560 生産科の発表内容、特許申請、依頼




 生産科も文化祭発表には参加するが、ここは独自性が強いので各自がブースに自分の作ったものを展示し、場合によっては自身が説明するということであっさり決まっていた。

 大物を作る生徒は今からすでに、秋休みの期間も利用して作るのだと場所を押さえて張り切っていた。

「お前さんはどうする」

「僕は商人ギルドからも言われているので、歩球板を展示します。ちょっと場所を大きく取りたいんですが、良いですか?」

「ああ、行動展示か。構わんぞ。場所の配置はわしがやっておこう」

 レグロが請け負ってくれたので、任せることにした。

「アマリアさんは?」

「わたくしはこれです」

 手乗りというには大きいが、20センチほどの大きさの可動式人形だ。

「動作に問題もないようなので発表会で展示して、売り出そうと思います」

「いよいよかあ。特許は取っているんだよね?」

「ええ。シェイラ様から何度か手直しをいただきましたが、順調です。ただ実際の所を見てもらう場があれば良いと仰っていましたので、丁度良かったと思っております」

 にこにこ笑って、教えてくれた。

 レグロもこの人形には興味を持っていて、アマリアの粘り勝ちだと褒めていた。最初は泥人形だのゴーレム狂いの貴族令嬢と揶揄されていた彼女も、とうとう実績を残せたのだ。教えていたレグロも嬉しいようだった。


 それはそうとして、シウはすでに歩球板を作り終わっているので、生産の授業時間には全く違うものを作っていた。

 腕輪型の結界魔道具だ。

 四隅結界と違って身に着けられるほどの大きさにできたのは、起動に極小の魔核で済むからだが、その分動力は腕輪をしている本人の魔力を使うことになる。

 だからいきなり魔獣などに襲われても大丈夫なための、一発屋として考えている。使い捨てではないが、本人の魔力を吸い取るわけにはいかないのでこうなった。

 魔力はどうしても最低限5は必要なので、付けている人間の魔力残数が6以下なら発動しないようにした。その場合は使えないことを示すために腕輪にガラスを嵌めて色が変わるような仕組みを取り入れる。

「相変わらず安全対策用の魔術式の方が長いようだな」

 レグロは呆れた顔でシウの作業を眺めていた。彼に言わせれば魔道具は使う人間の責任で、万が一の時に使えないのは自業自得なのだそうだ。

「魔力量計測の術式も組み込んでおるのだろう?」

「はい」

「高くなるのう」

「その分、魔核を減らしたので」

「ふうむ。それで軽いのか」

 軽いのは良いことだと、レグロは言った。ただし。

「もう少し腕輪の装飾をなんとかせんと。武骨すぎるぞ」

「はあ」

 女性向けではないと説教されてしまった。

 他にも、魔力量の少ない人など、最初から1回用だと分かるものと、魔力は合っても戦闘には向かない人向けの護身用として何度も使えるものとに分けたらどうかと教えられた。

 それもそうだと思って、ガラスの色にて分けてみることにした。



 昼ご飯を食堂で摂っていると、2階のサロンにベニグドがいることを知った。

 あれから数度、食堂に来て食事をしているようだ。

 職員のフラハによると、お褒めの言葉があったらしくて意外だった。

 庶民の料理を本当に気に入ったのかは不明だが、レシピを知りたがっていたというので半分は信じて良いのかもしれない。フラハはレシピについては商人ギルドで登録されているので、と伝えたらしい。


 午後から商人ギルドへ行くと、シェイラからベニグドの使いが来たことを教えられた。

「貴族専用サロンで作らせたいからと言っていたわね。基本的には特許は無料だけれど、著作権はあること、それから商業で使うのなら寄付も受け付けてるって言ったら、快くお金を置いていったわよ」

