563 市場と山巡り、山遊びと帰郷




 山粧うの月、最初の火の日は朝からウンエントリヒの港とヴァルムの港の市場をハシゴして、買い物三昧に耽った。

 慣れたもので、行けば担当者が付いてくれて手早く買えるようになった。

 この季節ならではの食材も入って、昼からは爺様の家に転移して食材を処理したり、調理までして保存した。

 爺様の家では、普段からマメに来ているので特に畑や森の手入れは時間もかからず、見回りだけしてフェレス達と遊んで過ごした。


 翌日はコルディス湖に転移し、山の恵みを採取した。

 もちろん、魔獣も狩る。相変わらず湖から流れ出る川の下流にはスライムがよく出ており、色々な素材に使えるので有り難いことだが溜まる一方だった。

「秋真っ盛りだなあ。ていうか、もう冬の気配か」

 ロワイエ山は高いところでもう雪が積もっており、中腹も冬の様相だ。

 火竜の住むクラーテールも覗いたが、子供達は順調に育っていた。特に問題はなさそうで良かった。

 ガルエラドによると竜の大繁殖期は最低でも数年は続くので、万が一他の地域の火竜が飛んできたらまた面倒なことになる。ここに雌達の巣がある以上、警戒は必要だった。


 更に翌日はハルプクライスブフトの港市場、フラッハの港市場へと顔を出した。

 それぞれで大量に購入して、コルディス湖に戻るとすぐさま処理を行う。

 その間、フェレス達は湖で遊んでいた。

 寒いのに潜ったりして元気いっぱいだ。時折、溺れかけるブランカを器用に水の中から掬いあげ、フェレスはぽいっと背中に乗せて泳いでみせる。そうしたところを見るとお兄ちゃんだなあと思う。

