037 勝気な少女
シウの屋台は盛況だ。皆が並んで待ってくれるのは、シウが頼んだからである。中流以上の女性が多いことも助かった。そんな彼女らを妨げるように、厩舎長の一行は立ち塞がっている。シウが彼に視線を向けると、すまんと頭を小さく下げてきた。つまり、客ではないということだ。仕方なく、手を止めずに彼等を注意した。
「見ての通り忙しいです。お客様なら並んでください。そうでなければ他のお客様の迷惑になりますので、離れた場所でお待ちください」
「わたしが迷惑ですって!」
甲高く叫んだのは一行の中でも立場が上だろう、少女だ。つり目の勝ち気そうな顔をしている。護衛と思しき男性らに囲まれながらも、守られている、という感じはしない。
サッと鑑定したので、シウには彼女の名前と年齢はもう分かっている。しかし、その情報よりもずっと、彼女は大人びて見えた。シウよりもひとつ上というだけなのに、目つきや態度がまるで違う。薄茶色の長い髪の毛を、両方の耳の上あたりで結んでいるところだけが、年相応かもしれない。
彼女の名前はソフィア。先日、シウが巻き込まれた騒ぎの、オベリオ家の子供だった。
シウは困惑しつつも、ハッキリと告げた。
「お店の前に、団体で居座られると迷惑だってことは、常識として理解できるよね?」
ソフィアはムッとしたように、目を細めた。横に立つ厩舎長は小さく頷いている。同意らしいが、それなら諌めてほしいのだが、彼は雇い主の孫に強く出られないようだ。
シウは更に続けた。
「他のお客さんの迷惑になるし、そこは通路で、皆の邪魔だよ。僕の店だけじゃなくて、他の店にも迷惑だからね?」
優しく言ったつもりだが、いなされたと思ったのか、彼女は更に怒気を強めた。
「あなたのせいでオベリオ家は制裁を受けたのよ! 迷惑なのは、こちらだわ!」
あー、と呟いて、シウは天を見た。
それから小さく溜息を吐いて、目の前のお客さんたちに謝る。
「すみません。なんだか面倒事のようです。手早く作りますので――」
「いいのよ。大変ね。わたくしたちは気にしてませんから」
「ありがとうございます」
言いながらも手を動かし、仕上げに取り掛かる。
無視された形のソフィアがまた何か言っていたが、周囲から「仕事の邪魔をされていると通報する?」「言いがかりをつけてるらしいぜ」という声が聞こえ、静かになった。
その間に、並んでいる女性たちにパンケーキなどを作って渡すという作業を続けた。その際、騒ぎのお詫びにと、レモンピールの入った小さな袋を渡した。すると、女性たちは喜びつつも、同情とともに優しい言葉をシウへ掛けてくれたのだった。
せっかく二日目も繁盛していたのに、客足が途絶えてしまった。シウは残念気分で厩舎長に目を向けたが、彼は申し訳なさそうに頭を下げるだけだった。
「その、ここでフェーレースの子を看板にして、屋台をやってる子供がいると聞いて」
「案内しろって言われたんですか?」
「すまん、その……」
「雇用主に不承知を伝えられないって、雇用条件が悪すぎると思うんですが」
ブラック企業だと内心で考えていたせいで、きつい物言いになってしまった。だからだろう、ソフィアがダンと足を踏み鳴らして、怒った。
「あなた、何様なの! 庶民のくせに、そんな態度を取っていいと思ってるの?」
キンとした声に、シウよりも厩舎長の方が顔を顰めていた。
シウは平和主義者だが、やられたままなのはダメだと思っている。相手が思い上るからだ。さりとて、上手にやり返すほどの処世術はなかった。前世でも今生でも、物語の中の波乱万丈な世界しか知らない。ある意味、引きこもりだった。他人と深く関わらなければ、処世術も必要はない。
つまり、目の前の少女の対応に、シウは困っていた。どうするのが正しいか分からないけれど、黙っているわけにもいかない。
「あなたは何様ですか? お名前も、御用の向きもお伺いしておりませんが」
この言葉には、相当頭に来たようだった。分かり易く顔を真っ赤にさせ、足をダンッダンッと鳴らして地団駄を踏む。いくら成人前とはいえ、地団駄はひどい。シウは思わず笑ってしまいそうになり、表情を引き締めた。気持ちを切り替えるために、咳をする。
「……商家の方というのは、皆さんがこのような態度を取られるのですか? 庶民を見下すような発言や、商いの邪魔をする。周囲の迷惑を顧みずに、己のしたいように我を通して。正論を吐かれて【逆ギレ】、じゃなくて、子供のように地団駄を踏んだり」