「わあ」

「ということで、あとで必要な分は引きだしておいてね」

「使いたくないなあ」

「あら、お金はお金よ。罪はないわ」

 商人ギルドの職員だけあって、シェイラはお金に厳しく細かく、大好きらしい。

「ところで、今日はそれだけ?」

「あ、まだある。作ったばかりだけど、これ」

「まあ、腕輪? わたしにプレゼントしてくれるのかしら。可愛いわね」

 冗談だろうと思ったのだが、嬉しそうに笑うので言い出しづらくなってしまった。

 さすがにシウの顔が引きつったことに秘書が気付いたらしく、助け船を出してくれた。

「シェイラ様、それは商品では?」

「……あら、そう。知ってたわよ? で、これは何かしら」

 シェイラはすぐに残念そうな顔を持ちなおして、普段通りに喋り始めた。

「ええと、これ、個人用結界道具です。こう、ガラスを縦にすると起動するので、攻撃されたら結界を張って体を守ります」

 日常生活でぶつかった程度で発動したら困るので、起動のオンオフ機能を付けたのだ。

 普段からおっちょこちょいでない限りは、オンにしておいても良いかもしれない。

「1回用と、連続して使える用です」

 あれこれ説明して渡すと、ふむふむと頷いていた。

「1回用も、使い捨てというわけではなくて、また縦にしたら使っても良いってことね?」

「はい。だから、手動式とも言えますね」

「魔力量に自信のない人はこちらか。成る程ね」

「残数も計算するようにしているから、魔道具を使って死ぬことはないです」

 そのへんは厳しいぐらい考えた。

 もっとも魔力が欠乏しても、すぐに死ぬこともないのだが、こうしたことは考えすぎるぐらいでちょうど良いのだ。

 シェイラはシウの安全マニアっぷりを知っているので、納得してくれた。

「じゃあ、また使用してみるわね。特許申請も同時に出しておきましょう」

「ありがとう」

「あ、文化祭、わたし達も見に行くから頑張ってね」

「はい」

 青田買いをするつもりらしくて、他に優秀な生徒の情報があったら教えてほしいと言われて、何人かの名前を教えた。




 木の日は冒険者ギルドへ顔を出した。

 バルトロメも一緒で、依頼を出すためだ。

「文化祭で出す、飲食店用の肉を直接狩るため、ですか」

「授業の一環としても良いのでね。どうでしょうか」

「それは構いませんが、その、彼への指名依頼ですのね?」

 ユリアナはじろじろ見つめてくるバルトロメに困惑したような、それでいて美しい貴族の青年の視線に恥じらうような顔で首を傾げた。

「うん、そうなんだ。引率も兼ねて、シウに来てもらおうと思ってね」

「彼も生徒なのですよね? それは構わないのですか?」

「生徒の前に冒険者であるし、彼ほど適任者はいないと思うんだけど、どうだろう?」

「そう、ですわね。良いのではないかと」

 バルトロメの言葉をなぞるような発言に、隣りから咳払いが聞こえた。カナリアだ。

 ユリアナはハッとして、依頼書を読むふりをして自分を立て直したらしかった。

 幾つかの注意点を口にする。

「しかし、未熟な学生ばかりを、いくらシウ殿とはいえ1人に任せるのはよくありませんわ」

「うん。もちろん、僕もできるだけ参加するようにするし、僕には護衛も幾人かついているからね。貴族出身の生徒も多いので護衛は問題ないだろう。ただ、ユリアナさんだったかな? あなたの心配もごもっともだ」

 身を乗り出さんばかりにしてカウンターに肘をついて、バルトロメはにこやかに話し始めた。

「数人、護衛としてギルドから人を雇いたい。こちらは指名依頼ではないが、シウと相性の良さそうな人を選別してくれると助かるかな」

「ええ、そういうことでしたら、承知しましたわ」

「良かった。ところで、ユリアナさん。君はご兄弟は何人いらっしゃるのだろうか」

「先生……」

 後ろで呆れながらバルトロメを呼んだ。

 ただ、呼んでも聞こえないふりをしてユリアナに粉をかけようとしているので、彼の自慢のローブを引っ張る。

「バルトロメ先生、それ、学校外だとセクハラで訴えられますよ。僕まで同族だと思われたくないので、止めてください」

「ええ? せっかく、違う場所に来たのに!」

「はいはい。ユリアナさん、気にしないで。あと、この人、あちこちで女性に声を掛ける危険な人だからね」

「……まあ、そうなの」

 残念そうな声が返ってきて、シウは苦笑した。隣りでカナリアも困ったように笑っている。

 これだけ軽薄そうに見えるのに、見た目が良いと女性はポーッとするらしい。

 幸いにしてカナリアは職務に忠実というか、しっかりしていたけれど。

 それより、バルトロメだ。

「先生、嫁探しは自分ひとりの時にやってください。あと子供が沢山欲しいなら、自分にちゃんとその機能があるか調べてからにした方が良いですよ。その方が合理的だ」

「……君、子供の割に案外冷めたこと言うよね?」

「先生の方が冷めてるじゃないですか。家訓を守って、多産な家系の女性を選ぶって。冗談かと思っていたらあちこちで声を掛けているらしいし」

 呆れて半眼になって問うたら、あははと頭を掻いて誤魔化していた。この先生は意外とあちこちで浮名を流しているらしく、坊ちゃん然としたところが人気らしい。

「そのうち刺されますよ。気を付けてくださいね」

「……うちの執事と同じことを言うね。分かりましたとも。あと、その機能とやらはどうやって調べられるの?」

 医者に行け、とだけ言っておく。鑑定魔法が高レベルで、知識があれば可能だろうが。


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