558 事情説明、それぞれの遊び




 光の日、事情を聴きたいと連絡があり、冒険者ギルドへ向かったらそこでダーヴィドと出会った。

 貴族の彼も呼び出されたのかと思ったが、そんなことはもちろんなくて、シウへのお礼のためにギルドへ顔を出したらしかった。

「昨夜は父上からも大目玉を食らいましたが、これから王城にて事情説明に行くことになってます」

 何故か敬語で話されて、びっくりしてしまった。

「……そんなに驚かなくても。その、父にはシウ殿のことでも大変お叱りを受けて、つまり、王子殿下の友人にして、聖獣様の親友に面倒を掛けさせるなどとんでもないと――」

「ああ、そういうことですか。えーと、でも別にもういいので、普通に話してください。僕も敬った態度は取っていませんから」

「そう、はっきり言われると、わたしも困るのだが」

 苦笑して、ダーヴィドは頭を掻いた。

「正直に全部話した方が良いですよ。特に指示されたところは強調して」

「ああ、そうだな。どうも、賭けに勝った奴らが自分達に都合の良い噂を流しているようだから、わたしも気を引き締めて対応することにするよ」

「頑張ってください」

 ダーヴィドはひとつ頷いて、それからシウに深く頭を下げた。

 ギルド内でのことだったから、見ていた冒険者達がざわりと動いたのが分かった。

 見るからに貴族の青年が、冒険者に頭を下げることなど有り得ないからだ。

「命を助けてくれてありがとう。それと、説教してくれたことも。父が言っていた。説教するというのは、大事に思い心配している証拠なのだと。それさえない者が、どういう人間か、これで分かっただろうと言われてしまった」

 昨日の出会ったころとは顔付きが全く違っていて、人間がこれほど変わるものかと驚いた。たぶん、友人だと思っていた人達に裏切られたことや、そのうちの2人が死に値するほどの大怪我を負ったことで考えることがあったのだろう。

「今度改めてお礼をさせてほしい」

 断っても無理な雰囲気に、シウは苦笑して頷いた。


 シウが案内された部屋にはスキュイがいた。タウロスも顔だけ出したものの、仕事が立て込んでいるらしくて引っ込んでしまった。

「お手柄と言えば良いのか、まあいろいろと災難だったね」

 開口一番、スキュイはそんなことを言って笑った。

「冒険者達も反省していたようだよ。あとで群れの数を聞いてゾッとしたらしい」

「貴族の一行を襲った群れ?」

「そう。君がアンドロシュ子爵のお供をしている間に探知した魔獣とは別に、北側にハーピーの群れが、草原の方ではゴブリンの群れがいたようだよ」

「どれぐらいの規模ですか?」

「ハーピーは10匹前後だろうと言われているが、生き残った貴族の証言が曖昧でね」

「腕を食い千切られたほどの怪我なら、前後の記憶が飛んでいてもしようがないですね」

 それでも冒険者なら情報を話すだろうがと、スキュイの顔に浮かんでいた。

「ゴブリンは50匹はいたらしい。森から森への移動中らしくて気が立っていたようだね。普段なら群れごとの移動の場合は襲わないのだけど。ま、幸いと言って良いのか人数が多かったこととこちらは冒険者を含めた護衛が魔道具やら持参していてね。ついでに魔獣避けの薬玉に火をつけて追いやったことも功を奏したらしい」

 おかげで草原の火を消すのに時間がかかったと頭を押さえていた。

「周辺に村や畑がなくて良かったよ」

「今日は群れの討伐に?」

 ギルドには続々と人が集まってきているようだ。

 ゴブリンなら複数の冒険者パーティーでどうとでもできるが、ハーピーは凶暴で、しかも空を飛ぶ。普通ならば相当数を用意しなければならないし大型弩砲(バリスタ)も必要だ。

