553 味見時間と文化祭準備




 昼休みの食堂では、普通の牛のすじ肉で作った味噌煮込みを出してみた。

「うわ、これ、とろっとして柔らかい……」

「面白い食感だな」

「お米が合うって言ってたけど、分かるなあ」

 味見係の生徒達が片手におにぎりを持って食べていた。

「これ、煮込むの?」

「圧力鍋で作るから、さほど煮込まないよ。普通に作ったら半日から1日かかるけど」

「え、そうなの?」

 うわー、面倒だわ、とプルウィアが顔を顰めた。

「でも角牛じゃなくても普通の牛でもこんなに美味しいんだね」

「うん。作り方次第だよ。すじ肉は不人気だから安く仕入れられるし、食堂のメニューにどうかと思って」

「あ、俺はアリだな」

「僕もこれは好きだ。天ムスも良いけど、これをおにぎりに入れても美味しそう」

「分かる分かる」

 わいわいやっている横で、何故かもう当然のように食堂担当の職員フラハが座って食べていた。

「実は今度の文化祭で食堂でも出店しようと話しておりまして」

「あ、良いんじゃないですか」

「はい。もちろん、昼時に生徒向けとして開けることは当然ですが、それ以外の時間にもメニューを披露できたらと思っております」

「頑張ってください」

「はい。料理長も張り切っているので新作も出ますよ」

「楽しみですね」

 横にいた生徒達もフラハに応援の言葉をかけていた。


 先日、生徒会からも正式に発表されたが、文化祭を草枯れの月の最初の週末に行うこととなった。任意なので、参加しなくても良いが、研究成果を発表できる場ということもあって概ね好意的な生徒が多いそうだ。

 規則もあって、摺り合わせが大変だけれど生徒会としても張り切っている。

 シウもできるだけ手伝いをするつもりなので今日も授業終わりに顔を出す予定だった。

「わたし達もクラスで何かできたら良いのだが」

「えっ、俺もやるのか?」

「わたしは無理よ」

 エドガールとシルトが話し合いをしていたが、プルウィアが一刀両断だ。

「どうしてだい? 勉強を必死にやるほど、君は落ちこぼれていないよね?」

「実行委員だもの、わたし」

「え、そうなのかい?」

 驚くエドガールに、プルウィアが胸を張った。その胸のあたりをエドガールとシルトが見て、そっと視線を外している。紳士的なのかどうか分からない仕草に、シウは苦笑した。でも、男性ならどうしたって女性の魅力的だと思える部分につい目が行ってしまうのは仕方のないことらしいし、咎めるつもりはない。それにすぐ視線を外していたのだし。

 しかしプルウィアはそうは思わなかったようだ。

「何よ、その残念そうな顔は」

「いや」

「なんでもねえ」

「ふん。どうせ、エルフの女はって、思っているんでしょう? こういうのは種族特性というのよ!」

 意味が分からずシウがぼんやり見ていたら、プルウィアがちょっと驚いたような顔をしてシウを見た。

「……もしかして、シウって箱入り息子?」

「は?」

「冒険者として働いていても、誰もこういう話をしないのね。すごく有名な話なのに」

「何が?」

「……それはわたしからは言えないわ。察して欲しいわ、ってそれも無理なのかあ」

「プルウィアさん、そうしたことは女性が言うものではないよ」

「あら、しっかり見ておいて、それはないわ。エド、あなたが後で教えてあげて」

「ええ!? いや、それは」

「そういうところは紳士なのね」

「それはその。いや、さっきは失礼しました」

「あら。いいのよ。慣れてるもの。みーんな、エルフだって分かるとすぐ見るんだから」

 人族の男って俗よねーとプルウィアは肩を竦めていた。

 その間、何故かシルトは尻尾をしょぼしょぼさせて、俯いていたようだった。

 後ろでコイレが「紳士としての振る舞いを!」と注意していたので、何かしら失敗したのだろう。

 大変だなと思いながら、シウはフラハや他の生徒の話を聞くことにした。



 午後の授業を終えた後、シウはファビアン達に文化祭の実行委員になったからと断って、少しだけ話をしてから生徒会室へ向かった。

 プルウィアとも生徒会室の前で落ち合って、中に入る。

 すでにルイスやウェンディ達も来ていて、実行委員同士で仲良く話をしていた。

 シウを気に入らないと思っている生徒会のメンバーもいるけれど、特に邪魔をするということもなく遠目に見ているようだった。

「では、秋休みを挟んでの準備だけど、計画を立てて頑張ろう」

 実行委員の代表もティベリオなので音頭を取ったのも彼だった。ただし実際に動くのは違う人で、ティベリオも信頼しているそうなグルニカル=ブラントという生徒だった。補助としてミルシュカ=エドバリという女性もおり、2人が主体となって実行委員を動かすそうだ。

