554 やってきた猪突猛進
ヒルデガルドは、靴音を鳴らしながら実行委員が集まるテーブルへやってくると、シウを見付けて大きく手を振り上げた。
叩くつもりなのは分かっていたが、ここはひとつ叩かれてみるべきかなとジッとしていたら、止めに入る人がいた。
プルウィアと、ティベリオだった。この2人はさすが、心の準備は出来ていたようだ。すぐさま我に返ったらしい。
「ちょ、ちょっと、止めなさい、ヒルデガルドさん」
間に入って叩かれたのはティベリオだった。プルウィアはシウを庇うように抱きしめてきた。座っていたため、まるっきり彼女の腕の中に頭がある状態だ。
むぎゅっと押し付けられて息が出来ずに、つい、
「ギブッギブッ!」
と声が出た。
「あら、苦しい?」
慌てて突き放すように押されたので、ガクンと首が揺れる。
それでも抱きしめられる苦行から解き放たれたので、シウはホッとして笑った。
「息が出来なかったよ……」
「あ、ごめんなさい。ちょうど良い抱き心地だったのね。つい力が入っちゃったわ」
悪びれもせず、プルウィアは肩を竦めた。
その間に、ティベリオの方はヒルデガルドと対峙していた。
「いきなり暴力を振るうなんて淑女としてはどうかな」
「邪魔しないでくださるかしら。それにこれは暴力ではありませんわ。指導ですの。誰もやらないからこそ、わたくしが身を切るのです」
彼女の台詞に、ティベリオはぽかんとしてしまった。
シウだって驚きだ。
「その前にヒルデガルド様、わたくしどもの主に謝罪をお願いいたします」
ティベリオの従者で、ロジータという女性が間に入った。彼女は冷静な人だけれど、それでも怒っているのは誰の目にも明らかだった。
その彼女に対して、ヒルデガルドは眉を顰めた。
「従者ごときが前に出るなど、どういった教育をしているのかしら。そもそも、あなたは主の行動を防ぐべきでしたわ。わたくしの行いを邪魔しておいて、更に謝罪を要求するなどとても失礼な事なのだと認識なさい。まったく、ラトリシアの貴族の方々は一体どうなっているのかしら」
あ、話が通じない。
怒っていたロジータも一瞬怯んだようだ。しかし、ティベリオの連れている中でヒルデガルドに物を申せる立場なのは彼女ぐらいだ。他は身分が低かったり騎士であったりして、立場上難しい。
ロジータは奮い立って、更に前に出たのだが、ティベリオに止められた。
「よしなさい。これは君には無理だ」
「しかし――」
「下がっていなさい」
はっきりと命令されて、ロジータは数歩下がった。その顔には不満やら不安が渦巻いているのが見て取れる。
実際、話の通じない貴族令嬢を目の前にしたら、不安にもなるだろう。
先日のヒルデガルドの言動と似ていて異なる。あの時は、同じような台詞でも彼女の方がおかしく聞こえた。今はティベリオがおかしいとは感じられない。
ヒルデガルドは一体どうしちゃったんだろうと、思ってしまう。以前は空気の読めない人ではあったが、親切にしてくれていたように思うのだが。
そんな風に内心で首を傾げていたら、目の前でティベリオがヒルデガルドに再度注意をしていた。
「突然やってきて、暴力を振るうことは淑女でなくともやってはいけないことだ。それさえ理解できないと言うのなら、君はすでにシーカー魔法学院の生徒としての資格はないよ」
ヒルデガルドの眉が片方だけ歪められた。何を言っているのだコイツは、といった顔だ。同じことを彼女に言いたいが。
「恐ろしいことに、君には君の中でだけ成立する法律が存在しているようだが、我が国ラトリシアのみならず、シュタイバーンでも、暴力は許されていないのだよ? しかも君は再三に渡って学院内の秩序を乱してきた。看過できないほどにね。僕は生徒会長として初めて、この権限を使用しよう。君を退学除名処分とする。その理由は先にも言ったけれど、今こうして行動している、これこそだよ」
そう言って、自らの頬を撫でた。
「……所詮あなたもラトリシア貴族の一員ね。邪魔をしたのはあなただと言うのに、それを逆手にとって、わたくしを貶めるのでしょう。結構よ。わたくしも、このような国の学校になど未練はございませんから。ですが、そのことと、シウのことは別です。お退きなさい」
扇子でティベリオを指して言い放っていたが、最後にそれをシウに向けた。
「この悪魔を成敗しなければ、わたくしの正義が許しません」
しっかりとシウの目を見て、彼女は続けた。
「この悪魔付きだけは、なんとしても始末して見せますわ」
その目がギラギラしていて、本当に引いてしまうほど気味が悪かった。
むしろ彼女こそが悪魔付きなのではないだろうかと思うほどだった。
ちなみに彼女を鑑定しているので、悪魔が付いているということはなかった。
それだけにどうしてこうも頭がイッちゃっているのかが不思議だった。
