567 新作お菓子とパン披露、料理教室
シュヴィークザームは待ちかねた様子で、扉の前で立っていた。
シウが来たことには気付いていて、ここでジッと待っていたらしい。犬みたいだ。そんなことは言わない。なにしろ相手は鳥なので。
「里帰りしていたのか? 遅いので寂しかったぞ」
「ええと、もうお菓子無くなったの?」
「……寂しかったのは本当だ。お菓子は、まだある」
「あれ、そうなんだ。ごめんなさい」
「……いや、その、お菓子も欲しかったが」
素直に言うので、笑ってしまった。可愛い聖獣である。
以前、お菓子以外にもシウが作った料理が食べてみたいと言っていたので、今回は昼をまたいで食べてもらうことにした。
まずはお菓子の説明をしながら魔法袋に移動していく。
「それは?」
「ドーナツ。小麦で作ったお菓子だよ。油で揚げてるのと焼いたのと分けてる。油で揚げたのは腹もちが良くて美味しいけど、こってりしてるね。あっさり食べたい時は焼いた方を食べてみて。チョコ掛けとか、クリーム入り、リンゴ煮やジャム&クリームといろいろあるよ」
「……今、食べてみたい」
「どうぞ。どれが良い?」
「うーむ」
「シンプルなのは、ていうか基本的なのは砂糖を塗したこれね。中はしっとり、外はカリッとして甘いよ」
「よし、それにする」
目が嬉しそうだ。顔は無表情なのに。
ぱくっと食べて、シュヴィークザームは目尻を下げた。
「……これも美味しいぞ」
「だろうね」
言わずとも彼の目が物語っている。
その後もぱくぱく食べている横で、トウモロコシ粉で作ったチーズケーキなどを説明しながら収めて行った。
昼ご飯はメイドのカレンに要らないことを伝えて、3人で食べることにした。
いや、正確にはフェレス達も一緒なので3人と3頭だ。
「このパン、美味しいな!」
「本当に。とても柔らかいですし、甘味があって美味しいです」
「しっとりしているな。硬くもないし」
「ええ、これなんてほら、引っ張ったら生地が伸びるんですよ!」
今までカレンは控え目で自分から話をするような女性ではなかったのだが、一緒にご飯を食べるとまた違った姿を見せてくれた。
興奮して、あれやこれやと感想を言い合っている。
「我は、このベーコンエピとやらが好きだ」
「塩気のある食べ物もオッケーだったんだね」
「おっけー?」
「大丈夫、って意味かな」
「うむ。大丈夫だ」
クルミ入りのライ麦パンも喜んで食べていた。
シュヴィークザームは、料理には塩気のあるものを好むようだ。甘みのあるパンや惣菜パンよりも、しょっぱいものを選んでいる。
ハンバーガーも甘辛タレより、タルタルソースのかかったフィッシュバーガー、サルサソースを掛けたチキン揚げバーガーが好きらしい。
今回はパン系と野菜サラダ、スープなどを中心に出したが、ついでなのでカレーライスやハンバーグ、カキフライ、鮭の味噌焼きなどを魔法袋に入れてあげた。
ソースも味について説明したものを書いて、入れた。
あまり聞いていないシュヴィークザームより、カレンの方が信用できるので彼女に説明する。
「まあ、ではこのカレーというのは少し辛いのですね? ハンバーグにはソースが幾つかあると、はい」
真剣に頷いて自分用のメモにも書いていた。
その間、シュヴィークザームはその見た目に反して、まだまだ胃袋に入るぞと示すかのように食べ続けていた。
食後、帰ろうとしたら引きとめられてしまった。
ふと、来る時に近衛騎士と話したことを思い出して、寂しいのかなと同情心が芽生えた。
「何かして、遊ぶ?」
「遊ぶとな。我がか? うーむ、想像がつかん」
「だろうね。シュヴィはぼーっとしてるのが好きそう」
「ふむ」
シウの物言いに怒らない時点でもう、ぼーっとしている。
「あ、自分で料理が出来るように頑張ってみる?」
「聖獣が料理をするのか?」
「……ないよねー」
笑うと、シュヴィークザームは暫し考え、いやと頭を振った。
「やってみよう。まず、挑戦してみることだな。でないと、おぬしが来てくれない間、暇すぎて困る」
「……まあ、趣味を作るのは良いことだよ」
適当に答えたのだが、シュヴィークザームは目を輝かせていた。
「趣味!」
「シュヴィ?」
