561 戦術戦士科の出し物? と実行委員会




 金の日になり、あの騒ぎから1週間経つのかと時間の流れに驚いてしまう。

 停留所では特に問題も起きず、ミーティングルームにも罠などはなかった。

 途中エドガール達と出会ったので一緒になって闘技場へ向かった。

 体育館ではなく、最近定番となった外の闘技場だ。

「戦術戦士科では出し物をしようと思うんだが、皆はどう思う?」

 レイナルドがやってくるなり、そんなことを言って皆を驚かせた。

「出し物?」

「そうだ。物語性を持たせて、戦術戦士科で学んでいることを披露するわけだ」

 いつもやっていることに近いので、まあそれならと皆が納得しかけたところに、シウが手を挙げた。

「どうした、シウ」

「先生、僕ほとんど役に立ちませんよ」

「えっ、それは困る!」

 やっぱりあてにされていたと、シウは苦笑した。

「僕、実行委員だし、他のクラスも軒並み参加するので当番があります」

「そんな! じゃ、じゃあ、フェレスだけでも貸し出し――」

「できるわけないでしょうが」

「うう、そうだよ、な……」

 がっくり項垂れてしまった。

 何故かフェレスがその周りをぐるぐる回って、わーいわーいと喜んでいる。最近の授業で嫌がらせをされているので、その仕返しのつもりだろうか。

 可愛いのでほっといたら、レイナルドが背筋を伸ばして立ち直った。

「仕方ない。シウ抜きでやるぞ!」

「あ、先生、でも僕達も無理です。出し物だと出ずっぱりでしょう? 当番があって」

「わたくしも無理ですわね。あちこちから声を掛けられておりますし」

「わたしも半日程度しか空いてません」

「み、みんな、ひどいじゃないか!」

 というかもっと早く決めるべきだったのだ。先週はそんなことおくびにも出していなかったのに。

「発表会で頑張らないと、生徒が集まらないじゃないか」

 この時、生徒皆が「ああ」と納得した声を発していた。

「……とりあえず、他の時間の生徒に声を掛けたらどうでしょう」

「断られたんだ」

「それはまあ、大変ですね」

 ラニエロとウベルトから妙な慰めを受けて、レイナルドは益々いじけたようだった。

「いいんだ。魔法学校に戦術戦士科なんて、おかしいんだ。分かってるよ。どうせ」

 シウがエドガールやシルトと顔を見合わせると、彼等も困惑した顔で頷いた。

「教授会で何か言われたんですか」

 代表してエドガールが聞くと、レイナルドは遠い目をして教えてくれた。

「あのバカと話しているうちにお互い激昂して、戦術戦士科なんてそもそも魔法使いに必要あるのかと言われたんだよ」

「もしかしてニルソン先生?」

「シウ、君すごいね。あのバカで、ニルソン先生を思いつくなんて」

「でもエドだって思ったよね?」

「まあ、レイナルド先生が言うことなら、そうかとは思ったけれど」

「2人とも身も蓋もないことを言わないで、先生を慰めましょう」

 クラリーサが呆れて会話に割り込んできて、先生に言った。

「先生、生徒が交替で組手を見せるというのはどうでしょうか。予め設備を作っておいて、身体能力を示すのです」

「……クラリーサ、君は素晴らしいな」

「とりあえず、土台作りをしましょう。授業の時間を少し減らして、会場をどこにするかなど、各自がやりたい見せ場についても集計を取ってくださいね」

「分かった。よし、それでいこう!」

 途端に元気になった。

 扱いが上手いなあとクラリーサを皆で褒めたら、一言。

「兄がああいう人なんです」

 冷めた顔で言われてしまった。

 どうやら、暑苦しい兄がいるようだ。クラリーサは諦めたような顔で、操縦頑張りますと言ってくれた。




 午後の新魔術式開発研究科はいつも通りに授業が始まり、そして終わった。

 文化祭に出るかの一言も出なかった。通常運転で笑ってしまう。

「ヴァルネリ先生なら何かやると思ってたけど」

 ファビアンに言ったら、肩を竦められた。

「学会の発表でさえ、ヴァルネリ先生についていける教授や院生が少ないのに、絶対に誰も来ないと決まっているもの、やるわけがないんだよ」

「あ、そうなんだ」

「たぶん、誰もヴァルネリ先生に文化祭の話をしていないと思うよ」

「していても、先生なら面倒くさいとか言いそうだね」

 ジーウェンが笑う。

「ただの一般人に発表して何が分かるんだ、とか言いそう」

「先生そういうところあるよね」

 分からない人間に対しての興味のなさは、すごいらしい。

「ところで、ヒルデガルド嬢が退学したようだね」

 ランベルトが話を変えた。

「去る時はひっそりとだったから、驚いたよ。サロンではどうだったんだい?」

「ああ、君はサロンにはあまり来ないのか。彼女、結局仲の良い人はいなかったらしくて、挨拶らしいことはしていなかったね。ただ、ティベリオには頭を下げていたよ。ちょっとびっくりした」

