557 森からの帰還付き添いと説教




 え、行くのか、と不安そうな沢山の目に晒されて、シウは踏み止まった。

「指示に従ってもらいますよ?」

「分かった」

 偉そうな物言いをするが、貴族の青年は素直な人だった。

 シウにも名乗ってきたので割と冒険者には寛容なようだ。

「ダーヴィド=アンドロシュ子爵だ」

 年齢は言わないが、年若い貴族ならそうしたこともあるそうだ。騎士はランハルドと言い、こっそり聞いたドラコエクウスはシュペヒトという名だった。

「それにしても、君はその年で冒険者なのか」

 ダーヴィドは貴族としての矜持からか話をしてこないが、ランハルドはいろいろとシウに話しかけてきた。

「騎獣を持っているし、お父上はさぞ高名な方なのだろうな」

「いえ、僕は孤児です。育て親ももう亡くなったので。今はシーカー魔法学院で学びながら冒険者として働いてます」

「そうなのか! それはすごい」

「……そういえば、お前、さっきシウと名乗ったな?」

 ダーヴィドが口を挟んできた。シュペヒトの上からなので、見下ろされた感がすごい。

「そうです。シウ=アクィラ、冒険者で魔法使いです」

 答えると、ダーヴィドがあんぐり口を開けた。

「お、お、お前か!!」

 指まで差してシウを穴が開くほど見つめる。

「ダーヴィド様? どうされたのですか」

「ランハルド! こいつ、じゃなかった、シウ殿が、王子殿下に角牛狩りを勧めた者なのだ!」

「いや、勧めてません」

「角牛に人気が出て騒ぎになったのも、この者のせいなのだ!」

 それは否定できない。

 悪気はなかったが、肉を卸して騒ぎを起こしたのはシウだし、角牛を捕まえて牛乳を楽しんでいるのもシウだ。

「そのせいで、わたしはこんなところまで来たのだぞ!!」

「ダーヴィド様、あまり騒がれますと魔獣が」

「うっ、そ、そうか」

 途端に静かになった。怯えているようだ。よくそんな状態で来たものだ。護衛達も慣れているようには見えないし、北東組の貴族は冒険者を多く従えているのにこちらは誰もいない。

 世渡り下手なのかなと思いつつ、シウは森の外まで彼等を誘導した。


 幸いにして、魔獣とは岩猪ぐらいしか遭わなかった。

 それさえもダーヴィドには恐慌だったようだが、シウとフェレスが1匹ずつあっさり倒したので、ぽかんとしていた。

「先に行ってて良いですよ。解体してから追いかけるので」

「え、解体? ここで?」

「無駄なものは捨てないと。どうぞ?」

 先を勧めたのだが、竦んだ足が動かないのか、一度止まったら疲れが思い出されたのか、誰も動こうとしなかった。

 仕方なく、シウはランハルド達に指示して休憩する場合の注意点を告げてから、解体に取り掛かった。

 彼等がいなければ魔法でちゃっちゃとやったのだが、仕方ないと諦める。

 とはいえ、いちいち滑車とロープで持ち上げて、というようなことはしない。

 空間魔法を使わないだけで、それ以外の魔法は使えるだけ使って手早く行った。

 そのうちに、腹が減ったらしくランハルドが昼休憩にしたいと言い出したので、シウもその場で了承した。

 森の外までは持ちそうにないだろうと、シウの目からも明らかだった。

 昼ご飯には岩猪を出してあげた。

 竈を作り、鉄板を出して焼き始めると皆がそわそわし始める。あれこれ出して提供したら、ダーヴィドから順番に受け取った。毒見はしないんだろうかと思ったが、シウがヴィンセントと付き合いがあることを知っているからという意味のない安心感でもって信用されてしまった。

「美味しい!」

「岩猪がこれほど美味しいとは。この味付けは一体なんだ」

「こんなに美味しいものをいただけるなんて有り難いなあ。厄日かと思っていたけれど来て良かった」

「本当になあ。俺の命も今日までだと思っていたのに」

 数人が物騒な発言をしていたが、食事自体は喜んでもらえた。

 シウが食材を提供したのには訳があって、彼等はなんと携帯食糧のほとんどをテントに置いて来ていたのだ。ランハルドだけはダーヴィド用の携帯食を多めに持参していたようだが。

 そのため、提供しているという強みもあって、ついつい説教を垂れてしまった。

「こんな危険な森に、冒険者も雇わないで入るなんて命知らずも良いところです。ましてや何が起こるか分からないのに、その装備、そして食糧の少なさ。有り得ないでしょう!? 一体何を考えているんですか。死にに行くようなものです」

