　金の日は、先日購入した新蕎麦を使ってエミナのために作り置きを用意した。

　念願の鴨も、蕎麦を作っていた村の近くで普通に生息しており、話を聞いたついでに狩ってくることが出来た。野生だったが味も良く、それで鴨南蛮を作った。

　甘辛いタレに脂の乗った鴨肉は美味しく、つけ汁用として鍋いっぱいに作って保存しておく。海苔との相性も良く、ワサビがなくとも食べやすい。

　他にも鮭を沢山手に入れたので、ソテーにしたり味噌焼き、竜田揚げなど何種類も作った。お米が食べられるようになったエミナなので、酢飯にして混ぜご飯にもしてみた。鮭とマグロの油漬け、錦糸卵にキュウリを混ぜた簡単ちらし寿司だ。胡麻と海苔を掛けて食べると美味しく、前世からシウの好きなメニューのひとつだった。

　野菜は市場で買ってきた新鮮なものを使って、温野菜などにして保存する。生野菜だと体を冷やすので気を付けてみた。

　午後からは冒険者ギルドに顔を出して挨拶をした。

　クロエは休みの日だったので会えなかったが、ここ最近の王都の情報などを集めた。

　顔見知りの職員に、ソフィアがあれからどうなったのか聞いてみたが、さっぱり情報がないということだった。

　あくまでも噂としてだが、シュタイバーンの西側に位置する小国群のどれかに逃げ落ちた、というのがやはり有力なようだ。

「ラスト領とレトリア領の間の裏街道を通ったのではないかと言うのが、一番有力な情報ね」

　エレオーラが耳打ちしてくれた。あまり大きな声で他の冒険者に聞こえてもいけないので、気を遣ってくれたのだ。

「協定もないから犯罪者引き渡しも頼めないんだよね」

「ええ。とはいえ、商取引などは普通に行われているから、ある程度の情報は集められるわ。ギルド同士の情報共有も最近は強固になってきているので、何かあれば知らせるわね」

「ありがとう。えーと、情報料は」

　シウがいくら払えば良いのか聞いたら、エレオーラは首を横に振った。

「言ってなかったかしら？　犯罪者に近い人間を逃した失態があるから、国からの補助があるの。それにあなたは当事者だから情報料は不要よ」

　彼女は肩を竦めて続けた。

「逃亡したのだから、もう犯罪者と言っても良いわね。一度は魔族に心を売った人間ですもの、シウ君、くれぐれも気を付けてね」

「はい」

　話を聞き終わった後は、王都内でできる仕事の依頼を受けて夕方には離れ家へと戻った。

　土の日は一度爺様の家に戻って、周辺の山々を普段より遠くまで見回ってみた。

　意外と魔獣は少なかったものの、それなりにいるのでフェレスと狩って回る。

　飛行板を使った連携も行い、良い訓練となった。

　クロは何も言わずともしっかりシウの肩の上に止まっていられるが、それでも必ずどういう理由で動くのか、何のために移動しているのかを話して聞かせていると、段々理解しているような仕草を見せた。たとえば右旋回するならば、遠心力で左に飛ばされないよう踏ん張ったりして、だ。

　ブランカはそうしたことは分からないようだが、飛行板の上に下されると、シウの右足と左足に挟まれておとなしくしていた。彼女のすごいところは意味が分からないなりにどうすれば体が安定するか自然とやれるところだ。頭ではなく体で理解しているようだった。

