568 料理教室




 食パンや惣菜パンを窯に入れて焼いている間、火加減はパン職人の料理人に任せて、シウは料理作りに魔法を取り入れる方法を教えた。撹拌やら、いろいろ使えることはある。

 ただ、発酵を早めたりするのは難しい。一応、基礎属性だけで使える方法は分かっているので、シュヴィークザームには説明してみた。

「こうした入れ物でやると、やりやすいと思う。その中の菌の活動を早めてあげるんだ」

「時間を進めるのではないのか」

「それじゃあ、時間魔法だよ。そんな夢みたいな魔法あるの?」

「そういえば、聞いたことがない。そうか。ないのか」

 空間庫の中を早めることのできるシウだが、それは空間魔法の特性から出来たと思っている。促進魔法の影響もあるだろうが。

 時間魔法はもっと高等技術だと思う。

「あっても、魔力量すごく使いそうだね。パン作りに使う人いないと思う」

 笑うと、シュヴィークザームのみならず周囲にいた騎士や料理人が失笑に近い笑みを零していた。

 結局、促進魔法はイメージが追いつかないのか、使えないようだった。


 他には圧力鍋などを紹介し、使い方をくれぐれも気を付けるようカレンに告げた。

 待っている間に、サンドイッチの具材も作ることにする。

「ゆで卵を作ろう。簡単だよ。最初に卵を水につけて光属性で浄化をかけるんだ」

「浄化? 卵にか」

「殻がサルモネラ菌に冒されているからだよ」

「菌は、さっきも使ったではないか」

「あれはパン種になるの。食べても良い菌、悪い菌ってあるんだよ」

「そうなのか」

「お腹を壊すから、生食できないのはそのためなんだ。僕は浄化してるから生でも食べるけど」

「卵をか!」

 さすがのシュヴィークザームも卵は生で食べない常識ぐらい知っていたようだ。

「うん。みんな生食嫌うけどね、卵でも魚でも。それはともかく、浄化した後に針で天辺を刺して、小さな穴を開けてから茹でます。水からね」

 真剣な顔をしてシュヴィークザームは聞いていた。

 彼は基礎属性全て使えるので、料理にもかなり便利に使えるはずだ。

「大体8分から10分で火から上げてね。時間によって中の黄身の具合が違うんだ」

 上げたら、冷たい水に浸けて、殻を剥いていく。

「おおっ、つるんと取れた!」

「ああ、それはすごいですね。綺麗なものだ……。わたしらは少し古い卵を茹でておりました。そうすると剥けやすいんですわ」

「あ、それもいいですよね」

 殻を剥いたら、味付けだ。

「マヨネーズという調味料があるので、混ぜます。辛いのが好きだとマスタード、コクを出すならコンソメの素ね」

「それは何ですか?」

「我も見たことがないぞ」

 シュヴィークザームはそもそも料理を作らないので調味料を見る機会などないはずだ。シウは笑って、教えてた。

「僕が作ったんだ。ロワルでは割と出回ってるんだけど、この国だとまだかなあ。手作りできるけど、いちいち作ってられない人には調味料として買ってもらうんだよ」

「これは良いです。レシピは商人ギルドへ行けば?」

「はい。第三者に販売しなければ、無料です。販売しても特許料は低めなので、余分に売れた商家は多めに料金を振り込んでくれたりしてるんです」

「成る程」

 料理人と話していたら、シュヴィークザームが拗ねてしまった。

「我の料理教室なのに」

 それを聞いて、慌てて料理人はパン釜に戻って行った。


 野菜はレタスとキュウリ、トマトなどを包丁で切って用意してもらったが、シュヴィークザームは最初こそ手付きが怪しかったものの案外上手に使えるようになった。

「見ろ、キュウリが薄く切れたぞ!」

「すごい!」

「まあ、シュヴィークザーム様、すごいですね!」

 2人がかりで褒めているとものすごく胸を張られてしまった。むふー、と鼻の穴も広がっていて微笑ましい。

 それを見て、予備厨房室の内部を監視していた近衛騎士の1人が笑いを堪えていた。


 パンが焼き上がると、食パンを薄く切ろうとしてシュヴィークザームは失敗した。

「む、何故だ」

「熱々を切るのは難しいんだよ。薄く切るなら時間を置かないと。よく切れる包丁ですぱっと魔法を使った切り方も可能だけどね。微妙な調整が必要だから、発酵させるより案外難しいよ」