 幸い、彼等はシウに対して好意的だった。

「よろしくね、シウ君」

「はい。よろしくお願いします」

「じゃあ、早速、各クラスから出ている希望の内容を確認しようか。規則に沿っているかどうか、その内容で本当に問題がないか、細かな点を各自で見てほしい。二重確認にするから気負わなくても良いが、適当にするのとは違うから気を付けてね」

 グルニカルがもっともなことを指示して、仕事が始まった。

 シウも流れ作業的に書類を見て行ったが、半数近くが甘い内容で頭を抱えた。

「どうしたんだい?」

「グルニカルさん、えーと、これ、あまりにもひどい企画書で」

「あはは。そうかそうか」

「笑いごとじゃないですよ……」

「こっちは、逆の意味でひどいわよ」

 プルウィアが書類を振り回して怒っている。

「こんな発表会、誰も見たくないと思うのだけど!」

 見たら、洗浄トイレについての研究と題したもので、どう見てもカスパルの提出したものだった。

「個人で出されているから興味津々で見てみたら、全然面白くないし楽しくないわ」

「どれどれ、あー、研究内容自体は高度なのになあ。これでは、本当に、ただの研究者の報告会だね」

 高度すぎて、一般人どころか魔法学校の生徒でさえ敬遠するような、ダメなパターンの発表だ。

「……ええと、名前は、カスパル=ブラード、ブラード家? ……あっ」

 グルニカルが気付いたらしく、サッとシウを見た。プルウィアもシウを見て、あ! と声を上げた。

「シウがお世話になっている家の人?」

「うん」

「「…………」」

 2人から残念なものを見るような視線をもらってしまった。何故シウがもらうのか分からないが。

「えー、ゴホン、それはまあ没にしておいて。で、残ったのはこれだけか」

 グルニカルは話題を変えて、少ない書類を前に、うーんと唸り始めた。

 そこにミルシュカが割って入る。

「ねえ、グルニカル、教室が足りるかしら」

 彼女は全体の計画を立てて、場所や人員の確保などを決めている。

「足りるんじゃないかな。だって、これだけしか残らなかったよ」

「あら」

 ミルシュカは目を真ん丸にしてグルニカルの手元を見た。

「……少ないわね」

「やり直しが通ったとしても、全部とは行かないだろうね」

「まだ知らない生徒もいるから追加で申請されるとしても、そんな様子なら結構弾かれそうね」

 彼女はシウ達を見て、笑った。

「審査の目が厳しくて嬉しいやら、申請した人にとっては残念な話ね」

「こら、そんな言い方したらシウ君達だってやり辛いだろ」

「はあい。ごめんなさいね。でも、これぐらいで良いのよ、生徒会は」

 フォローも入れてくれるので、嫌味とは思っていないが、はっきり言う人だ。

 ただそのさっぱりした気性がプルウィアとも合うらしく、没にした企画書のどこが悪かったのかを説明しているうちに2人は仲良くなっていた。


 ルイス達も同年代の生徒と話をしながら、突っ返す書類のどこが悪かったのかを説明する手順などを話し合っていた。

 実行委員には生徒会メンバーはもちろん、次のメンバーとなりうる期待の新人も多く参加していて、皆一生懸命だ。

 足を引っ張っても良いことはなく、良い意味でライバル心があって共に意見を出し合っていた。

 なかなか良い雰囲気だなーと呑気に考えながら書類をめくっていたのだが、そこで全方位探索にある人が引っかかった。

 ヒルデガルドだ。

 どうしてこう、面倒事が向こうからやってくるのだろう。

 逃げも隠れもできない状況で、シウは溜息を吐きつつ、生徒会室の扉に目を向けた。


 シウが一点を見つめるのに、最初に気付いたのはプルウィアだった。

「どうしたの?」

「えーと、揉め事が向こうからやってきた」

「え?」

 彼女と話をしていたミルシュカもどうしたのとシウを見て、それからその視線の先に目を向けた。

 同時に扉がバンと開かれる。

 皆が一斉にそちらへ視線を向けたが、ヒルデガルドは怯むことはなかった。むしろ堂々とした態度で、胸を張るようにして言い放つ。

「シウ=アクィラ! ここにいるわね!?」

 生徒会室が嵐の前の静けさのように、一瞬シンと音を失くした。

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