの相手をしてくれたので、おやつの時間には、おねむとなった。合間に相手をしてあげられなくて悪いが、その隙にシウはお菓子作りを頑張った。

 ほとんどのものは事前に仕上げているし、空間庫にもたくさん用意してある。しかし、目の前で作ると食いつきが全然違うので、パンケーキは実演販売していた。


 この頃になると客層がガラリと変わる。女性が多くなるし、男性も食い気よりもオシャレな感じで、冒険者などのタイプが少ないのだ。男女で来るのもこの時間が多い。

 昼間は男性が、「お腹に溜まるもの」という感じで多かった。そんな彼等が、おやつ時に「晩ご飯用として」買いに来てくれても、店の前は女性ばかり。パンケーキに群がる女性陣を見て、絶句するというような姿が何度か見られた。

 それでも逃げずにいた人には、シウから声を掛けて塩クッキーや蜜固めパンを勧めた。

 たまに甘いものが好きな冒険者もいて、女性陣に並んでパンケーキを頬張る姿も見られた。大きな体を縮めて幸せそうに食べる姿は、可愛くて面白かった。

 そうしてシウが忙しなく働いていたら、《全方位探索》で知っている人を発見した。オベリオ家の厩舎長だ。何故、彼がと困惑する。というのも、どうやらこちらへ向かっているからだった。

 そして、彼には同行者がいたのだ。

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