 クロは無茶はしないが、ひとりで興味を持ったものに近付くところがあるので、時折シウがフェレスに指示を出して捕まえに行ってもらったりした。

「戻っておいでー。お昼ご飯だよ」

「にゃ!」

 ご飯と聞いて、フェレスは急いでクロもぽいっと背中に乗せると、飛んで戻ってきた。

 2頭を下ろすとブルブルッとやるので、水があちこちに飛ぶ。それをせずとも水気は乾かせるのだが、獣の本能のようだ。チビ達も同じようにブルブルッとやっている。

「ちゃんと乾いた? ≪乾燥≫」

 声に出して言うことで、何をしているのかを教えている。

 詠唱は恥ずかしいが、誰もいなければまあいいかと最近は少し割り切れるようになった。


 お昼ご飯を済ませると、スタン爺さんの家に転移した。

 飛竜で戻って来たなら丁度良い日頃だろうと、この日にしたのだ。

「ただいま」

「おうおう、よう帰ったの。さあ、早く」

 居間に向かうと、玩具が散乱していた。

「にゃ!」

 フェレスが一目散に向かうのを見て、折角お兄ちゃんになったと思っていた気持ちも飛んでいき、笑ってしまった。

「よしよし。お前さんのが、これじゃな。ほれ、クロとブランカもおいで」

「きゅぃ」

「みゃ」

 大きくなったのう、と2頭を抱いて撫でる。クロは空気を読んでおとなしくしているがブランカは読めない子なので、もがいて腕から飛び出ると、玩具に突撃した。

 前に遊んでもらったのを覚えているのか、お気に入りを咥えてスタン爺さんのところまで持っていく。

「おう、よしよし。これで遊びたいんじゃな」

 するとフェレスも涎塗れのぬいぐるみを持ってスタン爺さんの前に持っていき、座り込んだ。

「お前さんもか。よーしよし」

 いっぱい遊んでくれるスタン爺さんが3頭とも好きらしく、暫く離れない気配だったからそこは任せて、店に行くことにした。

「疲れたら勝手に遊ばせておいてね。無理しないで」

「シウまでわしを爺扱いするのかのう。まだまだ、元気じゃぞ」

「あはは。ごめんね!」

 手を振って出て行き、表のベリウス道具屋へ進んだ。途中ドミトルの作業場があり、挨拶して店に入るとエミナが接客中だった。

 少し待っていると、冒険者らしき男性達が出て行き、エミナが笑顔で飛びついてきた。

「おかえり!」

「ただいま。ていうか、エミナ、赤ちゃん赤ちゃん」

「大丈夫よ~。もう安定期だもの」

「そうなの?」

「うん。ほら、お腹も大きくなったでしょう?」

 ぽんとお腹を叩く。豪快な女性だ。

 シウなど、ハラハラして怖いのに。

「クロエさんはもうすぐよ。あとひと月ぐらいかしら」

「早いね」

「ね。あたしは来年。あ、生まれたら顔を見に来てよ?」

「もちろん、当然だよ」

 その後、近況報告をお互いにしていると、また客が数人入れ替わりやってきて、夕方にはアキエラも顔を出した。

 エミナの手伝いを相変わらずしているそうだ。

 お店の勉強もできるし、お小遣いにもなるというので両親の店よりも一生懸命頑張っているらしい。

「偉いね」

 褒めたら、照れたらしく追い出されてしまった。


 夜は皆でヴルスト食堂に行って食べることになった。

 フェレスはもう大きいので店の前に待たせていようと思ったが、ガルシアが常連達に声を掛けて中に入れてくれた。

「おとなしい猫型騎獣だろ? かまやしねえよ」

「そうそう。子供だけ入れて、そいつを入れてやらなかったら可哀想だぜ」

 常連達はにこにこ笑って、そんな風に言ってくれた。

「フェレス、良かったね」

「にゃ、にゃにゃにゃ」

「みんな、ありがとう、だって」

 翻訳すると、男達は揃って相好を崩していた。

 クロやブランカにも食事をさせると、あとはフェレスの上に乗せた。常連だけでなく、後からやってきた客もその姿を見て最初はびっくりしていたもののすぐに笑顔となって、近付いてはそろっと撫でて席に戻っていた。

「騎獣の上に幼獣なんて、可愛い!」

「ほんと、とっても可愛いわね。大きい子も毛並みが綺麗だし、良いなあ」

「なあ、俺もそろそろ騎獣を持とうと思うんだが、どうだ? 一緒に育ててみないか」

 何故か女性を口説くために利用されているようだが、それなりに楽しそうに会話していたのでシウは聞かなかったことにした。

「ところで、学校はどうなの?」

「楽しく通ってるよ。あー、ちょっと貴族の人と揉めたりもしたけど、とりあえずは解決したかな? 今度、文化祭があるからその発表の準備があって忙しくなるかも」

「文化祭かあ。行ってみたいけど、遠いのよねー」

「その前に君は身重だろう?」

「やだ、ドミトル。冗談よ、冗談」

 絶対に嘘だ、という顔でドミトルのみならず、シウ達もエミナを見たが、彼女はどこ吹く風で話を続けている。

 つわりも治まったらしくて、今は止められない食欲に悩まされているそうだ。

「あー、美味しい」

「あんまり食べ過ぎて太ってもダメなんだよ、エミナ」

「分かってるわよぅ。産婆さんにも言われてるんだから」

 名残惜しそうにガルシア特製のウィンナーを見て、はあと溜息を吐いていた。


 家に戻ると、エミナは早々に部屋に戻され、ドミトルが後片付けなどをしてからスタン爺さんに挨拶をして下がった。

 まだ起きているというスタン爺さんに付き合って、シウも居間で話をする。

「そりゃまた、大変じゃったのう」

 ヴルスト食堂で、貴族ともめた話をしたのを覚えていたらしく、帰宅後に聞かれたのでヒルデガルドの話を掻い摘んで話したのだ。

「そのお嬢さんの話はよう覚えておるが、難儀な事じゃのう」

「話をしたら落ち着いてくれたんだけど、貴族って大変だよね。騙し騙され、どこで繋がっているか分からないし、対立した者同士じゃなくて第三者を巻き込むんだから」

「そうじゃそうじゃ。わしも貴族は苦手じゃな」

「スタン爺さんは仕事上あまり関係ないんじゃないの?」

「仕入れなどでは関係もあるんじゃよ。これからエミナにも教え込まんとならんが、頭の痛い話じゃ」

 なにしろ、あれは直情的で、と笑う。

「良かったのは、ドミトル君が結婚してくれたことじゃの。あれは普段はおとなしいが、いざという時の胆力がある。貴族を相手にしてもしっかり対応できるじゃろう」

「うん。頼りになるよね、ドミトル」

「エミナのやったことで一番の奇跡じゃな」

「ひどいよ、それ」

 思わず笑ってしまった。スタン爺さんも冗談らしく、ほっほと楽しく笑った。

「いや、じゃが、本当にの。エミナとしては人生最高の良い選択じゃった……。出会いというのは大事なものだと、わしは最近つくづく思うのじゃ。不要な出会いなどないのかもしれないとさえ、思うのよ」

「スタン爺さん……」

 シウを見て、穏やかで深い笑みを見せるスタン爺さんは、慈愛に満ちていた。

「シウと出会ったことも、シウがフェレスと出会ったこともじゃな」

「うん」

「シウの爺様が拾ってくれたのも奇跡じゃのう」

 それは確かに。何度も頷くと、スタン爺さんは笑ってシウの頭を撫でた。

「ゆっくり大人になると良い。急がんでもええんじゃよ。わしはまだまだ、シウの爺さんでおるからの」

「……うん」

 照れ臭くて、もじっとなってしまったシウだ。

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