カッとなって叫ぶソフィアを無視し、シウは護衛にも視線をやったが、彼等は我関せずだった。仕事に忠実で、ただ護衛することに徹している。厩舎長だけは顔が青い。
シウは困ったように首を傾げ――実際に困っているのだが――溜息を吐いて続けた。
「営業時間中に客として来たわけでもない、名も名乗らない、大勢で店前を占拠する。これ、かなり大問題なんですが、本当に大丈夫なんですか?」
嫌味でも何でもない。本心からの心配だ。彼女は「何がよ!」と叫ぶだけで考えようとしないが、騒ぎを起こして平気なわけがないのだ。
こんな時でもシウの《全方位探索》は稼働している。だから、ようよう遠目にも見えるようになった制服姿は、彼女にとって不都合なもののはずだった。
コリンの妻が通報したらしく、一緒に駆け付けてきたのは警邏隊の男性二人だった。そして冒険者ギルドのクロエ、商人ギルドでシウの受付をしてくれた男性も一緒だ。
「騒ぎを起こしたのは君だね?」
警邏隊の二人は、真っ先にソフィアを見た。これには少し驚く。裕福なお嬢様姿のソフィアと、屋台をやっているシウの庶民服では、見るからに身分違いが分かるからだ。取り調べる場合は、身分が下の者からだと聞いていた。もちろん例外もあるらしいが。
「先にギルドへ通報したんだよ。警邏隊は、ギルドの人が連れてきたんだ」
コリンの妻は、にやりと笑った。ギルドという上部組織を通したため、また駆け付ける間に事情も話してくれたのだろう。警邏隊はクロエから事情を聞いて、信じたようだ。シウはコリンの妻に、そしてクロエにも頭を下げた。
「ありがとうございます。クロエさん、ご迷惑をおかけします」
「いいのよ。ちょうど、わたしが当番の日で良かったわ」
「お休みじゃなかったんですか?」
「羽目を外す冒険者も多いから、ギルドは完全に休むことができないの」
「大変ですね。って、僕も迷惑をかけた一員ですけど」
「あなたは被害者よ。あ、ザフィロも連れてきたわ。先日の経緯も知っているのよ」
そう言って、商人ギルドの男性をシウに紹介してくれた。
「屋台の受付をしたから、顔は覚えてくれているかな? 改めまして、ザフィロです」
「お手数かけます」
ぺこりと頭を下げると、ザフィロも「いいよいいよ」と手を振って許してくれた。
二人には簡単に説明し、最後にもう一度頭を下げた。
とりあえず、警邏隊はシウへの質問は後にしてくれると言うので、そのまま営業を続けさせてもらった。コリンやダレルの、いかにシウや自分たちが困っていたかという発言もあったし、屋台をしているので逃げることもないというのが警邏隊の意見だ。
ソフィアは、警邏隊だけでなく商人ギルドからも窘められ、渋々従っていた。
「名も名乗らずに、公道での騒ぎは失礼でした。申し訳ありませんでした!」
言わされた感が丸出しの台詞だったけれど、最終的にソフィアはシウに謝ってくれた。
営業終了後に、警邏隊の取り調べとなるはずだったが、その時にはもうザフィロが話を詰めていたのだ。
ソフィアは、オベリオ家が受けたペナルティについての経緯は知らなかったらしい。親や使用人らが「シウという冒険者見習いが問題を起こし」、「そのせいで家が監督不行き届きになった」と聞かされていたようだ。腹が立っていたところ、「フェーレースの幼獣を見世物にして屋台をやっている子供がいる」と、彼女は知った。
厩舎長に聞けば、「たぶんシウのことでは」と言ったので、連れてきたらしい。
彼女はシウを「注意する」つもりでいたのだ。
実際には、シウはフェレスを見世物にしていないし、大前提の「問題を起こした」ことも事実は逆である。そうしたことをザフィロから懇懇と諭され、謝ることになった。
納得行かないような顔ではあるが、一応謝ってくれたのでシウもそれで終わりにした。
ソフィアは帰り際に、シウへ向かって、
「今度は家に来てちょうだい! いいわね!」
などと言っていた。護衛に囲まれて連れ戻される少女を見ながら、シウは誰にともなく問いかけていた。
「……行かなくていいよね?」
すると、クロエとザフィロが同時に、「依頼だとしても受けません」と答えていた。
この二人は仲良しなのかなと思いつつ、周囲の人々にお礼を言う。ご近所の屋台の人たちも気にしていたからだ。手を取られるシウのために、屋台の片付けも手伝ってくれた。
面倒なこともあったが、人の優しさに触れた一日でもあった。
シウは、お世話になったザフィロとクロエに、作っていた晩ご飯を渡した。二人とも遠慮しつつ、喜んでくれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます