555 直情型への説明と騎士資格剥奪




 思い当たることがあったのだろう。

 そしてひとつ分かったことがあれば、次々と思い浮かぶ出来事があったに違いない。

 まるでパズルのピースがはまっていったかの如くに、ヒルデガルドは何度か目を見開いていた。

「では、では、わたくし、わたくしは、騙されていたの、ですね」

 ハッと顔を上げ、身を翻そうとしたところで、シウはサッと前に出た。両手を広げて通せんぼの格好だ。

「色々と利用されていたところはあると思いますが、でも先に言っておきますけど、あなたのその脊髄反射的な、じゃなかった、思いついたら即行動するところが一番いけないのです」

「なっ、なんですって!」

 拳を握って震えているヒルデガルドに、それからお付きのユーリアや護衛達にも目を向ける。

「一度立ち止まって考える、ということをお勧めします。あなたにはあなたの正義があるのでしょうが、それが果たして通るでしょうか? 今まで通りましたか? あなたは僕を憎んで嫌って蔑んでいたでしょう? その僕の言い分をどうして信じるのですか。僕が嘘を言っていると思わないのですか」

 ヒルデガルドはびっくりしてシウを見つめた。言われるまでそのことに気付かなかったようだ。

「洗脳されやすい人だから本当に気を付けてください。あなたは、まず、従者に恵まれていない。たぶん、幼い頃から育ててくれた教師にも恵まれていません」

 何を言っているのか分からないといった様子で首を緩く振られた。

 名指しされたことに気付いたユーリアは挑むような眼差しだったけれど、カミラほどいきり立つこともなく、ぎりぎりと歯ぎしりはしつつも黙ってシウを見ていた。

「あなたのその無駄に行動的なところを、身近な人間は誰も諌めない。学院での規則にも従おうとはせず、むしろあなたを貶めるのかと思うほどの過剰な反応です。でも一番の問題はあなたにあって、彼等を上手に使えていないのはあなたの力不足なんだ。そうしたあなたに育てた人も悪いだろうけれど、学校にこれだけの間通っていて何も学べなかったのだから、やっぱり一番悪いのはヒルデガルドさんご自身だと僕は思う」

「わ、わたくしを、悪いと言い張るのね?」

 いつもなら怒るところなのに、何故か呆然とした様子で力なく返された。

「耳に良いことばかりを言う、甘えさせてくれる従者ばかりを傍に置くのは止めた方が良いです。厳しいことを言う人こそ、あなたのことを考えているのだと思えば良い。元々あなたは、いじめられている僕を助けようと話しかけたりする優しい心の持ち主だったでしょう?」

 ヒルデガルドはビクッと体を揺らして、それからシウをまじまじと見つめた。

「本来は正義感のある優しい人なのだと僕は知っています。ただ、まあ、思い込みは激しいし、行き過ぎた正義感で周りは迷惑していましたけど」

 上げて落としたせいか、睨まれてしまったが、概ね正しい意見だと思う。

「……どうして、わたくしにそのようなことを言うの? 今更」

「この学院ではもはや、やり直しはできませんけれど、これからもずっとそんな状態だったらヒルデガルドさんも困るでしょう?」

 ぐっと、喉を詰まらせたようだ。

「従者の失態を止めるどころか煽ってしまったり、噂に惑わされて大勢の前で僕を詰ったりしましたよね。あと、主観で喋りすぎて妄想が過ぎました。あれ、僕が貴族だったら名誉棄損で何度か訴えられてますよ。いくら、嘘をつかれたり唆されたとしても、あなたは自分でちゃんと考えずに即行動に移っている。自業自得です。今もまた何も考えずに、自分を貶めたであろう相手に突撃しようとした。でも、それ、本当に正しいですか?」

「……わたくしに情報を流した者が悪いに決まっているではないの」

「本当にそうでしょうか? 僕が嘘を言っている可能性は? その人が騙されている場合は? 脅されて頼まれているかもしれないし、全く関係なく噂を話すよう唆された第三者という可能性もありますよね?」

 ヒルデガルドはようやく、息を吐いて、初めて落ち着いた様子を見せた。

「あなたはもっと慎重に物事を考えるべきです。他人が1分考えるなら、3分が必要だ。いや、もっとかな?」

 それはひどい、とティベリオが横で笑った。でも何度も頷いているので、彼もヒルデガルドの直情的なところが気になっていたのだろうと思う。

「復讐したいと思っているなら、それ相応の反動も心しておかないといけません。貴族ならなんでもできるだなんて思わないことです。万能なことなど、この世にはないのだから」

 そう言うと、ヒルデガルドはここへきて初めてふっと笑った。

「それは痛いほどよく分かっているわ」

 シウを見つめて、それからゆっくり目を閉じた。

「わたくしを追い詰めたのは、彼等ではなくてわたくし自身ということかしら?」

「そこまで理解できたなら、良いんじゃないでしょうか。僕としても、ヒルデガルドさんにこれ以上おかしなことになってほしくないし、以前のような心優しい人に戻ってくれたらと願っていますから」

