552 争い事の決着、今後の動向
青年達にも有無を言わせず、馬車の近くまで来てもらい、まだ戸惑うクラリーサを馬車の中に押し込んだ。
ぶつけられているので後輪やら後部がおかしなことになっているが、座席は綺麗なもので、乗降には問題ない。
ジェンマとイゾッタもシウの言いたいことが分かるらしく、クラリーサを押し込んでいた。
「さあ、降りてください」
「え、ええ」
いつも通りとはいっても、多少ぎこちないながらも降りてきた。
「ありがとうございます。では、ヴァレンテさん、どうぞ」
「は?」
「ですから、乗ってください。それからいつも通り降りてください。早くしてくださいね。授業が始まります。そもそも男性なのだから、乗降は早いですよね?」
ヴァレンテはむっとして、クラリーサの馬車に乗ろうとした。が、手助けがなくて、少し戸惑っていた。
「おい、ランスロット!」
「はっ」
従者がやってきて、手を沿える。それから優雅に乗り込んだ。この時点で、関係ない生徒達や、まだ揉めているのかと慌てて集まった職員がふと笑っていた。
「では降りてください」
「分かった。おい、ランスロット」
ヴァレンテは手を指し出したランスロットに何の不思議も感じず、降りた。
そして、これがどうしたんだという顔をした。
シウはひとつ頷いてにっこりと笑った。
「皆さん、嘘偽りなくお答えください。どちらが乗降に時間がかかってましたか? また、わざとゆっくり乗降したように見えたなら教えてください」
さっきまでのざわめきが、途端に消えた。
静かになった空間に、ブランカのつまんないというような声が上がる。
「みゃぁ」
「……よしよし、つまらないよね。ごめんね」
撫でながら、シウは全員を見回した。
「こんなつまらないことをする場所じゃないですよね? ここはどこですか」
「学校ね」
クラリーサがぽつりと呟いた。
「そうです。学ぶべきところです。ということで、これでヴァレンテさん達も新たに学べましたよね」
「な、なにを」
「女性でも馬車の乗降は普通に行えるのだということが、です。だってご存知なかったのでしょう?」
ぐっ、と喉を詰まらせて、ヴァレンテが顔を赤くした。
ここで知っていたと言ったら嘘になるし、知らなかったのなら恥だ。そもそも、嫌がらせで行ったことを職員が大勢いる中でばらすことになる。
「馬車の輪転が上手く行っていないのは、学校側の問題であって、彼女達のせいではないことも分かってくれましたよね? そもそも、貴族とは紳士たる振る舞いをしなくてはならないのだから、前が閊えていたからといってぶつかって良い道理はない」
黙っている彼等に、シウは半眼になって続けた。
「まずは、謝罪をしましょう。謂れなき辱めを、大勢の前で受けた女性に対して」
「そ、それは」
まだ四の五の言う彼に、さすがの職員も口を挟んできた。こうした生徒同士の揉め事には訴えがなければ極力無視を通すのだが、問題を大きくしたいわけでもないのだ。
「彼が猶予を与えている間に、受けた方が得です」
「は?」
そこにランスロットという従者も小声で告げていた。
「誓言魔法持ちの神官が複数人となれば、買収もできません。こちらの負けでございます。今ここで正式に謝罪すれば事を大きくしないと、彼は言っているのです」
「そう、なのか?」
ヴァレンテが不安そうにランスロットを見、それから味方のはずの仲間が徐々に及び腰になっている姿を見て、ようやく助けはないのだと悟ったようだ。
暫し躊躇したものの、クラリーサを見て、悔しそうな顔をしながらも頭を下げた。
「……御者や下男の言うことを真に受けてしまったようだ。見てもいないのに、あなたを侮辱するような発言をしてしまったことを謝罪する。申し訳なかった」
「では、発言の数々を撤回してくださるのですね?」
クラリーサが威厳を持って返事をすると、ヴァレンテは渋々頷いた。
「撤回すると約束しよう」
「そうですか。では、賠償などについては後ほど担当の者をやらせましょう。あなたの謝罪を受け入れます。しかし、名誉棄損については今しばらく様子を見させてください」
「なっ、それは」
「なにしろ、このように大勢がいる中で罵倒されたのです。わたくしも貴族女性の一員として今後どのような憂き目に遭うのかと思うと不安でございます。しっかりと父上ならびに担当の者に相談してみないことには、お答えできません」
「……くっ、わ、分かった。いや、分かりました」
そこでようやく話が終わったと分かり、職員達が手を叩いた。
「さあ、馬車の修理については我々が手配しておくので、生徒は急いで授業に出なさい!」
