556 文化祭で発表、角牛狩りの余波
土の日になり、午前中は学校へ行って文化祭実行委員の手伝いを行った。
午後は商人ギルドだ。
「歩球板の件だけど、どうせならその文化祭で発表してみたらどうかしら?」
シェイラが企み顔で笑う。
「ちょうど商品化されるのもその頃でしょうし、発表して人目を集めてから発売すると売れ行きも違うわ」
「別に売りたいわけでは」
「商人は売りたいの。飛行板では儲けられなかったのだから、ここでは儲けないと!」
「はあ」
「シーカー魔法学院で開発されたものだと知れたら、まあシウ君が作ったというだけで人気はあるでしょうけど、売れるわよー。ついでに使い方指南もしてくれるでしょうから、商売人もやりやすいわ」
さすが、商人ギルドの職員だ。作った人間に宣伝と使い方指南まで指示してくる。
シウは生産科からの文化祭参加も打診されていたので、そっちでやるかと、シェイラには了解した。
他に、一般市民向けの圧力鍋の販売も順調に始まったと聞いてホッとした。
この圧力鍋についてだが、シウ自身はほとんど使わない。ブラード家で作業する際に料理長と一緒になって使うぐらいだ。
というのも、味噌やら醤油などを作る場合は、空間壁で囲んでから発酵を促すよう魔法を使って作っていたので、いつの間にかできてしまったのだ。促進魔法が使えるので、空間魔法に関与して使えるようになったのだろう。
対象物を取り囲んで促せば良いだけなので、火をつけたままのカレーもあっと言う間だ。煮込み料理なんて1秒で終わってしまう。
以前、実験として1分その状態で置いていたら、中身が消し炭となってほとんど消えていた。怖い話だ。
使う時には細心の注意が必要な魔法だけれど、それは圧力鍋自体も同じだよなあと思っている。
翌日は冒険者ギルドの仕事を受けることにした。
採取が主だが、シアーナ街道周辺を見て来てほしいとギルドからの直接指名依頼も出ていて、フェレスと共に行ってみた。
シウとヴィンセントが角牛を生け捕りにして持って帰ってきたことで、貴族からの依頼が大量に出てしまったらしく、現在シアーナ街道を中心に冒険者が数多く森の中を彷徨っているらしい。
いくらギルドが、もう角牛の大半は南へ移動したと説明しても、ギルドを通さずに直接依頼した貴族もいるらしく、会員である冒険者達が動いてしまったそうだ。
依頼内容が実際とは異なるものもあって、調べるのに時間がかかっているというのもあり、シウが森周辺へ行くならと頼まれた。
フェレスは相変わらず最速で森まで飛ぶと、遊んできていいよと言われて「にゃあ!」と喜んで飛んで行ってしまった。
時折戻ってきては、ぐりぐり体を擦り付け、また木々の中へ突入していく。
それに苦笑しながら採取を繰り返し、自分の分まで余分に採ってから2つ目の依頼を果たすべく、街道沿いを進んだ。
飛行板を使っての移動で、クロは時折パタパタと羽を動かして自分も飛ぼうとしていたが、あくまでのシウの頭の上であり、賢い子だった。
ブランカは反対に、自分も飛行板に乗って飛びたいのかしきりに飛行板の上に下ろせと鳴いて、下ろしたら下ろしたで高さに怯えて「みゃぁみゃぁっ!」と震えて鳴く、というのを繰り返していた。
高い、を怖がる子で良かった。
実際に何度かテーブルの上から床に落ちて、みぎゃっと鳴き叫んでいたこともあるので痛い目を見ないとダメだなと思ったものだ。
「まだ自分で飛べないんだから、ダメだよ。ほら、戻っておいで」
飛行板の上で屈んで、ブランカを抱えてから、背負子を作ったのでその上に乗せた。シウの背中部分にあたるところは魔法袋があり、その上に椅子となるよう組んだものだ。ちょうどシウの後頭部にあるので、ブランカは前足をシウの頭の上に乗せて景色を眺めている。
リードは背負子に括り付けているが、落ちたら一瞬でも首が閉まるだろうから、落ちないようにと注意する。
「みゃ」
「返事だけは良いんだよなあ。クロ、お前は羽があるけどまだ飛べないんだからね。ブランカみたいな無謀なことはしちゃダメだよ」
「きゅぃ」
分かってると頷いて、クロはシウの後頭部に視線を向けたようだ。
「きゅぃ」
「みゃ」
2頭だけに分かる会話かなと思いつつ、街道には問題がないので森に分け入った。
全方位探索では、普段よりも多い人の数が示されていた。
どうも、冒険者以外にも、貴族の一行が来ているようだ。大所帯が幾つかあるようだった。
街道沿いの森以外にも南西の草原あたりにまで出張っている一行がいる。草原付近ならばさほど気にすることもないが、森の中にまで入っているのは些か問題がある。
シウはフェレスを呼び寄せて、そちらへ行くことにした。
