566 小麦と調理パン菓子作り、王城へ
明けて第2週目の火の日にルシエラ王都へ戻った。
午前中はヴァルムやフラッハの港市場へ寄ったが、調理を済ませると午後にはシアーナ街道付近の森に転移していた。
そこでいつものようにフェレス達と遊びながら狩りをして楽しみ、夕方に王都門の外側にある森の中へ転移して、ふらふらーっと帰った。
さも、森で仕事をしてきましたといった風に。
ブラード家に戻ると、リュカが飛び跳ねて出迎えてくれた。
最近はシウが家にいなくとも平気になり、屋敷の中でできる仕事ももらっているようだ。とにかく、働きたい、お手伝いして喜ばれたい、という気持ちがあるようだった。
学校へ通わせることは半ば諦めている。
ロランドも気にして地元の学校を幾つか回ってみたようだが、ハーフに対する差別意識は高く、今すぐ改善する兆しもないので無理に通わせるのは止めようということになった。
同年代の子と学ばせたいのだが、難しい話だ。
リュカ自身は、お世話になったブラード家で働いて恩返しをしたいと思っているらしいが、以前ソロルに「ハーフでも薬師になれるかなあ」と聞いたことがあって、それを教えられたシウとロランドとしてはその道を応援したかった。
幼いながらも恩返しとしての道と、やってみたいと密かに思った仕事の希望に挟まれて、悩んでいるようだった。
カスパルは、こちらから促すのではなくて本人が言い出すまで置いておこうという意見だったので、シウ達も待っているところだ。
翌日は午前中のうちに市場へ行って、小麦を中心に仕入れた。
魚や肉などはすでに別の市場で充分買い集めているので、ルシエラではさほど欲しいものがないのだ。エルシア大河の海老と地元野菜を買うに留めた。
ところで、どこの市場でもそうだったが相変わらず豊作続きで小麦が大量に余っている。国としても国庫に保管しきれないほどなので、余剰品も多く出回っていた。
古い小麦はアドリアナやシアン国へ回されるので、市場では常に新しい小麦が扱われている。特にこの時期は新小麦が出回っていた。本当は新し過ぎる小麦はパン作りに適さないのだが、人間は新しいものを良しとするので仕方ない。
そして新小麦もすでに余ることが確定しているので、値下がり防止のために廃棄処分を検討しているとここでも耳にした。
そうしたものは全て、シウが買い取った。
捨てるなんて勿体ないし、不作の時に高騰しすぎて買えないなんてことは避けたい。
市場の人も、廃棄するよりも買ってもらった方が嬉しいわけで、渡りに船とばかりに気持ち良く売ってくれる。
顔見知りの商人達にも、安いうちに仕入れて保管していた方がいいよ、と教えた。保存方法を間違えなければ、小麦粒は保管可能なのだ。
そして新しい小麦粒も、空間魔法による時間経過を掛けられるので「熟成」させることができ、その状態のものと分けて空間庫に保管した。
シウがあんまり大量に買うものだから、市場関係者の間では「もしかして近々戦争でもあるのか」と心配されたが、単純に勿体ない精神から来てるからですと念押ししている。
一応、大量に買うようになってからは顔を隠して――認識阻害の魔法を掛けて――いるので、ばれていないはずだ。
午前中のうちに小麦粒を小麦粉にしたり、野菜の下処理を済ませて半分は調理済みとして保管した。
午後は以前シャイターンで仕入れていた小麦でお菓子作りをした。シャイターンと言えば、アナからは頼んであった米も大量に仕入れることが出来た。甘みのある日本人好みの米になってきており、来年は更に近付けてもらえるよう頼んでいる。
お菓子を作ったあとは、パン作りに励んだ。ラトリシアの小麦のほとんどが硬質小麦や準硬質小麦なのでパンには向いている。どちらかと言えばシウ自身はシュタイバーンの小麦が好きだが、どちらでも美味しく作れる。
最近サンドイッチやら菓子パンにはまっていたので、今日は惣菜パンを作ろうと張り切った。
何が楽かと言えば、イースト菌を仕込んで時間待ちする必要がないことだ。
空間魔法は便利だ。あっという間に二次発酵まで進むし、捏ねるのも同じ空間内で完結してしまう。
ということで、次々と鉄板の上に生地を成形して置いていく。
角牛乳で作った熟成済みのチーズを混ぜ込んだり、新鮮なナチュラルチーズを使ったり、岩猪を匂いの良い木で燻してベーコンにしたものを入れたりと、考えられるだけ作った。
フランスパンや食パンなども作ったし、フェデラル国で仕入れたトウモロコシを粉にして、コーンブレッドも焼いてみた。甘みのあるもちっとしたパンになった。
ライ麦粒もフェデラルで手に入れたので粉にして、小麦粉と配合してから焼いた。香りが良く、肉にも合うし、栄養価もあって好きなパンだ。
トマトソースが大量にあるのでピザも作った。