 ファビアンがその時の様子を詳しく教えてくれた。

「憑き物が落ちたかのような、清々しい顔付きだったね。先週、大騒ぎだったのだろう? 生徒会員があちこちで言い触らしていたよ」

「あることないこと?」

「いや、案外客観的だった。ティベリオはああいう態度だけれど、身内には厳しいから生徒会員も迂闊なことはやらないんじゃないかな」

「そっかー」

「意外なのはベニグドかな。特に何も言わずに見ていただけだったからね」

 ファビアンが眉を跳ね上げて、ふっと息を吐いていた。

「カスパルに聞いたけれど、ブラード家に侵入しようとした犯罪者ギルドの人間が、ニーバリ領関係だったことで動きを潜めているのかもしれないね」

「まだ関係あるかどうか分からないよ?」

「それでも痛くもない腹を探られたくはないだろう。特に疾しいことをしている人間はね。お父上から、しばらくおとなしくしているよう指示があったのかもしれないし」

「ふうん」

「君、この手の話本当に苦手だよね」

 顔に出ているよと、頬を突かれた。

 途端にオリヴェル達が笑う。

「そんなにつまらなさそうな顔しなくても良いのに。いや、気持ちは僕もよく分かるけどね」

「オリヴェル殿下は社交界を上手く渡っていらっしゃると思いますがね」

「君には負けるよ」

「それを言うなら、ベニグドには負けますね。僕は彼のようにはできませんから」

「わたしもだ」

 その場にいた者全員が手を挙げて、笑った。



 ところで、ヒルデガルドが学院から去って、出るわ出るわ「わたしも実はこれをやられました」話が多く、生徒会では困っているようだった。

 だったらもっと早く言え、とも言えるし、そもそもいなくなってから言い出すなよ、ということになる。本当か嘘かも分からないので、ずるいやつらだと、ティベリオなどは言っていた。

 そんな話を聞きながら、シウは実行委員会の仕事をしていた。

 プルウィアも一緒でルイス達もいる。

「へえ、じゃあ君達、秋休みで狩りに行くんだ?」

「ええ。魔獣狩りの実地訓練も兼ねてますし、調査研究にもなるから単位として認めてもらえるしで一石三鳥なんです」

 プルウィアは手を動かしながら、グルニカルと話している。

 クラス発表の申請書類を、振るい落としているのだ。書類に不備があるもの、あきらかに間違っているものなどを外していっている。

 何人かの生徒がそれらを選別し、何がダメだったのかを書いて、ひとつのファイルにまとめている。

 通った申請書類は、シウが受け取って確認した。この後ミルシュカがダブルチェックをしてくれる。

 そのミルシュカは場所を決めるのに四苦八苦していた。

「皆、目立ちたいらしくて良い場所を要求してくるわ」

「次の会議は長引きそうだね」

「抽選したとしても、その次の場所もね。だけど、休み明けには決めてしまいたいし、秋休みは前後で学校に残らなきゃならないわ」

「中盤は休むんだろう?」

 グルニカルに聞かれて、ミルシュカは嫌々ながらと答えていた。

「そろそろ婚約者を絞れと言われているの。面倒だわ。お茶会やら何やら、目白押しよ」

「貴族の女性は早めにしないと、大変だものね」

「つくづく男性が羨ましいわ」

 軽く睨まれてしまった男性陣だ。

 その男性陣とて、貴族出身者の生徒は秋休みもいろいろと忙しいらしい。そろそろ社交界シーズンも終わりに近付いているので、ここらできちんと顔繋ぎをしておかないといけないのだそうだ。

「大変だなー」

「大変みたいねー」

 シウとプルウィアがのんびり会話していたら、ほとんどの生徒から苦笑と共に睨まれてしまった。こちらは割と本気具合が混じっていた。

「こういう時、君達が羨ましく思えるよ」

「隣りの芝生だよ」

 軽く答えたが、遠くからティベリオが口を挟んできた。

「貴族である僕等を羨ましいだなんて思ったこと一度もないくせに!」

 笑い声であったからジョークだろう。しかし離れているのによく聞こえた物だ。シウも言い返しておく。地獄耳! と。途端に生徒会室がピタッと静かになり、それから一斉に笑い声が響いたのだった。

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