565 新婚老夫婦とコル達の現況、食欲魔人
光の日は午前中、ベルヘルトの家へ遊びに行き、エドラにもお土産を渡して話をした。
偉大なる宮廷魔術師はすっかりエドラに骨抜き状態で、温和なお爺ちゃんになっていた。一応、例の大きな杖は持っていたのだが、床が傷付きますわと窘められたらしく、以来ドンドンと音を立てることはなくなったとか。
「それにしてもまあ、おぬしときたら騎獣を2頭も持つとはのう!」
「偶然、手に入ったので」
「ニクスレオパルドスとはとても珍しいのではありませんか?」
「このへんでは見かけないみたいですね」
「こちらのグラークルス? という希少獣も珍しいのですよね、あなた」
あなた、と呼びかけた時、さりげなく手をベルヘルトの腕にかける。その自然な動きは長年連れ添った夫婦のようだが、お相手のベルヘルトはそれだけのことに顔を赤くしていた。
「う、うむ。珍しい個体なのだ」
結婚して1年ほどになるのだが、初々しいお爺ちゃんである。
シウが微笑ましくて笑っていたら、ベルヘルトはゴホンゴホンとわざとらしい咳払いをした。
するとエドラが慌てて、更に身を寄せた。
「まあ、あなた。風邪かしら。大丈夫ですか、どうしましょう。お医者様を――」
「あ、いや、大丈夫。少し、喉が絡んだだけなのだ。うむ」
今度はシウも笑うのを我慢した。
なんだかほのぼのする夫婦で、見ていて面白い。
「ところで、だ。嘴まで黒いとは珍しい。稀に野生の獣で、真っ白であったり真っ黒という個体がいるので、同じような変異種なのであろうが」
「気を付けないと魔獣扱いされますね」
「うむ。足環は、おお、ちゃんと付けておるな。よし。もし可能ならば成獣となった折に、羽に玉環でも付けてやると良かろう。嫌がる個体もいるそうだから、慎重にな」
「はい」
クロもブランカも、年寄り慣れしているので、ここでも遊んでもらえると思ったのか甘えてすり寄っていた。いや、クロの場合は元々賢くて「そうした方が良い」と思っているからしているだけだろう。ブランカは本気で甘えている。
フェレスもそうだが、基本的に彼等は人の気持ちが分かるらしく、敵対していなければ従順だ。
ただ、ここまで愛嬌をふりまく子も珍しいらしいが。
「おー、よしよし。なんとまあ、可愛い子達じゃ」
「本当に。フェレスも立派にお兄様として面倒を見ているのねえ。希少獣とはこんなに賢いものなのですね、あなた」
「そうじゃとも」
「わたくし達には子供がおりませんけれど、代わりに飼ってみたいですわね」
「うむ。それは良い考えじゃな」
よし、早速騎獣屋か、希少獣専門店へ行ってみようと言い出し、シウは帰ることになった。
この2人は心底お似合いの夫婦で、結婚できて本当に良かったなあとしみじみ思う。
午後はアリスの家に行って、コルとエルを召喚してもらって最近どうしているかなどを聞いた。
ついでに遊びに来ていたマルティナとも話をした。
マルティナの話はほとんどが、夏休みの間の社交界で誰がどうというような内容で、うんうんと笑顔で聞きながら目はコルとエルに向いていたシウだ。
アリスが途中で気付いて助けてくれなかったら、魂がどこかに飛んでいただろう。
「……えーと、で、結局ティナは婚約まで漕ぎ着けなかったって話で、合ってる?」
「そうです」
アリスにこっそり聞いたら、彼女も苦笑で応えてくれた。
「それであんなに気炎を吐いているんだ。社交界って大変だね」
「本当に。わたし、オスカリウス辺境伯様に連れて行ってもらって良かったです」
「でも、来年は成人だから社交界デビューなんだよね?」
「……ええ。今から、気が重いです」
はあ、と大きな溜息をついてコルを呼び寄せて抱っこしていた。コルはお爺さんらしいのでちょっと据わりの悪そうな目でシウに助けを求めていたが、シウが首を横に振ると諦めて素直に抱かれることにしたようだ。
幻獣の芋虫エルは何にも考えていないらしく、テーブルの上を一生懸命うにゅうにゅと進んでいた。
時折ブランカが手を出そうとするので、それから逃げていたのかもしれないが。
あと、いつもは賢くておとなしいクロが、ジーッとエルを見つめて離れないので、ちょっと怖かった。エルがテーブルの端へ行きついてしまうと、それを追い込むかのごとく逃げ場を塞いで立ちつくし、ジッと見ているのだ。いきなりパクッと咥えたりしないと思うが、見ていてハラハラした。
「それ、食べ物じゃないからね? アリスのだから。分かってる?」
「きゅぃ……」
「あと、ブランカ、爪を出さない。叩いちゃダメだって」
「みゃ!」
「カーカー、カーカーカーカー」
早く助けんか、馬鹿もん! とコルには怒られてしまった。
