第十四章 秋休みと文化祭
559 遺跡と魔獣研究科の発表内容は
誕生の月の最後の週となった。来週から二週間はまた休みになる。それが明けて程なくすると文化祭が始まる予定だ。
古代遺跡研究のクラスでは研究内容の発表と、発掘作業の面白さを体験してもらおうと疑似遺跡発掘体験コーナーを作ることになった。その計画や準備のため、二時限目は文化祭の準備に充てる。となると、どうしても一時限目の授業が若干詰め込み気味になるのは仕方ない。珍しく、寄り道も雑談もない真面目な時間となった。
二時限目になると早速、クラスリーダーのフロランが班分けを指示する。
「シウはまだ入ったばかりで過去の研究内容をまとめるのは難しいだろう。発掘体験の方を担当してくれるかい」
「ていうか、発掘体験場所を作るのが大変だからシウに押し付けるんだろ?」
「ミルトは疑り深いなぁ」
「真実を語ってるんだよ!」
ミルトの茶々にも動じず、フロランは続けた。
「まあ、どう考えても使える魔法の多様さではシウが一番なんだもの。この短い期間で仕上げられる適任者は彼だけだよね」
「確かに業者を入れても厳しいだろうな。休暇の間、誰かが監督のために出てくるってのも大変だ」
「内容の監修についてはアラバさんとトルカさんに頼むよ。君はこっちね」
「えっ? 俺は力仕事の方が良い」
「えー」
不満そうな顔をするフロランに、ミルトが追い打ちを掛けた。
「研究内容をまとめて発表するなんて仕事、フロランにうってつけだろ? 一人でそっちをやれよ」
「……いいよ、アルベリク先生もらうから」
「そうしてくれ。俺はこっちやる」
いつもはフロランの尻拭いをしているミルトも、研究内容をまとめるぐらいの仕事は大丈夫だろうと手を放すことにしたらしい。
結局、フロランと先生以外は、全員が疑似遺跡発掘体験コーナーの製作班となった。
とりあえず、どの場所を生徒会からもらえるかは分からないので、幾つかのパターンを作って、そこに遺跡模型を置くことにした。
全て同じ形の箱型にして移動させることにしたので、組み合わせが自由にできる。
「五メートル四方の箱型で、下に三メートルでいいかしら」
「そうだね。遺跡物の製作はわたしたちが作れるから、シウたちは枠組みと土や石などの圧縮作業とかお願いするわね」
「じゃあ、俺は罠も作ろうかな」
「ミルト、そういうの得意そうね。あ、だったら、遺跡模型を幾つか並べるでしょう? その通路にも罠を仕掛けられるようにするのはどうかしら」
「それいいな。クラフトは通路作りも手伝ってくれよ」
「了解。ある程度はシウが魔法で土台を作ってくれるんだろう?」
「うん」
「僕は全体像の設計をするね」
リオラルも楽しそうに参加して、各自が得意分野を話し合って担当箇所を決めていった。
文化祭に参加するクラスには助成金もあり、普段の研究費用と比べたら少額ではあるが、古代遺跡研究科がやるような内容ならば足りる。
ただし、フロランは古代遺跡マニアなのでせっかくの発表会を盛大にしたいらしく、家から寄付金を出させて何やら頑張るようだ。アルベリクも一緒になっているので、二人を一緒にさせていたら勝手にやるだろう。
しかし、マイナーな研究科の発表会に、見に来てもらうための目玉が疑似遺跡発掘体験コーナーだけというのはどうだろう。
文化祭の本分とも言えるが、生徒会の打ち出した「一般人に見てもらう」のは難しそうだった。せいぜい場所取りをリーダーのフロランに頑張ってもらいたいところだ。
魔獣魔物生態研究科では、こちらも研究してきたことなどを室内のパネルに表示することが基本だが、呼び込む目玉商品として希少獣とのふれあいコーナーを作るか、魔獣の試食会をするかで揉めていた。
早く決めて生徒会に提出しないと二度目の期限が迫っているので、いつになく早口で会議が行われていた。
「希少獣のふれあいコーナーだと、飼い主が常に傍にいないといけないから難しいわよ」
「それに危険な目に遭う可能性もあって、生徒会からも安全性の確保をと言われたね」
「あと、魔獣魔物生態研究の内容とも違って来てないか」
「でも一般の人を呼び込むのには、良い案なんだよね」
ああでもないこうでもないと話し合った結果、とりあえず魔獣の肉を出す飲食店として登録し、看板代わりに希少獣たちを見せようということになった。
おさわりができるとは言わずに、希少獣たちの機嫌が良ければ触ることも可能、という形にした。
「ただし、クロとブランカは別な。幼獣は絶対不参加。皆、いいね?」
アロンソが皆に確認していた。
シウが言い出すより前に気付いてくれて、当然のように言ってくれたのは嬉しかった。
「本当はフェレスも外したいところだけど、そこは様子を見て対応してくれるかい?」