　飛行板の上で騒ぐのも良くないと気付いたらしく、この上に乗せられるとおとなしくするようになった。

　一度だけシウの言いつけを守らずにはしゃいで落ちて、一瞬だけでも喉が詰まって「ぐぇ」となったのが嫌だったらしい。怒られると思ったのか萎れていたので、優しく諭した。

　それに、クロもブランカも飛べる希少獣だからか、飛行板に乗って移動することを殊の外楽しそうにする。

　フェレスに乗って移動するのも楽しいようだが、飛行板の上だとフェレスの姿が丸ごと見えるのがもっと嬉しいらしい。まるで一緒に飛んでいるような錯覚に陥るからだろうか。

　スピードを出す時はシウはしゃがんで、飛行板を右手で掴んで飛ぶ。するとブランカを股の間に挟む格好になって密着するので、彼女は嬉しそうだった。

　スピードが出るのも楽しいようで、将来が怖い気もする。

　フェレスもスピード狂だが、子分扱いしているブランカのことだ。彼女も同じように育ちそうだった。

　そんな風にして１日を楽しく過ごし、夜にはまたスタン爺さんのところへ転移して戻った。

　翌日、リグドールとレオンに会い、彼等の勉強に付き合った。

　王都外の森へ行って、魔法を発動させるのだ。ついでだからと冒険者ギルドで薬草採取の依頼を受けていた。なかなか逞しい。

「結局、俺は杖を持つことにしたんだ」

「そうなんだ。便利？」

「ていうか、武器になるんだよな。俺の場合。ほら」

　トンと地面に杖を突くと、周囲に円状の堀が出来上がった。

「おおー」

「おい、リグ、急にやるなよ」

「あ、ごめん」

　レオンが半分呆れた風に言ったけれど、リグドールはあまり気にしていないようで適当に謝っていた。

「杖に魔術式を埋め込んで、発動は俺の魔力で済むように作ってもらったんだ。他にも土属性と木属性の魔術式を幾つか入れ込んでる。切り替えに最初は苦労したけどさ」

「でも、無詠唱よりは安定してるよな。思ったのと違う魔法が発動された時は大変だったけど」

　レオンが笑う。練習に付き合って苦労したらしい。

「シウの無詠唱を見ていたら、やっぱりそっちの方が楽だからさ、２人であれこれ試行錯誤して練習したんだ」

「うん。いざって時に使えるなら、良いんじゃないかな。魔術式を埋め込んでおく考えは高位の魔法使いなら誰もがやってるらしいし」

　無詠唱派の魔法使いのほとんどが、魔道具なり魔術式を予め読みんでいる状態にして、発動させるという使い方をする。

　詠唱派は、その媒体を失った時の不安定さを恐れている。そして杖を手にして詠唱することによって、確かな魔法を発動させられると信じているのだ。

　人それぞれなので、自分に合った方法で使えば良い。

「おれは、基本的には剣を使うからな。ただ、感電砲はもう無詠唱で使えるようになったぞ」

「すごいね。あの長ったらしい詠唱句がなくなっただけでも、使いやすそう」

「……それが嫌味じゃないんだから、驚きだよなあ」

「嫌味じゃないよ？」

「分かってるって。魔術理論の先生に聞かせてやりたいな」

「てことは、相変わらず詠唱の抑揚がどうたらって言ってるんだ？　理論が泣くよね。もっとデータを集めて考察したら良いのに」

「ああ、データとグラフ化だっけ？　シウはよくああいう細かいことをしようと思えるよな。確かにあの方法を知ってから、自分の弱点を知れたり、物事を客観的にみられるようになったけどさ」

「あれなあ、面倒くさいんだよなー」

　リグドールがうんざり顔で言うので、レオンが頷きながら笑った。

「いちいち、この魔術式だと反応が遅かった早かったって書きこんでいく作業な。あれは大変だ」

「だけど、後で見たら役に立つんだ。おれ、木から水を抜いてまた戻すって例の論文、データを死ぬほど取ったぞ。おかげで、先生からめちゃくちゃ褒められたけど」

　リグドールは卒業課題のひとつでもある木属性の論文をすでにひとつ仕上げたそうだ。

　そうとう良かったらしく、おかげで飛び級もできたらしい。

　魔法省からも続きの研究をしなさいね、という話も来ているらしく、もしかしたら卒業後は魔法省に勤められるかもしれないということだった。

「まだまだ先の話だけどさ。それに、冒険者になるっていう夢もちょっとはあるし」

「そんなこと言って、お前アリスさんはどうするんだよ」

「ど、どうって。だって、俺達はまだそんな」

　レオンにからかわれて、リグドールはもごもご恥ずかしそうにしながら次の魔法を発動させていた。堀を埋める魔法にする予定だったらしいが、動揺したせいか木の根がうようよ出てきて罠を形成し始めたので、慌てて解除していた。

　やっぱり、魔法使いは精神統一が一番大事だなと見ていて思った。

　レオンの感電砲も見せてもらったが、精度が高く、森の中で狩りをするには充分な威力だった。

　冒険者としてもやっていけるぐらい、剣の扱いも上手くなっている。

　すでに臨時パーティーも何度か組んで、大人達と一緒に森へ入っているらしいので、ソロでもパーティーでも経験を積んでいるようだ。

　レオンは将来は魔法剣士として冒険者になる予定らしいが、学校の勉強も案外役に立つのだと思い直して、今は両立して頑張っている。

　魔法学校に入学した当初は本当に将来役に立つのかと不安だったらしいが――実際トンチンカンな授業もあったので――それも解消されつつあるようだ。

　何よりも、学校で得た友人達との繋がりが、彼を成長させたらしい。

「今となっては恥ずかしいけどさ、俺、突っ張ってたよなあ」

「あ、そうだよな！」

「……普通そこは違うと否定するところじゃないか？　ま、いいけどさ。俺はリグのそういうところにも救われてるところ、あるし」

「なんだよ」

　リグドールが照れ臭そうにレオンを見てから目を反らしていた。初々しい友人達の姿に、シウは笑いが漏れそうになる。

「シウと出会えたことも良かったな。俺、自分が一番優れていると思ってたし。鼻っ柱折られてスッキリした」

「え、そうだったの？」

「ああ。あと、お前が勉強会やり始めただろ？　あれも良いよな。適度に競争心煽れるし、でも仲間同士で助け合えるし。あそこで学んだことが、ギルドの仕事で役に立ってるんだ。パーティーで仕事をすると、やっぱり臨時ってこともあるけど、揉めたりもするんだよ。そんな時に勝手な事やれないだろう？　パーティーなんだからさ。連携の取り方とか、学ぶことは多いなって思うよ」

「分かるなー、俺も。学校入るまでは俺って子供だったと思うし。や、今でも子供だけどさ。成人しても全然ダメだな。だから卒業するまでに頑張って大人になりたいって思う」

　青春だなあと思って、２人をにこにこ眺めていたら、同時に「空気読め」と怒られてしまった。どうやらここで、シウも何か発言すべきだったようだ。

　もしかしたら、シウが一番この場で子供なのかもしれない。