ブランカは首の皮を掴んでひょいっと持ち上げ、気のない様子で寝転んでいたフェレスの上に乗せて、クロは両手で掴んで自分の肩に載せた。
それでようやくエルもテーブル中央の葉っぱが置いてある皿まで戻って行った。
コルにも様子を聞いたが、最近はアリスの屋敷にほぼ住んでいる状態なのだそうだ。
ただ、以前シウが用意した住処も気に入っているので、稀にアリスに頼んで逆召喚をやってもらってるらしい。逆召喚は少し難しく、気の合う相手同士でなければ不発になることも多い。普段から練習していると、召喚術自体のレベルも上がるから付き合っているそうだ。
他にも練習として、鳩便ならぬコルニクス便として、王宮で働く父親へ手紙を届けたりというようなこともしているとか。
年寄りを働かせて、と文句を言いながらも役目を貰って嬉しいというのが態度に出るらしく、アリスがこっそり教えてくれた。
コルがアリスとすっかり仲良くなって幸せに暮らしているのを知ると、シウも嬉しい。はぐれ希少獣の悲哀について教えられたので余計にだ。
アリスも今後、召喚術を磨いて、はぐれ希少獣を専門に集めてみたいと言っていた。そのためにも調教の魔法を身に付けたいし、学校での勉強も今まで以上に頑張っていると教えてくれた。
夕方にはヴィヴィも来て、コーラやクリストフなどと一緒に食事をした。
ダニエルは仕事で遅いとのことで執事にくれぐれもよろしくと伝えて、家に戻った。
ベリウス道具屋は休みだったので、エミナとドミトルは買い物に行ったり掃除をしたりしていたようだ。
夜はヴルスト食堂へ行こうと言われていたのでスタン爺さんを呼んで、向かった。
「僕、食べてきちゃったから、飲み物だけでいいかな」
「そうなの? あ、友達のところへ遊びに行ったのか。じゃあ、あたしが頼んだの、一緒につまんで。食べられるよね?」
「まあ、それぐらいなら。でも、エミナ、本当に食べ過ぎじゃない?」
「あはは」
「笑って誤魔化すでない。まったくエミナときたらのう」
「まあまあ、スタン爺さん、良いじゃないの。女は妊娠したら食欲があるのよ。ないよりはましなんだからさ!」
アリエラが新たな注文品を持ってきて、エミナの前に置いていく。
「お母さん、それは田舎の人の考えだよ。学校の先生が言っていたもの。食べ過ぎたら出産の時大変だって」
「そうなの、アキ?」
「うん。えっと、調べた人がいるんだって。お医者さんで」
「へえ」
「今は適度に食事、適度な運動だって」
「ああ、運動は分かるわ。あたしもお義母さんにはみっちり扱かれたものー。最初は嫌がらせかと思ってたけど、あとで踏ん張るための運動だったって産婆さんに教えられてね」
へえ、とエミナが興味津々で聞いている。
丁度その時、店に小さい男性が入ってきた。
「アグリコラ! 久しぶりだね」
「だなす」
今日なら空いていると聞いていたので誘ってみたのだが、来てくれたようだ。彼は光の日も、別の鍛冶屋へ顔を出して技術を学んでいるので毎日が忙しい。休みの日の夜ぐらいしか空いてないのだ。
「時々、ベリウス道具屋に来てるんだって?」
「そうだす。スタン爺さんは物知りだで、わしが打ったものを見てもらったりしてるだ」
スタン爺さんも交えて、道具類の話になった。
最近ロワルで流行っているものは何か、から始まってどういったものが作りたいのかなど、話が尽きることはない。
シウも、自分が作った歩球板を見せたり、腕輪型結界の最新作から、すっかり忘れていた印字機も使って見せた。
印字機は驚きだったらしく、それを見てアグリコラは創作意欲を掻き立てられたようだ。しきりに仕組みを聞いていた。
「一台あげようか?」
「いいだなすか?」
「うん。どうぞ。分解してもアグリコラなら組み立てられそうだし。あ、セットでインクと紙も出しておくね。他に版画用のもあるんだよ」
スタン爺さんも欲しそうだったので渡すと、とても喜ばれた。対価を払うと言われたけれど、離れ家をシウ専用にしてくれているほどなので、あれの家賃だと言えば渋々納得してくれた。
「しかしまあ、版画用まであるとはのう。これは便利なものじゃ。シュタイバーンも早くこの技術を取り入れんと、ラトリシアに負けてしまうのう」
「そうだなす」
「そうよ、技術は時間なり、だっけ? ロワルの商人ギルドに言っておかなきゃ。シウの発明を取り寄せろーって」
エミナが突然会話に乱入してきて叫んだ。相変わらず元気があって、まあ悪い言い方をすると、うるさい。これで酔っていないのだから不思議だ。
「ところで、シウ。次は何食べる?」
にっこり笑って食欲旺盛な妊婦が聞いてくる。もちろん、その場の全員がエミナの発言に反対していた。
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