恋に破れたことがストレスになったのだろうか。
シウは恋をしたことがないので、イマイチ理解できない。
さて、これほどヒルデガルドが憤慨している理由が、彼女の口から説明された。
彼女は今朝の事件を耳にしたらしく、我慢ならないということでやって来たそうだ。
謹慎処分の彼女に誰が情報を伝えたのか、想像がつくだけに頭が痛い。
この騒ぎでヒルデガルドを学校から追い出したいのだろう。楽しんでいた騒ぎも、過ぎれば厄介なだけだ。そろそろお引き取りをと願ったのか。
「貴族同士の揉め事に流民如きが裁きに入ったと聞きましたわ。それは、以前あなたが言った、ラトリシア国の法律に背くのではなくて?」
「仲裁に入ることが?」
シウの答えに、ヒルデガルドはふふんと勝ち誇ったような顔になった。
「貴族の揉め事には資格ある者しか介入してはならないと決まっておりますのよ!」
「つまり、ヒルデガルドさんは、今までか弱い女性の味方をして正義感を振りかざしていたのに、ことここに来て僕を遣り込めると思ったからそれらに蓋をして見ないフリをし、意気揚々とやってきたわけですね?」
「……相変わらず、憎たらしい言い方をする子だこと。本当に卑しい身分の者は、どこまでも卑しい考えなのね」
特に否定されてなかったので、肯定されたと認識して話を進める。
「クラリーサ=ヴァーデンフェ嬢がヴァレンテ=スカルキ殿に、嘘の話で大勢の中貶められたのですが、それはヒルデガルドさんがもっとも憎むべき筋書きなのではなかったですか? ちなみにどういう風にあなたの耳に入ったのか知りませんが、クラリーサさんが言われたのは『女のくせに魔法学院へ粋がって入学し、馬車の乗降ものたのたとして周囲に面倒を掛けていた』ですけれど」
それを聞くと、さすがのヒルデガルドも怯んだようだった。
知らされていなかったのか、え、という声も漏れ聞こえた。
「それから、あなたに誰が告げ口したのか分かりませんが、その方の情報を鵜呑みにしないことをお勧めします」
「なっ、何を」
「停留所で起きた事件ですので、これは学校敷地内となります。学校内に、身分は存在しません。貴族同士の揉め事が起こっても、基本的には生徒会が平定します。もちろん喧嘩を始めた生徒を仲裁するのは同じ生徒で問題ありません」
「で、では」
「たとえ流民の僕でも、揉めている生徒同士に口を挟むことは許されているんです。そもそも、その法律自体、常識的な範囲でなら庶民が物を申したって良いんですよ。ただ貴族と言うのは強権主義なところがあるから『揉め事に庶民が巻き込まれない』ための法律としてできただけで決して『貴族のために』できたものじゃないんです。成り立ちまでの説明も別紙参照で書いてあるはずです」
ヒルデガルドの顔が真っ赤になった。が、この際なので最後まで言ってしまう。
「今朝の件は、明らかにクラリーサさんが狙い撃ちされていました。つまり、仕組まれていたんです。どう転んでも良いように、だと思います。実際、あそこで仲裁に入って上手く事が終わりましたけれど、終わらなければたぶん、名誉回復の機会を与えるとかなんとかって手口で関わって来たんでしょうね」
「意味が、分からないわ」
「そうでしょうね。ヴァレンテ殿もヒルデガルドさんも、使われているだけですから」
ヒルデガルドがムッとした顔でシウを睨む。彼女に付き従っていたユーリアという騎士も、苛立ちを隠さなかった。
「クラリーサさんは、戦術戦士科の生徒です。以前、戦略指揮科の人達が勝手に授業に割り込んできたでしょう?」
「……あれは」
「ニルソン先生が勝手にやったことだとは聞いてますけど、教授会で問題になっているのに未だに彼は、戦術戦士科と合同授業を行おうと画策しているらしいです」
「それのどこが問題なのかしら。授業内容としては有り得ない話ではないわ」
「問題大ありです。生徒を虫けらのように扱うニルソン先生の進める合同授業なんですよ? もう少し頭をフル回転させてください」
庶民言葉で意味は分からなかったようだが、ニュアンスは伝わったらしく、ヒルデガルドが眉間に皺を寄せた。
「人格に問題のある人が提出した合同授業の企画がそもそも常識的だと思います? しかも尽く却下されている、そんな中での生徒同士の争いごとです」
そこまで言われてヒルデガルドもハッとしたようだった。
「丸め込んで、合同授業と称して戦術戦士科の生徒を叩きのめそうと?」
「そうです。今回は無理でしたが。でもただでは転ばない人がいた。あなたに情報を流し、ついでに問題を起こしてくれたら、今まで利用していたあなたを排除できると考えた『人』がいるわけです」
話を聞いていたヒルデガルドの顔から、血の気が引いていった。
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