冒険者ギルドからも問題行動がある冒険者や貴族がいたら注意を促すよう、指示されていた。
その為、山中で時折出会う冒険者達には念のため注意をして回った。
「もし角牛探しをしているのなら、このへんにはもういないので止めた方が良いですよ。ギルドからの指示です」
「うっ、いや、俺達は別の依頼でだな」
「だったら良いんですけど」
「……本当にこのへんにはいないのか?」
「さっき上空からも見たけどいないよ。探知もかけたけど。情報では南西の、エルシア大河あたりで群れに遅れた一部がまだ残っているらしいね。山中には、浅いところでは見かけてないけど」
もちろん、逸れた角牛がいることは知っているが、彼等の装備ではそこまで行くのは無理だ。
嘘は言っていないが、本当の事も全部話さずにそう教えてあげたら、シウのことは知っているらしく大抵の冒険者は諦めて帰って行った。
問題は貴族の一行だ。
上空から様子を見ていたら、騎獣を連れていたらしく気付かれてしまった。
「おい、貴様! 貴族であるわたしの頭上を飛ぶとはどういうことだ!!」
真上は飛んでいないのになあと思いながらも、ついでだからと降り立った。飛行板は背負子の横に引っ掛けて完全に対峙する。
フェレスには辺りを警戒しておくよう指示を出していたので、まだ飛んでいた。
「あいつも下ろさないか!」
「あれは警戒中です」
「はあ!? 訳の分からないことを、とにかく下ろせ!!」
困ったなあと、彼を守るためだろう騎士が横に立っていたので視線を向けた。騎士は、
「すまぬが、我が主が話をしたいと言っておる。お前の騎獣を呼んでくれ」
と申し訳なさそうに言ってくるが、それはそれ、話がおかしい。
「騎獣に話をするんですか?」
「そういうことではない!!」
貴族は地団太を踏みかねない勢いで怒っていた。
仕方なく、シウは溜息をもらすように、告げた。
「でも、北西にルプスが4匹、北北東に岩猪の群れ、少し離れて北東にコボルトの群れがありますけど」
「何? なんだとっ」
「だから上空から警戒させてるんですけど」
「それは本当か?」
騎士が前のめりになって聞いてきたので、シウは頷いた。
「その注意もあって来ました。元々は冒険者ギルドからの指名依頼で、角牛狩りに出た無謀な人を見かけたら注意して回るようにという仕事だったんですけど」
まさかあなた達は違いますよね、という視線を騎士と貴族に向けた。貴族は気まずかったのか視線を外したが、騎士は顔色を変えた。
「ギルドから、指名依頼か」
「角牛の情報はギルドが一番把握してますので。今はもう南西のエルシア大河付近に遅れた一部がいるのみです。残りは彷徨って森の奥深くに行ってしまい、それを目当てに魔獣も動いてますが、そもそも魔獣は人間が好きですから、入り込んできた人間を狙って方向を変えているようです」
「やはり、そうか」
騎士もそれは分かっていたらしく、主を諌めきれなかったのだろう。
その目が怖く輝いて、貴族を見ていた。
自分を守るべき騎士に睨まれて、若い貴族の青年は言葉に詰まったようだ。
「だ、だが、しかし、ここまで来て遅れを取るなど」
なんとなくその口調から、誰かと競って来ているのだと想像ついた。
「もしかして、北東に向かった一行や、南西にある草原の一行と競争してます?」
「うっ」
図星だったようで、目を逸らされてしまった。鑑定では年齢が25歳と出ているのでまだまだ若い。ノリで来たのか、乗せられたのか。とにかく、ここは危険だ。
「今はまだ追いつかれませんけど、そのうち来ますよ。あなたにはドラコエクウスがいて逃げられるでしょうけど、お付きの人達は徒歩だし、馬も森の外でしょう?」
街道に入る前の、まだ林といった場所に貴族のテントが張ってあったので、そこに大きな荷物は置いているようだ。馬車もあったが、角牛を見付けたとしてどうやって戻る気だったのかちょっと聞いてみたい気はする。
「お付きの人を餌にして逃げます?」
「な、なんてことを言うんだ!!」
「だったら、今すぐここから離れてください。草原だとて安全なわけじゃない。ましてやここは森の中なんです」
シウが頑として返したら、さすがに貴族の青年も自分の無謀さに気付いたようだ。
「わ、分かった」
その言葉を待っていたかのように騎士が急いで全員に命じる。すると、護衛達を含め従者達が急いで荷物を抱え直し方向転換した。
皆、森の中で不安だったようだ。シウのことを救世主が来たかのように見る者もいた。無謀な上司がいると大変である。可哀想にと同情しつつ、シウはその場を離れようとした。
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