ハンバーガーも良いなあと思い立ち、間に挟むものをついでに作り始める。
薄くパテ状にしたハンバーグを焼いたり、ベーコンに焼き目を付けるなどして大量に用意した。鮭も薄く切ってフライにする。フィッシュバーガーだ。
野菜は下処理済みなので、取り出して後は挟むだけとなった。
「よし!」
それぞれお裾分け分を別に保管し、残りは空間庫へと入れていく。
ライ麦パンには塩気のあるクリームチーズを塗ってみた。そのまま肉料理にも合うだろうが、おやつ感覚でも良い感じだ。
ヨーグルトも合いそうだなと思った。
途中、覗きに来たリュカにコーンブレッドをあげると、耳と尻尾がピーンと立つほど喜んでくれた。
トウモロコシのパンが好きなら、もしかしてお菓子にしても好きかもと、前世の事を思い出しながら試行錯誤して焼き菓子などを作ってみた。揚げずに高温で押し出して膨らませるという、画期的なお菓子があった。サクサクとして美味しく、職場でもらったことがある。
チーズは各種取り揃えているので粉から液体状にまで戻して、高速で万遍なく吹き付けてみた。
概ね、良い感じに出上がった。最初、湿気た感じがしたので何故だろうと首を傾げたが、乾燥するということに気付いてからは早かった。
他にトウモロコシ粉でチーズケーキも作ってみた。
どれもリュカには大好評だった。
もちろん、メイド達にもお裾分けをしたが喜んでくれた。
その後も小麦粉のお菓子作りに興が乗ってしまい、ドーナツを各種作ってしまった。
揚げるものから、焼くものまで、チョコやらクリームやらなんでもござれだ。去年作っていた林檎煮も刻んでフィリングにしたり、ジャムとクリームを挟むなどして楽しんだ。
これで明日あたり、王城に行けるだろう。
なにしろシュヴィークザームから、まだ来ないのかと通信が入っていたので――とうとう通信魔道具を使ってきた!――ようやく落ち着ける。
木の日の朝ご飯は皆が惣菜パンを楽しんでくれた。
特に目新しいベーコンエピ、コーンブレッド、ライ麦パンなどは人気があった。
チーズ入りパンも朝に丁度良いと料理長も面白がっていた。忙しい朝に便利だというわけだ。
カスパルは、ライ麦パンにクリームチーズを塗るというのが気に入ったようだ。
夜の料理にも合いそうなので、料理長もライ麦粉を仕入れたいというので、市場で扱っている店を教えた。
ついでにリュカやスサ達メイドのためにも、トウモロコシ粉を仕入れてみようと言っていた。他にガレットなどにも使えるので仕入れておいて損はないだろう。
さて、そうしてゆっくり過ごしたが、引きのばしてもしようがないので王城へ出かけることにする。
待っていたらしくて、門に到着した時点で勝手に行ってよしと言われ、王城に入る頃には迎えの騎士が来てくれた。
「いつもすみません」
「いやあ、これが仕事だからね。君も大変だね、毎回呼び出されて」
近衛騎士もシウに慣れてきたらしく、雑談するようになってきた。
「聖獣ポエニクス様がこれほど人に興味を示すのは珍しいことらしいよ」
「そうなんですか? あ、でも、シュヴィは引きこもりですもんね」
「……そ、そうかな」
答え辛いことを言ってしまったようだ。シウは笑って誤魔化した。
「あー、ええと、大事にされているから人と会う機会がないんじゃないのかなあ」
「それはあるね。実は君とのことも当初は反対意見があったようだよ」
「反対意見?」
歩きながら、なんでもないことのように話してくれた。
「貴族院からね。冒険者の子供が面会できるなんて、おかしいって話さ」
「ああ」
「嫉妬してるんだろうね。僕も他の騎士からポエニクス様の担当になった時、あれこれ言われたものさ」
「近衛騎士でも言われるんですね。だったら、僕なんて相当言われただろうなあ」
全く耳に入ってこなかったが。
「最初はね。でも、王子殿下がお許しになっていたし、ポエニクス様ご本人が、では自分は好きな時に好きな者と会えないということは奴隷と同じだな、なんて仰られてね」
「うわぁ」
反対意見を口にした貴族達はきっと顔を青くしただろう。
「慌てて前言撤回されたらしいよ。たまに廊下で憎々しげに睨んでくる貴族の方がいらっしゃるだろう? 大抵はそういう方々だね」
まあ他にも冒険者を侮っている者など、とにかくシウを気に入らない人は多いだろう。
シュヴィークザーム付きの近衛騎士とは最近慣れてきているのであからさまに見下されないのが幸いだ。もしかしたら、シュヴィークザームが何か言っているのかもしれないが。
部屋まで案内してくれた騎士も、だから気を付けてねと言ってくれ、部屋の前で分かれた。
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