「趣味か、趣味、それはなんと素敵な響きだろうか。よし、行くぞ!」
あ、しまった。スイッチ押しちゃった、と思ったがもう遅い。
やる気になったシュヴィークザームが部屋を出て行ったので後を追うことにした。
護衛の近衛騎士数人とメイドを引き連れて、厨房へと到着した。
料理人達が何事かといった様子で遠巻きに見ている中、カレンが代表して責任者を呼んだ。
「どこかに独立した小さ目の使用可能な台所はございませんか? シュヴィークザーム様がお料理をされたいのです」
「え、はい、えぇっ!?」
「皆さまのご迷惑にならないよう、隅でも結構なのですが空いておりませんか?」
料理長やら、その上の役職らしい厨房長などが出てきて目を白黒させていた。
何度か相談し合って、メインの厨房を空けようと段取りを始めたのでそこまでしないでほしいと横から口を挟み、予備厨房のひとつを貸してもらうことにした。
こうした予備の部屋は幾つかあって、王城で大きな晩餐会が行われる時には助っ人が来て使うそうだ。丁度良いので借りることにした。
手伝いましょうかと声を掛けられたが、完璧な素人に料理を教えるだけなのでと、断った。
ものすごく興味津々だったようだが、聖獣ポエニクス相手には恐れ多くてそれ以上口は出せなかったようだ。予備厨房室から出て行ってしまった。
ただ、材料だけは借りることにした。
念のためカレンには、聖獣様の経費としてメモしておくよう頼んだ。
まず最初に何が食べたいのかを聞いてみた。それを目標に料理の練習を始める。
「ううむ。そうだのう。ベーコンエピが美味しかった。卵を挟んだサンドイッチも柔らかくて美味い」
と言うので、パンから入るならやがて菓子作りにも進めるだろうと、了解した。
「王宮のパン種をもらっても良いんだけど、僕の作ったのが好みなんだよね?」
「うむ」
「じゃあ、僕の酵母菌を分けてあげるね。その代わり大事に扱わないと死んじゃうから、気を付けて」
「し、死ぬ? それとコウボキンとやらは何だ……」
横ではカレンも面白そうにメモを取っていた。
どうせならと、王宮の料理人でパン担当をしている暇な人がいたら来てもらえるよう頼んだ。
その人に取り扱いも頼めば良いだろう。
近衛騎士に呼ばれてやってきた男性は、恰幅が良く、どう見ても若手じゃなくて本職の人らしかった。
まだ子供のシウの話を聞いてくれるか心配だったけれど、何故か最初から好意的に話を聞いてくれた。しかも、シュヴィークザームが頭の中を「?」で埋めている時には空気を読んで質問してくれたり、とても気を回してくれたようだ。
「では、酵母菌を育てながら維持し、それらを混ぜてパン種にするのですね。成る程、この菌を使うと膨らむのですか」
「王城で扱われている菌はあまり膨らみませんよね。この国の人や、デルフの人って固めが好きだし、それで合っていると思います。ただシュヴィは柔らかいのが好きらしいので、こちらを提供します」
「ふむ。それに、菓子にも使う膨らまし粉とは、なかなか発想が面白いですな。勉強になります」
「我は分からん」
拗ねてしまうシュヴィークザームに、これらをすべて計量して捏ね合わせ、発酵させたら良いんだよと言ったら、早くそこまでやりたいと言い出したので作業を進めた。
「じゃあ、一次発酵と二次発酵の時間やタイミングについてはパン職人さんに任せるね? そのうち慣れたら自分でやってみると面白いよ。じゃあ、発酵させて、と」
「それは何だ?」
「魔法で発酵時間を早めてるの。普通は時間をかけて寝かせるんだけど」
「む。我にも教えろ」
「いいよ。後でね。今は先に成形までしちゃおう」
「うむ」
子供っぽいので、パン作りで一番楽しい成形をさせてから、基本的なことを教えようと思った。案の定、捏ねたり捻ったり、パンをひとつずつ作る作業ではのめり込んでいた。
「おお、そうか。中にベーコンを入れてから、捻るのだな。切り込みは、む、深く入りすぎてしまった」
ぶつぶつ言いながらもベーコンエピを作って、他にもシウが用意したチーズをぐちゃぐちゃにして混ぜたりと楽しそうだった。
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