 美味しい食事を前に、ダーヴィドも自分が浅はかだったと気付いたらしく、最初は顔を赤くしてシウを睨んでいたもののそのうちにしゅんとしてしまった。

「……賭けをして、負けた者同士で角牛狩りをしろと言われ、断れなかったのだ」

「それで角牛狩りの競争になったんですね?」

「そうだ。予め、場所を指定されて、その、わたしが一番負けが込んでいたので」

「だからって冒険者も雇わずに」

「それも指定のうちだったんだ」

 あまりに、しょんぼりするのでシウも怒るに怒れなくなってしまった。しかも、これって苛めでは? と思ってしまった。

「……でも北東の方も南西の方も、冒険者を雇っていますよ。あの人数と、動きならたぶん、ですが」

 見てきたように言うのはどうかと思って、そんな風に誤魔化して言ってみたが、実際は感覚転移しているので冒険者がいることは分かっている。しかも相当な大所帯だ。

「ずるをしたのだなあ」

 まさか、という思いもありながら、しかし有り得ると思ったのかダーヴィドはまた落ち込んだ様子だった。

 ランハルドがおろおろと慰めている。従者の若い男性も、ダーヴィドの横で手を上下に浮かせていた。

「……ついでなので、はっきり言いますけれど、そうした方々とのお付き合いは控えた方が良いんじゃないですか? これ、言葉を選ばずとも、悪意があるようにしか思えない指示ですよ」

「……そう、なのか、やはり」

 自分でも気付いていたらしくて、がっくりしている。

 それから、ぼそぼそと話してくれたことによると、どうやら子爵や男爵などの若手青年貴族同士の集まりがあり、そこでダーヴィドは浮いているようだった。

 と言うのも彼には親から譲られたドラコエクウスがあった。

 宮廷魔術師でも近衛兵でもない、ただの子爵位という立場で騎獣を持つことはラトリシアでは珍しい。

 子爵という爵位自体も親からもらったもので、つまりは若手貴族から妬まれていたようだ。そのへんはランハルドと従者がそれとなく教えてくれた。

「その付き合いがないと、仕事ができないというわけじゃないんでしょう?」

「貴族の付き合いというのは仕事には関係ないのだ」

「でも、一歩間違えれば、死んでましたよ?」

 というか、たぶん死んでいた。

 ダーヴィドは顔を青くして、頷いた。

「君には本当に世話になったと思っている」

「そういう話ではなくてですね」

「……うん、そうだな」

 最初の威勢の良さはどこへ行ったのだと思うが、あれは虚勢だったのかなと、目の前の青年を見て溜息を吐いた。

「あなたが死んだとき、彼等が何を言うか想像してみてください。その場所にまだいたいと思いますか?」

 ランハルドがハッとしてシウを見た。

「あなたが死んで、悲しむ人の顔も一緒に想像してくださいね」

 ダーヴィドがのろのろと顔を上げて、シウに視線を向け、それから周囲の人間を見た。皆が心配そうにダーヴィドを見ている。

 彼は暫く無言になったあと、ようやく口を開いた。

「……サロンを変えてみようと思う」

 たったそれだけのことなのに、そこへ至るまでにこれだけ時間がかかるなんて、貴族の業は深いなと思う。

 シウは苦笑して、食後としては時間が経ったものの、デザートを提供した。

 もちろん、角牛乳で作った数々だ。


 森の外まで連れていくと、テントで待っていたらしい従者達が心配して涙目でダーヴィドに駆け寄っていた。

 冒険者達が続々と森から出て帰っていくのに、一向に戻ってこないから何かあったのかと不安だったらしい。

 その姿を見てダーヴィドも思うところがあったようだ。

 きっぱりと、悪友達との付き合いを止めると宣言した。

 シウはついでなので彼等と一緒に王都へ戻ることにした。

 北東組と南西組のことはこの時点で脳の片隅から追いやっていた。卑怯な振る舞いをした彼等の事はどうでもいいし、冒険者も沢山付いていることが分かっていたからだ。

 ギルドから頼まれたのもシアーナ街道付近の人に声を掛ける、だったので約束は破っていない。

 のんびり草原を進みながら王都へ向かい、夜遅くになんとか門へ辿り着いた頃、早馬が通り過ぎて行った。


 後で分かったことなのだが、その両方の貴族組が魔獣に襲われたという知らせだった。

 日も落ちてきたのに帰ろうとはせず、野営の準備も進まないうちに襲われたらしい。

 冒険者は正規の雇用ではなかったらしく、手に負えないと分かると逃げ出してしまい、片方の貴族の一行は半数が死に、残りも大怪我を負ってしまったようだ。貴族自身も怪我を負い、命からがら逃げてきたとか。

 北東組の貴族は更に運悪く腕を食い千切られたが、なんとか治癒魔法で命を長らえたそうだ。

 それぞれ貴族は死んではいないが、大きな代償を支払ってしまったようだった。

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