562 休日出勤と哀愁漂う男達
土の日になった。シウのカレンダーなら、この日から学校は休みとなるので長い秋休みへ突入、となっても良いのだが、生徒会も実行委員会も忙しそうだったので手伝うことにした。
今回の休みでは旅行などの予定もなく、臨機応変やりたいようにやるつもりなので、多少学校に時間を取られても良かった。
その為、朝から生徒会室に居座って、作業を行った。ほとんどの生徒は授業があるので不在だったが、空き時間や自習時間には生徒会室へやってくるのでシウを見てギョッとする生徒も幾人かいた。
最初はシウを嫌いだと思っていたらしい生徒も、この頃になると無害だと思ったのか、あるいは噂を信じない方が良いと考えたか、無視することはなくなっていた。
シウも差し入れと称しておやつを置いていたので、食べ物に釣られて懐柔されたと言えなくもない。
とにかく、ぎこちなかったものの、放課後になる頃には普通に挨拶ができるぐらいにはなっていた。
風の日も出てきて朝から生徒会室内に座っていると、申請書類を突っ返されたクラスのリーダーが何度か乗り込んでくるのにかち合った。
大抵、誰か生徒会メンバーが応対していたが、話が通じない人もいてシウが横から説明を手伝った。
「ですから、安全性が担保されていません。ここ、見てください。もし陥没したらどうしますか?」
「治癒魔法で」
「打ち所が悪くて即死したら治癒も何もないですよね? そもそも骨折でも後遺症は残ります。あと、治癒魔法の持ち主を常駐させるなんてこと、どこにも書いてません」
「ぐっ」
「アトラクションも良いですが、安全性も含めた展示です。あと、構造計算が間違ってます。本職なんだから見直ししてください」
「えっ!?」
本人も気付かなかったらしく、慌ててシウが示した場所を見た。
何度も低質紙のメモに計算を繰り返し、間違っていることを知って頭を抱えていた。
「誰だ、これ計算したの! くそっ」
「慌てないでください。慌てて良いことなんてないです。休み明けまで申請を受け付けることを会長が決めたので、じっくり、安全対策も含めて考えてくださいね」
「わ、分かった」
魔法建造物開発研究科のクラスリーダーはしおしおと落ち込んで帰って行った。
「シウ君。その、ありがとう」
「あ、いえ。割り込んでごめんなさい。でもあの書類を没にしたの僕だったんで、つい」
「いや。ありがとう。僕では断りきれなくて助かったよ」
当初、シウに邪険だった生徒だが、素直にお礼を言われてしまった。根は良い人らしい。
「だって実行委員の担当じゃないのに応対してくれましたよね。本当は兼任してる人がいたら良かったんだけど」
授業中だったのであいにく生徒会メンバーも少なく、実行委員も兼任する生徒がいなかったのだ。
シウ達は生徒会メンバーではないため、表立って応対させるのはまずいだろうと裏方に回すことが決まっていたため、彼が出てくれたのだ。
「それでもだよ。……その、僕はヴラスタだ。よろしく」
そっけない態度ながら挨拶してくれて、その後はなんとなく一緒に仕事をした。
昼には、忙しくて食堂へ行けない生徒会メンバーのために食事を提供したら、大変喜ばれた。
食べやすいようサンドイッチやおにぎりを用意し、野菜ジュース、肉類もフォークで刺したら良いだけにしていたら喜んでいた。
「これが、食堂のメニューかあ」
と言うので、これはないですよ、と断った。
「食堂のメニューもぜひ今度試してみてください。庶民の味も乙なものだと思います」
勧めてみたら、かなり興味を持ったらしかった。
生徒会員は家格が低くても、貴族専用サロンに入る資格がある。ティベリオなどと打ち合わせも多いせいで、本校舎の食堂には行ってないようだ。
「食堂に行ったのは初年度生の時ぐらいだなあ」
「あの頃は右も左も分からなくて、初々しかったよね」
「今は擦れているみたいじゃないか」
和気藹々と話しているようだが、全員、話しながら食べつつ書類をめくっている。
行儀が悪いのだが、秋休みへ突入するため、ギリギリまで頑張っているのだ。
「あー、だめだ。疲れた。明日から領へ戻るのに」
「飛竜? 落ちるなよ」
「それがさ、父上が≪落下用安全球材≫を送ってきたんだ」
「……落ちても良いから戻ってこいってことか」
数人の生徒が暗い会話を続けていたが、とにかくそうしたことで、皆が忙しく過ごした。
結局、夜になってなんとか形になり、持ち帰りの仕事もいくらかあったようだが、それは各担当者に振り分けられて生徒会および文化祭実行委員会の仕事は一旦終了した。