「……あなたが言うと嘘のように聞こえてしまうわ。でも、そうね、考えなくてはならないことが、わたくしには沢山ありそうだわ」

 カミラのことだとか、と呟いたのでシウは苦笑した。

「彼女の事をどうにかしてもらわないと、僕は夜も安心して眠れません。絶対に、逆恨みして襲ってきそうです」

 冗談めかして言うと、ヒルデガルドは力なく頷いた。

「そんなことは、もうないわ」

 それきり黙ってしまった。困ってユーリアを見たが、彼は絶対に口を開かないぞと心に決めているかの如く、ぐっと噛み締めてシウを睨んでいた。

 仕方なくその後ろの、鑑定でしか名前の知らない従者の女性に視線を向けた。

 彼女はおろおろしつつ、俯いてしまった。

「えーと」

 困惑していたら、ティベリオが耳打ちしてくれた。

「全く反省の色が見えず、取調室を出たら君を無礼打ちするのだと息巻いていたそうで衛兵も扱い兼ねていて、魔法省に処分を投げたんだ」

「わぁ……」

「司法省との話し合いの結果、ラトリシアでは扱い兼ねるということで本国へ強制送還。あちらで騎士の資格剥奪、というところまでは決まったそうだよ」

「そうなんだ」

「最新情報だけど、彼女は本日移送される手筈となっている」

 そこまで聞いてヒルデガルドを見たら、視線を斜め下に向けてふっと小さく笑っていた。

「わたくし達も追って、本国へ帰国しますわ。カミラはわたくしが責任を持って再教育しましょう。ユーリアも、ね」

「姫!」

「あなたも、わたくしの騎士ならば、共に成長しようと頑張りなさい」

「ひ、姫」

「それとも、堕ちてしまった姫になど、もう仕える気はなくて?」

 自嘲気味の発言に、ユーリアは目を見開いて驚いたあと、首がもげるのではないかと思えるほど横にぶんぶん振った。

「そのようなこと! 不肖ユーリア=ライツ、ヒルデガルド姫に一生仕えると心に決めております。どうぞ、命尽きるその時までお傍に侍らせてください!」

「うん、そういうことは他所でやってくれるかな」

 まるでシウの心を代弁したかのように、ティベリオが爽やかな笑顔で彼等に突っ込んでいた。

 でも、2人とも、堪えてはいないようだった。その後幾つかのやりとりを繰り返し、ティベリオがなんとか彼等を追い出したころには、関係ない生徒も含めて全員がぐったりしていた。


 シウが悪いわけではないと思うが、騒がせた一端はあると自覚しているので、お詫びとして生徒会室にいる人達に賄賂、もといお菓子を提供した。

 グルニカルやミルシュカなど元々シウに好意的な生徒は率先して、そうでない生徒も他の子達に連れられてやってきて、思い思いのおやつを手に席へ戻っていた。

 従者や護衛の人にも、職務中というのもあるだろうから交替でどうぞと渡しておいて、シウも実行委員の仕事に戻った。

 プルウィアはずっとけらけら笑いながら、口の周りをメープルクリームで汚していた。

「あー、もー、スッキリしたわ!」

「うん、そうだね。あと、クリーム落ちるよ」

「これで厄介ごとがひとつ減ったのよ。おかげで文化祭にも集中できるわね」

「うん。それはともかく、プルウィア、クリーム、あっ」

 ぼたぼたっと落ちたのを、慌てて手で押さえて、それを行儀悪く舐め始めてしまった。周囲の実行委員の生徒が唖然として見ている。

「プルウィア、行儀悪いよ」

「あ、そうね。ごめんなさい。でもメープルだからもったいなくて」

 全く悪びれもせずに謝り、ぺろんと舐めてしまった。男子達が思わず目を反らしていたのは紳士だからだろう。女子はびっくり顔のまま固まっていた。

「でも、この、しゅーくりーむ? は食べにくいけれど美味しいわね」

「食べ方にコツはいるかもね。でも他の人はちゃんと食べてるよ。プルウィアがかぶりつきすぎなんだよ」

「え、そうかしら」

 そうです、と言わんばかりに周りの生徒達が静かに首を縦に振っていた。


 毒気の抜けたヒルデガルドが消えてから、おやつを食べることで心機一転、和気あいあいとした空気になった。

「これも角牛乳から作ったのかい?」

「それは普通にただの牛。でも充分に美味しいクリームでしょう?」

「へえ、そうだね。こっちの果実オレは角牛乳なんだよね」

 果実を絞ったジュースをガラス瓶に入れて並べ、隣りに角牛乳の入ったガラス瓶も用意した。それぞれ好きなように作ってもらおうと思ったのだ。

「こういうの、文化祭でも出せたら良いのにね」

「飲み物屋なら申請が出ていたよ」

「シュークリームは?」

「生徒会ではそこまでできないよ。どこかに委託するのはどうだろう」

 シウを苦手としていた生徒達とも、いつの間にか壁がなくなって話をしていた。

「それはそうと、その、さっきはつまらない態度を取って悪かったな」

 後で謝ってくれた生徒もいて、ヒルデガルドの襲来もある意味では結果良し、だったのかもしれない。

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