「うん。フェレスだったら大丈夫だと思う」
フェレスを外したいというのは、以前狙われた件が尾を引いてるためで、問題を起こすとクラスとしても困るからだ。
ただ、一般人相手ならそれほど面倒なことにならないだろう。
面倒なのは貴族が相手の場合だ。
「シウの当番の時にはルフィナさんか、バルトロメ先生を当てよう」
それぞれ伯爵位にある娘や息子だからという配慮だった。二人とも快く引き受けてくれた。
「あ、でも僕、実行委員だからあまり当番できないと思うんだけど」
「分かってるよ。とりあえず、当日の実行委員の仕事時間が分かれば教えておいて。あと、自分でも見て回るよね? 調整するから」
「各自、他のクラスの発表会との兼ね合いもあるから、積極的に出られる時間を教えてくれるかい。計画を詰めていくからね」
「「「「「はーい」」」」」
このクラスはアロンソやウスターシュがしっかりしているし、ルフィナも貴族令嬢としては規格外の庶民派だから、気を遣わなくて済む分さくさく進む。
一度決めてしまえば後は早くて、四時限目に形ができて提出書類も全て書き終わってしまった。
その為、五時限目は通常の授業へ戻ることができた。
とはいえバルトロメも優しい。発表会に関連するような授業内容へと急遽変更して、進めてくれたようだった。
たとえば魔獣の試食会に使えるものや、その食べ方についてだ。
バルトロメが話した中に、シウの愛読書(?)もあったので、驚いた。
「『魔獣魔物をおいしく食べる』という本には、世界のありとあらゆる魔獣について書かれているのだが、皆、知っているかい?」
シウがそろっと手を挙げると、バルトロメは破顔した。
「やっぱり読んでいたか! そうだろうと思った。君が魔獣に詳しいのも、よく変わったことをするのもそのせいだね」
「えーと、まあ、はい」
元日本人の食への追及がそうさせるのです、とは言えなかったので頷いておく。
「この作者のウルバン=ロドリゲスはね、冒険者としても有名だったようだが、著作はすべて『食べる』ものに関係していたんだ。そりゃあもう、ありとあらゆるものがあって、僕も試したことがあるけれど、彼は偉大だと思ったね」
何を食べたのかは言わなかったが、遠い目をしたバルトロメに生徒は誰一人聞こうとしなかった。
「というわけで、このあたりで狩れる魔獣を筆頭に、冒険者ギルドへ依頼を出しておこうと思う。さあ、何が良いだろうか」
授業らしくなってきて、生徒たちが手を挙げはじめた。
ああだこうだと言いつつ、白熱していき、そのうち「それ食べられるか?」というような魔虫系の話まで飛び出て、シウは顔を顰めた。
同じくプルウィアも嫌そうな顔をしている。
森で育った割には虫が嫌いらしくて、昆虫食はよほどのことがない限りはしていなかったそうだ。
「これ、文化祭の趣旨から外れている気がするわ」
「うん」
「どこの誰が文化祭で、巨大黄蜂を食べたいと思うのよ」
「だよね」
「カタピロサスやボンビクス、土蚯蚓なんて、ギルドの買い取り内容に肉が入っていない以上は食べられないってことなのに、頭がおかしいんじゃないかしら」
「土蚯蚓は、味は微妙だけど食べられないことはないよ」
シウが答えると、プルウィアがこの世の終わりみたいな顔をしてシウを見た。
いわゆるドン引き状態で、シウは苦笑した。
「芋虫も焼くとトロッとして、美味しいと言えなくもないし」
「シウ……あなたそんなに生活が大変だったの?」
今度はとても同情されてしまった。
前世、戦後の物資不足では誰もが何だって食べていたのだが、それは言えなかった。なので別視点から教えてあげた。
「何も持たずに山に入って生き残れる方法を、育て親の爺様が叩きこんでくれたんだ。食べられる野草とか果実、木の枝も。でもやっぱりたんぱく質も大事だからね。獣が取れなければ、手っ取り早く手に入る虫が貴重なんだよ」
「……恐ろしいお爺様ね!」
「でもおかげで、魔法が使えなくなっても、森の中なら僕は生き残れる自信あるよ?」
「す、すごいわね」
二人でぼそぼそ話していたらバルトロメに注意されてしまった。
「こら、そんなゲテモノ食いの話をしているんじゃないよ。試食会に出すわけないだろう、そんな変なもの。ウルバン=ロドリゲスじゃあるまいし、文化祭では食べられるものを出すんだ。同時に展示会もしてみよう。自分たちが普段どんな魔獣を食べているのか、知ってもらうのも良いだろうからね」
それはそれで引かれそうだなと思ったものの、先生の言いたいことも分かるので頷いた。生徒たちも同じく頷いていたが、誰かが「解体ショーやります?」と言い出して、話が益々おかしな方へと飛んで行ったのだった。
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