「丁度良いって皆が討伐に名乗りを上げているよ。すでに第一陣も出たけれど、第二陣の候補者同士で争いが起きるんじゃないかって話」

「……なんで?」

「冒険者仕様の飛行板の真価が発揮できるからね。というのは建前で、玩具を使いたいんだと思うよ」

「ああ、そういう」

 シウは呆れて、ソファの背もたれに寄りかかった。

「みゃっ」

 間に挟まれたらしいブランカが鳴いていたけれど、それはどちらかと言えばシウがくっついてきて嬉しい、といった感情らしかった。

 クロがぴょんと飛び降りて、自分も挟まれに行っている。

 スキュイがそれを微笑ましそうに眺めながら、口を開いた。

「では、昨日の流れを教えてもらおうかな」

 ようやく本題に入った。

 シウは依頼内容と、森で見つけた冒険者に声を掛けたことなども含め、ダーヴィドを王都へ送り届けたところまでを話して聞かせた。


 研修会があったので、顔を出して見たものの、特に問題もなく進んでいるようだった。

 実地訓練では、緊急依頼があったため飛行板が出払ってしまい、予備しか残っていなかった。希望者が乗れないのは可哀想なのでシウが余分に作っている分を貸し出してあげた。

 冒険者達に見つかると、それを持って討伐隊に向かいそうなので、あくまでも試作機だと言い張ることにして。



 昼には屋敷へ戻り、馬や角牛のブラッシングをしてから食事を済ませ、午後はリュカやフェレス達と思い切り庭で遊んだ。

 リュカは飛行板にも乗れるようになっており、高く飛ぶことは禁止しているが低空飛行なら冒険者顔負けになっていた。

 彼に歩球板を使ってもらったところ、ソロルよりも先に乗りこなしていた。

「これ、面白い! すごいね!」

「飛行板よりも安定していて楽しいです」

 ソロルも気に入ったようだ。

「段差でも飛び跳ねないし、どうなっているんでしょうか」

 不思議そうに底の球体を眺め、結局分からなかったらしくて考えるのを止めたようだ。

「そのうち商品になるみたいだから、それあげるよ」

「えっ、いいの!?」

「よろしいのですか?」

「うん。あと数台、屋敷に置いておくから、2人の分はそれぞれ使用者権限を付けておくよ」

「使用者権限ということは、えーと、確か」

「盗難防止だね。他の人に使われないようにするためのものだよ」

 すぐに付与して、2人に渡した。

「出回るようになったら、外でも使っていいけど今は危険だからダメだよ」

「「はい!」」

 不安定で使い道のない飛行板よりは、歩球板の方が面白かったらしく、その後はずっとそれで遊んでいた。

 面白いことに、フェレスもそれに乗ろうとしていた。

 ただその大きさでは乗り切れず、何度かやって諦めていた。何度もやらないと自分の体の大きさに気付かないあたりが、フェレスらしくて可愛かった。


 夜は普段よりも念入りにブラッシングをしてあげた。

 昼間、馬や角牛のブラッシングを見ていて嫉妬していたので、そのためもある。

「にゃぁぁぁ」

 声が可愛いけれど、まるでオジサンのような溜息を漏らして、至福の鳴き声だ。

「気持ち良い?」

「にゃん」

 ふにゃあと力を抜いて、騎獣の誇りはどこにもないようだった。

 尻尾が機嫌よくパタンパタンと床を叩き、体は伸び切っていた。

「フェレスの毛は綺麗だね。くるんくるんしていて可愛いし、毛艶も良いし」

「にゃにゃ!」

「良かったね~」

「にゃん!」

 褒めていると機嫌良く、やがてスカースカーと寝息を立て始めてしまった。

 それでもしっかり、尻尾の先まで丁寧にブラッシングした。

 その次にブランカをブラッシングしてあげると、こちらは構ってもらっていると思うのか、楽しげに動いて全くできなかった。

 そのうち興奮してきてシウの腕を甘噛みしたり、体中に巻きついてきたのでベッドの上に放り投げて遊ぶという最近彼女のお気に入りの遊びに突入した。

 これだけ騒いでいるのに眠っているフェレスはすごい。

 ブランカと充分遊んだら、動きが鈍ってきたのですぐさまフェレスのお腹辺りに埋め込んだ。

 温められて、またフェレスの鼓動に揺られてやがて眠りに就いた。

 その後はクロと遊ぶ。

 クロは賢くて、しかもおとなしいのでずっと静かに待っているのだ。

 待ち切れずに、もっと小さい頃はウトウトと眠ってしまっていたけれど。

「ごめんね、遅くなっちゃった」

「きゅぃ」

 ううんと答えたようだ。

 最近、言葉のような感情が伝わってくることが多い。

 鳥型は成長が早いからだろう。

「クロの毛も綺麗だね。そろそろ大人の羽に生え変わるのかな? 成獣になっても綺麗な黒い色だと良いね」

「きゅぃ」

「今日は何して遊ぶ?」

 柔らかいクロ専用のブラシで撫で終わると、気持ち良いらしい嘴の近くをカリカリ掻いてあげて、聞いてみた。

 クロは少し考えて、トットットと歩いて自分専用の玩具置き場から石を持ってきた。

 以前森の中で見つけたきらきら光る石英だ。このへんはフェレスの教育を受けているからか、あるいは種族特性なのか、似たようなものを好むらしい。

 ぽいとシウの前に置いたので、それを手に取って投げる。

 持って来いだ。

 フェレスも小さい頃、これが好きだったなあと思いつつクロが満足するまで相手する。

 クロの場合はシウの顔色を見るのか、割と適当なところで止めるがブランカはしつこく要求する。フェレスの時は気を逸らしたらすぐに忘れてくれたので、ある意味楽だった。

 この日もクロはほどほどのところで止めて、石英を玩具置き場へ戻していた。

 それからシウの手の中に体を押し込んで、眠るまで包んでいてねというように可愛く首を傾げた。可愛い子なのだ。

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