 シュヴィークザームがやる時は時間を置いた方が良いとお勧めする。

 あとで、パン切り機でも作ってみようか考えながら、失敗したパンを味見と称して皆で食べる。

 焼き立てなのでふわふわして美味しかった。

 パン職人も顔を綻ばせて食べていた。

「じゃあ、とりあえず時間が経ったという体で、切るね。サンドイッチ用は薄くした方が良いから」

 スパスパと切っていく。失敗することを前提に食パンも多めに焼いていたため、この場の人数分ぐらいはスライスしていった。

 そこにシュヴィークザームが用意した卵や野菜をトッピングしていく。

「あ、全部を入れたら食べにくいよ。こっちは卵とキュウリ、こっちはベーコンとレタスとトマト、っていう風にしたら味比べにもなって楽しいから」

「ふむ。そうしたことも考えねばならぬのか。なかなか料理とは奥が深い」

 あれこれ悩みながら、シュヴィークザームが1人でサンドイッチを完成させた。

「切る時も、そっと押さえながら、そうそう、すぱっと切ってね」

「できた!」

 その頃には熱々だったベーコンエピも、手に持てるぐらいまで粗熱が取れていたので、早速皆で試食会となった。

 近衛騎士も呼んで、食べる。

「うむ、美味しい。我は天才ではないだろうか?」

 にこにこ笑って頬張りながら、自画自賛だ。

「焼き立ては特に美味しいでしょ? でも冷めても、少し温め直したら美味しいんだよ。シュヴィは火属性と風属性も使えるから、複合技で温めに使ってみると良いよ」

「魔法をこうしたものに使うという発想はなかったが、なかなか面白い。普段から役に立つというのも良いな」

 失敗したぐちゃぐちゃパンに、魔法を掛けては様子を確認している。

「む、これだとパンが飛ぶのか。風は少しで、火は出さずに、ううむ。なかなか難しい」

 右手でサンドイッチ、左手で魔法という行儀の悪さだが、誰も注意はしなかった。

 皆、食べることに夢中だったからだ。

 近衛騎士からも好評で、廊下を護衛している騎士が早く交替してくれないかなあという目で中を覗いていた。


 シュヴィークザームは料理ひとつ作るにしても、色んな人の手がかかっていることを知ったようだ。

「野菜を作る者、チーズを作る者。ベーコンは狩ってきて、解体し、燻して、切る。パンもすぐには焼けないものか。成る程、これは大変だ。料理人という職があるのも頷ける」

「調味料も毎回手作りしてたら大変でしょう? だから作り置きするんだよ。あとは、お菓子を作る人も立派に独立した職だからね」

 必要な材料を口にしたら、シュヴィークザームは唖然としていた。

「それほど使うのか!」

「そうだよ」

「……シウはほとんど手作りと言っておったな。では、多大な時間を要したであろう。それを我は何度も何度も早くしろと要求したのか」

 ちょっと反省したらしい。

 しょんぼりするシュヴィークザームが可愛くて面白いので見ていたが、カレン以外は誰も声を掛けていない。食べることに必死なのだ。交替して近衛騎士達は食べていたし、パン職人が何をやっているのか気になって覗きに来たらしい料理長も、こそっともらって食べていた。

 後で、預かっている酵母菌を自分達でも使ってみたいのだが良いだろうかと打診があったので、シュヴィークザームの分を管理してくれるならどうぞと答えた。


 夕方になり、一旦シュヴィークザームの部屋へ戻ることになった。

 道中、近衛騎士の話を聞けば、たまーにデザートを分けてもらえるようになったらしい。以前、お裾分けぐらいしなさいね、と言ってあったからか、約束を守ったようだ。

 でも子供が、渋々手渡そうとするような態度であったため、騎士達は苦笑していたようだ。ただ、そのやりとりのおかげで、以前からあった壁が少し崩れたと教えてくれた。

 聖獣様聖獣様として崇めている存在だが、案外子供っぽくて、菓子を与えようとする優しさもある。それを目の当たりにできたことが嬉しかったらしい。

 きっかけとなるお菓子の製作者のシウにも、当然興味を持って、当たりも柔らかくなったようだ。


 部屋に戻ると、料理はもうやらないと言い出すかと思っていたシュヴィークザームが、宣言した。

「我も自分で作れるように頑張ってみよう。何、我には才能があるようだ。すぐ、できてしまうであろうな!」

「……あ、うん、そうだね」

「ふふふ。シウの手を煩わせることもなくなるだろう。見ておれよ。我の趣味は、趣味ではなくなるのだ」

 腰に手を当てて高笑いだ。

 やっぱり、どこか妙なスイッチが入っちゃったらしい。

 シウは笑いながら、カレンに視線を向けた。彼女は最後に残った聖獣様付きメイドらしく、優しい心でシュヴィークザームに接していた。

 いわゆる、応援だ。

「シュヴィークザーム様、頑張ってください! 絶対にできますよ!」

「うむ」

 子供を応援する親ばかステージママみたいだなと、妙な感想を抱いたシウだった。

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