休み明けが怖いね、などと話をしながら、シウは学校を出た。
ティベリオが送って行こうかと言ってくれたが、歩けば数分の場所だ。断った。
光の日になり、ようやく休みかという気分だが、いつものことなので特に感慨深くもなく、普段通りにシウは起きた。
ただ、気分的に一段落ついた感じで、なんとなく気分が良いから冒険者ギルドに顔を出した。
研修の様子を眺めたりして午前中は過ごし、午後は森へ向かった。
見てみれば、すっかり森の色が変わっていた。
「秋だなあ」
「にゃ」
「秋と言えば、実りの秋だよね」
「にゃ!」
ということで、どちらが先に果実を見付けられるか競争、という名の訓練を始めた。
クロとブランカはまだ飛べないので、地面で茸を探す手伝いだ。よくよく言い聞かせて結界を張ってからシウも森を飛び回る。
気になるので幼獣2頭を感覚転移で見ていると、クロは早速茸を見付けていたが、ブランカは虫に夢中で追いかけている。時々転んでは地面に激突し、顔どころか体中を土で汚していた。
「にゃ!」
こっち、とフェレスに呼ばれてついていくと、沢山の葡萄が生っているのを見付けた。
「まだ残ってたんだ。すごいねえ、フェレス」
「にゃん!」
えへー、と嬉しそうに尻尾を振っている。
収穫はシウが行うので、魔法で採って仕舞う。するとまたフェレスは弾丸のように飛び跳ねて行ってしまった。
それを繰り返し、大量に収穫して戻ると、クロが茸を何本も見付けて賢く待っていた。
ブランカは当初の目的をすっかり忘れて、何故か落ち葉を大量に集めていた。中に虫も交じっていて、彼女なりの狩りだったのだろう。
苦笑して2頭を褒め、それからブランカだけちょっと叱った。
薬草も採取して、王都門の近くまで転移で戻ると後は徒歩で戻る。
いつものことなので、シウを見かけた冒険者達は「よう、沢山採取してきたか」と声を掛けてくれた。
「光の日まで働くなんざ、偉いなあ」
「お前さん、金はあるだろうに。働きすぎじゃねえのか」
「そうだぞ」
そんなことを言う彼等は、昼間から飲んでいたらしくて夕方なのにもう出来上がっている。
「あればあるだけ飲み代に使う先輩方より、人生設計がきちんとしてるんですー」
「おっ、言うな」
「ていうか、子供に言われたぜ」
「落ち込むなよ、ドリュー」
「そうだぜ。どうせ、俺達なんて財産を残す相手もいねえんだ」
「そうだそうだ」
なんだか悲しい会話になってきてしまった。
気の良い男達なのだが、相変わらず女性には好かれないようだ。
老後のことを考えてある程度は貯金しているのだろうが、中には本当に宵越しの金は持たないタイプもいて、冒険者ギルドも頭の痛い問題らしい。
「みんな、ペットでも飼ったら良いのに」
「いつ死ぬか分かんねえし、宿暮らしだぞ」
「だから共同で家を借りるとかして。残されたペットと遺産は家の維持に使ったり」
「……そうだなあ。それもいいかもしれん」
遠くを見て言う。哀愁漂う姿だ。
シウはもうひと押ししてみた。
「お金を溜めて、気の合う女性を奴隷から解放するとか」
「それで逃げられた男がいるんだよ~ぉ」
泣き崩れてしまった。
女性との出会いがないと嘆くので奴隷に落ちてしまった女性はどうかと思ったのだが、ダメだったらしい。
「色町の女は計算高くて靡いちゃくれねえしよぅ!」
「そうだぜ。甘い言葉だけ吐いて、結局は金持ちの男に身請けされていくんだ」
「つまんねえ男の妾になっちまってよぉ!」
悲しいを通り越して切なくなってきた。
「俺達はよぅ、愛が欲しいんだ。愛が欲しいんだよーお!」
叫んだところでガスパロがギルドから顔を出して怒鳴った。
「てめえら、うるせーんだよ! 馬鹿野郎。そんなだから女が寄りつかねえんだ。あと、シウ、お前はとっとと離れろ! ガキが聞いていい話じゃねえ」
「……はい」
そうします、と素直に従った。
ギルド内に入ると、ガスパロやタウロスがいて、閑散とした広間の隅にテーブルを寄せて飲んでいた。こちらはこちらでダメな休みの過ごし方のようだ。タウロスは奥さんがいるのに良いのだろうか。
「シウ、お前はこんな大人になるんじゃねえぞ。いいな……」
表の冒険者よりもこっちの方がどんよりしていて、シウは苦笑しつつ頷いて採取した薬草を窓口に提出したのだった。
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