ヴァレンテ達は我先にと急いで校舎内へ走って行った。
残されたクラリーサ達とシウは、顔を見合わせて笑った。
闘技場へ行く間、シウはアロンドラの話をした。
「彼女が心配して僕を呼んだんだ。あそこの下男がしっかり見ていたらしいし、その後の話の変遷ぶりも聞いているようだから、後で神殿に一緒に行って誓言魔法にて書面に残した方が良いよ」
「そうか!」
クラリーサが返事をする前にダリラが我が事のように喜んで叫んだ。
「面倒事に巻き込まれると思って不安がっていたから、充分よくしてあげてね」
「分かりましたわ。本当に、ありがとう、シウ」
「ううん」
「以前からどうしたら良いか、話をしていたのに。いざとなれば驚きすぎて頭に血が上ってしまったわ」
ジェンマが話しながら、ダリラを見た。主にダリラが頭に血が上っていたようだ。
「も、申し訳ありません。つい、お嬢様を侮辱されて」
「いいのよ、ダリラ。ジェンマも嫌味を言わないで」
しゅんとするダリラを慰めながら、クラリーサはジェンマ達にもいたわりの言葉を掛けた。
「みんな、我慢してくれていたわね。ありがとう。あの場に第三者がいないので焦っていたけれど、今回はなんとかなったわ。これからも自衛のための勉強を頑張りましょう」
「はい、お嬢様!」
彼等がこのまま収まってくれるなら良いが、面子を潰されたと逆上する者もいるので油断はできない。クラリーサもそれを心配しているようだった。
ただ、名誉を守れたのは良かったと、心から安堵していた。
実際シウも、あそこで彼女が悪者になっていれば、今後の彼女の貴族女性としての人生に汚点ができるので口を挟んだのだ。
すぐに白黒をつけておかないと、噂と言うのは恐ろしいもので、アマリアのようになってしまう。クラリーサもそのことが一番気になっていたようだった。
だからシウのお節介も喜んでくれたのだ。
闘技場へ行くと、授業はすでに始まっていたが、騒ぎを耳にしたレイナルドからは叱責など出てこなかった。
「ヴァレンテってどこかで聞いた名だな」
「先生、お忘れですの? 先日、授業を邪魔した戦略指揮科の生徒の1人ですわ」
「ああ! それか!」
「他にも数人おりましたし、ベニグド殿か、あるいはニルソン先生の指示かと思ったほどです」
「女性蔑視発言もあったから、迷うところだよね」
シウも口を挟んだ。
レイナルドはシウに詳しく話を聞きたがったので掻い摘んで説明したら、女性に優しいレイナルドはムッとしたようだった。
「紳士とは思えん発言だな! くそ、俺の授業を受けていたらなあ!」
「先生……」
シゴキでもするつもりだったのかと呆れながらも、先生の優しさに笑顔となる。
「とにかく、ニルソン先生の指示かは分からないけれど、今後も手を出される可能性はあると思うから、レイナルド先生、対処法教えてください」
「おう、そうだな、シウ」
シウの発言でレイナルドは張り切って、気持ちを切り替えたようだ。
おかげで授業はノリに乗って、遅刻した時間以上に大幅にオーバーして進んだのだった。
ところで、並行してフェレスの訓練も行われている。
威圧をかけられたり、シウがやられていても我慢するという例の嫌な訓練だ。
このせいでフェレスにストレスがかかっていたらと思うと心配なのだが、ストレスがあったのは最初だけで、授業の間はもちろん苛立っているけれど、終わったらストンと憑き物が取れたように落ち着いていた。
過度なストレスは良くないが、定期的にあるのは人間でも良いとされていたから、そんなものかもしれない。
そして、クロやブランカも、遊んでいるように見えてサークルの中から度々訓練風景を見ていたらしく、いつの間にか我慢することを覚えているようだった。
最初はシウが苛められている姿が見えたら叫んでいたのに、静かにねと注意をしたら耐えていたのだ。
授業が終わった後、大丈夫だよーさっきのは訓練だからねーと言ったら、通じているのかどうか、フェレスと同じように甘えてきてすぐに落ち着いた。
幼獣のうちから可哀想だとは思うが、他の時間で充分に甘えさせてストレスを発散させてあげようと決めた。
今後、面倒事に巻き込まれるのは必至だ。なにしろ希少獣3頭、うち2頭は騎獣だから、どうしたって避けるのは無理である。
「離れ離れにならないよう、頑張るための訓練だからね?」
だから我慢してねと言えば、それぞれに「にゃ!」「きゅぃ!」「みゃぁー」と返事があって、シウは笑顔になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます